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そして連鎖する。

「俺が一体何をしたってんだ……」

「その、なんだ。『蒼』も悪かったと言っていた。説明する暇もなかったからな」

「笑いをこらえるのに苦労したわよぉー?」


 ハークドックは怒っているというより、どちらかと言えば切なそうな表情をしている。他の魔王と比べ、『蒼』はハークドックの体質に気を遣っている様子があっただけに、それを利用されたのがショックだったのだろうか。

 結局母親はハークドックの身を心配していたが、『蒼』が大丈夫だと言い張っていたのでそのまま去って行った。しかしあの様子だと再びハークドックと接触する可能性は大いにある。ひとまずは事情を説明し、協力を得るとしよう。


「なるほど。そりゃあ必死に止めたがるわけだ。エクドイクやラクラじゃ咄嗟に止めようとは思わなかっただろうしな」

「そうだな。二人に合わせるとは言ったが、本腰を入れていなかった俺の落ち度だ。すまない」

「謝られても困るぜ。俺の間が悪かっただけだろ?不幸な事故だと諦めるさ。でもなぁ、ナトラさんの様子だと相当お前らに会いたがっている感じだぜ?一回くらい顔を見せてやっても良いんじゃねぇのか?」

「俺に関してはそれでも構わないとは思うがな。だが一度でも会ってしまえば次が出てくる可能性もある。そうなった場合、複雑な事情を隠し続けるのは難しい」


 話をうやむやにし、何かを隠すと言ったことは今までにした経験のないことだ。それをいきなり本番で試すというのはやはり難しいだろう。協力すると約束した以上、生半可なことはできない。


「なんつーか、面倒くさい感じだな。ナトラさんに我慢を押し付ける形ってのも気に入らねーし」

「そうだな。だが俺としてはラクラや『蒼』との関係が深い。優先すべきものを選ばないわけにはいかないだろう」

「もっとこう、無難な感じにできねーもんかね?」


 無難か……同胞の口癖にもあったな。同胞を頼ればきっと最適解を導いてくれるのだろうが、頼り過ぎるわけにもいかない。頼ることは悪ではないにせよ、依存することは良いことではないだろう。

 何より今は緋の魔王との戦いの最中。同胞の負担を増やすことは戦いに負ける可能性を上げてしまうことにもなりかねない。やはり自分達だけで、かつ時間を取らずに解決するべきだ。しかしどうすれば……。


「何とか案を出したいところではあるが……悩ましいな」

「こっちのパーティは考えることが苦手な連中が多いからな」

「何気に酷いわねぇー?」

「じゃあ何かいい案はあるのかよ?」

「そうねぇー?多分ナトラは貴方にまた接触したがるでしょうし、貴方が上手く誤魔化せば良いんじゃない?」

「そりゃそうだけどよ。俺は嘘が下手くそだぜ?」


 嘘……か。同胞が言っていたな。嘘というものはどうしても綻びができてしまう。故に極力使わない方が相手を騙しやすいと。しかし嘘を使わずに騙す方法……あるのか?そういえばラクラが最初同胞と出会った時、同胞はラクラに隠し事をして騙し続けていたと聞いたな。紫の魔王との時にもほとんど嘘は付いていなかった気がする。などと考えていると部屋にラクラが現れた。


「皆さん、食事の用意ができましたよ」

「お、腹ペコだったんだ。俺の分だけこの部屋に持ってきてくれねぇか?」

「蒼の魔王さんは別部屋で食べるそうですよ?」

「だからだよ。蒼の魔王はメジス魔界で疲れが溜まってんだろ?魔物を動かして、指輪の魔力を補充して、この中じゃ一番の功労者じゃねぇか。そんな奴に寂しく飯を食わせたくねぇよ」

「無駄に紳士よねぇ、貴方って」

「無駄ってのが無駄だろ!?」


 ハークドックの分の食事を部屋に運び、居間で食事を済ませることとなった。『蒼』としてはハークドックに悪いことをしたのに、その上で気を遣われるのは複雑だと言っていたが、ハークドックの分を大盛にすることで帳尻を合わせることとなった。


