そして打ち解ける。
「また随分と難儀な注文をつけてくれたもんだな。ま、やるがな」
ご友人に頼まれ紫の魔王と共にトールイド殿の鍛冶屋へと足を運び、魔具の製造の協力を願い出たところ、あっさりと承諾。
私もこの方にはクセのある仕込みナイフなどをご依頼しているので信頼は抜群。
「流石はトールイド殿! やはり頼りになりますな!」
「おだてても納期や費用は楽にならねぇよ。しかしあの兄ちゃん見ないうちに出世したもんだな。イリアスの連れから今や陛下と肩を並べる立場とは」
トールイド殿には事実を打ち明けるべきか悩んだのですが、デュヴレオリ殿を一目見て『人間じゃねぇなお前』と容易く見破られました。
ヘタに隠し事をしても隠し通せる気がしなかったのでここは素直に説明し、説得しようと思ったのです。結局説得するために考えた話の大半が無駄に終わったのですが。
「それで、設計図とかはあるのか?」
「設計図と言うより、仕組みを図示した物ならあるわ?」
「どれ、見せてみろ。……エンチャントを乗せるのと仕組みは似てるな」
「魔石を付与するだけならそうよね? でもそこにさらに魔物を組み込むのよ?」
人間達の間にも魔力を通すことで魔法が発動する武器は多々存在しております。
以前ご友人を襲ったパーシュロ、彼が使用していたガントレットがそうですな。
魔力を通すことで複合魔法を発動できるエンチャント武器、確かに強力ではありますが実は結構欠点も多いのです。
一つは燃費の悪さ。他者が用意した魔法構造を利用した魔法の発動には通常以上の魔力を使います。
私の仕込みナイフの場合、構造の仕込みから全部手製でやっているのでそこまでの負担はないのですが、他作の武器ともなれば魔力に自信のある方以外は実戦には使えません。
次に質。複雑な魔法構造を仕込むには魔石や術式を刻み込むそれなりのスペースが必要です。
必然匠が手掛けた通常の武器に比べ強度や切れ味が落ち、武器としての質が下がります。
パーシュロの使用していたガントレットも黒い炎の脅威はあっても、武器としてはいまいちでしたな。
使う本人の技術が高ければ脅威となるエンチャント武器ではありますが、それらを使いこなせるのならば正攻法で鍛えた方がマシな場合が多いのです。
いざ武器が壊れた時に代用できないのはリスクが大きいですからな。
魔具の場合だとその二点がそれなりに改善されるのだとか。燃費の悪さは使用者の魔力や魔法構築の癖を魔具が覚え、そしてその強度も通常のエンチャント武器に比べ高くなる見込みがあるのだとか。
魔力強化を施したラッツェル卿と正面からぶつかり合えるギリスタ殿の魔剣、その質から見ても信憑性は高いでしょう。
「魔物は確保できるのか?」
「問題ないわ? 今必要なら少し置いていくわよ?」
そう言うと紫の魔王は紫色の宝石を一つ取り出し、地面へと向ける。
するとその中からうぞうぞと悪魔が這いだし地面に横たわっていく。
トールイド殿は僅かに眉を動かすも、大して動じる素振りはありません。流石ですな。
「……これを年寄りに持ち運べってのは酷じゃねぇか」
「あら、それもそうね? 奥に持っていきましょうか?」
「悪魔の加工は流石に専門外だからな。その宝石の型だけ取れば十分だ。大きさはまばらなようだが、形はお前さんの好みでそうしているんだろ?」
「ええ、大きさは基本三通り、魔具に使用するサイズはもう決まっているわ?」
「それじゃあ型用の粘土を用意してくる。暫く待ってろ」
そう言ってトールイド殿は奥の方へと歩いて行かれました。
あの方は私の身分を知っていながら、きちんと冒険者として扱ってくれている方。
ああ言ったそっけない態度は逆に落ち着きますな。
「……」
「……」
しかしそれはそうとこの組み合わせはなかなかに気まずい。
ガーネの一件以来、魔王に対する偏見は治りましたがいざ一緒となると……。
「――ええと、とりあえずこの辺の武器でも眺めながら、どのような形状が良いか参考にしては?」
「そうね? あと『紫』で良いわよ?」
むぐ、紫の魔王と呼び捨てにすることの躊躇いを見抜かれました……。ご友人のように呼ぶのはなんと言うか馴れ馴れしいと思っていたのですが、本人がそう言うのならば……。
「では『紫』殿。蒼の魔王を見ていて、てっきり親しい方にしかその呼び方は許さないものかと思っておりました」
