そして日は過ぎる。
しっかし、ガーネって何と言うかすげーとこだったな。うん。
会談にはガーネ国王、金の魔王も出席するってんで、ガーネについて行ったのは良いものの何もすることがなかった。
屋敷の掃除でもするかと思いつつも、ごつい騎士達がひしめき合っているところとか心が折れる。育ちの悪さって奴ですね。
結局俺だけ蚊帳の外ってことでガーネの観光をしていたわけなんですがね。まあ、遠い未来にあるジェスタッフの兄貴の国造りへの勉強にはなりましたよっと。
「分かりやすく拗ねているな、ハークドック」
兄弟は戦争の準備ってことでターイズに戻ることになった。主な理由はターイズ城でやっている魔法研究だ。なんやかんやで俺も見に行けなかったからな。こうして同伴している。
途中までは姐さんもいたんだが、ラグドーとかいうなんかすっげー強そうな騎士に呼ばれて離れていった。『城の中だから大丈夫だろう、何かあれば叫んでもらえれば数秒以内に駆け付ける』って、すげぇよな。多分本当に数秒で飛んでくるよな。
「流石は兄弟、俺の心の中に潜む不満をしっかりと見極めてくれやがるな」
「滲ませているのに潜むもあるか。『金』が傍にいる状況じゃお前と一緒に行動できないだろ」
結局はそこだ。ガーネ滞在中でも三回は出遭っちまったからな。当然気絶ですよ、はい。
むしろ兄弟じゃなくて俺に会いに来てるんじゃねぇのってくらいには容赦なかった。実際には兄弟に会いに来たついでに近くに俺がいたら顔を見せようとしてくる。マジ性悪だわ、あの魔王。
「魔王って奴は人が気絶するのがそんなに楽しいんですかね!」
「否定したいところなんだが、『金』も『紫』もお前のリアクションを楽しんでいるのは事実だしな。多分『蒼』も楽しみだすぞ」
全員じゃねーか。蒼の魔王はまだ兄弟の傍にいようとはしねぇらしいからマシだが、残りの二人はむしろ傍にいようとしてやがる。
いや、まだ紫の魔王は良い。側近のデュヴレオリって悪魔がきちんと布団とか掛けてくれるし。いやいや、良くねぇよ。ちょっと優しくされるだけでほだされるって、純情過ぎるだろ。
「今日はいねぇんだろうな?」
「今頃『蒼』はターイズへの帰路の途中で、『紫』はミクスとトールイドさんの鍛冶屋だ。『金』は別荘で内政しているな」
「結局こっちに来たのかよ。大臣にチクってやりてぇ」
「もうチクった。開戦前には簀巻きにして持ってきてくれってルドフェインさんに言われた」
「仕事早ぇな。――っと、この部屋だよな?」
「そうだ」
兄弟がノックをすると『どうぞ』の返事。扉を開け、中に入るとそこには女が二人。何やら良く分からない作業をしていた。
メイド服の女に、えらいちっこい子供。見ただけで気を失わねぇってことは蒼の魔王は不在らしい。
「あ、にーちゃんなのだ!あとそっちのガラの悪そうなのは誰なのだ?」
「誰がガラの悪そうな、だ。――いや、悪いか。ハークドックだ」
このサングラスを掛けていると何割増しかで威圧的になっている気がする。眼が見えねぇ外見ってのはこんな欠点もあるんだよな。
それはそうとこのちっこいのが大賢者バラストスの弟子か。この年にしちゃあ規格外な魔力保有量に安定性だ。文字通り生まれつきの天才って感じ。
「ああ、聞いていますよ。お兄さんのお手伝いさんですよね?」
「おう。そういう意味ではお互い一緒だな」
こっちのメイドは……良くも悪くも普通。特に目立った感じの力とかは感じねぇ。クアマとかで見るメイドと比べりゃ、魔法をある程度使えそうって感じか。
「ルコ様は全然違うのだ」
「様付けって、変な関係だな」
「ノラちゃん?」
「ルコ様はこの国の王様が狙っている女なのだ」
