そして交わす。
無色の奴が定例会用の空間を破壊した話を聞かされた後、イリアスとラクラ、『紫』とデュヴレオリの面子でマリトのところへ報告に向かった。
ハークドックは『紫』と一緒に行動できないのでウルフェと一緒に留守番を任せた。
丁度ラグドー卿とミクスもいたので一緒に説明をすることになり、少々執務室では手狭だからと以前ユグラ教の面々の前で無色を呼び出した会議室的な場所へと移る。
そして『紫』から聞かされた内容を説明する。話を聞いた面々からはそこまでの驚きは感じられていない。
「なるほど、やらかしてくれたね無色の魔王は」
「ほんとだよ。こっちのプランのいくつかが崩れた」
あの場所は魔王同士が必ず接触できる窓口だ。緋の魔王を説得できるとは思っていなかったが今後の心理戦や、戦後処理の際に交渉の道具として使用するつもりではあった。
場合によっては我関せずな碧の魔王を動かす手段としても、だがそれがなくなった以上碧の魔王とは完全に連絡手段が尽きたことになる。
ターイズ魔界にまで乗り込まない限り、碧の魔王と出会うことはないだろう。
「蒼の魔王や金の魔王が迂闊に刺激をしたのが原因とも言えるけど、そこを責めては拗れるだけだろうね」
「それくらいは許してやれよ。『金』はさておき、『蒼』はある意味緋の魔王に利用されていたんだからな」
緋の魔王はラーハイトを通して『蒼』と協力関係にあった。
実際のところは、死を求め続けた末に自らの意志を放棄していた『蒼』を誘導し、人間達に魔王の復活を大々的に知らせようとしていた。
侵攻が成功しようと失敗しようと、問題はなかったのだろう。そういう意味では捨て駒扱いである。
私怨が働くのはむしろ『蒼』の精神面が改善されたと前向きに受け取っておくべきだろう。
「それで、話はこれだけじゃないんだろう?」
「ああ。できれば『金』や『蒼』も呼びたかったんだがな。二人には後で伝えておくとして、確認しておくことがある」
懐から取り出したのはスイッチ、無色の魔王を呼び出す際に使えと本人から渡された小道具である。
何人かがこれから行うことを察してか表情を曇らせる。その中にはマリトも含まれている。
「アイツを呼び出すのか、来るのかな?」
ノラの件で手痛い思いをさせてからは音信不通のまま、まああんな思いをさせられたら簡単には出てこないだろう。
ひとまずポチリと押してみる。反応なし。
二度、三度、連打して見るが現れる様子はない。
「まあこの辺は予想の範疇だ」
部屋を見渡し、ラクラの方へと歩み寄る。隣にいるのはミクスと『紫』、多分こっちだろう。
「あの、尚書様? 何――を゛っ!?」
ポケットから取り出したイトエラ蝶の幼虫をラクラの耳元に突き出す。
虫の嫌いなラクラが涙目で面白い顔をしているが特に問題は無い。
虚空を睨みつつ、脅し文句を言うことにする。
「おう、さっさと出てこないと朝昼晩こいつを映像に映すぞ」
「おうこら、ふざけんじゃねぇぞ!? こちとら食事中だったんだぞ!? どアップで激マズ芋虫を見せつける奴がいるか!?」
よし、出てきた。声の方を振り返ると不機嫌そうな顔をした無色の魔王がこちらを睨んでいる。
無色の魔王は常時と言うほどではないがこちらを監視している。今回のように人が集まる機会なら必ず何処からか覗いているだろうと踏んでいた。
その場所に関しては今イトエラ蝶の幼虫を突き出したところ、丁度ラクラと『紫』の胸部をチラ見できそうな場所である。
ラクラと『紫』、どっちに寄っているかは少し悩んだが、取り敢えずより大きい方を優先していると判断。
「月一回のルール内で使ってやってんだ。ちゃんと出て来いよ」
「てめぇ……自分が何をしたのか忘れてんじゃねぇのか?」
「それとこれとは話が別だろ。勝手に空間を破壊しやがって」
「ああん? 文句なら『序列の呪い』を利用して立場的優位を取ろうとした姑息な女共に言えよ。中立者としちゃあ当然のことをしたまでだぜ?」
無色の魔王は平然とした様子で笑っている。
こちらの先ほどまでの会話を聞いていたのだからしてやったりといった感じだろう。
