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そして開戦する。

「コガギョッス様。コボルト隊、配備完了です」


 名を与えられていない隊長格の一人が報告を済ませてきた。予想よりも数段に早い。流石は魔王様の指南を受けた兵達だ。

 知能の欠片すら存在しない無能でも、魔王様の魔力に触れれば上官の命令に愚直に従う兵士となる。野生に生きていた時代の頃と比べれば、下級魔物ですら立派な戦力だ。


「人間どもの様子はどうだ?」

「この周囲ですと防衛に向いた場所に砦を築き、兵士を集めているようです。ですがすっかりと寝静まっているようですな」

「人間は夜には眠る存在だ。魔法を使わねば夜目もまともに効かぬ劣等種族よ」


 魔王様の指示は『合図があるまでは指定された場所にて待機。開始の合図を以て、各将の判断で担当された地域を襲え』と単純な物であった。

 それぞれの部隊を任されたユニーククラスには魔石を与えられている。魔力を込めると一定時間後に輝きだす魔石だ。これが開戦の合図となる。

 込められている魔力は大体把握できる。もう間もなく開戦の合図が灯るのだろう。


「では開始の刻限を以て、砦へ奇襲を?」


 腕を組み、思案をする。問題があるとすればそこだ。それが最も敵の兵力に打撃を与える手段であることは明白だが……。奇襲は成功したところで既に敵は砦の内部、ある程度の備えはしてあると見て良いだろう。


「わざわざ籠っている敵兵のところに突っ込む必要はあるまい。周囲には村が幾つかあるのだろう?」


 メジス側の方を攻める部隊はメジス魔界の方で足止めを受けるだろうが、ガーネの方では開幕からガーネの領土へと攻撃ができる。ガーネ魔界は魔王様の領域、そこに陣を敷くことが自殺行為であることくらいは人間達も自覚しているということだ。

 ただガーネに住む人間の大半は中央に存在するガーネ本国に避難している。最も攻めにくい場所に関しては他の部隊との合流を待ってからで良い。


「ええ、いくつかありますが……ただ既に避難は済んでいるようで、僅かな兵が見張りとして駐在しているだけのようです」


 人間達はこちらが攻め入る時期を知っている。数ヵ月も準備する時間があったのだ。弱者の避難くらいは済ませているか。だが問題はない。


「我が軍は人間達の領土を奪いにいくわけではない。破壊しにいくのだ。奴らが砦に籠ると言うのであれば、その砦から飛び出したくなるよう火の手を回せば良い。まずは最寄りの村から攻め入るとしよう」


 領土内が燃え上がれば完全に無視を決め込むことはできまい。飛び出してきた兵ならば満足な準備もない。誘い出し、確実に仕留めていく。砦に関してはその兵力が減った時期を見計らい、じっくりと攻めれば良い。そうしていけばガーネ本国の兵も外に出始めるだろう。

 もしも無視を決め込み、籠城に拘るようであればその時はその時だ。奴らが手も足も出ない状態のまま領土が侵されて行く光景を目に焼き付けさせ、士気を下げてやろう。


「ではそのように」

「待て。各村には見張りとしての兵がいるのだったな?攻め込む際にはそいつらは生け捕りにする。兵にも殺すなと伝えておけ」

「情報を吐かせるので?」

「奴らも兵士だ。生半可な拷問をしたところで心が折れる前に命が尽きるだけだろう。使う用途は別だ。砦の前で我が軍の餌として使う」


 奴らは仲間意識が強い。目の前で仲間が生きたまま食われる姿を見せつけられれば、飛び出して来るものも出てくるだろう。出なくてもその心は確実に蝕むことができる。


「なるほど……流石はコガギョッス様!」


 数百年もの時を平和に過ごした人間どもに思い知らせなければなるまい。この戦争は住む土地を奪い合うだけの生易しいものではなく、どちらかが滅びるまで続く、中断の許されぬ殺し合いなのだと。


「――来たか」


 ついに魔石が輝きだした。それは魔王様からの攻撃許可。さあ、人間どもの領土に一番乗りで火の手を上げるとしよう。

 武装させた兵士達と共に闇夜の中を進む。感覚が過敏な者を外側に配備させ、探知魔法の使用にも備える。

 そもそも先行しているのは私だ。私が感知出来ぬということは他の者にはまず不可能だろう。そしてその私の五感が告げている。目視、問題なし。音、問題なし。鼻、問題なし。探知魔法や結界の類、問題なし。我らの進軍は未だ捉えられていないと。