「……マジかよ」
「ノラちゃん!?」
え、マジで?この国の王ってあのマリト王だよな?いや、女の趣味としちゃ悪くねぇと思うがメイドって……。あ、いや、でもありか?俺個人としちゃありだわ。普通に考えて尽くしてくれそうだし、礼儀作法もちゃんとしてるし。俺の場合身分も関係ねぇし。
「なるほど、それでこの場所を任されてるってわけか」
「ち、違いますよ!?マリト様には良くしてもらっていますがそんな――」
「違うのか。ビックリした」
「ハークドック、一応補足しておくがマリトがルコ様を狙っている云々はさておき、マリトがこの魔法研究の責任者を任せるだけの理由はあるんだぞ」
「お兄さん?」
「へぇ、そいつは知りてぇな。探知魔法だけじゃこれといった特徴が掴めなかったからな」
「単身でそこのノラを殺そうとした魔王の前に立ちはだかって、追い払った。ちなみに現存するどの魔王よりも強い奴からな」
「……マジかよ」
俺なんか魔王を見ただけで気を失うのに。その時点で俺より格上だわ。以前無色の魔王の話を兄弟から聞いたけど、きっとそいつなんだろう。
「追い払ったとかじゃないですよ!?あれはあの人が勝手に諦めただけで……」
「いやいや、諦めさせるだけでもすげーって思うぜ?」
「そうなのだ。ルコ様は凄いのだ。ひれ伏すのだ」
「お、おう。ははー」
「本当にひれ伏さなくて良いですよ!?」
まあひれ伏す真似はノリに合わせただけだが、実際にすげーと思ったのは本当だ。
能力を見ても俺よりも弱いのは確かだ。兄弟よりは強いと思うが。そんな奴が魔王の前に立ちはだかるとか、まともな神経じゃねぇ。
もしも兄貴が危険に晒されているってんなら俺も同じことはしようとするだろう。その時、足が動くのか、声は出せるのか。いや、そもそも本能様の蹴りに意識が持つのか。
才能や力がなくとも勇気があるってのは良いことだし、それで誰かを救ったってんならそれは純粋に尊敬できる偉業だ。
「にーちゃん、例の指輪はどうだったのだ?」
「概ね好評だったな。本当ならもう少し複雑な命令もできれば良いんだが。結局操る人間のモチベーションもあるからな。大量に用意する分にはシンプルな方が良いだろう」
「魔王のねーちゃん達の魔力だけを収納して、装備者の意志を魔力に干渉させる方法もできなくはないのだ。ただ操作がかなり難しいのだ。まともに使えるのはエクドにーちゃんくらいだと思うのだ」
「そのエクドイクは魔物を従えて戦うタイプじゃないからな。使い道があるとすれば魔王達が他の魔王達の魔物を使いたい時とかだろうが……まあ自分の魔物に専念した方が楽だよな」
何やら真面目な話をしてるっぽいな。魔物を操るとかなかなか面白そうなことを話してんじゃねーの。まあ俺はこの右腕の悪魔すらまともに操れてねーんで、欲を出すのは自重しますがね?
「ノラなら問題なくできるのだ」
「ノラちゃんはダメですよ!?」
「戦場に出ることは良しとしないが、もしもターイズ本国が襲われるようなことがあれば使うのも良いかもしれないな。他に頼んでいた物はどんな感じだ?」
「二つとも注文通りにできていると思うのだ。確認してみるのだ」
兄弟は奥に行き、何やら道具らしい物を弄っている。俺としちゃあすっげー興味があるんだが……これってアレだよな?ターイズの開発している最新兵器とかだよな?下手に知ったらこの国の暗部に命を狙われるとかないよね?
「これは問題ないな。ただ今回の戦いには使わないだろうからこのまま保管で。こっちは――」
ええい。気になるじゃねぇの!もういいや、見ちまえっ!
誰も止める素振りはない。ノラもルコ様も変わりはねぇ。そうだよな。俺は兄弟の付き添いできてるんだ!
