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そして和む。

「この屋敷も久々だな」


 以前ガーネで世話になった時に借りた屋敷へと到着。使用人達も同じ顔ぶれなのだが、流石にこの数の騎士を前に威圧されている感が否めない。何せ以前は数人、今は数十人だ。

 先に騎士団の方々が屋敷の内部を見回っている。仮にも王が数日を過ごす場所だ。何かあってはと慎重である。魔王の手配した屋敷だしな、仕方ない。

 なおその魔王は目を離した隙に箱から脱出した模様。多分ガーネ城で涙を拭いている頃だろう。


「陛下、屋敷内の調査を完了致しました」


 現れたのは騎士団長であるレアノー卿とフォウル卿。レアノー卿はすっかりと慣れたものだが、フォウル卿の強面にはいささか慣れない。

 ゴッズと同じ強面なのだが、こちらは性格も厳格だ。多少の交流は行っているも、レアノー卿ほど心を開いてくれたわけではない。


「ご苦労。とは言えこの人数で一つの屋敷に泊まるのは流石に手狭だな」

「そこは問題ありません。傍の屋敷を複数手配いたします」


 ルドフェインさんが早速使用人に指示を出そうとすると、フォウル卿がそれを制止する。


「必要ない。我らは皆陛下の御身を護るために馳せ参じた騎士だ。部屋に入り切れぬ者達には庭に簡易拠点を作らせ、寝ずの番をしてもらう」

「そうですか。では必要な物資などがありましたら近くの使用人に命じてください」

「……あ、ああ」

「何か?」

「いや、自分で言うのも何だが、来客に庭で寝かせることを気にしないのだなと」


 本当に自分で言うなよって話である。まあフォウル卿のことだ、ルドフェインさんが『しかし我が国を訪れた者達にそのような真似を――』とか言い返された後の反論の言葉まで考えていたのだろう。


「『騎士とは、要望さえ満たしておけば、節度を守る良い客だ』我が王の言葉です」

「ルドフェインさん、言い方言い方」

「失礼、『騎士の行動には曲がらぬ意義がある。できる限り尊重せよ』が表向きでしたね」

「……なんだか腑に落ちないな」


 ルドフェインさん、騎士相手にまるで物怖じしないんだよな。フォウル卿も怒るに怒れないって顔だ。まあ実際はこの国の大臣、立場としてはフォウル卿よりも上なんだよな。

 そんなルドフェインさんは他の国の来客の相手もあるのでと颯爽と屋敷から去っていった。


「それで陛下の部屋ですが――」

「俺は友と同じ部屋で良い。ラッツェル卿達には隣室を用意させよ」

「し、しかし――」

「フォウル卿、私に詰まらぬ言葉を言わせるな」


 マリトが苛立ち気味にフォウル卿を睨むと、フォウル卿はその剣幕に圧され一歩下がってしまう。

 フォウル卿は言葉を言う直前、イリアスに視線を向けていた。フォウル卿が食い下がろうとしたのは、自分達よりもイリアスを傍に置こうとしていることへの対抗心だ。

 マリトからすれば『ラッツェル卿は友の護衛、傍に置くのは友のために当然のこと。そして何より、最も強い暗部の者が護衛にいる状況で意味のない見栄を張るな』といったところだろう。

