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そして出会う。

 魔王様の力の発動を感じ取るや否や、敵の全軍が即座に後退を開始した。揃いも揃って情けない人間どもだと嘲笑いたいところではあるが、行軍を止める必要があるのはあまり芳しくない。

 闘争本能を覚醒させられた魔物達の戦闘能力は向上するが、永続的な強化ではない。そして解除されると同時にそれまでの反動が体に襲い掛かる。私のハーピー達も直接戦闘は行わず、上空に留まるだけでも疲労が溜まっているほどだ。直接戦闘を行った他の魔物達の疲労は相当なものだろう。

 進軍中にもその恩恵を受けていては、人間の城を落とす際に下級のほぼ全てが息絶えてしまうだろう。それ故に休息時間を設ける必要があるのだ。


「各隊より、下級魔物の体力回復には後数刻掛かるとのことです。それといくつかの部隊が魔物による進行妨害を受けた模様です。魔物の種類はガーネでは悪魔、メジスではスケルトンが主体のようです」

「『紫』と『蒼』か。人間どもを守るような立ち回り、やはり完全に人間に手綱を握られているようだな。それにしても撤退が早いな。人間どもは余程慎重なのか、それとも我が力の影響を理解しているのか。他の魔王には我が力は知られていないはずではあるが」

「まさか――ッ!コガギョッスの隊の近く、敵兵が林より現れたとのことです!それとゲヘルテヘルの隊の周囲にも!」


 一度引いたはずなのに即座に転進して攻め直すだと?まともに戦っていては勝ち目がないからと引いたのではないのか?理解に苦しむ。


「他の隊の周囲を確認しろ」

「直ちに……上空からの観測では見当たりません!」

「……戦闘開始までどれほどだ」

「およそ三分掛からないかと!」

「迎撃態勢を取らせよ。二分半を以て『闘争』の力を両軍に使用する」

「はっ!」


 指示を出し、二分半後。魔王様は部隊のいる方向へ魔力波の向きを絞り、力を発動した。一度に全方向に使用した方が手間を省けるようだが、こうして特定の戦場のみを補強することも可能だ。これで無謀な突撃も難なく迎撃を――いや、これは!?


「て、敵軍、突如撤退を開始しました!」

「なるほど。やはり我が力の性質を把握していると見える。個別に使えるのかどうかの確認のためだけに進軍指示を出したようだな」

「そんな……」

「敵兵の亜人の比率はどうだ」

「……減っています。亜人の大半が後方側に移動し、弓を主体とした編成に切り替わっています」


 魔王様が力を使用したのはたったの一度、それだけでそこまで本質を見抜けるものなのか!?それだけではない。既に順応し、対抗策を取り入れてきている。このままでは満足な回復が……!


「力は解除した。全軍に進軍指示を出せ」

「か、回復させないのですか!?」

「交戦がなかった以上、今回の力の発動による負担は然程ない。これ以上の休息は回復に必要な時間を敵に探られる可能性が高い。留まるよりは効率は下がるが、徒歩でも多少の回復はできるだろう」


 た、確かに。下級魔物に必要な回復時間を相手が理解すれば、的確に妨害を入れやすくなってしまう。多少の無理をしてでも情報を与えない方が得策……なのかもしれない。


「直ちに!」

「敵は今後奇襲や罠を多用してくる。戦闘開始と同時に力は使うが、逃げる様子ならば追わせる命令は出すな。消耗を抑え、着実に陣を前進させる」


 魔王様からは動揺や苛立ちと言った様子は微塵も感じられない。魔王様にとってこの状況はこの程度でしかないということに違いない。そもそもこの戦いは全て、魔王様が人間達に合わせて取り計らっているものに過ぎない。名も与えられていない魔物全てに戦う機会を与えるための、余興なのだ。私如きが一喜一憂するなどとおこがましいにも程があった。