「今回の緋の魔王の侵攻に対して、こっちが碧の魔王を味方につけないように立ち回っただけだろうが」
「――ほんっと、人の考えを読めるのな。気持ち悪ぃ」
「ちょっと待て、碧の魔王を味方につけるとはどういうことだ?」
割り込んできたのはイリアス、看過できない言葉が聞こえたのであれば当然の反応か。
「『落とし子』のことだ。碧の魔王は『落とし子』を探している。そして前回のレイティスとの一件でその正体をこちらが掴み始めた。この『色無し』はこちらがそれらの情報を活かし、人間と緋の魔王の戦いに碧の魔王を介入させるんじゃないかって危惧し、先手を打ったんだよ」
「……そうなのか?」
「そうさ、碧王が緋獣につくんだったら面白かったんだがな。流石にお前らの方につかれたんじゃヌル過ぎる戦いになっちまうからな。そいつはフェアじゃねぇ。そして碧王にとっちゃ自分の目的のためなら緋獣の悲願くらい、躊躇なくぶっ潰す。ターイズの賢王様が取る選択じゃねぇのは分かっているが、そっちの『地球人』だけは手段を選ばねぇ奴だって理解してるからな」
「『落とし子』にそこまでの価値があるということなのか」
「さてな、俺から直接話す気はねぇよ。答え合わせくらいなら付き合ってやっても良いけどな」
無色がこちらに視線を向けてくる。これは『お前が何処まで知ったのか、言ってみろ』と言う挑戦だ。
「こちらとしては答え合わせをしてくれるだけで充分だ。むしろそのために呼び出したわけだしな」
「それじゃあ答えて貰おうか。間違えていたら帰るぜ?」
「先ずはレイティス、いやリティアルとの会話で確認したことのおさらいだが、『落とし子』は突発的に発生する、特異な才能を生まれ持つ人間のことを指している。ハークドックやリティアル、後はウルフェやラーハイトもそうなんだろうな」
「ラーハイトはセラエス大司教の手で殺されたらしいけどな?」
「こっちの行動を見てたなら知っているだろ。ラーハイトの灰を埋められた場所に『蒼』を連れて行き、蘇生を試そうとしたが引っ掛かった魂は子供のものだった。ラーハイト本人の魂はどっかに逃げてるってな」
ラーハイトは所持していた特殊な魔石を使用して魂の移動を行っていた。それがなくても移動が可能だと言うのならばそれはかなりの特異体質だと言える。
とは言え、道具なしでやることのデメリットは存在しているはず。それが何かしらの行動阻害となっていれば良いのだが。
「それで、そこから先の推測とやらを聞かせてもらおうじゃねぇか」
「そうだな。まず『落とし子』を創り出したのは湯倉成也、後は碧の魔王とお前が関わっているんだろう。まあお前はオマケ程度だろうけどな」
「……続けてどうぞ」
ハークドック、ウルフェの両親については多少なりとも情報はあった。
彼らは常人であり、二人の持つ才能の片鱗などは一切持ち合わせていない。
持ち合わせていれば二人の境遇はもっとマシなものだっただろう。
二人のように親からの遺伝もなく、勇者の力の一部を再現するかのような突出した才能を持つことは珍しい。
一人だけならばまだしも、リティアルやラーハイトも含まれる。極端な一つの才能の持ち主がこうも多いのは不自然だ。
ラクラのように環境によって身についた才とは違い、本人でも御するのが難しい才能ともなればなおさらだ。
「レイティスは世界中に『落とし子』が発生すると信じ、国を支配してでも捜索しようとしていた。つまり湯倉成也はこの世界全土に『落とし子』が発生するように仕込みを済ませているってことだ」
「ユグラがやったって確証はあるのかよ?」
「これらの試みは恐らくは遺伝子学を応用しての行為なんだろう。だが遺伝子に関する研究はお前の禁忌リストの中にあった。お前が最初に仕事をしたのは『俺』と出会った時なんだ。つまり『落とし子』を生み出したのは禁忌に触れながらも行動できていた奴となる。湯倉成也以外にそんな特例な奴がいるってんなら教えて欲しいところだな」
「なるほど。遺伝子学まで分かってりゃ推測は簡単ってわけだな。オーケー、オーケー。正解だ」