 メジスの方ではメジスとメジス魔界の境目にある程度の兵が展開されていると聞いている。それに比べればなんと不用心なことだろうか。

 本国に戦力の大半を注いでいるのだろう。その判断が命取りだと気づくには全てが取り返しのつかない状況にまで進んでしまった後となる。

 結局我らがコボルト部隊は接敵することなく村にまで到着することとなった。

 鼻に入る情報が増える。ここで多くの人間が生活していたことがはっきりとわかる。村の入口には最近多くの者の出入りがあった痕跡が残されたまま、避難してからそう長い日数は経っていないのだろう。

 兵士を展開させ村を包囲するように指示を出し、一部の戦力を引きつれて村の中に忍び込む。民家には人の気配はない。避難が済んでいるとの判断は間違っていなかったようだ。


「見張りはあそこか」


 村中にある家の一つ、そこにのみ松明が燃えているのが見える。そしてその傍には武装した人間が座っている椅子が二つ。あの家の中にも数名いる可能性はあるが、特に影響はない。


「止血を忘れさせるな。人間は血が少し流れるだけで死ぬからな」


 隠密に長けた部下に指示を出し、影から奇襲させる。部下達は無駄なく座っていた敵兵へと接近し、一瞬で武器を持った腕、片足を切断する。


「ギャアアアッ!」


 殺すなと指示を出していたので喉は狙えなかった。当然人間の叫び声が上がる。だが問題ない。こちらも咆哮し、村の外の部隊に突撃命令を与える。村の外から多くの咆哮が響き、地響きと共に迫ってくる。

 突撃させたのは良いが、この村にはどれだけの兵士がいるのやら。肩透かしな結果に終わることは避けられまい。

 見張り程度と手合わせをしたところで俺が満足できる筈もない。せいぜい派手に村を燃やし、次に備えるとしよう。


「――ん?」


 歩みを進め、敵兵のいる場所へと進むと部下の様子がおかしいことに気づく。止血をしろと命じたのに、妙な顔つきで敵兵を見下ろしている。馬鹿が、早く止血しないと折角の餌が死ぬだろうに。


「おい、何をしている。さっさと――?」


 ハッキリと目視できる位置に近づき、部下が戸惑っている理由が分かった。腕と足を切断され、苦しみ叫んでいると思われた人間。だがそれは人間ではなかった。


「ギャアアアッ!ギャアアアッ!ギャアアアッ!? ギャッギャッギャッ!」


 人間の形こそしているが、その顔は面のように動くことなく、流れ出る筈の血も流れていない。そして何よりこの感じる魔力は魔族のものだ。


「これは……紫の魔王の悪魔か!?」


 嗤う悪魔の頭部を踏みつぶし、もう一体を部下に処理させる。この理由を考える。紫の魔王が人間に与していることは知っている。ならばこういった場所の監視を数だけは存在する悪魔に任せるのは不自然なことではない。

 だがそれだけならば悪魔を潜ませておけば良いだけのこと。人間のフリをさせる必要性がどこにある?

 人間のフリをしていて何が起こった?今の状態が起こった。つまりこれは――


「罠か!?」


 気づいた時には既に遅く、兵の大半が村に突入していた。そしてそれを見計らったかのように、村に存在していた全ての家々が業火を伴い燃えだした。

 この火はただ燃えているだけではない。魔法による特殊な炎だ。上級の魔物には造作もないが下級中級には十分機能する。

 こんなことをするということはこの村には兵士はおろか、人間一人すらいないということになる。


「コガギョッス様!」

「慌てるな!村から出れば良いだけ――」


 村の外から咆哮が上がる。これは我々コボルト部隊のものではない。そう。これは人間達の声だ。

 この声の数、囲まれている!?この村に向かう最中には一切出くわさなかったというのに!?

 潜んでいた、というのが妥当な判断だろうが、こちらの進軍ルートにいればこの鼻が気づかぬはずがない。つまり奴らは我々の進軍ルートを予測していたということか!?

 全てこのための準備……いや、ありえない。この作戦は開戦直前に俺の独断で決められた内容だ。

 そんな行き当たりばったりな戦略に備えて、真っ当に攻められたらどうするというのだ!?