「誰彼構わず呼ばれるのは流石に嫌よ? でも貴方は彼の仲間なのだから、十分近しい間柄だと思うわよ?」
「それに『紫』殿はご友人以外には興味を示さないものとばかり思っていましたので」
「否定はしないわね? 貴方個人のことには微塵も興味がないもの?」
いやはや、ここまで清々しいと嫌な気分にすらなれませんな。ただ思ったよりも距離を取られていないのは素直に喜ぶべきなのでしょうか。
「視界に入れられていないというのは存外寂しいものだったりしますな」
「あら、そんなことはないわよ? だって私は貴方に嫉妬しているもの」
私とご友人の関係は良好ではありますが、『紫』殿と比べれば男女の仲とは言い難い。
予想外の言葉に頭を回してみるも、どうもピンと来ませんな。
「おや、それはどういう事で? ご友人との仲なら『紫』殿の方が好ましく見えると思いますが」
「それは嬉しいわね? 頑張っている甲斐があるわ? でも私は欲張りなのよ? 彼と別の女性との関係全てが羨ましい。だって、私には見せない彼を見られるのだから」
「……なるほど」
ラッツェル卿との相棒のような関係も、ラクラ殿とのわいわいとした関係も、ウルフェちゃんとの師弟関係も、『紫』殿からすれば全てがご友人の別の姿。
ご友人の全てを欲した彼女ならばどんな関係であれど羨ましいと……業が深いですな。
「貴方は今他の子達と彼の関係を考えたでしょ? 貴方としては誰との関係が一番羨ましいかしら?」
「そうですなぁ……女性で言えばラッツェル卿との関係でしょうか。互いに進む道に対してズバっと言える間柄と言うのは勇気がいりますからな」
「そうね、確かに羨ましいわね? でも『女性では』と言うことは一番に思っているのは男性との関係ってことかしら?」
「はい、それはもうやっぱり兄様とのご関係でしょうな!」
兄様もご友人も共に敬愛するお方、その二人の身分を気にしない関係は眺めているだけでも心が洗われます。
どっちでも良いから代わって欲しいと思いつつも、私が入れ替わったところで違うものになってしまうのではあるのですが……。いっそどちらとも変われば……私の滑稽な一人劇ですな。
「鼻息が荒いわね? そんなに良いのかしら?」
「もちろんですとも! ご友人は兄様と話す時、それはもう互いの心が溶け出す氷の如く、心の緊張が解けていらっしゃいますからな! あれは見ているだけで褒美ですとも!」
「そ、そう……。でも確かに彼は同性には距離感が近いわよね」
エクドイク殿、ハークドック殿、ドミトルコフコン卿、どの組み合わせも良い距離感を作っていると思いますな。兄様との関係が一番だと譲る気はありませんが。
「異性として扱ってもらえているのは嬉しいと言えば嬉しいのですが、贅沢な悩みですな」
「その割には押しが弱いわよね?」
「それはまあ……ご友人は過度な接触を嫌っていますので」
「あら、それは私に対する嫌味?」
「とんでもない! 一人二人なら大丈夫ですぞ!? ただ誰も彼もがご友人に言い寄っていてはご友人も辟易とするかもしれませんからな」
「そうは見えないのだけれど……なんだかんだ言っても、彼は拒絶することはないでしょう?」
「それでも人ですから、選ぶことはするでしょう。その時にこちらではなく、向こうの世界を選ぶような真似は避けたいのです」
「元の世界……ね。でも彼はこの世界を居心地が良いと思っているはずよ?」
「ですがご友人は時折、ご友人が来た世界を『こちら』と言います。経験ありませんかな?」
会話をしている時、たまに『おや』と思うのですがこれはご友人の癖となっているようです。
意識的に話す場合には『向こうの世界』と言った言い回しなどを行っているのですが、何気なく口にするときは『こちらの世界』と言うのです。
話の前後から勘違いを起こすことはまずないのですが、それでも違和感を覚えているのは私だけではないでしょう。
『紫』殿は少しの間回想に耽る。そして納得したように頷く。
「ええ、確かにそう言うこともあるわね?」
「未だ元の世界に未練がある――いえ、今もなおご友人は自分がこの世界の住人だと思っていないのでしょう」
「それで、いつか帰れる時が来たら……彼は元の世界に帰ると?」
「可能性は大いに。ですがご友人の過去を聞いた立場として、こちらに残りたいという選択も十分に魅力的なはずです。私としてはご友人に残って欲しい立場ですからな。ご友人にとって好ましい世界にしたいと思っていますぞ」