「……なんだそりゃ?」
兄弟が弄っている物を見たが、一体それが何なのかさっぱりだ。俺に学がねぇってわけじゃねぇ。ねぇのは事実だが。
手に握れるくらいの大きさ、剣の取っ手だけを曲げたような良く分からない形状をしている。
「名前を説明するより実際に使った方が早いな。ハークドック、使って見ろ」
「え、どうやって?」
兄弟はその謎の道具を俺に渡す。鉄の塊くらいの重さはあるな。まあ、武器って感じじゃねぇな。
「そこの壁に穴が空いている方を向けて、魔力を軽く込めながらそこについている引き金――出っ張りに指を引っかけて手前に引くんだ」
「こうか?――おわっ!?」
小規模な炸裂音と同時に道具から何かが飛び出した。赤い煙を出しながらそれは壁に命中し、地面に落ちる。そしてさらに煙を出してくる。あっという間に部屋の中が煙に満たされた。
「けほけほ、換気しなきゃな。ルコ、窓を開けてもらえるか?」
「撃つ前に開けましょう!?いや、でもこれ窓を開けると外の騎士達が心配して駆け寄ってくるんじゃ!?」
「問題ないのだ。空気を浄化するのだ」
ノラが浄化魔法らしき魔法で部屋の中の煙を徐々に消していく。こんな細かい魔法にも無駄が全くねぇ。ラクラの魔法構築速度にゃ負けるが、それでも驚くほどの速さだ。
「ありがとうな、ノラ。それは狼煙を撃ちだす道具だ。撃ちだす弾の種類で色を変えられ、各戦況の様子を遠目に伝えるのを目的としている」
「ああ、狼煙か。煙を起こすだけじゃ判断に困るもんな」
「後方にはユグラ教の通信用の水晶を持った者が控えているんだが、最前線の人間でも情報の素早い伝達ができればなと思ってな」
最前線で戦ってりゃ狼煙を上げるのも手間だ。確かにこれなら前線の現状を手早く後方に伝えられるな。
原理としちゃあこの道具の方に発火と射出用のエンチャントが付与している感じか?仕組みだけならそんなに難しくはねぇな。
「便利な物を考えつくもんだな。兄弟の世界の道具なのか?」
「狼煙を使う時代はとっくに過ぎている。といっても通信用の技術に関しちゃ再現が難しいからな」
「技術者ってわけじゃねぇもんな。ちなみに兄弟の世界の通信用の道具があったとして、どんなもんなんだ?」
「そうだな。この場でクアマ魔界にいるジェスタッフの顔を見ながら話せるな」
「……すまん。今のはなぞなぞか?」
「違う違う」
何をどうすればそんなことができるのか、全くもってわからん。やべぇなチキュウってとこは。でもそんなのがあれば、いつでも兄貴の様子を見れるってわけだ。便利なもんだ。
「兄弟の世界の武器とかはどうなんだ?戦争になるならそういうのを再現できりゃ強いんじゃね?」
「今お前の持っているそれ、本来なら小さな鉄の塊を撃ちだす武器の形状なんだがな。弓矢よりも速く飛ばせるって利点はある。だがこの世界の製鉄技術だと耐久面が不安定だ。カヤクもないしな」
「カヤク?」
「魔力のない世界だからな。代わりに爆発する粉を詰めて爆発させて弾を飛ばすんだ。ただ遠くの相手に命中させるためには、道具自体の精度や扱う人間の鍛錬も必要になってくる。素人の知識や技術だけで再現はちょっと無理だな」
ただこの道具、手軽に狼煙を上げることができる。この手軽さで矢よりも早い攻撃ができるってのはちょっとゾッとするな。こんなもんがアレば道端を歩くガキでも人を簡単に殺せるってことじゃねぇか。
「ま、矢くらい俺も叩き落せるけどな」
「だろうな。ガーネなら採用する可能性はあるが、あまり時代を早めるのもな」
「俺としちゃあ今のノラの浄化魔法の方がグっときたね。流石は大賢者の弟子ってだけはある。将来が楽しみじゃねーか」
「おだてても何も出ないのだ」
「魔法が出ただろ。それにお前さんは将来美人になりそうだ」
「悪いけどハークにーちゃんはちょっと好みの範疇じゃないのだ」
「……ぐふ」
悲しみのあまり膝が崩れた。まさかこんな子供に振られる日が来るとは……。いや、そもそもナンパとか成功した試しねーけどね!?