無色の魔王はわざとらしく拍手をすると立ち上がる。そしてふざけた表情を止め、真面目に喋り出す。
「確かに『落とし子』は魔王の脅威に対抗するため、ユグラの血を元に既存の世界の人間、亜人に特異性を持たせる試みだ。その協力者は『繁栄の碧』、碧の魔王だ。俺はまあ助手だな」
「碧の魔王が協力した理由を知りたい。何故魔王が魔王に対抗する存在を生み出すことに協力するのだ?」
マリトの言うことはもっともだ。湯倉成也に匹敵する魔力の持ち主であるウルフェのような存在が生み出されている以上、『落とし子』の成果は良好だと言える。
だがそれでは自分の命を狙う存在が増えるだけだ。
「そりゃ目的が違うからだ。ユグラは人間の生存率を上げるため、碧王は頂に至る者を魔族として迎え入れるために『落とし子』のシステムを創り出した」
「頂に至る者?」
「碧王は人間が嫌いでな。力の劣る者は他者の才を妬み、醜い争いを行うってんで嫌悪していた。だが他者に誇れる才能がある者ならば自らの王国に取り込んでも良いかもしれねぇってんでユグラの誘いに乗ったのさ。ま、計画の途中で黒姉が暴れ出しちまったから保留ってことになって、とりあえずユグラはいったん魔王達を一回皆殺しにすることにしたってわけだ」
湯倉成也は将来魔王達が人間の敵になると予見し、『落とし子』を創り出して人間達の抵抗力を上げようとしていた。
そんな矢先に黒の魔王、『紫』、『蒼』、緋の魔王が人間達の領土へと侵攻を始めてしまった。
早すぎる侵攻に困った湯倉成也はひとまず魔王達を自分の手で討ち取り、その後は『落とし子』の計画をある程度まで進め、成り行きに任せることにしたのだろう。
『勇者の指標』を残したのも、後の世に生まれる『落とし子』達にその才能の価値をより正しく理解させるため……なのかもしれない。
「おおよその事情は分かった。にわかには信じがたい話だが、前例がいくつもあるのでは信じざるを得ないな」
「ウルフェとか言ったな。あの亜人は『落とし子』の中でも当たりの部類だな。まあ一番の当たりは――言うまでもねぇか」
無色の魔王が見つめているのはマリト、ではなくその後ろに控えているであろう暗部君か。
彼は自らをユグラの子孫だと言っていた。ユグラの血を元に発現した力を持っているのならばその言葉に嘘はない。
だがそうなると幾つかの出来事が繋がることになるが……これは後で暗部君に尋ねるべきだろう。
「『落とし子』については十分に分かった。湯倉成也もロクなことをしないな」
「そうは言うがな、魔王が復活すればその脅威に抗うにゃ『落とし子』の存在は重要になってくる。ユグラは確かに魔王を生み出し、世界に混乱を与えたかもしれねぇが、奴なりに責任は取っているんだぜ? それで、聞きたいことは終わりか?」
「いや、もう一つある。お前が黙っていたことについてだ」
むしろこちらが本命。『落とし子』に関してはこちらの推測通りだったわけだ。
だがこちらの方はどうしても無色の魔王に確認しておく必要がある。
「男でもミステリアスなのは格好良いと思うぜ? つかわざわざ黙っているつもりはねぇんだがな。お前に嘘なんてついてもバレるだろ?」
「じゃあ『俺』の体に黒の魔王の魔力が流れてる理由はなんだ?」
無色の魔王が固まる。この反応、さては知らなかったな。
というか全員が固まってるな、凄い顔してら。
「――待て、それ本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ」
「いやいや、お前から感じる魔力とか微々過ぎて、本気で探知でもしねぇとまず引っ掛からねぇだろ!?」
「ならしっかりと探知してみろ。姉の魔力くらい見分けがつくだろ」
「……」
無色の魔王はこちらに歩み寄り、真剣な眼差しでこちらを見つめる。
物凄く目に力を入れているのがわかる。そこまで少ないのかこの魔力。
「……マジだ。めっちゃくちゃ弱いし、すっげぇ薄まってるけど黒姉の魔力じゃねぇか」
「結局お前が知らないんじゃ確認する意味はなかったな」
