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そして始まる。

 広大な草原を見下ろしている夢を見た。それが他人の夢だと気づいたのはまだ自分が行ったことも、見たこともない風景だったからだ。

 肌に感じる風の穏やかさが気持ちいい。この記憶を残している者はこの景色を見ることが好きだったのだろう。

 視線が勝手に流れる。目に付いたのは巨大な樹木。

 ターイズに生息する木々の中にも巨大な物は多々見られたが、この大きさには感嘆の息が漏れそうになる。

 全長三十メートルにも及ぶ巨大な木が、広大な草原の中に一本だけ悠々とそびえ立っている。

 そっと幹に手を当てる。自分の手ではない。誰か、女性の手だろうか。


『――――、やっぱりここにいたのか』


 穏やかな男の声が聞こえる。聞き覚えのある声、それが誰だったか夢の中のおぼろげな状態では思い出すことはできない。

 だがこの体の主はゆっくりと振り返り、その人物を視界に――。


 ◇


「……これはいよいよもってって感じか」


 寝覚めとしては悪くない夢を見た。だが正直な感想、人の記憶を見せられるというのはあまり良いものではない。

 最近知らない場所の夢を見る機会が増えてきた。少なくともあんなでかい木は日本にはない。確か世界ギネスの木がそれくらいだったか。

 原因は大体ではあるが察している。ハークドックの一件でその信憑性は増えてきた。


「アイツもそろそろまともに動けるだろうし、ちょっと実験してみるか」


 体を起こし、身支度を済ませる。

 クアマでの一連の騒動も終わり、ターイズに戻ってきて十数日。

 各国では緋の魔王に備えた軍備の調整が大々的に行われている。

 こちらはこちらで協力を行うわけではあるのだが、同時にジェスタッフに任せているクアマ魔界の開拓も進めなければならない。

 元々クアマ魔界は草木が満足に生息しない土地、その点では非常に手を入れやすい。

 ある程度の設備を整えればそこを軸に浄化を開始し、農産物の生産ができるようになるだろう。

 約束であるクアマの開拓もゼノッタ王が周囲を無事説得し終えており、今の所は問題ない。

 こちらの用意した開拓計画を見せ、ゼノッタ王が調整を入れる。後は『紫』の悪魔達に指示を出して作業の開始だ。

 数千万単位の悪魔が一斉に木々を伐採だ。やり過ぎれば森山が更地になるだろう。

 それにあまり迅速に進めても要求のハードルが上がりかねない、なので一部は周囲の監視を徹底させるようにしてある。

 回収した木や土、石などはそのまま道の建造に取り掛かれるように加工を開始。

 余る分はこっそりとクアマ魔界の開拓にも回す。

 木材は難しくても石や土は比較的余りやすい。分別する手間も単純作業なので悪魔達に任せられる。

 粘土質の物はレンガに、他は土嚢に、不足分は魔法で色々と補えば良い。『紫』が悪魔で建物を造ってはどうかと相談してきたが丁重にお断りさせてもらった。

 その『紫』だが、ラーハイトと共に画策を行っていたレイティスの一人、リティアル=ゼントリーを逃がした件で罰を受けている。

 正直レイティスの工作員を半壊させた功績で打ち消してもお釣りは来るのだが、本人がどうしてもと言うので与えた所存だ。

 ちなみにその際に『紫』の忠実な執事である大悪魔デュヴレオリも『私に責任があるのだから私にも罰を』と言って聞かなかったので、『紫』に与える罰を考えさせる罰を与えた。

