表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/382

そして喝を。

『下級は九割、中級は六割、上級は個々の判断で撤退させたから二割程度の被害と言ったところね?』

「そうか。総数的には下級が大半だけにほとんどの兵を失ったことになるな」

『別に構わないわ?メジス魔界の外に出して潜伏させておく手間が省けたのだから?それに必要になれば兵なんていくらでも用意できるのだし?』


 ガーネ城に向かう道中、『紫』と残存兵力の確認をする。緋の魔王の力はまだまだ底が見えないと思っていたが、分断していた理由は他にもあったというのは流石に厄介ではある。ミクスの結界を常時張っていなければ最弱を自負するこちらのメンタルは一体どうなっていたことか。ウルフェにも常時結界を展開させることで受ける影響はほとんどなくなっている。イリアスやミクスの場合、結界がなくともさしたる影響は見られない。個人の保有する魔力にも左右されるのだろう。亜人はその限りではない……ややこしい能力だこと。


「前向きなこって。ありがとう、助かった。『紫』がいてくれて本当に良かった」

『――その言葉だけでお釣りが出るわね。それで、この後はどうするのかしら?』

「打開策についてマリトと話す。『紫』達の出番もその打開策の時に存分に振るってもらうからな。デュヴレオリにも伝えておいてくれ」

『ええ、この戦いに備えて用意したまま出番がないのは寂しいものね?――ミクスはそこにいるかしら?』

「いますぞー!」

『今の状態だとアレは使えて二回なのを忘れないようにね?』

「勿論です!こう見えて私はぶっつけ本番にはとても強いですから!」

『知っているわ。それじゃあ、彼を守ってあげてね?』


 通信が切れ、思わずため息を吐く。『紫』の下級悪魔は数だけならどの魔王よりも多い。それを有効活用する手段はいくらでも思いつくが、今回肉壁として一気に消費してしまった。これは『紫』の総合力を大きく失ったことを示している。

 今回の戦いの上での苦境もだが、今後人間との関係を保つ上で目に見える弱体化は正直よろしくない。対等であるからこそ見逃してもらえているのだ。今後のことも考えておく必要はあるだろう。


「ご友人、『紫』殿と話すのがそんなにも疲れるのですかな?」

「違う違う。そんな心配そうな顔をするな。今後『紫』の陣営が弱体化したことで人間側がどんなアプローチをしてくるかを考えたらため息が出ただけだ」

「そっちの方でしたか。戦争中だと言うのにもう先を考えているのですな!」

「人間との共存を考えるのなら、今回の戦いで身を切る行動を示すことは大事なんだがな。過ぎるとついでとばかりに動く輩もいるからな。その辺の匙加減はほんと難しいもんだ」

「誰もがターイズのように真っ直ぐ生きているわけではないですからなぁ」


 ガーネ城に到着し、マリト達が指示を出している部屋に入る。『金』は分かりやすく喜んで寄ってきたが、マリトの姿が見えない。


「マリトは何処に行ったんだ?」

「少し外の空気を吸いたいと言っておったからの。その辺をうろついておるのじゃろ」

「そうか、少し探してくる」

「どうせすぐ戻ってくるじゃろ。それより妾を労わんか」

「そっちはマリトが戻ってからでもできるだろ」

「ふむ……確かにあやつに見せつけた方が気分は良いの。よし、行ってくるが良い!」


 さて、マリトのいそうな場所か……このガーネ城には庭園といった場所はない。それに内部をそこまで詳しく知っているというわけでもないよな。マリトの今の心情がああだとして……こっち側か。


「どこに行くんだ?陛下の場所が分かるのか?」

「なんとなくな。いなけりゃむしろ良いんだが」

「……?」


 首を傾げるイリアスを連れ、ガーネ城内部を歩いていく。分かれ道に差し掛かることも何度かあったが、特に迷うことなく上階からガーネの街並みを見降ろせる部屋へと辿り着いた。