「一つ聞かせろ、何でそう思った? お前の実力じゃ魔力の見極めなんざできねぇだろ」
「理由は二つ。地球人はな、魔力をそもそも持ってないんだよ」
この世界に来て、最初に魔力が僅かにあることを教えてくれたのはマーヤさんだ。
その話を聞いて、地球人にも微力ながら魔力があるものだと勘違いをしていた。
そこに以前聞かされた無色の魔王の話、湯倉成也も同じであったということが誤認を悪化させていた。
湯倉成也と『俺』の違いは地球に対する未練の有無だと無色の魔王は言った。未練を捨てればこの世界を体が受け入れ魔力が生じるようになると。
「いや、だがユグラも最初は魔力を感じなかったが直ぐに――」
「その時のお前は今の『俺』の魔力を感じ取れる実力があったのか?」
「……いや、当時この世界に来たばかりのユグラの魔力を感じ取れた奴はいなかった」
「湯倉成也がこの世界に順応し、魔力を得た過程に嘘はないんだろうな。だがそれまでは魔力は文字通り枯渇していたんだろう」
つまりはそういうわけである。この世界に来たばかりの地球人に魔力は一切存在していないのだ。
魔王の魔力は魔界を生み出すような不穏なものだが、その濃度が薄すぎて誰も危険を感じ取ることができなかった。一人を除いて。
「もう一つの理由を聞かせてもらっても良いか?」
「ハークドックだ。あいつが『俺』を見て気を失うのが妙に引っ掛かっていた」
ハークドックの本能は危険な存在に過敏に反応する。
だがいくら『俺』と言えど、常識的に考えてイリアスよりも物騒なわけがない。
そもそも同類に近いリティアルを見てもハークドックは気を失っていないのだ。
「確か探知能力に長けていた『落とし子』だったな」
「ここに来る前、『紫』を見たハークドックは同じように気を失った。だから俺の中にある魔力も同質のものじゃないかって思ったわけだ」
ハークドックのサングラス、その仕組みは光ではなく魔力を遮る効果を持っている。
あのサングラスを装着している時、ハークドックは『俺』の魔力を完全に見えなくなっているのだ。
遮る量が微々たるものなので魔力量の多い『紫』の前では全くの無意味ではあったのだが。
「魔王と同質の魔力が流れてる原因を考えりゃ、そりゃあお前をこの世界に呼び出した黒姉のもんだって行き着くわな」
「んで、これ大丈夫なんだろうな?」
「いや、流石に専門外だわ。つか仮にその魔力に意志があったとしても、何らかのアクションを取ることはできねぇだろ。火を起こすだけで消滅するレベルだぞ?」
「――これでもか」
一枚の羊皮紙を取り出し、無色の魔王に渡す。無色は怪訝な顔をしながらその羊皮紙を開き、中に描かれている絵を見た。
無色の両目が見開き、こちらを睨みつけてくる。
「――おい、この絵は、何だ!? どうしてお前がこの木を知っている!?」
羊皮紙に描かれていたのは一枚の絵、今朝に見た夢の中にあった大樹のスケッチだ。
特徴的なフォルムだったので、夢の記憶を辿りながらでもそれなりに感じは掴めている。
「最近そういう風景の夢を見る。『俺』の知らない風景だ。お前の反応からして、黒の魔王の知っている光景なんだろうな」
「――そうだ。これは俺達が魔王になる前の……お前が黒姉の記憶を夢に見てるってことか」
「どうも最近その頻度が上がっていてな。直接的な害はないにせよ、黒の魔王の干渉を受けていることには違いない」
無色の魔王は暫く沈黙する。そして何かに考えが行き着いたかのように言葉を紡ぐ。
「以前話した、黒姉がお前を召喚した理由は覚えているな?」
「ああ」
黒の魔王は復活するもその場所は『魔喰』と呼ばれるこの世で最悪のスライムの巣窟。
蘇った時には既に『魔喰』によって捕食されてしまう状況となっている。
そのため黒の魔王は自らを触媒とし、召喚魔法を使って『俺』を呼び出した。
魔力を持たない『俺』ならばその場所を抜けられると、自らと似た心情を持つ者ならば自らの代わりになると。
「俺が考える範囲じゃ、その夢は黒姉が意図的に残したもんだろうな。少しでも自分の境遇に近づけ、同じ理想を持たせるためのささやかな思念だ」