 騎士団長達には暗部君の存在が知られている。その強さは不明だがラグドー卿が認めている以上、疑う余地はないのだ。

 ああ、あともう一つ。誰かさんと二人きりにするのが心配だとか言おうものなら、それは誰かさんを愚弄する行為だとか言いたそう。


「――申し訳ございません」

「我欲を滲ませるな。それ以外の部屋割りは貴公らの気のすむようにせよ。ミクスの要望くらいは通してやれ」

「御意に」


 二人の騎士達は深々と頭を下げ、その場を離れる。それを見届けた後、マリトは溜息を吐く。


「やれやれ。負けん気が強いのは悪いことじゃないんだけどね」

「お前を一番近くで護りたいって思うのは、騎士として自然なことだからな」

「まあね。――コホン、ラッツェル卿、今回は他の騎士達の目もある。友を護るのは当然として、傍を護るに相応しい振る舞いを心掛けよ」

「はっ!」


 イリアスもいつになく緊張している。目の前でフォウル卿が叱咤されそうになったことで自分のことを考えていたのだろう。

 マリトが気持ち半分のフォローをしようとして、お節介気味に気を遣った言葉を投げかけたってことに気づくのは、もう少し先のことになりそうだ。

 そのまま部屋に移動し、荷物を降ろす。以前泊まった部屋と間取りは同じだがベッドが二つあるのが違いだろうか。


「ベッドは一つでも良かったんだけどね」

「なかなかに怖いことを言ってくれるな」

「いやいや、そういう意味じゃないよ。別にこのサイズなら二人並んでも広々と寝れるだろう? 『お泊り会』的な感じになるかなーって期待してたんだけどね」


 そう言えば異世界交流で女子会やらお泊り会の話をした時、結構食いついていたな。

 一度『よし、ラッツェル卿の家に泊まりに行こう』と言い出した時はイリアスが凄まじい早さで土下座をして止められた。

 自分の家に王様が泊まりに来て、なおかつ隣の部屋ともなれば心労がマックスも良いところだろう。


「城に泊まったことなら何度もあるだろ」

「それはそうだけどさ。君と同じ部屋で寝るってことはなかっただろう?あっても一緒に朝を迎えるくらいだ」

「言い方、言い方」


 湯倉成也の残した本の解読の際には夜通しとなったのだが、マリトはその時の経験を結構気に入っていた。

 普段昼にしか会わない友人と、夜遅くまで戯れる行為は思春期では何とも言えない魅惑がある。だがマリト、お前いくつだよ。二十後半だろうに。


「ただあそこでフォウル卿を睨む必要はなかっただろ。気持ちは嬉しいとだけ言っておけば良かったんじゃないのか?」

「でも君だってこの部屋にフォウル卿達が武器を構えて、数日の間ずっと寝ずの番とかされるのは嫌だろう?きっちりと突き放しておかないと、そうなっていた可能性が高いからね」

「寝不足になる自信があるな」


 部屋の中に神経を研ぎ澄ませたおっさんたちの視線が無数にあるとか拷問もいいところだ。イリアスやウルフェがそうしたって満足に眠れる気がしない。


「ラッツェル卿と自分を比較するだけならまだ良いさ、騎士同士だからね。でも君と二人きりになることに関して君にまでケチをつけられると思ったらついね」

「友達想いなことで」

「――友達想いか……」


 マリトは天井を向きながら自分のベッドへと倒れ込む。どうもセンチな気配を感じるが、どうしろと。


「なんだ、急に」

「いやさ。俺は君の友として正しく振る舞えているのだろうかって、思う時があってね」

「人を友呼ばわりしておきながら、いまさらだな」

「王としての実績なら十分にある。だからこそ自信を持って責務をこなすことができる。だけど友達は君一人なんだ。正しいかどうかなんて簡単に分かるわけがないだろう?」


 友達いないもんな、こいつ。って言い方は可哀そうか。王様だから仕方ないというのは事実だが、それでもマリトは人間だ。自分にないものに憧れる気持ちは人並みにあるのだろう。