 そしてそこには日が沈もうとしているガーネを静かに見降ろしているマリトの姿があった。


「ここにいたか」

「――よくここが分ったね?適当に入った場所なんだけど」

「まぁな。何となくお前が進みそうな方向を選んだだけのことだ」

「ということはやっぱり俺の内心は見透かされてるってわけだね。その辺は本当に敵わないや」


 苦々しい笑いを浮かべるマリト。やはりいつもより覇気が足りていない。大きな戦争、定石を無視しこちらを追い込む異形の軍団。消極的な手を打たざるをえず、戦果も出せず徐々に追い込まれている状況。今まで誰もが認める統治を当然のようにしてきたマリトにとって、ここまでの窮地は初めてのものだろう。


「采配としては悪くないだろうに。生半可に攻めていたら『闘争』の力を使った魔物と正面からぶつかって、今以上の被害が出ていたはずだ」

「他の過程を考えられる余裕は兵にはないさ。今の兵士達は圧され、苦戦していることを自覚している。こうなれば当然指揮をとっている俺に対して不信を抱く者も現れるだろう。こうなると士気の乱れだけではなく、今後の采配にも影響は出るだろうね」


 上下関係が存在すればそういった問題は嫌と言うほど生まれる。雇われの立場では自分を金儲けの道具としか見ていない上司の行動に不満を持つし、上司の立場では経営を回す為に最適な行動を取れない部下に不満を持つ。両方の立場を経験していれば互いの心境もある程度は理解できるだろうが、それでも摩耗は避けられない。


「誰もが王の立場にいるわけじゃないからな。それでもターイズの騎士に限っては疑わずに信じてくれているだろうよ」

「そうだね。彼らは俺のことを近くで見てきたからね。だけどガーネ兵やメジスの方にもなるとその影響力は落ちる。信用を得るには実績を出さなければいけない。だけど……難しい状況だ」


 マリトは笑ってこそいるが、いつものような不敵さを感じない。友である『俺』に対して、常に良き王であろうとしている筈のマリトがだ。これは流石に言葉だけじゃダメだな。

 ええと、この辺に丁度良いものは……あったあった。近くにおいてあるアンティークっぽい壺を見つけ、それを持ち上げてそっとイリアスの方に持っていく。


「イリアス、ちょっとすまないがこれを持っていてくれ」

「ん?あ、ああ」

「気を付けろよ?うっかり落として割ったら『金』から対価に何を差し出せと言われるか分かったもんじゃないからな」

「……何をしているんだい?」

「なぁに、ちょっとした下準備だ」

「たまに君の行動は意味不明になるよね?」


 腰に手を当てながら指でクトウに数回の合図を送る。声が出せないときのためにクトウには幾つかの合図を教え込み、その合図で様々な行動を起こせるように訓練してある。大げさに両腕を広げ、マリトの方へ歩み寄る。あっちの方は……まあ察してくれることを祈ろう。


「マリト、お前が弱気になる気持ちは分かる。弱音を吐きたくなる気持ちもな。『俺』でも間違いなく愚痴るし、最悪逃げ出す可能性だってあるかもしれない」

「そうかな……君が背負っているものも俺と同じくらいだろう?だけど君は逃げていない」

「人間の数だけで言えばそっちが――まあ、その辺はおいておこう。友の役目としてそれくらいは受け止めてやるよ」

「――ありがとう」

「だが心を持つ者としての役目も果たす」


 広げていた右腕に拳をつくり、マリトの顔を思いきり殴りつける。その瞬間にクトウを右腕周りに纏わせ、強引に稼働速度を上げる。いつもの『俺』からは想像もつかないような右フックがマリトを殴りつけ、その体を大きく揺らせた。自前じゃ全力で殴っても痛みすら感じないってんなら、悪魔の力でも借りるさ。……ただ右手の保護が甘く、ものっ凄い痛い。飛んでくる岩を拳で止めるようなもんだ。そりゃあ痛い。