「本当にそれだけか?」
「確証はねぇよ。ただお前が黒姉の思考に近づけば近づくほど、その思念は深く重なるだろう。今は穏やかな夢っぽいが、今後影響を与えるかもしれねぇな」
心当たりを考える。まあ、多いな。
最近は『俺』と言う回数も増えている。『私』もそうだ。それだけこの世界で感情的になる機会が多いということだ。
「ゾッとする話だな」
「俺としちゃあ朗報だ。お前が黒姉の記憶を知れば同調するのは早いだろうからな。」
無色の魔王は嗤う。こいつは『俺』に黒の魔王の代わりを担って欲しいと考えているわけだ。
夢の中での刷り込み効果とは言え、黒の魔王の記憶を毎回見せられてちゃ何かしらの影響は出るかもしれない。
「ま、確認が取れただけでも良しとするか。どうせ対策とか協力する気ないんだろうしな」
「黒姉のやることを妨害する気はねぇな。だが良いもんを見せてもらった。つかもう少し良く見せろ、懐かしくて泣きそうになる」
「止めろ近づくな、ベタベタするな気持ち悪い」
「ちっ、黒姉はそんなこと言わねぇのに」
「弟に甘い姉だったんだな」
「いや、無言で蹴り飛ばしてきた」
「そいつは酷いな」
絶対黒の魔王と『俺』似てねぇだろ。そんなバイオレンスな兄弟喧嘩したことないぞ。
無色と距離を取ると、無色も十分だと言いたげに振り返る。
「さて、できることならお前さんを額縁にでも飾って眺めていたいところだが、黒姉の意志を尊重して放任しなきゃならねぇ。俺がここにいることで気を張っている連中も多いことだからな」
「多いも何も、全員がお前を嫌っているぞ」
「そいつは朗報だ。努力の甲斐があったってもんだ。じゃあな、犬死するんじゃねぇぞ」
そう言って無色の魔王は姿を消した。周囲の者達もそれでいくらかピリピリしていた空気が和らいだように感じる。
なんやかんやでアイツ、湯倉成也級だもんな。
「さてと、話はこんなところだ。『落とし子』については各国でも対応するようにした方が良さそうだな」
「――ああ、そうだね。レイティスが『落とし子』を確保して回る理由がなんであれ、国を転覆させてでもとなれば放任することはできない。可能な限り国での保護も考える必要があるだろう。ただ……友よ、本当に大丈夫なのかい?」
マリトがなかなかに心配そうな顔をしている。
そりゃあ体の中に黒の魔王の魔力があって、日々干渉されているとか聞かされれば心中穏やかではいられないだろう。
「今の所は平穏な景色を見せられているだけだ。まあ早めに対策は考えるさ」
「――君がそう言うのなら、自覚症状に関しては心配がいらない段階なんだろうね」
「体に流れる魔力が目に見えて増えてくれりゃ、心配ついでに魔法とかも使えるようになったかもしれないんだがな」
「はは、違いないね。だけどターイズにいる時はこまめにノラに調べてもらうようにしよう。紫の魔王も他魔王と協力し、彼の正常化に努めてもらえると助かる」
「ええ、わかったわ。私としても『黒』より彼の方が貴重だもの」
賛同する『紫』もやはり色々と思うところはあるようだ。いや、この場合既に色々と対策を頭の中で練り始めていると言うべきか。
嬉しい反面、そこまで急がなくともと言った感想だ。
「しかしご友人も難儀な人生ですな。男女関わらずに魔王に言い寄られるとは」
「なかなか語弊を招く言い方をしてくれるなミクス。そうだ、この後『紫』をトールイドさんのところに案内するんだが、先に連れて行ってもらえないか?」
「それは構いませんが……何か用事でも?」
「マリトと今さっきの話を少しまとめておきたい。『落とし子』に関しちゃウルフェも当該者だからな。さっさと無難な対応を用意したい」
そんなわけで揃った面子は解散、マリトとイリアスを残してそれぞれが部屋を後にしていく。
「……はっ! 尚書様! いきなり虫は酷いですよっ!?」
「いまさら過ぎるな」
文句ならその育った体に言え、もしくは無色に。
とりあえずフォローとして酒を一本持ち帰らせることをマリトに許可してもらい無事解決。