「別に、一人で食事することが苦痛と思ったことはないんだけどね……」

「でも皆で食卓を囲んだ方が美味しく食べられますよ?」

「相手によるけどねぇー?まあ私はこの顔ぶれなら比較的美味しく食べられるわぁー」

「そうね。少なくとも嫌って感じにはならないわね。それはそうと、これからどうするの?あの様子だとやっぱりまたハークドックに接触してくることになるわよね?」

「それで思ったんだがラクラ、嘘を見破れるお前を同胞は騙したことがあるのだったな?その時はどんな風にしていたんだ?」

「尚書様ですか?ええと、嘘は一切使わないで真実だけで誤魔化していましたね」


 また難しいことを……そんな真似を咄嗟にできる者はこの中にいるのか?いたとしても同胞と同じようにはできないだろう。


「話すのはハークドックになるんだしぃー?難しいわよねぇー?」

「あまり多くを語ってはボロが出ることになるだろうな。知ってはいるが詳しくは知らないということにする辺りが妥当か」

「そうねぇー。ハークドックはリオドの相談役の右腕?なんだしぃー?エクドイクの噂くらいは耳にしているくらいが丁度いいかもねぇー?」


 俺がリオドの冒険者として活動していた実績は少ないが、裏の仕事はそれなりにやっていた。知る者は知っている程度の認知だ。確かにそのくらいならば最低限の情報で済み、足取りを追うことは難しいだろう。


「そうなると、クアマで出会う前の知識の範囲で答えると言った形か。ラクラに関してはどうする?」

「そうですね……モルガナの冒険者としてユグラ教の司祭が登録されていた、とかで良いのでは?」

「なるほど。確かにハークドックの立場ならそういった情報を手に入れていても不思議はないな」


 ハークドックに咄嗟の嘘を期待することは難しいだろう。だがこうして全員で事前に聞かれるだろう質問を想定し、その上手い答え方を考えておけば対応は可能かもしれない。同胞も一つの策に拘るのではなく、思いつく限りの展開を想定した上で徹底して案を考えていた。一人で全てを考える程の想像力は俺達にはない。だが人数でその差を埋めることはできるはずだ。


 ◇


 俺は嘘をつくのは嫌いだ。何でかって言うとジェスタッフの兄貴が嘘を嫌っていたのが原因だ。尊敬する兄貴が嘘を嫌うってんなら、俺も嫌うべきだと思い始め、そのまんま嫌いになった。

 だからエクドイク達にナトラさん相手に上手く誤魔化してくれと頼まれても、正直気が乗らねぇ。嘘は付かなくて良い、詳しく話さなければ良いと言われても知っていることを隠すのは嘘に近いと思ってる。正直嫌だ。


「エクドイクはリオドで冒険者をやってる。ただ表向きの仕事と言うより裏の仕事をやってるから接触は難しいだろうな」

「そう……」


 だが俺が発端でこの展開になった以上、知らん顔をするのは筋が通らねぇ。嫌な仕事でも進んでやらなきゃ物事が進まねぇってんなら仕方ねぇんだよな。ナトラさんはちょっとばかり残念そうな顔をしてるが、そこまで落ち込んではいねぇようだ。


「表社会で生きるあんたが、ギルドの裏で生きている奴と接触するのは避けた方が良いぜ。ま、生き別れの息子と会いたいって気持ちは分からねぇでもねぇがな」

「ハークドックさんはギルドの相談役の右腕さんなのよね?口添えとかは難しいのかしら?」

「やってやれねぇことはねぇけどな。ただ相談役、ジェスタッフの兄貴は立場を利用しての我儘にゃ厳しいんだ。兄貴に嫌われるような真似はしたくねぇ」

「そうよね……ごめんなさい」

「エクドイクと顔を合わせることになったら、あんたが会いたがっていたってのは伝えておく。あとはエクドイク次第だな」


 しっかし、嘘を交えずに誤魔化すのってこんなに神経使うのかよ!?嘘を言わない分楽かと思ったのに、知られたくないことを隠せるように言葉を選ぶのはほんと難しいぞ!?兄弟は息を吐くように人を欺くらしいが、どんな訓練をしたらそうなるんだっての。


