そして同情する。
ガーネで行われる会談に参加するため、陸路を馬車で移動する。
ここ最近エクドイクやクトウを利用しての飛行移動の日々が続いていたが、こうして馬車に揺られながら大陸を進むと言うのも乙なものだ。
ただまあ、この警備の厚さは少々景観を台無しにしているわけではあるのだが。
馬車の周囲に視線を向けると、そこには大勢の騎士達が馬に乗り、馬車の速度に合わせて並走している。
理由は言うまでもない。この馬車にはターイズ国で最も価値のある人物が乗っているのだ。
「いやあ、まさかターイズを出る日が来るとは思わなかったね。実に新鮮な気分だ!」
「なあマリト。別にお前じゃなくても、ミクスやラグドー卿でも良かったんじゃないのか?」
「その意見には同意するけどね。だけど魔王が招いた会談だと言うのにゼノッタ王が直接赴くと宣言してくれちゃったからね。騎士国家を束ねる王が尻込みする姿勢を見せるわけにはいかないさ」
いや、ゼノッタ王と『金』って絶妙に仲が良くなってるんだよな。男女の関係と言うより、こう、なんだろう。女子同士でわいわいしているような、そんな感じ。
ゼノッタ王は自分の目で見て信じたことは疑わないタイプの人間だ。それが異世界人であれ、魔王であれ、自分に益のある存在ならばあっさりと受け入れる。
そんなゼノッタ王の気軽な行動がこの物々しい行軍へと繋がっているのだ。影響力だけならば立派な王だよ、あの人。
「エウパロ法王も来るだろうな。トリンやセレンデは――どう思う?」
「クアマやメジスの代表は当事者として関わっているからね。だけどその二国はほとんど実感のないまま今を迎えている。王が直接顔を出す可能性は低いかな」
「実感があってもどうかと思うのが普通なんだがな」
この護衛の騎士達はマリトが用意したものではない。マリトがガーネへ向かうことを知った騎士団長達がこぞって同伴を求めたのだ。
ターイズの騎士達も大よその事情は聞かされているが、個人差があることは否めない。
こちらが湯倉成也と同郷だということはほぼ知れ渡っているが、魔王達の情報まで事細かく知っているのはラグドー隊と各騎士団長クラスだけだ。
ラグドー隊の面々は直接魔王とも面識があり、このややこしい人間関係も把握してくれている。
だがレアノー卿を始めとした他の騎士団はマリトの『問題ない』と言う言葉を鵜呑みにさせられている状況に近い。
まあレアノー卿に関してはある程度親しい関係にもなっているので、魔王を信じると言うより、誰かさんを信じてやるといった感じである程度の理解は得られている。
「ま、これから先忙しくなるんだ。ちょっとした息抜きがてら、友と外泊と思えば悪い話でもない」
「その辺の身の重さは王様ならではだよな」
現在ターイズ国の留守はラグドー卿が預かっている。ラグドー隊の皆さんも同様だ。
数日くらいならば全く問題ないだろう。問題があるとすればむしろこっち側だ。
ガーネ国王が魔王だと知っている騎士達の表情は硬い。当然といえば当然なのだが。
イリアスだって『金』と出会った当時は、相手がガーネ王だってことを忘れ、開幕斬りかかっていたほどだ。地球人の皆さんが見ていたら『なんだこいつ、いきなりやらかしやがった』くらいには思っていたことだろう。
だがそれほどまでにユグラ教と歴史が造り上げた魔王達への評価は悪い。過去に自分の親族が死ぬ原因となった魔物の生みの親だったりするわけだ。マフィアに家族を殺された人からすれば、魔王はマフィアのボス。そりゃあ恨む。それも世界規模のマフィア、被害者は計り知れないのだ。
何もできずに始末された『金』はまだしも、歴史的大罪人である『紫』と『蒼』の扱いには細心の注意を払う必要があるだろう。
ちなみに『紫』はお留守番。『籠絡』の力と言うチート能力がある以上、マリトの傍には極力『紫』を置かないようにしなければならないからだ。
他の国の代表の前に連れ出そうものなら、それだけで宣戦布告と取られてもおかしくないしな。
当人がマリトに使うことはなくとも、マリトを護らねばならない者からすればストレスの原因だもんね。
「この身の境遇を嘆いたことはなくとも、自由に空を飛ぶ鳥を羨ましく見ることはあるさ。特に仕事が積み重なった日とかはね」
「人間らしい王様で何よりだ」
エクドイクと『蒼』はクアマ魔界で作業中。あいつら仲良くやってると良いんだけどな。
ミクスもガーネに同伴するのだが、同じ馬車は避けることになった。狭い空間にマリトと長時間一緒にいては、緊張に耐えられる自信がないのだとか。
マリトは少しだけ残念そうな顔をしていた。ハークドックとラクラはミクスと一緒である。
マリトとラクラの関係もちょっと距離感あるよな。ラクラも流石に立場的に上過ぎる相手ではフリーダムには行動できないのだろう。
そしてこちらの護衛にイリアス、マリトの護衛にはなんとウルフェが抜擢された。
