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そして圧される。

「ゴファゴヴェールズ卿、敵の動きに変化が!周囲の敵兵が全て一箇所に向けて侵攻し始めています!」

「なんじゃ、散開するのはもう止めたか」


 ガーネの伝令の情報をまとめるに、ガーネ、メジスを攻める敵兵がそれぞれ一箇所に集中。狙いは分かりやすくこちらの兵が多い箇所。散開しての侵攻が散々妨害されてシビレを切らせたと見るか?いや、あの愚直な隊長の性格を考えるに、他の隊との合流を率先して行うとは思えん。これは緋の魔王の采配と見るべきか。奴さんようやく本腰を入れ始めたと考えるべきじゃろうな。


「陛下の指示は?」

「各自集合地点へ寄り、迎え撃つ用意をとのこと!ただし遠方の者は続く散開にも備えよと!」

「本格的な戦闘になるじゃろう。各自覚悟は決めておくように!」


 馬を走らせ集合場所へと急ぐ。陛下と金の魔王の二人が敵の兵を見逃す可能性は低いと考えて良い。軽く説明を受けたがずるいとしか言えぬ力じゃったし。ただ混戦になった後に散開されるようでは打ち漏らすこともある。しかしそうなるとこちらの余力がほとんどないのが気になるところじゃ。ま、そこはわしらターイズ騎士団の踏ん張りどころじゃろ。

 指定された場所に到着し、望遠魔法で敵の来る方向を確認する。既に複数の隊が合流し、真っすぐこちらに向かってきている。あのコボルトの親玉もいるんじゃろうな。

 ただその侵攻速度は緩やか、他の隊の合流に合わせてぶつかってくるつもりじゃろう。ならばこちらもそれまでに迎え撃つ準備を進めねば。


「弓兵は斉射の準備を。最初の突撃はわしらが引き受ける。ぶつかったと同時に一斉に放て!」

「そ、それではターイズの騎士にも弓矢が――」

「そんなもん、見えんでも避けられるわ!わしらをすり抜ける連中への第二射を優先せい!」

「えぇ……」


 ターイズの騎士が放つ魔法強化を練り込んだ矢ならさておき、弧を描き降り注ぐ弓矢程度なら問題はない。馬も鎧と自己強化だけで刺さったとしても走ることに支障がでることもない。敵がガーネ兵と混戦を始めてしまえば騎兵による突撃が難しくなる。そっちの方が面倒じゃ。愛馬にはちと負担を掛けるが、それくらい問題ないと意気込んでおるのじゃから心配はいらん。そうこうしているうちに新たな伝令が現れた。


「ゴファゴヴェールズ卿、伝令です!この地点を強行突破されてはそのままの侵攻、再度の散開、どちらに動いても対応が遅れてしまう。ターイズの騎士を主軸に迎え撃てと!」

「応っ!ようやくわしらの本領発揮というわけじゃな!ガーネの方には策や移動の指示も出ているじゃろう。そちらの指示を徹底させておくんじゃぞ!」


 ガーネの兵は数こそ多いが質は低く、機動力もない。戦いが激化すれば追加される指示に対応する速度も落ちるじゃろう。じゃがその数を活かさねばこの戦争では勝てぬ。責任重大じゃな。滾るわい。

 騎士を引き連れ、敵兵が集っている場所へと突撃を開始する。そこに息を合わせるかのように他の騎士達が右側から合流を始める。掲げられている旗にはドミトルコフコン卿の家紋。どうやらカラも間に合ったようじゃな。騎兵の中から一騎、わしの方へと近づく者がいる。


「ボル、抜け駆けはなしじゃぞ!」

「遅いわカラ、もうくたばっていたと思っておったわい!」


 やはりわしらは同じ戦場に並ぶさだめか。いつもいつもわしとこいつは手柄を奪い合う。まあ、それでこそやりがいがあるというもの。残り余生を考えればこれが最後の大きな戦いとなるやもしれん。ならばいい加減、決着を付けるとするかの。


「どうじゃボル、そろそろわしとの決着をつけんか?」

「――わしも同じことを考えておったわ。お前さんが老いに負ける前に負かせてやらねばとな!」

「老いぼれが良く言うわ!」

「お前さんにだけは言われたくないわい!」


 敵兵は緋の魔王の力を発動。速度を緩め、こちらを迎え撃つ構えをとっておる。敵将はまだ奥にいるのであれば、何の脅威も感じないわい。


「各自、無理をするなとはもう言わん!死なぬ程度に無茶をせい!ついでに背後からの弓に当たった者は死後も酒の肴になると思え!」


 騎士達が吠える。目前の獣達の騒がしいだけの咆哮ではなく、一糸乱れぬ鬨の声。なんと心地よい響きか。これを聞く度に騎士であったことを誇りに思える。これぞわしら騎士道の集大成と言っても過言ではない。

 さあ、先陣を切らせてもらおう。道を切り開くは我が使命。槌を振り上げ、前方に構える魔物を見据える。ターイズを襲った魔物とは生まれは違えども、その時の借りを徹底して返させてもらおうか!