「でも教えてくれてありがとうね。息子が元気でやっているってのが分かっているだけでも十分嬉しいわ」

「満足な情報をやれなくて悪いな。でもナトラさんにゃ道案内をしてもらった恩もある。俺でできることなら何だって協力するぜ?」

「ふふ、それくらいのことで随分と安請け合いしそうな物言いよね」

「兄貴の教えでな。『恩はどんな些細なことでも恩だ。むしろ些細な恩一つ返せねぇようじゃ大恩を受けた時に返せなくなる』ってな」


 兄貴のことに関しちゃペラペラ喋れるんだけどな。傍にいて本当に生きやすい人だからな兄貴は。


「それじゃあ一つお願いがあるのだけれど、良いかしら?」

「お、なんだ?」

「ハークドックさんは独自の立場で今この戦争に加わっているのよね?」

「おう、兄弟の指揮下で頑張ってるぜ」

「ガーネやメジスの人達とも連携を取れるの?」

「おう、俺はともかく、兄弟ならすげー偉い人にも話を通せるんだぜ」

「ユグラ教の司祭をやっているラクラって子と連絡を取りたいのよ。どうにかできないかしら?」


 お、おう。ここでラクラの方に狙いを変えてきやがった!?やっべ、エクドイクのことを誤魔化すことばっかり覚えてたけど、ラクラの方はどうだったっけ!?ええと、確か……、ああそうだ!


「ラクラって名前なら聞き覚えがあるな。確か最近モルガナの冒険者にそんな名前のユグラ教の司祭が加入したって」

「あら、そうなの?でもハークドックさんはリオドの人なのよね?じゃあモルガナの冒険者の人を紹介してもらえないかしら?」


 そこからまた探すってことか……どうすっかな。エクドイクに関しちゃリオドの裏の仕事を請け負う立場だし、近寄らねぇ方が良いって言えるんだが……モルガナはお上品な連中だしなぁ。つってもそれなりのコネがねぇとモルガナに接触することは難しいし、大丈夫か。


「おう。近くにモルガナの所属がいたら連れてくるぜ」


 そんな感じで俺はモルガナの冒険者を探すハメになった。近場の冒険者だとラクラ本人とミクスが該当すんだが……ラクラ本人は当然ダメだってのは馬鹿な俺でも分かる。

 ミクスはどうだ?あいつ頭良いし、上手く誤魔化せるよな?でも今兄弟と一緒にガーネにいるんだよなぁ。

 この村に丁度良いモルガナの冒険者でもいりゃあ話は早えんだがな。ラクラはモルガナに所属しちゃあいるが、基本的には兄弟の傍にいるし探りを入れるのは相当難しいだろうからな。


「ただ他の冒険者ってこの村にいるのか?」


 冒険者のパーティは基本遊撃や斥候を任されるって話だ。牽制や防衛を行う兵士達が集まってるこの村に顔を見せる機会は……ねぇよなぁ。いるのはメジスの聖騎士と聖職者ばっかりだ……お?

 そんな聖職者達の集まりを眺めてたら、クアマで見たことのある女がいた。確かあいつってモルガナにも所属していたよな?ランク2の……丁度良いな。早速話をつけてやるか。


「なぁ、あんた。ちょっと良いか?」

「え、私?」

「おう。確かあんたモルガナに所属している奴だよな?名前は……ええっと」

「マセッタ=ノイチスよ。ああ、確か貴方はリオドの人よね?」

「おう、ハークドックだ。ちょっと話があるんだが良いか?」


 マセッタは話の分かる奴で、モルガナに所属する娘を探している人がこの村にいるって聞くとすんなりと会ってくれることになった。ナトラさんの風貌と名前を教え、後は丸投げすることができた。いやぁ、良かった良かった。

 あ、でもマセッタってユグラ教の格好だったよな。しかも司教っぽかったけど……まあラクラはユグラ教の中じゃ浮いてたって話だし、問題ねぇか。


 ◇


 よもやハークドックとかいう男から紹介を受けたナトラと言う人がラクラの母親で、ラクラの出生の話を聞くことになるなんて思いもしなかった。既にラクラとの関係は私の中で決着がついていたし、彼女を遠ざけていた私としては過度な干渉はもうすまいと誓っていたのに。

 とは言え、これも何かの縁。ユグラ教の司祭同士であり、ラクラの近況もしっかりと知っている。モルガナとしても……まあこれはあまり考えないようにしよう。

 ラクラは今頃あの人の下で動いているはずだし、探すとすればそこからなんだけど……あの人の素性についてはほとんど知らないのよね。未だに名前すら。

 ユグラ教側からの情報で、あの人が例の魔王を従えている人であることは分かったけど……本当に凄い人だったのよね。リティアルさ……リティアルがクアマやメジスを転覆させようとしていたことまで暴くなんて、常人じゃないのは確かよね。


「何とかとっかかりを掴めれば良いのだけれど……今は持ち場を離れられないのよね」


 そう言えばあの人達もこの戦争には関わっていて、法王様の指示で各拠点には彼らの休息する場所を確保するようにって話があったわね。そこを訪ねれば何かしらの情報が得られるかしら?