誰もがこぞってマリトの近衛を希望し、収拾がつかないことに苛立ったマリトの独断である。実際のところ、実力だけならウルフェはラグドー卿クラスなのだから文句を言える者は少ない。どの道本命は暗部君なのだが。
「ししょー、ガーネが見えて来ました!」
「お、本当だ。マリトからすれば直接見るのは初めてだよな」
「そうだね。魔王の国と言うのも個人的には興味の対象だからね。良い所はどんどん奪わせてもらうとしよう」
「ほどほどにな。魔王に感化されたとか言われるようになったら後々面倒事になるぞ」
「ははっ、それはありそうだ。だがゼノッタ王に比べればずっとマシだろうさ」
「あのおっさん、真似出来るところはガンガン真似るだろうしな」
「そういう意味ではクアマは柔軟性に富んだ国だと言えるよね」
ターイズは誇りに、メジスは教えによってその身を縛られている。その分良いものもあるにはあるのだが、変化を求めるマリトにはあまり魅力的には映らないようだ。
「『俺』はお前の統治するターイズが一番だと思っているけどな」
「――それは王としても個人としても嬉しい言葉だね。でも一番古臭い国だよ?」
「そこは歴史があるって言えよな。イリアスが複雑な顔をしているぞ?」
「確かに王らしからぬ物言いだったな。許せラッツェル卿」
「いえ、そんなことは……」
イリアスがこちらに話を振るなと言いたげな視線を向ける。流石にマリトとイリアスの関係はどうしようもないよな。無理に絡ませるのは可哀そうか。
「これは変わってしまった世界の住人だからこそ言えることなんだろうがな。ある程度満たされた環境になってくると、人は伝統や歴史を再び重んじようとするだけの余裕が出てくる」
「変わってから思い出す、不変への名残惜しさってやつだね」
「だけどそれだけじゃない。こちらの世界の言葉に温故知新と言うものがある。故きを温ねて新しきを知ると言う意味だ。マリトは今のターイズを古いと思いながらも、それらの歴史を基準として変化を求めている。それは当たり前のようであって難しいことだ。古いもの、新しいもの、その両方の価値を理解する必要があるからな。マリトのそういった方針はシンパシーを感じられる」
「なるほど。理解することが君の生き方だからね。理解を大事にする国は好ましいと」
マリトは何かに納得した様子で、嬉しそうに頷く。
「これでマリトの頭まで固けりゃ、とっくにガーネに移り住んでいただろうけどな」
「融通の利かない騎士国家じゃ君の個性は活かせないだろうからね。我ながら良い仕事をしたものだ」
ガーネ本国へと到着し、簡単な手続きを済ませる。大所帯で現れたターイズの騎士達はガーネ国民からすれば稀有な存在だ。視線が熱い。
だが彼らの表情には不安そうな印象は見られない。騎士達の行軍は絵になっているからね。
ガーネの雰囲気は変わっていないが、最も外側にある第一層の開発状況は随分と進んでいる。これは各層の名前が変わる日も近いな。
「内側から一層二層と名前をつければ良いだろうに」
「適度に名前を変えることで時代の変化を意識させたいだとさ」
「役人泣かせだね。上の気まぐれに振り回される身にもなって欲しいものだ」
「王様が言うと凄く良い言葉に聞こえるよな」
以前との違いはもう一つあった。第一層に入って直ぐに迎えの馬が走って来た。
馬に乗っているのはガーネ国の大臣、ややきつめなクールビューティといった印象を受けるルドフェインさんである。
互いに乗り物から降り、挨拶を済ませる。
「ようこそターイズ王。予定よりも随分と早くお着きになられたのですね。満足なお迎えもできずに申し訳ありません」
「ターイズの馬は足が速いからな。面子を潰したのであれば詫びよう」
「そんなことはお気になさらずに。そしてお久しぶりですね悪友さん」
久々に会ったら随分と評価が悪くなっていた。軽くショックである。
ルドフェインさんはこちらの馬車に合流し、一緒にガーネ城へと向かうこととなった。
「その様子だと、色々事情を聞かされたようですね」
「ある日大臣や将軍達を集め、『妾は実は魔王での』となかなかに素敵な爆弾発言をされましたね。しかもガーネ国にいたのは分身で、本人はターイズで貴方と遊んでいたと」
全部バラしやがったのか、あんにゃろう。そりゃあ悪友扱いされるのも当然だわな。
「遊んでたわけじゃないんですがね。それにしてもよくそれで問題が起きませんでしたね」
「起きましたよ。まず皆が信じるための答弁で随分と手こずりました。そして当然の如く王に不満を抱く者も現れました」
「それで、『金』はなんと?」
「『妾を王と認めぬのであればそれも構わぬ。だがその者は他の皆が認める妾の代わりを用意せよ。それができるのであれば喜んで王位を譲ろう』と」
「なるほど、力ずくだ」
そんな奴、そうホイホイといるわけがない。『金』の『統治』の力は現実と同じように動く仮想世界を創り出し、トライアル・アンド・エラーを繰り返すことで善策を導き出せる。