 ◇


「これが騎士……か」


 ターイズの騎士達の背中を見送る。本来ならばこのガーネを守るのは我々ガーネの国の者達でなければならない。最初こそ『何故他国の兵に主導権を握られなければならないのだ』と憤っていたが、今ではその感情を持ったことすら恥じている。

 彼らは強い。身も心も我らガーネの兵士と比べ、圧倒的に練磨されている。共闘することで騎士として生き続ける者と、兵役を受け訓練してきた者の差ははっきりと浮き出ていた。我々の王の統治は素晴らしく田舎のターイズに負けるつもりは微塵もなかったが、今では味方であることがひたすらにありがたい。

 騎士と魔物の咆哮が空気を震わせ、奥で弓を構えているこちら側にまで響いてくる。ああ、あんな場所に立たされて、武器を振るえるのだろうか。生きて帰れるのだろうか。訓練をしたからこそ、最前線の異質さを理解できてしまう。

 彼らが打ち漏らした分は間違いなくこちらに流れてくる。数は減るがそれでも魔物の脅威は健在だ。少しでもその数を減らす、それが今の我々にできることだ。


「構えっ!」


 将軍が声を張り上げる。ターイズの騎士と魔物が交戦に入った直後に第一射を行うとの命令は聞いていた。だが本当に人がいるところに弓を引くのか……緊張する。しかし彼らの強さならば確かに我々の弓矢など日頃降り注ぐ雨と変わりがないのだろう。弓を目一杯に引き絞る。


「放てっ!」


 合図と同時に無数の弓矢が戦場へと降り注ぐ。文字通りの矢の雨を、唾を飲み込みながら見届ける。前方にいる魔物達が倒れていくのが見える。倒れている騎士の姿は……目測では確認できない。本当に彼らは凄い。

 そしてこの事実により、周囲の士気も更に上がる。将軍の次の指示が出るまでもなく、第二射に備え始める兵士もちらほら見える


「第二射構えっ!」


 矢を取り出し、更に弓を引き絞る。少しでも数を減らし、彼らと我々の脅威を減らすのだ。そのためにも迅速に――


「――ッ!?」


 前方の右方、左方から魔物の咆哮が上がる。騎士達の突撃後、合流を果たそうとしている魔物達が吠えているのだ。奴らもまた、話に聞いた緋の魔王の力の影響を受けたのだろう。猶予はない、早く矢を射らねば、矢を――


「放てっ!」


 矢が放たれる。視界に飛んでいく矢が……いや、おかしい。第一射と比べ、その飛んでいる矢の数が圧倒的に少ない。号令に間に合わなかったのか。いや、そんな筈はない。将軍の号令の間隔は今までに訓練してきたものと同じ、難しさなど何もない。ないはずなのだが、どうして、どうして……。


「あ、あれ、なんでだよ……。なんで……矢が残ってるんだよ……?」


 放たれた矢が少ない理由は明白だ。兵士の多くが矢を放っていない。そう、私自身もだ。第二射の号令を受けても弓を引き絞ったまま、矢を射ていないのだ。矢が手から離れず、腕が震えている。腕だけではない。体が鉛のように重く、思うように動かせない。歯がカチカチと打ち鳴らされる音が耳に入る。将軍が何かを叫んでいるが何と言っているのか聞き取れない。いや、動きを見れば、わかる。矢を射ろと叫んでいるのだ。そうだ、矢を、彼らを助けて、魔物を、魔物を……。魔物達が更に咆哮を上げる。それでもとどうにかして矢から手を放し、放つ。


「――あ」


 放たれた矢は第一射のように弧を描くことなく、魔物に届くこともなく、力なく手前の地面へと突き刺さっていった。


 ◇


「ガーネ兵の多くに異常が見られます!多くの兵が戦意を喪失してしまっているかのようです!」


 その報告に思わず舌打ちをしそうになり、なんとか思いとどまる。ここで苛立ちを見せては全体の士気にも影響が出かねない。

 ユグラが魔王に与えた力の傾向は人間に対する絶対的な優位性を誇る。緋の魔王の『闘争』の力が人間にも影響を及ぼすのではないかと友は危惧していたが……やはりあったか。


「影響が見られているのは今の段階ではガーネ兵だけか?」

「はい。聖職者や聖騎士、ターイズの騎士にはこれといった影響は見られません!」

「人間の持つ魔力に干渉している可能性がある。ガーネにいる聖職者達は遠距離魔法の用意からガーネ兵への結界付与を優先。メジス側には敵の合流時に何らかの悪影響を及ぼしてくることを通知だ」