「ゾベラミタヤの隊の進軍先、東側に敵兵を発見したとの報告です。現在のところ陣形を保ちながら接近しています」

「これ見よがしに発見でき、動きが鈍いのであれば囮だろう。他方からの伏兵、罠が待ち構えているものとして進め」

「はっ!」


 私は道具に徹しなければならない。魔王様の意志をより明確に再現するためだけの道具としての役割を果たすのだ。


 ◇


「撤退の合図だ。こちらも下がるぞ『蒼』」

「また撤退!?ターイズの王は何を考えているのよ!?」


 私や『紫』の軍はいざという時の殿として近場で待機させる必要がある。ターイズ軍やメジス軍が動けばそれに合わせて一定の距離を保つように動かさないといけない。

 魔物に指示を出す指輪を持たせている部隊に関しては、周囲での待機命令だけで済むので意識を割く必要はない。だけど私が直接指揮する部隊については私自身も同行する必要がある。つまるところ、あのターイズ王の采配に振り回され、戦うこともなく右往左往させられている。

 魔物の練度や質を高め、さあ頑張ってやるわよ!と気合を入れていたのに、すっかりと抜けてしまっている。もういっそ、手ごろな敵に突撃してしまいたい。


「同胞からの連絡があっただろう。緋の魔王の『闘争』の力は魔物には負荷の多いものだ。乱用させ、かつその際の戦闘を避け、疲弊を狙う形になると」


 この戦争において、『闘争』の力の影響力はとても大きい。私や『紫』の魔物もそれなりの数は揃えられているが、『緋』が力を使えばその総力は容易く私達を超えてくる。特に危険なのが中級、上級の魔物の格上げ。

 魔物同士で競わせる際、下級が束になれば中級はどうにかなるが、上級にはほとんど無力に近い。つまるところこちらの下級魔物がいくら多くても『緋』の強化された下級魔物の相手で手一杯となってしまう。

 強化された中級もこちらの数少ない上級魔物と互角となり、強化された上級は……正直考えるのも億劫になる。


「いっそ『殲滅』の力を使っても良いように交渉できない?それなら一気に形勢も楽になるわよ?」


 クアマ魔界ではないため、蘇生させる魔力を伝播させるにはそれなりの負担が増える。単純な魔力量では『緋』に勝てる見込みはないので不利なのは違いないが、減らない兵ならば『闘争』の力を浪費させることもできる。


「人間の亡骸を利用するのは避けろと言われただろう。この戦いは勝敗も大事だが、『蒼』を始めとした魔王達が人間の味方だと認知させ、敵となるという印象を払拭することも目的に含まれている」

「そうだけど……ああ、じれったいわね!」


 限りある兵で戦わないといけないというのはここまでストレスが溜まるものなのか。数と物量で押し込めた昔がどれだけ楽に侵攻できたのか、ひしひしと身に染みる。


「引いた直後だ。再度動くまでは猶予があるだろう。ここからメジス領土に入った少し先に村があったはずだ。そこで少し休んでいたらどうだ?」

「そうさせてもらうわ。別の魔王の魔界にいるのも、思ったより辛いしね」


 メジス軍は現在のところメジス魔界に陣を構え、徐々に後退している。私達もメジス魔界にいるのだけれど、正直息苦しさを感じている。

 魔王は自らの体から漏れ出す魔力で魔物が生成される魔界を生み出せる。強大な力ではあるが、これは魔王各自が快適に生きるためのテリトリーの作成。人間達の領土ならば比較的マシなのだが他者の魔界となると不快さすら感じる。

 いっそこの周囲を私の魔界として塗り替えておけば楽に活動はできるのだけれど、それもあの男に釘を刺されている。『魔界の侵攻を防ぐ戦いで魔界を増やしてたら心象が悪くなる』だとか。ケチくさい。


「では俺はラクラとギリスタ、ハークドックと打ち合わせを済ませておく。何かあれば鎖で知らせる」

「そのハークドックだけど、なんでこっちに組み込んだのよ?」


 クアマであの男が仲間に引き入れた男、どうもユグラが『碧』と共に仕込んだ特異な人間の一人らしいのだけれど……。どういうわけか魔王を直視すると失神する。それはもう見ていて哀れになるほどに。おかげで私は他の連中と顔を合わせることができない。

 まあ、別に?エクドイクがちょっと忙しくなるだけで、寂しいとかそんなのじゃないけど。でも不便さは感じる。


「ガーネの方は紫の魔王と金の魔王がいる。どっちの負担が大きいかという安直な采配らしい」

「ああ……そうね。二人より一人の方が良いわよね。いっそ置いていけば良かったのに」

「そうもいかない。ハークドックの危機察知能力はずば抜けて高い。傍にいるだけで最悪を回避できる能力者を回してくれたのは、同胞がこちらに手を回せないなりの措置だと思っている」