 マリトは殴られた衝撃で思わずしりもちをつき、唖然とした顔でこちらを見上げている。ちなみに背後にいるイリアスの驚愕の表情を凄く見たい気持ちはあるが、ここはぐっと我慢。咄嗟に止めに入る可能性を考慮して動きを封じさせてもらったが、必要はあっただろうか。まあ一番の懸念事項は暗部君が守らないかなってとこだったけど、俺のやることを察していたのか、完全に油断していたのか動きはない。


「なに……を」

「『俺』自身がそうしたいって気持ちもあるが、普段のお前なら間違いなく今のお前を殴っていただろうからな。代わりにやっておいた。お前が『俺』に見せたいのは今のお前なのか?違うだろ。『俺』の友であり、ターイズの賢王として誇らしい姿であり続けようとするマリト=ターイズの姿だろうが」


 マリトは『俺』の前だけは砕けた態度をとるが、イリアスやターイズの騎士達を前にする時は常に厳格な王として振る舞っていた。公私混同を避けることを意識するのであれば、第三者が傍にいる時には『俺』に対しても厳格であるべきなのだ。

 この妙な関係の意図すること、それは『俺』に王としてのマリトを見て欲しく、それでいて『俺』の友であることを常にアピールしていたいと思っているからだ。

 そして『俺』はそのマリトの意図を汲み取り、受け入れた。だからマリトが貫こうとしていることを崩すのであれば正さねばならないだろう。それがマリトの望んだ友としての『俺』なのだから。


「……」

「それともなんだ、慰めて欲しいのか?お前は自分の傷を舐めてくれる相手を欲していたのか?そんな役割を『俺』に求めるほど、お前は弱いのか?そう俺が理解しても良いのか?」

「そんなわけ……ないだろう」


 マリトはゆっくりと起き上がり、殴られた頬を擦る。僅かだが赤く腫れている。つかアレだけの勢いで殴ってそれだけって、ターイズの人種そのものが化物なのではないでしょうか。