「ノラの好みってエクドイクとかか?」
「エクドにーちゃんも格好良いけど、ノラ的に一番なのはデュヴレオリなのだ。格好良くて渋いのだ」
「そういや『紫』と一緒に来てるもんな」
「悪魔じゃねぇか!?」
「魔王が人間のにーちゃんを欲している時代なのだ。偏見を持っても仕方ないのだ」
「そりゃぁそうかもしれねぇけどな……」
いや、確かに見た目としては美男子で、お姫様みたいな魔王の側近として厳格な態度で佇んでいるけども?それにしたってなぁ……。そう思うと兄弟が魔王に好かれているってのも何と言うかすげぇ話だよな。
「ハークドックだって人間のくせに亜人のジェスタッフの右腕だろ。それくらいの感覚だぞ」
「――ああ、そりゃ納得」
「凄い早さで納得しましたね」
俺が惚れ込んだのは兄貴の人柄だ。兄貴が亜人だろうが人間だろうが、関係ねぇ。魔王だろうが悪魔だろうが確かに問題ねぇな。
そうだよな。アイツ、気を失った俺を長椅子の上に運んでくれたし、毛布も掛けてくれたしな。あれ、冷静に考えると人生で出会った奴の中で五本の指に入る優しさじゃね?ていうか俺ロクな人生過ごしてねぇよな。
「悪かったなノラ。確かに大事なのは相手の何処を受け止めるかだよな。悪魔ってことを考えなけりゃ、確かにあの男ってのは見る目あるわ」
「でも悪魔の姿は全然見せてくれないのだ。そこはケチなのだ」
確か前に聞いたエクドイクとラクラの関係。ラクラに倒された大悪魔って他の悪魔と見分けがつかなかったとか言ってなかったか?
それに従うならデュヴレオリの悪魔の姿って……ただの魔物だよな?
「見てぇの?」
「興味が尽きないのだ」
「兄弟が紫の魔王に頼めば直ぐなんじゃね?」
「それじゃダメなのだ。ノラのお願いを直接聞いて貰えないと意味ないのだ」
……こいつはアレだ。きっと俺よりも恋愛上級者なんだろう。俺はまだ理解できる位置に立っていねぇに違いねぇ。そっと応援するだけに留めとこ。
「そっかぁ、頑張れよ!」
「ハークにーちゃんも頑張るのだ。まだまだ先は遠そうなのだ」
「うん。知ってる。泣きそう」
良いさ、今は兄貴の右腕に相応しい人間になるって目標があるんだ。きっとそれだけ成長できれば放っておいても良い女が寄ってきてくれるに違いねぇ。そう思っておこう。
待ってろよ将来の俺の女!あと数年以内に良い男になってやるからな!多分!
「この感じならマリトだけじゃなく、『金』も気に入るかもな。後で見せに行くか」
「そのためにゃまず魔王を見て気を失うことを治さなきゃだな……よし!次は気合を入れて気を失わねぇように踏ん張ってみるか!」
「急にやる気だしたな」
「あらゆることが俺の成長の切っ掛けだぜ。肉体は限界が近くても、心ののびしろはたっぷりってな!」
そうなんだよな。別に俺は最強になりてぇわけじゃねぇ。求めるのは強さじゃなくて強かさだ。強さに関しちゃ兄弟から学ぶことなんてほとんどねぇんだ。
この戦争が始まれば、きっと兄弟は更なる強かさを見せてくれるはずだ。それを見て盗む。それが当面の目標だ。
「何と言うか……元気な方ですね」
「学びたいことが目の前にあるからな」
「よっし兄弟!折角だから俺もちょっと魔法研究に携わせてくれよ!ぶっちゃけ雑用しかできねぇと思うけど!何事も経験だろ!?」
目標が定まったからと言って、他を疎かにしちゃいけねぇ。別に将来的に魔法研究をするような人生にはならねぇだろう。だが魔法研究をしている連中から学べることは何かしらあるはずだ。
なら学べる機会は何でも突っ込まねぇとな。大賢者の弟子と一緒に魔法研究に関われるって、冷静に考えりゃすげぇことだよな!
「お兄さん、ああ言っていますけど……」
「構わないだろ。魔法を使えない人間よりは雑用に使えると思うしな」
「ノラも構わないのだ。適度な実験体が増えたのだ」
「それはちょっと勘弁してもらえませんかねぇ!?いや、やってもいいけど今後の人生に支障がでねぇ範囲でな!?」
さぁて、やる気も出たしここはグッとノラに気に入られるくらいのつもりで役立って見せますかね!っと、扉をノックする音が。姐さんも用事が終わって戻ってきたか。
そう言えば姐さんも魔法を結構使えるんだよな。俺も魔法を取り入れた戦いとか覚えてみるのも良いよなぁ。どうやって訓練したのか聞いてみないとな。
「はーい、どうぞ」
「はいはーい!俺が開けますよーっと!姐さん、丁度いいところに――」
扉を開ける。するとそこには三人の――
「あら?確かいつぞやの?」
「お、ハークドックではないか。御主もおったのじゃな」
「誰こいつ?って顔色悪いけど大丈――」
「――きゅぅん」
兄貴、俺、頑張るよ。成果がでるかはわかんねぇけど。とりあえず、明日から。