「でも戦力としちゃ微妙なんでしょ?」

「どうだろうな。少なくとも俺は二度と戦いたくない」


 へぇ。エクドイクはラクラに一度負けた後も対抗心を燃やし続けていたと聞いている。そんな内心の熱いエクドイクが避けたがるってことは何かあるってことなのね。興味はないけど。


「いっそ魔族化させれば気を失うこともないんじゃない?」

「言われてみればそうだな。今度同胞に相談してみるか」

「冗談よ、冗談。言っておくけど魔族化させるってことはそいつと一生縁を持つってことなのよ。お試し感覚でほいほいと魔族を増やすわけないでしょ」

「そうか……そうか?」


 何よその眼、『俺には試しとして魔族化させなかったか』とか言いそうな感じの奴。言っておくけど凄く悩んだ上での決断なのよ!?自暴自棄だった私じゃなければまず呑まない要求なんだからね!?……まあ、悪くない決断だったとは思っているけど。


「『金』くらいなら実験に付き合うかもしれないけど、対価にあの男も一緒に魔族化させる交渉とかを織り交ぜてくるわよ」

「それは……何と言うか少し困る気がするな」


 いっそそうなってくれればあの男とエクドイクの距離感も広がるのかもしれない。むしろそうなれ。『金』でも『紫』でもどっちでもいいから。自分の王をそっちのけで、他の人間を優先するような魔族ってどうなのよ本当。


「減るもんじゃないわよ。増える気兼ねはするけど。じゃああとは任せるわね」


 長話もしたいけど、今は休むことを優先しなきゃ後が続かない。下手をすれば村に戻ってから即座に再出動なんてオチにもなりかねないしね。

 アンデッドの馬に偽装の魔法を使用し、見た目だけは普通の馬にする。肉体の限界を無視して走れるために、速度ならターイズの化物馬にも負けない優秀な子。ユニーククラスじゃないけど、私専用の馬には名前を付けても良いかもしれないわね?いっそエクドイクって名付けておけば……いやいや。

 メジス領土までを最大速度で飛ばし、村が見えた付近で速度を通常の馬と同等に落とす。わざわざ不用意に目立つ真似をするほど世渡りを知らないわけではない。

 村には既に多くの兵士が休息を取っている。大よその避難はとっくに済んでいるようだが、一部の村人が残り、兵士達のために配給やら色々やっているようだ。

 入口に着くと兵士に止められる。女が武器もなしに馬でやってくれば多少は不穏に思っちゃうか。


「身分の確認を出来るものはあるか?」

「はい、これで良いでしょ?」


 そう言って事前にあの男から渡されていた手形を見せる。ガーネ軍でもメジス軍でも、ターイズ軍でもないが、この戦争で活動している者を証明するための特別な手形だ。

 兵士は少し複雑そうな顔をしている。メジスの軍だし、私が中立の魔王軍の関係者だというのは思うところもあるのでしょう。というより魔王なのよね。顔はバレていないでしょうけど。


「一人なのか?」

「ええ、他の仲間と交代で休みに来たわ。民家の一軒くらい空いているでしょ?」

「ああ。法王様より各拠点には一つ空きを用意しておくようにと言われている。手形に掘られている模様と同じ看板のある家だ」


 流石にトップの指示が入れば私情は挟めないようね。まあ、挟んでくれても私としては構わないのだけれど。


「それじゃあ通らせてもらうわよ」

「待て、馬は降りてくれ。今は兵士だけでなく村人があちこちで働いている」

「ああ、そうね」


 駆け抜けるつもりはないけど、うっかり馬が驚いた場合には騒動にだってなりかねない。馬を降り、そのお尻を軽く叩く。馬は踵を返し、村を離れていった。


「行ってしまったが……良いのか?」

「構わないわよ。あの子は賢いもの。私がこの村を出ようとすれば直ぐに迎えに来るわ」

「そ、そうなのか……」


 あ、普通の馬ってそこまで賢くなかったかしら?まあどうでも良いわ。さっさと入りましょ。

 村の中は体を休めたり、物資の確認をしたりする兵士がほとんど。見たところ負傷兵はいないようね。まあアレだけさっさと撤退していたらまともに戦っているのはターイズの騎士くらいなものでしょうし。