 結界を張ることである程度の耐性を得られたとしても、数の多いガーネ兵全体を守り切ることは難しい。更に言えば亜人達への影響よりもその度合いは酷い。棒立ちのままの兵がいては全体の士気が下がるだけではなく、それを補うために動ける兵の負担も増す。


「ターイズ王よ、どうするつもりじゃ?」

「結界による緩和ができるかどうかの確認が取れ次第、可能な限りの補佐を行う。結界を回せない分には下がってもらう他ないだろう」

「……結界を張ることで多少ではありますが動けるようになったとのことです!」

「結界を張れる者は動きの止まった兵への補佐を、それでも動きが鈍っているのならば下がれるように準備をさせよ。ターイズ騎士には情報のみを伝え、身を守る結界の維持を優先するように指示を」


 練度の高い魔力強化を行えるターイズの騎士ならば当面の間支障はでないだろうが、更に敵が集まればその影響が出てくる者も現れる可能性がある。ならば合流が終わる前に一気に攻めるべきか?いや、後方支援のないまま敵陣に深く飛び込めば苦戦を強いられるのは避けられないし、魔物達の侵攻が立て直している最中のガーネ兵にまで届いてしまう。


『マリト、聞こえるか?』

「ああ、聞こえているよ。敵の合流に合わせて変化があった」


 実にいいタイミングだ。とは言え友と言えどこの状況に即座に打開策を用意することは難しいだろう。まずは情報の共有だ。


『遠方で見ているから状況は察している。合流が済んだらそのまま雪崩れ込んでくるぞ?』

「結界による補佐である程度は動ける。立て直した後迎え撃てるだけ迎え撃つしかなさそうだ。君は大丈夫なのかい?」

『ミクスが常時結界を張ってくれているからな。メジスの方は大丈夫なのか?』

「聖騎士達の方は大丈夫なようだ。ただそれぞれが合流しきった後だと不安は隠せない。早期に決着を付けるべきかで悩んでいる」

『それは悪手だ。恐らく緋の魔王が直接采配を始めている。現在の主導権はあっちが握っているからな。下手をすればそのまま飲まれるぞ』

「だよね。ただこのまま耐えられるかと言えば難しい相談だ」


 牽制を繰り返して下がった分、こちら側の退路にはもうほとんど余裕はない。下がり過ぎれば敵が散開した時に掻きまわされてしまうだろう。緋の魔王の手並みを見ないうちは余力を残しておくべきだ。


『それじゃあこっちの切り札を一つ切る。マリトはその結果に合わせて動いてくれ』

「ちなみにどれくらいの切り札なんだい?」

『起死回生にはならないだろうな。だが上手くいけば敵が一時的に下がってくれるはずだ』

「十分過ぎるね。任せるよ」


 通信が切れる。恐らく友が使う切り札はアレだろう。ならばそう遅くないうちにこちら側にも連絡がくる。


「陛下!戦場に無数の悪魔が出現、緋の魔王の魔物達と戦闘に入りました!」

「やはりそうするか。だがこれで立て直せるな」


 友が切ったのは紫の魔王の兵を総動員しての強引な数合わせ。単純な数だけで言えば紫の魔王の軍勢は緋の魔王の軍勢よりも多い。ただ緋の魔王の軍勢は全てが『闘争』の力で一段階格上の魔物となっている。質としては圧倒的に不利のままだ。


「しかし、『紫』の手駒を一気に消費すれば今後の撤退はいっそう難しくなるの」

「そうだな。これ以上はもうあとがなくなるだろう。だが今回の被害は大分抑えられる。備える時間があるだけましと思う他あるまい」


 結果として、迷いのない友と紫の魔王のおかげで敵の侵攻は防げた。一定時間後敵が一時的に後退を始めたのだ。格下とはいえ多大な数の悪魔との戦闘は『闘争』の力を長時間空回りさせる役に立った。数に物を言わせ、合流の妨害ができたのも大きい。

 飛び込んだターイズ騎士も疲弊は大きいが甚大な被害は出なかった。士気の乱れたガーネ兵達の喉元に魔物が押し寄せなかったのが一番の幸運だろう。だがこちらも一つ大きな損害が出ている。ガーネ、メジス、両方に備えさせていた紫の魔王の悪魔の半数以上が敵の魔物によって駆逐された。蒼の魔王の軍勢も残ってはいるがその数は更に少なく、敵も既に合流を終えてしまった。同じ手段はもう使えないだろう。

 敵は暫く休息を行う様子。牽制を入れ休ませる暇を与えないようにしたいところではあるが、ターイズの騎士の疲弊を考えれば自殺行為にもなりかねない。ガーネだけではなく、メジス側でも兵たちの動揺が見られている。次の侵攻をどうすれば防げるのか、そう言った不安や心配が伝染してしまっている。

 策を練ろうにも、満足に動ける兵がいなくては大局を変えるような手段はとれない。どうすれば……どうすればこの状況を打開できる?


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