兄様から逃げるように冒険者となった私には、それなりの友ができていました。ですが兄様にとって、真に友と呼べるのは未だご友人だけなのです。
ご友人がいなくなれば、兄様はどれほど寂しい思いをすることになるのか。それを考えるだけでも胸が締め付けられるように痛くなります。
……私自身もきっと、心にぽっかりと大きな穴が空いてしまうことでしょう。
「……良いわ。その考え、私も協力させてもらうわね?」
「――と、言いますと?」
「元の世界を忘れてしまえるような、そんな素敵な人生を彼に与えていくわ。元より彼が望むものを与えたいことは変わりないのだけれどね?」
「それは結局普段通りと言うことでは?」
「そうでもないわよ? 少なくとも彼が嫌がったり悲しんだりするような展開を望まないように控えるつもりよ? 名残惜しいけど、彼を失うことに比べれば安いことだわ?」
『紫』殿はご友人のあらゆる側面を見たいと願っていた。つまりは興が乗ればご友人を悲惨な目に遭わせようという意図も、心の奥底に隠れていたということになります。
なるほど、これは図らずとも私は良い仕事をしましたな。今度自分にご褒美を用意しましょう。
「では秘密裏の同盟ということで……」
「ええ、よろしくねミクス」
私は差し出された握手に応じる。敬遠していたはずのその手を気兼ねなく握ることができた。
「――ところで、デュヴレオリ殿も外見は男性ですが、二人の関係は『紫』殿としてはどれほど羨ましいとお思いに?」
「もちろん相当によ? ただちょっと苛め過ぎてデュヴレオリったら、私の前で彼と話したがらなくなっちゃったのよね?」
デュヴレオリ殿、さっきから物凄く真顔でこちらを見ております。人間と同じ胃袋があればきっと穴だらけになってそうですな。
◇
「へくちっ」
「無駄に可愛いくしゃみだな」
「無駄には要らないだろう。きっと誰かに噂されてるな。多分待たせているミクス達だろうな」
ミクスと『紫』を二人きりにしてしまったのだが、大丈夫だよな? デュヴレオリもいるにはいるが『紫』の前だと背景だし。
ミクスは世渡りスキル高いし、なんてったって元王女同士だからな。上手くやってくれるだろう。
うん、ラクラよりは大丈夫だと信じたい。ていうか堕落モードのラクラに感化されて良くなる奴はいない。
「ミクス様もターイズではトールイドの鍛冶屋を利用している。道を間違うと言った事はないだろう」
「そこは心配してないさ。気にするとしたらトールイドさんに事情を説明するにあたって、変な言い回しで拗れてなきゃいいかなってとこだな」
あの人色々見抜くセンス高いからな。デュヴレオリや『紫』の素性をスパっと見抜いてくる可能性は高い。
それでも根は職人だ。筋を通す限りは素直に応じてくれるだろう。ミクスなら潔く説明するだろうし、拗れてたら……何とかするからいいや。
「しかし歴史に名を残してきた魔具を新たに生み出そうとはな」
「魔具の試作品を作るにしても、今回の緋の魔王との戦いでどれだけ役に立つものやら」
「私としては小手先の技が増える程度ならば、より質の高い武器を使った方が良いと思うのだが」
「イリアスは突き詰めているからな。そういう類の人間はシンプルな方が強い。でも人間同士でやり合うにしても技は存在するだろ? 魔具の特性もそう言った均衡を崩す為には役立つはずだ」
イリアスの魔力強化のレベルは、魔法による肉体強化の純度を遥かに超えている。
そもそもターイズの騎士達全般が化物なんだよな。魔法いらずで、魔法強化バフ以上のパッシブスキル持ち。バッファー泣かせも良い所だ。
ウルフェの魔力操作もグラドナ仕込みの影響で常軌を逸している。この二人が使えるような魔具があるとすれば、それは戦闘行為と同時に操作を必要としない物となる。
それこそ自動で体力の回復とか、そう言った類のパッシブ系。今回『紫』が手掛けるのは魔力を使用しての特性を発動できる類の物だけに、この二人のようなタイプへの魔具の開発はまた今度と言うことで。
「武器の強さで戦うと言うのはどうもしっくりと来ないな」
「それ、ミクスの前で言ってやるなよ」
「も、もちろんだとも!」
ミクスが多彩な戦い方を好むのは、彼女が自らの頭の回転の良さを強みとするためだ。
肉体的な武術の才能はなくとも、強者に打ち勝つ方法を持つと言うのは強かである証明だ。