「ならどうして欲しい?お前には借りがあるからな、そのよしみで好きなように振る舞ってやるぞ」

「愚問だね。君は君のままで良い。俺は今の君と友であり続けたいんだ。それに借りなら丁度今帳消しになったさ」


 マリトが笑う。その眼には先ほどとは違い、いつものような自信に満ち溢れた輝きが戻っていた。


「そいつは良かった。これで足りないなら手が壊れるまでやらなきゃならなかったからな」

「殴られた側が言う立場じゃないんだけどさ、右手大丈夫?魔力強化なしで悪魔の力を上乗せして殴ったら無事じゃすまないよね?」

「すっげー痛い。真面目な空気じゃなきゃ叫んで泣いてる」

「治療してきなよ。俺の方は放っておいても明日には治るし」


 明らかに殴った方が重傷なんだよな。多分暫くペンを握れないな、これ。


「欲を言えば歯の一本くらい折ってやりたかったんだがな」

「そこまでになると流石に止められたんじゃない?」

「暗部君は察してくれたに違いないと思っている」

「いやぁ、正直予想外の方法でしたのでつい油断してましたよ。ははっ。魔力強化もあったなら腕くらいは斬り落としてましたが」

「ほんと物騒だな!?」


 どうやら羽虫程度にしか思われてなかったから素通りだった模様。なんで殴る方が九死に一生を得ることになるんだ。理不尽な世界だよな、本当。


「だが、確かに痛い。いやあ、嬉しいね」

「痛いのを喜ぶのは地球(こちら)の世界じゃ特異性癖扱いなんだがな」

「それはこの世界でも変わらないと思うけどね。だけど今は甘んじてその評価を受け入れても構わないくらいだ」


 殴ったせいでおかしくなったとかじゃないよな?いや、大体思っていることはわかるがそこまで感慨深くなれるとは恐れ入った。


「あ、イリアス。もうそれ降ろして良いぞ」

「……はっ!?き、君は一体なんてことを!?」

「この前の意趣返しだ。ターイズの騎士は条件反射で動くからな。イリアスには悪いが動きを封じさせてもらった」

「この壺はそのための……いや、そんなことは――」

「彼を責めるなラッツェル卿。彼を責めるようでは彼に騙されて目の前で王に狼藉を働かされた貴公の立場を失うぞ。その壺は貴公への気遣いだ。友ならばこの場所に来るまでに俺を殴る算段は付けていただろう。その過程で『今からお前の前で王を殴る。黙って見ていろ』と言われれば騎士である貴公にとって耐えがたい我慢を強いることになっていただろう」

「ぬ、ぐ、それは……」

「そうそう。イリアスは何も見なかった。それで済む話だ」

「君はな……」


 流石はマリト、壺のことを意味不明と言っていたくせにもうこちらの意図を読み解けるようになっている。これならもう心配はいらないな。


「だが俺が立ち直るには必要なことだった。無様な姿を見せて悪かった。許してほしい」

「へ、陛下が謝られることではありません!」

「いや、友の前もそうだが俺のため国のために剣をとる騎士を前に見せてよい姿でなかったことは確かだ」

「ついでにそこの物陰に隠れている妹にもな」


 扉の前で何やら物音、ビックリし過ぎだろうよミクス。


「なんだ、ミクスもいたのか。いや、いて当然か。すまなかったな、兄の情けない姿を見せて」

「と、ととととんでもありません!あ、あ、兄様も王である前に人なのですから!」


 壁越しにテンパっているのが良く分かる。こっちの改善はまだまだ先になりそうだな。


「さて、と。時間も惜しい。こんな暇があれば少しでも良策を考えなきゃね」

「ああ、それに関してはこっちも準備ができた。今まで兵を失ってくれなかったおかげでガッツリ反撃できるぞ」

「それは非常に魅力的な話だね。聞かせてもらえるかい?」


 用意してきた準備、行う作戦の概要、手段を説明する。上手くハマればこれで緋の魔王の陣営は一気に瓦解することになる。


「と言った感じだ。以前に出しておいた伝言はこのための布石だ」

「……君は本当に突拍子のない方法を思いつくね。凄いを通り越してえげつないと褒めておくよ」

「そりゃあ最高の誉め言葉だ。だが効果的だろう?」

「ああ、今まで得られた緋の魔王の力の情報から考えても非常に効果的だ。ついでにこちらの士気も一気に上がるだろう。王として、この戦いを指揮する者としてその作戦の決行を承認する。よろしく頼むよ。それじゃあ俺は戻る。タイミングは勝手に合わせるから君の自由にしてくれ」


 気合を入れ直したことと、この状況を打破できる手段を得たことでマリトのやる気はいっそう盛り上がっている。いつも以上に軽快な足取りで部屋を去っていった。さて、『俺』もさっさと仕掛ける準備をしなきゃだな。

 部屋を出るとミクスが座り込んでいるのが見えた。マリトが出る際に近くで顔でも見合わせてしまったのだろうか。


「大丈夫か、ミクス?」

「……はい。大丈夫ですとも。ただご友人のされたことには本当に驚かされましたが……」

「悪いな。アレが一番手っ取り早くて効果があると思った」


 ミクスにとってマリトは神格化されている存在に近い。そんなマリトをぶん殴るところを見せられちゃあ思うところがあっても仕方ない。今度詫びを兼ねてなにかケアしなければ。


「悪いだなんて!いえ!そんなことはありません!非常に良いものを見させていただきましたとも!私にとっても一生の宝物となりました!」

「お、おう……」


 あーうん。何となくだがミクスの顔で今の心情を理解できそうなんだが……触れない方が良いな、これ。それだけ非常に分かりやすい顔をしている。



金「あやつが戻ってこぬのじゃが」

マ「もう出て行ったぞ」

金「なん……じゃと……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