 周囲で部下達の叫び声、矢の飛ぶ風切り音、魔法による爆発の音があちこちで響く。奴らは燃える村の中に部隊を閉じ込め、遠距離攻撃による封じ込めを行っているようだ。


「コ、コガギョッス様!」

「立て直す必要がある。すべての者達を村の中央に集めさせよ!」

「し、しかしそれでは我々が炎に!」

「中央に到着した者達は周囲の燃える民家を破壊せよ!燃える物を排除すればどうにかなる!数が揃ったら一点突破でこの村を抜ける!」

「は、はい!」


 ここで慌て、散り散りに村の外に出ようとすれば弓矢と魔法の的になるだけだ。炎による被害は比較的に緩やか、多少の被害は覚悟して大局を見据える……!

 村の中央へと進むと既に到着していた部下達が次々と建造物を破壊している。瓦礫を吹き飛ばし、徐々に燃えていないスペースを作り出す。周囲に残る熱気は厄介だが、直接火に炙られるよりはずっとマシだ。

 集まり始める部下の中に矢が刺さった者が見え始めてきた。最初に外側で射られた者達だろう。つまりそれより後続はほぼ期待できないと見て良い。この時点で二割近くの兵が失われたことになる。下級中級が主とは言え、手痛い被害には違いない。


「数が揃ってきたな。よし、それでは奴らの包囲網を一点突破で――」


 一際大きな人間達の咆哮が響く。今度は一つの方向からだ。地響きが足元に伝わる。そのことから人間達がこちらに突撃を仕掛けているのがわかる。

 馬鹿な、自殺行為だ。確かにこちらの部隊は密集し、態勢を立て直しきれているわけではない。だが今この村は自分達の手で火をつけた場所だ。

 人間達は火に焼かれることに弱い。それ以上に燃える煙を吸うことに弱い。燃え盛る戦場で戦おうものなら有利なのは間違いなく魔物であるこちら側だ。

 地響きはどんどん接近してくる。あまりにも早い。これは騎馬か!?馬が火の中を恐れずに走れるだと!?


「コ、コガギョッス様!?こ、ここれは!?」

「いちいち煩い!その耳で聞けばわかるだろう!馬鹿な人間どもがこの火の中を騎馬で突撃を仕掛けているだけだ!」


 火を払った場所はこちらの部隊が占領している。つまり奴らは火の中で炙られながら戦うことになる。死にたいのなら来い。確かにこの場に留まり続けることは芳しくないが、愚直な敵兵を減らせるのであれば十分価値のある選択だ!


「そ、それでは我々は――」

「各自迎撃態勢をとれ!奴らが放った一面の炎の近くで戦え!それだけで奴らには地獄となる!」

「――良く吠えるのう。じゃがな、一面の炎なんぞわしらには何の問題もないわい」


 何かが炎の中から跳躍したのが見えた。気づいた者達が次々と顔を上げる。

 炎に照らされた中に映し出されたその存在、それは一人の人間だった。甲冑を身に纏い、巨大な槌を振上げた男。それがこちらへと飛んできているのだ。

 槌には肉眼でもはっきりとわかるほどの膨大な魔力が、暴力的なまでに力業で圧縮され込められている。

 そしてその男の槌は振り下ろされ、軌道上にいた部下を圧し潰しながら地面へと突き刺さった。

 爆音と衝撃が一気に襲い掛かる。反応の遅れた者の多くがその衝撃をまともに受け、一面の炎の中へと吹き飛ばされて行った。

 その場に残った者も、衝撃で隆起した大地によって空高く吹き飛ばされたり、割れた大地の中へと飲み込まれたりと数を減らされた。

 たった一人の、たった一撃で、集っていた部隊の端側が壊滅的な被害を受けた。

 その大惨事を起こしたのは老いた細身の男だ。その男は槌を振り下ろした姿勢からゆっくりと直立の姿勢へと戻り、こちら側に向き直る。


「貴様……何者だ!?」

「指揮官はお前さんか。魔物相手に名乗り口上を上げるのは新鮮じゃな。――我が名はターイズ騎士団ラクドー隊所属、『破山』、ボルベラクティアン=ゴファゴヴェールズ!貴様らの侵略を砕く槌である!」


 この男、かなりの覇気がある。その名乗り口上だけで周囲の中級魔物が怯み、下級魔物は後退る。目の前で見せた一撃もあり、こちらの部隊の警戒心を最大限に引き上げて見せた。


「まさかここまでの一撃を放てる人間がいるとはな……魔界に近い場所に切り札を集めていたということか」

「わし、そこまで強くないのじゃがな」

「謙遜はよせ、たった一撃で周囲の炎まで吹き飛ばすような化物が弱いわけがないだろう」

「加減しておるわ。そもそも一面の炎なんぞ、山を砕いた時に比べれば造作もないわい。それより、目は見えておるのに状況は理解できておらんようじゃな」

「何――」


 周囲の状況、ボルベラクティアンの一撃により変わったことはこちらの隊が乱れ、そして一面の炎の一部が……!?