 そう思ってその場所に向かっていると一人の冒険者を発見。というか……、


「何で貴方がメジスにいるのよ、ギリスタ」

「あらぁー?どなたかしらぁ?」


 燃えるような赤い短髪、右目に大きな鉤爪の刺青。その特徴を知らないわけがない。かつて悪魔討伐の任務に参加し、その戦闘で周囲の仲間まで襲い掛かった。止めに入った冒険者にも死傷者を出し、その危険性からメジスから手配されている女。モルガナに所属していても、その危険性は耳に届いていた程の戦闘狂だ。


「マセッタよ。手配されている女が堂々とメジスの村にいるなんて良い度胸じゃない」

「そう言えばそうだったわねぇー?でも今は許可を貰っているわよぉー?」


 そう言ってギリスタは手形を見せる。間違いなく本物の手形で、しかもこれって……。


「貴方、あの人の下にいるの?」

「あの人ぉー?ああ、そうよぉー。旦那さんや魔王と一緒に活動しているわぁー」


 この狂人を味方につけるなんて……でもあの人なら確かにやりかねないかもしれない。制御できていると言うのであれば、今は放っておくことしかできないだろう。


「そう。ラクラも一緒なのかしら?」

「ええ、そうよぉー?一緒にこの村にいるわぁー?」


 え、この村にラクラもいるの?何この好都合な展開。いや、これも縁。娘に会いたいナトラさんが掴み取った幸運に違いない。


「そうなの。丁度良かったわ。ちょっと話があるから、あとで伺うわ。ラクラに伝えておいてもらえるかしら?」

「いいわよぉー」


 確かに今のギリスタからは毒気や狂気を感じない。噂では近くに強者がいれば躊躇なく襲い掛かると聞いたのだが……私を弱者だと侮っている?そう言った感じじゃないわね。


「あと忠告だけど、メジスの人間は貴方のことを知っている人が多いわ。戦争中でピリピリしている人もいるのだから、あまり顔を見せない方が良いわよ」

「そうねぇー?時折敵意や殺気を向けてくる人もいたのだけれどぉー、仕掛けてくれないのは残念で仕方ないわねぇー?」


 やっぱり危険な人物には変わりない。ただ自分から仕掛けないのには理由ができたのだろう。それは考えるまでもなくあの人のおかげに違いない。


「ところで、あの人の名前を知りたいのだけれど、教えてくれない?」

「私も知らないわよぉー?」

「一緒に行動しているのに?」

「紫の魔王がいるでしょぉー?あの魔王は名前を呼ぶだけで人を傀儡にできるそうなのよぉー?それであの人は誰にも名前を教えていないのよぉー?」

「……ラクラにも?」

「そうよぉー?」


 何と言うか、凄いを通り越して言葉が思いつかない。確かに聞いた話では紫の魔王はあらゆる人間を支配することができると聞いている。過去の歴史でも勇敢な戦士や将を次々と籠絡し、寝返らせた。それによりほぼ一方的な戦いを強いられ、今のメジスの大地の大半に食い込むほどの魔界を生み出したと。

 名前を呼ぶだけで支配できると言うのならば納得もできる。そしてそれほどの化物の力を当然のように対策し、従えているのだ。誰にも名前を呼ばれないことの境地、考えただけでゾッとする。


「……私はあの人をなんと呼べば良いのかしら」

「さぁー?皆別々に呼んでいるわよぉー?」


 ギリスタはあの人が依頼主だから旦那さんと呼んでいるのだろう。一瞬勘違いしかけたけど……。今度会う時までに呼び方を考えておかなきゃ。とりあえず今は目の前にある問題から解決するとしよう。

 ラクラの場所も分かったし、あとはナトラさんを連れて行くだけだ。戦争中だし、こういったことは手早く済まさなきゃね。



Q:誰が悪いのだろうか。



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― 新着の感想 ―
[一言] A,運が悪い
[良い点] 「Q:誰が悪いのだろうか。」 で、爆笑しました [一言] 肋骨からのファンでしたが、この作品を読むとはまるんだろーなーと、見ないようにしてました 予想通り、読み始めたら止まりません笑 頑…
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