 目的の家を探し、用意されている看板を確認して回る。手ごろな兵士に確認したので直ぐに見つかった。配給を行っている広場の少し横にある家だ。眠るには少し騒がしいかもしれないので結界でも張ろう。

 家に入ろうとすると、丁度その家から大量の毛布を抱えた女性が出てきた。風貌としては村人、給仕を手伝っている人だろうか。


「え、ええと、もしかしてこの家を使う方かしら?」

「ええそうよ。これ手形」

「そ、その、他にはあと何名ほど……」


 ははぁ、さては物資が足りなくて使われていないこの家の物資を借りようとしたわけね。駐在している兵士の数が村人の総数よりも多いのだから仕方ないわね。


「今のところは私一人よ。休む人数なら多くても二人から三人になるわ」

「ああ、良かった。それでしたらまだ残っているので、どうぞごゆっくり」

「そのつもりだけど、そんなに一気に持っていたら前も見えないでしょう。貴方が転べば兵士は泥だらけの毛布で寝ることになるわよ。貸しなさい」


 毛布の半分を受け取り、一緒に持ち運ぶ。安物の毛布って硬くて重いのよね。いっそ魔法で軽くしたまま寝た方が快適に眠れて、多めに魔力が回復するまであるわ。それにしても、つい手伝っちゃったけど、これってこの人の仕事を奪ったことにはならないわよね?


「わざわざごめんなさいね……見たところ冒険者の方かしら?」

「似たようなものね。でも違うわ」

「……そうですか」


 女性は非常にわかりやすく気落ちしている。私が冒険者でないことがそこまで落ち込む理由になるのだろうか。何と言うか私が悪いような感じがして癪だ。


「そこまで極端に落胆される覚えはないのだけれど?」

「あ、いえ、ごめんなさい!冒険者の方もこの戦いには加わっていると聞いたから、お話をと……」

「昔冒険者だった――って感じには見えないわね。憧れていたとか?」

「息子が冒険者をやっていると聞いたから、噂とか聞けないかしらと……」


 ああ、そう言うことね。その様子だと久しく家に戻っていない冒険者のようだけど、冒険者の生活は明日の命もまともに保証されないもの。下手に探れば死んでいることを知ってしまうってオチもあるでしょうに。


「村や親を捨てて冒険者になるなんて、相当我の強い息子なんでしょうね」

「……そうだと、良いのですけど」

「皮肉で言ったのに。釈然としないわね」

「ああ、ごめんなさいね。……息子とは幼い頃に生き別れてそれきりなの。とても悲しい別れ方で……きっともう生きていないと、諦めていて……。でも最近生きていて、冒険者をやっているってある偉い方からの手紙が届いたの」


 ……んん?気のせいよね?何か引っかかる。どこかで聞いたような聞かなかったような。


「偉い人からわざわざ連絡を寄越すなんて、妙な縁ね」

「ええ。本当にそう思うわ。でももしかしたらその人は娘と縁のある人かもしれないと思っているわ」

「娘もいるのね」

「ええ、ただこっちも別の時に生き別れたきり……」

「生き別れ過ぎじゃないの!?」


 生き別れの話自体はそれなりに聞く。ただそれを別々に経験するというのは……不遇な人ね。うん。私の方がまだ不遇だとは思うけど、不幸自慢なんかするだけ虚しいだけだからしないわ。


「親として失格よね。でも親としては嬉しい限りだわ。息子が冒険者として生きていて、娘もユグラ教の司教として頑張っているようだし……」


 ……え、これ、ちょっと、ちょっと待って?なんかその組み合わせ恐ろしく親近感があるのだけれど、ていうか、うん。ええええ!?


「あ、あの。お名前を聞いても?も、もしかすればどちらかの名前に聞き覚えがあるかもしれないし……」

「ああ、そうよね、ごめんなさいね。私の名前はナトラ、ナトラ=サルフ。ええと、息子の名前がエクドイクで、娘の名前はラクラって言うのだけれど――」


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