 もしも奴がもっと中央を狙って跳躍していれば、その被害はさらに増えていただろう。

 だが奴は集結した部隊の端を狙った。その周囲の一面の炎を払うのが狙いだったのだ。

 つまり、奴らには丁度良い空間が造られたということになる。


「本気でやればもうちっと吹き飛ばせたんじゃがな。わし一人が手柄をかっさらうとな、打ち上げの時に支払いがわし持ちにさせられかねんからの」

『オオオオッ!』


 咆哮と共に騎兵が炎の中から現れる。一回り以上巨大な馬、それぞれに乗っている騎士達の迫力や、目の前のボルベラクティアンに引けを取らない。


「騎兵の道を造ったのか……!だが貴様の一撃で――」

「言うておくがターイズの馬はこの程度の地割れ、目を閉じても駆けられるからの。鍛え方が違うわい」


 敵の騎兵は割れた地面で減速することもなく、隆起した地面すら難なく駆け抜ける。そしてその勢いのまま、怯んだ部隊へと突き刺さっていく。


「ぐっ、戦え!騎兵の数は我らより遥かに少ない!数で圧せ!」

「火に囲まれた状態で、一点突破のために直ぐに中央へ兵を集めたのは感心するがの。急いで集めたせいで兵の態勢がバラバラじゃ。馬に効く長槍兵が満足に槍を構える空間すら確保できておらんではないか。散発的な槍ではターイズの騎兵は落とせんぞ」


 村を包囲した際、均等に兵を配置していたのが仇になった。そのまま全員で中央に駆け寄ったせいで隊列などないものとなっている。長物を装備している兵士が武器を振り回そうとすれば味方に引っかかる。それでも反撃できるものはいるが、突き出された槍を騎兵達は手慣れたかのように捌いている。


「この状況を狙っていたとでも言うのか!?」

「無論じゃ。わしらを指揮する方を何方と心得る?歴代のターイズ王の中でも最も優れし賢王、マリト=ターイズであられるぞ!」


 ◇


『ラグドー隊ゴファゴヴェールズ卿、村内にて戦闘に入りました。作戦は成功した模様』

『ラグドー隊ドミトルコフコン卿、平野にて戦闘に入りました。作戦は成功した模様』

『レアノー隊レアノー卿、丘地帯にて戦闘に入りました。作戦は成功した模様』


 ガーネ国にある一室に並べられた大量の通信用水晶から、次々と戦闘開始の報告が届く。それらの報告を複数人でまとめ、地図上で再現をしていく。

 現在のところは俺の用意した作戦が綺麗に嵌っているようだ。


「どんどん成功しているようじゃな。流石は賢王といったところじゃな」

「待機位置と進軍方向が読めれば簡単なことだ」

「んっふっふっ!つまりは妾のおかげということじゃな!」


 癪ではあるがその通りだ。戦争とは相手の情報をより多く把握した方が有利なのは言うまでもない。そして金の魔王の『統治』の力はその点に特化している。

 金の魔王の力で生み出される仮想世界、その中でも魔物は同じ数、同じ位置で生成されている。つまり、仮想世界で敵兵を発見できれば現実の世界でもその位置を特定できるということになる。

 この最大の強みは敵に発見されたという認識を与えないことだ。相手には自分達の行動が読まれていないという誤認識を植え付けることができる。


「各部隊を率いているユニーククラスの魔物まで仮想世界にいればもっと楽に済むのだがな」

「贅沢を言うでない。仮想世界には魔王が生成されぬ。その魔王から直接的な魔力を付与された魔物もな。『緋』の配下の将は皆奴から魔力を受け取っているとみてよい」


 何でもありとはいかないのは残念だが、それでも効果は十分にある。ユニーククラスの魔物が判断した直前までは位置の特定は可能だし、そこから移動すれば判断を下したと見て良い。