これでこの部屋にいるのは実質四人だな。
「それで、親友さんは私に聞きたいことがあるのですね?」
最初に声を出したのは暗部君。声の位置がいまいち特定できないが正面にいることはわかる。
「察しが良くて助かる。つかお前ってユグラの子孫って言い方はおかしいだろ」
「そう言った方が色々と話が早いと思いまして。しかし最初に出会った時からここまで随分と早い速度で世界の真実に触れて行きますね。私としては貴方がそのまま流星のように燃え尽きてしまわないかと心配になります」
「禁忌に手を出すような真似は避けたいな。それで聞きたいことなんだが……ターイズを襲った魔族、魔物の襲来の目的はお前なのか?」
「ッ!?」
驚いた顔をしたのはイリアスのみ。マリトはこちらと同じで薄々と感じていたようだ。
「――恐らくはそうでしょう」
「恐らくってなんだよ」
「私はかつてターイズ魔界にいる碧の魔王と直接会ったことがあります。その際に魔族となり、俺に従えと彼に誘われました」
「断ったのか」
「人は捨てたくありませんでしたので。逃げさせてもらいました。そしてその数日後、私を探して周囲に魔族と魔物が徘徊することとなります」
「その一部がターイズ本国を襲ったと」
「目的を果たすだけならば襲う必要はなかった。ですが傲慢な魔族だったのでしょうね。――ラッツェル卿、怒らないのですか?」
視線をイリアスに向ける。イリアスは複雑そうな顔をしているが、そこに怒りの感情は見られない。
「……一つだけ聞かせていただきたい。貴方はターイズを意図的に巻き込んだわけではないのですよね?」
「それはもちろん。ただ私がターイズで魔族や魔物を撃退すれば碧の魔王は本腰を入れてターイズに攻め込むと分かっていました。ですから一切の加勢はできませんでした」
ターイズ魔界の魔物は他の魔物と比べ規模が大きい。
ドラゴンやワイバーン、魔物と言うより怪獣と呼ぶような存在だらけだ。
そんな魔物が束になって迫ってくればターイズはきっと無事では済まなかっただろう。
「私は騎士として、貴方に人であることを捨てるべきだったとは言えません。従って貴方を非難する言葉は、感情は、持つことができません」
「――ありがとうございます、ラッツェル卿。貴方は心身ともに良い騎士になられた。私はその後、罪滅ぼしと碧の魔王の動向を監視することを目的として陛下の側近となることを決めました。契約魔法はその意志の表れですね」
「では、引き続き陛下をよろしくお願いします」
「言われずとも」
波風は立たないようで何より。しかしこれで終わってはいけない。
「ただ『落とし子』ってわりには色々詳しいよな。『紫』の力のことも知っていたし、無色とも知り合いっぽいし。ユグラの消息も調べていた」
「私は特別製ですからね。色々と深い人生を歩んでいるのです」
「普通の『落とし子』とは違うってことか……。ウルフェのことには直ぐ気づいていたんだろ?」
「はい。恐らくですが自然発生した『落とし子』の中ではウルフェさんが最高峰だと思いますよ。最強は私ですが」
「そこはぶれないのな」
「――親友さん、貴方なら私のことを正しく知る日が来るのかもしれません。それまでは秘密の多い怪しい者として映るかもしれませんが、一つだけ約束できることがあります」
急に暗部君の声が真面目さを帯びた。
飄々とした声とは違い、世界に対して語り掛けているような穏やかで強い意志を感じさせる声。
「私は最後まで陛下を護る存在であり、人類の味方です。もちろんレイティスとは違います」
「……ああ、そうしてくれると助かる」
見えない虚空に手を差し出す。するとそれに応じるかのように、手を握られる感触が伝わってくる。
その詳細も、顔すらも分からない暗部君。だが彼からは何かしらの強い意志が感じられる。
その内容を理解することは今の『俺』にはできない。ただなんとなくではあるが信用したいと思える気分にさせられる。
「いつか私の素顔を見せられる日が来れば良いのですがね」
「初日から見せそうになってたくせに良く言う」