そんな検証の自由を得ている王以上の政策を行使するには、マリトのように賢王とでも呼ばれる傑物でなければ無理な相談だ。
「そもそも『金の魔王』……いえ、『黄の魔王』でしたか。正直誰も聞いたことがありませんでしたし。直接恨んでいる者はいませんでしたから」
まあユグラ教の伝承でも『黄の魔王』に関する情報はほぼ皆無と言った状態だ。
湯倉成也が『そう言えばこいつも倒したよ』と付け足した程度の存在である。ある意味では最もヘイトの少ない魔王と言えるだろう。
「ただ国民には流石に伏せていますね。無駄に混乱を招いても仕方ありませんので」
「ルドフェインさんはほとんど変わっていませんね」
「ええ、まあ。王は元々隠し事が多く、胡散臭さに足が生えたような方でしたし。魔王だと言われても『そうでしたか』くらいにしか思いませんでした。有能な方には違いありませんし、国を良くするために働いてくださるのであれば、別に性格が悪かろうが素性が魔王だろうが支障はないでしょう」
すげぇ、此処までドライに判断できる現地人ってどれだけいるんだろう。ただルドフェインさんが純粋に『金』に興味を持っていないだけのような気もする。
「ルドフェインさんを大臣に登用した『金』の判断は正しかったようで……」
「含みのある言い方ですね。一応私個人としても王のことは尊敬していますよ。目に余る悪友さんとの関係も許容できるほどです」
「でも悪友呼びですよね」
「大臣としてはそう見ざるを得ませんので。以前も私の知らぬところで楽しんでいたようですし」
割と根に持つタイプだな、この人。
「いや、友よ。その大臣の言うことは間違いじゃないさ。あれは性悪だからね」
「いやいや、大臣の前で王様を悪く言ってやるなよ」
「お構いなく。執務より殿方の傍を優先し、国をかき乱すような愚王です。当然のことを口にすることは罪とは言えないでしょう」
「言えるとは思うけどね?本当に尊敬してるの?」
「能力だけは」
人格が微塵も評価されてないってのは、他人の話であっても悲しさが湧いてくるんだな。
そういや『金』がルドフェインさんって仕事以外の付き合いを全くしないとか言ってたな。
トップと二番手がこんな関係で大丈夫なんだろうか、この国。
「うーむ。ターイズに欲しいな。いっそ妃候補にも……」
マリトはマリトでルドフェインさんを気に入っている。確かに王相手にも物怖じしないと言うのは、マリトからすれば高評価ポイントである。
君王様だから二股とか全然大丈夫なんだろうけどさ、妃にするならせめてルコとの関係を発展させてからにしようね?
「そう言えば『金』の本体って今はガーネ城に?」
「おや、ターイズに残っているのでは?」
「え、ガーネに戻ったとばかり……」
「まあ分身はガーネにいるので、会談には問題ないでしょう。些細なことです」
「王不在を些細と言えるのは凄いですね」
別荘にはいなかったのを覚えている。先に一人で帰ったのならばルドフェインさんに顔くらい見せていると思ったのだが……。まあ、どこかしらにいるだろう。
それはそうとちょっと小腹が空いて喉も乾いた。馬車の速度を以前のものと同じと考えていたのだが、予想以上に早くて食事時間がずれて食べず仕舞いだったのだ。
確か道中の食料を入れた箱がこっちにあったな。果物でも食べるとしよう。
箱を開け、中を覗き込む。そこには何故か涙目の『金』の姿があった。
「……」
「……」
きっと茶目っ気で誰かさんを驚かそうと思って、荷物に隠れ潜んでいたのだろう。
しかし誰かさんとマリトが同じ馬車で行くこととなった。その状態で姿を見せれば『子供のような悪戯をするな』とか馬鹿にされると思ったのだろう。そして今の今まで出るに出られず……。
当然今の話の流れも全部聞いていたというわけで。まあやんちゃなコイツにも人の心はあるということで。
とりあえず『金』の頭を慰めるように撫で、横にあった果物を取り出して蓋を閉めておいた。
多分ここにいることがバレても、誰一人気まずい顔をしてくれない。それはとても可哀そうなことだと思った。
視線を他の者達に向けると、ルドフェインさん以外の全員がこのことを知っていたのだと理解した。
何とも言えない顔をするイリアス、箱の中は楽しそうだなと見ているウルフェ、笑いを堪えているマリト。
「ル、ルドフェインさん。今度『金』とお酒でも飲んで、ゆっくり話し合って親睦を深めてみては?もっといろんなことで尊敬できるかもしれないし――」
「そんなことのために私的な時間を削りたくはありませんね」
これはダメだわー。ごめんなー『金』、とりあえず取り繕おうと思ったけど無理だわー。
箱が震えている。多分これ以上のフォローの失敗は『金』が泣きながら飛び出していくことになるだろう。
諦めて果物を食べるとしよう。そしてマリト、こいつ本当に楽しそうだな。