 今も金の魔王の『統治』の力で作った仮想世界にルドフェインを始めとした複数人の者達が潜り込んでいる。


「――戻りました。移動先は変わっていないようですね」

「ルドフェイン、少し休憩を入れても良いぞ?大まかな機能は妾の力で補助できても情報を処理するのは御主の頭じゃ」

「疲れたら勝手に休みます。しかし本当に出鱈目な力ですね」

「ガーネの未来も安心じゃろう?」

「貴方の性根が直らない限りは誰も安心できませんよ」


 良い返しだ。金の魔王の顔の歪みが心地よい。ルドフェインのおかげで金の魔王と共に行動することの不満が一気に解消されている。


「メジスのこの地点に関してはまだ判断がつかないな。ルドフェイン、こことここ、あとはこっちの魔物の動向の監視を頼む」

「分かりました」

「東と西、どちらに動くか分かったら頼む。どちらに動いても良いように策は手配してある」

「……どちらもですか」

「妾も流石じゃが、この賢王も大概じゃな。敵の配置から予測される進軍ルートを数通り見出し、その全てに迎え撃つ準備と効果的に戦うための策を仕込ませておるんじゃからな」


 今のところ敵の進軍は全て予測の範疇内。展開する策の用意も滞りない。予測に反する動きを見せればそこから相手の手を読み直し、さらに策を用意すれば良い。


「一辺倒の策を練ったところで裏を掛かれれば意味はない。盤上での差し合いですら相手の手の先の先を読み続けるだろう。金の魔王の力があるというのに、これくらいできないようでは王として務まらん」

「うちの王は務まっていないということですね」

「ルドフェイン、妾とて大事な場面で情けなく泣きたくはないのじゃぞ?」


 実際金の魔王が俺並に知略が回るのであれば、ガーネの脅威は全ての国が警戒せざるを得ない状況になっていただろう。その点には素直に感謝しておくことにする。


「魔物の強さもそこまでと言った感じか。武装している点は厄介だが練度が足りていないな」

「そうは言うがの。ガーネの兵とぶつかれば互角、下手をすれば圧されかねんぞ?」

「ターイズ騎士の敵ではない」

「……策の一つに村を丸ごと燃やし、そこに騎兵を突っ込ませるのがあったの。普通死ぬと思うのじゃが?」

「煙を吸い込めば確かに危険だが、ターイズの騎士は皆自身と馬の体の周囲に結界を張れる。結界が封じられたところで敵を始末しながら村を出るまでの間、無呼吸でいることも可能だ。馬にもそういった訓練を躾ている」

「のう、ターイズの生物は魔物ではないのか?人とは思えんのじゃが」

「そんなことよりも、今は敵の情報をまとめることが先だ。現段階で確認ができている魔物の群れは全て移動、戦闘を開始している。奴らがほぼ同時刻に移動を開始していることから攻撃開始の指示は受けているのだろう」