だがそんなミクスでも、イリアスやウルフェのようなハイスペックな相手には多少の劣等感を抱かざるを得ない。
どう頑張ってもミクスではデュヴレオリと素手で殴り合うと言った行為は不可能なのだ。
いや、殴り合ってるこいつがゴリラ過ぎるんだけどさ。
そんなこんなしているとトールイドさんの鍛冶屋へと到着。心なしか中が騒がしい。
「お邪魔しまーす……って何やってるんだ?」
中に入ると、武器が並べられている陳列棚のスペースに三人を発見。それだけならば良いのだが、その光景は少々珍妙なものとなっている。
具体的に言うとミクスとデュヴレオリが武器を持ってポージングをしている。
「おお、来ましたかご友人! 魔具の形状を決めるにあたり、見た目も重要とのことで実際に武器を持った姿を『紫』殿に確認してもらっているのです!」
「やっぱり対峙した時に目を惹かれる要素は大事じゃない? デュヴレオリ、次はそれを左右の手で持ちなさい?」
「御意」
デュヴレオリ、それ両手持ち用の大剣なんだが。二メートル近い鉄塊を軽々持つのはどうかと思う。
「威圧感は良いわね?」
「そのサイズの武器を二本使って戦える人間はそうそういないぞ?」
「あら、そうなの? イリアスは出来るのかしら?」
「当然だ。それくらいできるとも」
どうだと言わんばかりにドヤ顔で同じ武装をするイリアス。こいつほんとゴリラ。腕力だけじゃなく頭も。
「張り合うな。試作品の段階から使う人間を選んでどうする」
「くおおお……流石に……きついですな……!」
「そしてミクス、お前も張り合う相手を間違うな」
真似をしてふらついているミクスを見ると、『ああ、女の子なんだな』と思いかけたが持てている時点で大概だったわ。こちとら一本を構えるだけでも腰がイカれる自信がある。
「いえ、こうも軽々と持たれると冒険者としてつい……うわととっ!?」
「危なっ!?」
バランスを崩し、こちら側に倒れ込んだミクスを全力で回避する。ミクスは武器を器用に庇いつつ、顔面から床に激突した。
「――ご友人、ここは抱きとめて欲しいところですぞ……」
「その場合、もれなく剣の重みで潰されるぞ。マリトに『ご友人を圧し潰しました』とか報告したいのか」
「……良い回避でした。しかし冷静に考えると最後の仕上げは『紫』殿が行うのですから、軽い武器が良いですな」
「言われてみればそうね? それじゃあミクス、貴方の持っているナイフのような武器を一通り並べて貰えるかしら? デュヴレオリも集めて来なさい?」
「御意」
「ぎょいぎょい!」
何だかこの二人、妙に距離感縮まっているな。何かしら共通の話題でも見つけて親睦を深めたようだ。
ミクスはガーネで初めて魔王――『金』と会った時、それとなく敵意と殺気を持っていた。それが随分と打ち解けられるようになったものだ。
それは『紫』にも同じことが言える。今まで『紫』は『俺』とデュヴレオリ、他の魔王以外とはほとんど口を聞いたことがなかった。それがどことなく楽しそうに感じる。
「あら? 私の顔に何かついているかしら?」
「いつも通りだ。まあちょっと楽しそうではあるがな」
「そうね、少しは楽しいわね? 妬いてくれるかしら?」
今の『紫』の笑顔はどことなくリラックスしている。
『金』や『蒼』が相手の時はどことなく張り合おうとしている素振りが見られ、『俺』と一緒の時にはもう少し緊張を感じていた。
たが、今はそれらがない。『俺』とマリトのように立場を気にせず、楽に語り合える相手を見つけられたと言ったところか。
「独占欲はそこまでなくてな。むしろ微笑ましく見れる」
「そう、今の私はそういう風に見られていたのね? ――新鮮ね」
「ああ、お互いにな」
結果として、魔具の試作品はナイフをベースとしたものとなり、その試験役としてミクスが指名されることとなる。
罰から始まった魔具制作だが、思った以上の産物が得られることになりそうだ。
第一巻、地方での発売も徐々に始まっております。
初動が大切とのことなので、もう暫くはちょくちょくと後書きなどで宣伝活動を行わせていただきます。
皆さんも他の方にオススメできると思えましたら是非とも勧めて頂けると幸いです。
詳細に関しては作者プロフィールから飛べるツイッターアカウントにて記載しています。
特典情報に関する情報などもリツイートしたりしていますのでご参考までに。
また6/22より電子書籍版も発売することとなります。