「立場を気にするなら他の国の王と仲良くなれば良いだろうに」

「王同士の関係となると、友情とかは二の次にならざるを得ないのさ。まあ君を狙うような輩だ。わざわざ慣れ親しむつもりはないけどね」

「あんまり拘束してくる友人はちょっとな……」

「うん。自分で言っててもちょっとどうかなって思った。だけど君が他の国に行ってしまえば一緒の時間が減るのは事実だ。少しくらいは欲張っても良いだろう?」

「実害がなければな――っと」


 マリトの横に同じように倒れ込む。確かにこのサイズのベッドなら大の大人が二人で寝ても広々だ。同じ布団で寝るというのは気が引けるが。

 特に話題も思いつかないのでぼんやりと天井を眺め続ける。マリトも同じようにしていたが、やんわりとした口調で呟き始めた。


「――こうやって天井を見上げるだけでも、感慨深いものだね」

「ただの天井だろうに」

「変哲のない光景でも、誰かと一緒に見るというのはそれだけで特別なものになるのさ」


 その言葉を聞いて『紫』の一件の時にターイズ城で見つめた天井のことを思い出す。

 ターイズやメジスの立場、『紫』の想い、様々なものに圧され日和っていた時、マリトに殴られたあの日。

 歯が折られるほど強く殴られたような出来事だ。あの時の記憶は鮮明に思い出すことができる。それこそ何の変哲もない部屋の光景も。

 マリトからすればこうして誰かと天井を見上げるだけでも、それに匹敵するほどに特別な出来事なのだろう。


「お安い王様だな」

「だろ?沢山買ってくれると嬉しいね」

「――ま、一応答えておくけどな。友との関係に正しさなんてないぞ。友達が百人いれば百通りの違いがあるんだ」

「友達が百人かぁ……それはすごく楽しそうだ……」

「その分一人一人の関係が薄れるけどな。広すぎるのも問題だ」

「それはそうだろうね。なら君一人だけってのも悪くないのか……うん、友が君一人だけで良かった」


 聞いていて悲しくなる台詞だ。色んな意味で。


「流石に一人は少なすぎるぞ」

「人である前に王だからね。人としての生き方を楽しめる時間は限られている。ならその限られた時間をより濃いものにしたいとは思わないかい?」

「理解はしてやる。だけど『俺』は王じゃないからな」

「王を理解してくれるだけでも素晴らしい友だよ、本当」

「さいですか。ま、『俺』から見ても良い友だと思うさ。そのぎこちなさを含めてな」

「はははっ、手厳しいね」


 マリトの様子が妙なのは大分前から感じ取れていた。理由も大よそ察している。

 これから大国同士で協力し、緋の魔王に立ち向かうこととなる。そのことにマリトは一抹の不安を抱いているのだ。

 若くして賢王と呼ばれその実力を認められた王といえども、戦争の経験があるわけではない。

 しかし各国の戦力を考慮すればターイズの立ち位置はかなり重要なものとなる。だからマリトは誰かに弱音を吐くことができない。許されない。それこそ友と呼ぶ相手にもだ。

 こうしてとりとめのない会話をしているのはそのためだ。気持ちを満たし、心の平安を得ようとしている。流石にぎこちなさすぎる。不安を抱いているのが丸見えだ。


「だが正しい友の使い方だ。それくらいなら気兼ねなく利用してくれ」

「――ありがとう。この礼はいつかきっと」

「何を言ってるんだ。以前『俺』をぶん殴って喝を入れただろ、今返しているのはこっちだ」

「ええー。あれは君が強くなって俺を殴るってことで決着ついただろう?」

「本当にそれで行くのかよ……」

「一生忘れられない痛みを期待しているよ」

「そんなレベルで殴ったら暗部君に殺されるわ!」

「大丈夫さ。……大丈夫だよね?」


 多分大丈夫じゃない。契約魔法でがっつり護ることを定められている暗部君が反射的に動くだけで死ねる自信がある。


「今のところ親友さんの攻撃では、契約魔法の制約はピクリとも動きませんね」

「まあいるよな」

「いるんだよね」


 しかも声の位置的に枕元に立ってるな。ご先祖様かお前は。


「蜜月をお邪魔して申し訳ございません」

「言い方、言い方」

「構わないさ。十分に満足できたからね。見せつけられるだけってのも辛いだろう?」

「言い方、言い方」

「ご心配なく。私は見るだけで満足できる類の人種ですから」

「わざとやってるなお前ら!?」


 ◇


「はぁ……心が洗われますな……」

「そうですか……」


 部屋割りが決まった後、ミクス様が私達と同じ部屋が良いと強引に割って入ってきた。

 フォウル卿も最初は戸惑っていたらしいが、ミクス様の要望を断れるはずもなく……。

 結果ラクラを含め、二人用の部屋に四人で泊まることになった。

 どうしよう。正直緊張せざるを得ない。ウルフェやラクラは平然としているが、私は騎士だ。

 陛下の妹であるミクス様と同じ部屋……陛下に振る舞いに気を付けよと言われた矢先にこれは……大丈夫なのか?