「そうじゃの」


 動き始めた時間はまばらだが、ほぼ同時刻。魔王が魔力波を飛ばし魔物に送る指示と言うより、何か別の方法で指示を出していると判断できる。

 そしてそれぞれの行動に規則性が見られない。このことから考えることは一つ。


「緋の魔王は直接指揮を取っていないな。恐らくは現地にいるユニーククラスの魔物がそれぞれ独自に行動していると見るべきだ」

「それは何となくわかるの。『緋』は元々軍人だったはずじゃ。奴の指揮ならもう少しまとまった動きをしておるじゃろうに」


 他の魔王達から得られた緋の魔王の素性。それは緋の魔王は軍に所属していた男だということ。立場としては将軍だったそうだが、詳しいことまでは分からないらしい。

 だが今回の兵の動かし方はあまりにも軍略とはかけ離れている。確かに将ごとに兵を自由に動かせればその動きを読み切ることは難しい。

 しかし兵を散開させてしまえばそれぞれの突破力が弱くなり、今回のような動きを読み切ってからの待ち伏せなどがこれでもかと刺さる形となってしまう。

 友は言っていた。緋の魔王は金の魔王を見くびっていない。『統治』の力を知っていることを前提に動いていると。


『おーい、マリト。聞こえるかー?』


 噂をすればなんとやら。友からの通信が入ってきた。ちょうどそれぞれの指揮を終えたタイミングで時間もある。色々意見を交換しておくべきだろう。


「聞こえているよ。そっちの様子はどうだい?」

『何と言うか、凄いなターイズの騎士は』


 率直に褒められるのはやはり嬉しい。僅かにラッツェル卿の『そうだともそうだとも』と言っているのが聞こえた。


「とりあえずこちらの情報を共有しよう」


 友には既に魔物達の分布図を渡してある。数字での略式を交え、手短にそれぞれの動きを説明していく。


『全軍が動いているって感じだな』

「そうだね。金の魔王の仮想世界を利用して、都度各拠点の周囲も捜索させてはいるが伏兵は今のところ見つかっていない」

『……ちょっと待ってくれ』


 友が何か考えているのが水晶越しからでも感じられる。他に気づく点があったようだ。軍略としての知識はなくとも、そう言った点では友のセンスは十分に評価できる高さにある。


「何か腑に落ちない点でも?」

『いや、今のところ分かったのは緋の魔王が相当几帳面な奴だなってことだ』

「――少し解説を頼んでも良いかい?」

『最初に戦闘に入った箇所がいくつかあるだろ?それはほぼ同じ時刻だよな?』

「そうだね。後は少し遅れたのと、未だ移動中らしいものがあるけど」

『その遅れた奴らと移動中の奴らの移動先が別で、最短で戦闘に入るだろう場所だった場合はどのタイミングで戦闘開始になっていたと思う?』


 地図上のある駒を頭の中で少し前に戻す。動きがあったと報告があった時刻、そしてそれぞれが取りうる進路の中、最短で戦闘に発展すると思われる場所とその時間帯を逆算して……。


「そう言うことか。確かに几帳面な魔王だね」

『な?』

「妾にも分かるように説明せんか!」

「それぞれ待機していた魔物達が動き出した時間はまばらだった。だがそれらの進軍先が最短で戦闘に発展するだろう時刻はほぼ一緒になるように調整されていた。緋の魔王はそれを見越して時間を計算していたとみるべきだろう」


 遅れが発生しているのは魔物達の判断に任せたからだ。しかし同時刻に戦闘を開始させたいだけならば行動先も指定すべきではなかったのか?


『多分、緋の魔王はその気づきを遅らせたかった。だから時間の誤差を造ろうとしたんだと思うぞ』

「ということは……よし、通信を一回切るよ」

『ああ、急げ』


 通信を終え、その場にいる者達に指示を出す。内容は事前に指示した簡易的なものだ。


「なんじゃ、せっかくの通信じゃったのに」

「それは同感なんだけどね。そろそろ緋の魔王軍に動きがある」

「何故そう言い切れるんじゃ?」

「この気づきは遅かれ早かれ起こっていた。緋の魔王からすれば大して問題のない範囲だろう。それでもわざと遅れるように仕向けたってことは早期に仕掛けるつもりがあるということだ」


 全ての箇所で完全に同時に戦闘が発生すれば、互いの戦場の情報を知る術のある者ならば直ぐに何か意図があると気づく。緋の魔王はこちらの情報戦の構えも、金の魔王の力も視野に入れて行動しているとみて間違いない。

 今のところは優勢だが、恐らくはひっくり返される可能性が高い。勝敗がつくその瞬間まで、決して油断することはできない相手だ。

 友もそれを察知して今頃戦場をくまなく観察しているだろう。こちらも頭を目一杯回転させていかねば。



ゼノッタ「いてて……なんだが知らないが、誰かの言葉が突き刺さった痛みがあるな。まあ気のせいか」


さて、また魔物の名前を考える作業が始まります。フィーリングで決めるけどゴロの良い単語ってなかなか……。


今回でデザインラフ紹介はいったん終わりとなります。最後に紹介するのは今回の章で出番の増えているマリトです。

挿絵(By みてみん)


主人公と真っ先に親密な関係になり、彼のメンタルを叩き直し、善悪共に受け入れる良き理解者。ついでに同じベッドに寝転ぶというメインヒロイン最大手ですね。マリトを超えない限りは正ヒロインと認められません。

そんなマリトですが、ユグラの影響を受けていない存在の中では最もチートな人です。戦闘キャラじゃなくて本当に良かった。



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― 新着の感想 ―
金の箱庭とマリトの頭脳が揃うと、 世界制覇も楽にできそうだなw
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