 そして肝心のミクス様は壁に耳を当て、隣の部屋にいる陛下達の会話を聞いているようだ。

 壁の厚さ的に聞こえるとは思えないのだが、魔法で聴覚強化をしているのだろう。流石と言うべきか。

 物凄く恍惚の表情をしているのだが、それほどにも徳が高い会話をしているのだろうか。彼はときおり身のためになる話をすることがある。それならば少し聞いてみたい気持ちはあるな。


「ミクスちゃん、尚書様達は何か面白い会話をしています?」

「とりとめのないダラダラとした会話をしておりますな!」


 急に聞いてみたい気持ちがなくなった。剣の手入れでもするとしよう。


「それは羨ましいでしょうねぇ」

「ええ、ですが羨ましいよりも嬉しいのです。私は身分を捨て冒険者となった時に多くの経験を得ました。その一部を兄様と共感できる。とても嬉しいのです!」


 なるほど。そう考えると陛下がそう言った会話をしている光景は特別に映るかもしれない。そしてそれができるのは今のところ彼しかいないのだろう。

 彼が陛下に悪影響を及ぼすのではと考えていた自分が情けない。悪影響どころか、彼は陛下にかけがえのない経験を与えているのだ。

 ……いや、冷静になると陛下が私の家に泊まりに行きたいとか言い出した原因は彼にある。

 悪影響もあるにはあるのだ。油断してはいけない。うん。

 それにしても陛下と彼の関係を考えると、ついサイラのことを思い出す。また暇を見て買い物にでも誘うとしよう。


「むっ!?この気配、ご友人……まさか兄様と同じベッドに!?」

「まぁ!私も聞きたいです!」


 二人でダラダラと喋るのなら近場に座るだろうに。陛下は元々彼の傍に座って会話することがほとんどだ。何故ミクス様はそんなにも興奮しておられるのか。

 きっと私には理解できない、ミクス様の視点ならではの価値があることなのだろう。それにしてもさっきから表情がコロコロと変わって、本当に忙しない方だ。


「――本当に、良かったですね。兄様」


 突如、ミクス様の表情がとても柔らかいものとなった。その表情はとても優しく、慈愛に満ち溢れているように感じた。

 その表情を見た私は思わず呼吸が止まり、胸がギュっと締め付けられる感覚に襲われる。

 よもやあのような優しい顔に動じさせられるとは……陛下に威圧された時を思い出す。流石は陛下の妹君、感情を顔に表す才能が優れておられる。

 しかし、本心からあのような顔を出せるということは、ミクス様にとって本当に嬉しいことなのだろう。感情をここまで表現できることは少しばかり羨ましいことだと思ってしまった。

 彼は陛下やミクス様にとっても、大事な位置にいるのだな。


「……くっ、余計なのがっ……!」


 うわぁ、凄く嫌そうな顔。隣の部屋に人の出入りがあった気配はしない。多分陛下の護衛の暗部が会話に入ってきたのだろう。


「いや、これはこれで……!」


 うん。この表情の変化を見ているだけでも結構面白いのかもしれないな。

 よく見るとウルフェもミクス様やラクラの反応を見て楽しんでいる。盗み聞きよりかは体裁の良い暇の潰し方だろう。

 結局私もミクス様達の反応を楽しみつつ、暇を潰すことになった。



暗部君「(ところで隣の部屋で陛下の妹君とラクラさんが聞き耳を立てているのですが、まあ良いでしょう)」

マリト「(なんだか隣の部屋でミクスが聞き耳を立てているような気配がするが、まあ良いか)」

主人公「(そういやミクスとラクラあたりが聞き耳を立ててそうだな、まあ良いや)」


――――――――――――――――――――――

今回も書籍の宣伝がてらキャラクターデザインラフの公開です。第二弾は 『犬の骨』看板娘のサイラです。

活発なイメージの女の子、イリアスにとって貴重な同年代かつ同性です。

なおゴッズとお揃いの犬の骨エプロンはサイラのお手製です。

挿絵(By みてみん)



重版も入ったことで三周年フェアや店舗特典の在庫が気になるところではありますが、多分まだあると思います。

でも一番気になるのはサイン本を何冊か依頼されたのですが、それが何処で使われているのか不明だという点でしょうか。多分東京の何処かで使われているとは思うのですが、見かけた人は教えてくださると嬉しいです。



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― 新着の感想 ―
金の箱庭を使えば、 マリトも冒険者の体験できそうですね。
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