 最初『紫』は少しだけ不服そうな顔をしたが、それ以上に絶望的な顔をしていたデュヴレオリの顔を見て少しだけノリ気になっていた。

 デュヴレオリは悩みに悩んだ結果、『紫』には『魔具』の製造が課せられた。

 黒の魔王が自らの魔族に持たせたとされる特異な武器、そのいくつかは人間界にも流れていた。

 その一つを持っているのがギリスタ、彼女は魔剣を所有している。

 ギリスタの戦績はイリアスやウルフェという規格外の存在や、ハークドックという搦め手が得意な奴の相手をしているためによろしくはない。

 しかし一応冒険者の中では避けられる程度には強く、一部の国では出禁扱いにもなっている有名人である。

 その活躍に魔剣の強さも少なからず貢献しているだろう。

 何はともあれ、『魔具』が造れるのならば今後の戦闘に有利になる者も増えるだろうとのことでOKを出した。

 ちなみに現段階でイリアス、ウルフェは『魔具』の装備は拒否。ラクラは元々素手と言う状況だ。

 完成した試作品を扱うのはエクドイクかハークドック、ミクス辺りになりそうではある。


「おう、起きたか!」

「……」


 顔を洗おうと一階に降りると、家政婦姿のハークドックが掃除をしていた。

 クアマに残って開拓を続けているジェスタッフの元を追い出され、現在こちらの雑用係として役立ってもらっている。

 だが別に掃除とかそういう本物の雑用を押し付けるつもりはない。これはハークドック個人の独断である。

 現在はバンさんの屋敷に居候させてもらっている。グラドナを受け入れる寛容さのあるバンさんからすれば、筋を通すハークドックを受け入れることは容易な話であった。


「つかどうやって入った。鍵かけてたはずなんだが」

「そりゃイリアスの姐さんから合鍵を貰っているからな」

「姐さんて……お前の方が年上じゃなかったか?」

「そりゃ兄弟の部下で一番の古参で、この家の家長なんだ。一番偉い人にゃそれなりの敬いを見せなきゃだろ?」


 実際のところ、怪我の完治ついでに手合わせをして秒殺されたと言うのが一番の理由だろう。

 悪魔を寄生させ移植したジェスタッフの右腕の調子は正直微妙。武器は握れるようになっているが魔力強化が上手くいっていないため、攻撃にも防御にも中途半端な状態となっている。

 それでも日常生活程度ならば既に使えるようになっている。陰の努力はウルフェ並である。

 もっとも、ジェスタッフ本人は悪魔を展開し、右腕を二本にして作業を行うまでになっているらしいのでその差は何とも言い難い。

 ああ、そうだ。一番の変化と言えばこちらの顔を見ても大丈夫なようになっている。

 その理由は今ハークドックが装備しているサングラスにある。

 別に視界が悪くなれば平気だったとか、そんなオチではない。むしろ普通のサングラスよりも透き通っている。

 このサングラスはハークドックが気絶する理由を推測し、その対策としてノラに作らせた特注品である。

 平気になった途端ハークドックの態度は豹変し、今のような感じとなっている。


「サングラスの調子も良さそうだな」

「おうよ! 兄弟の冴えねぇ顔もバッチリだ! いやあ、対策さえできりゃほんっと害のない感じだよなアンタ!」

「おう、一回それ外してから言ってみろ?」

「おいおい兄弟、朝食前から男を介抱してぇのか? 俺としちゃ女に介抱されてぇけどな」

「介抱はしない。外に転がしておく」

「掃除に来る殊勝な心掛けを持った奴への対応じゃねぇですね!?」


 ハークドックの感情は非常に読みやすい。今のハークドックはこちらと良好な関係を築こうと努力している。

 将来的にはジェスタッフの右腕として恥じない存在になろうとしているのだろう。

 そのためにはこちらから学べることは何でも学びたい、折角ならその環境も良くしたいといった感じだ。

 切り替えの早さはある意味才能に近い。ちょっと前までは不安でいっぱいの顔だったのだが……サングラス一つで変わるもんだ。


「まあいい。せっかく来たんだ、飯の準備を手伝え」

「お、いいね! ユグラの星の料理とか教えてくれよ、兄貴に食わせてやりてぇ」

「材料の関係で近い感じに再現するのが関の山なんだがな。まあできる範囲で盗む分には勝手にしてくれ」

「おう、どんどん盗ませてもらうぜ? あとで返せって言われても返せるもんじゃねぇからな」

「お前の記憶を消せば返してもらったことになるんじゃないのか?」

「兄弟、その自然にえげつねぇ発想が出るのは才能なのか?」


 ハークドックは一般家事なら高水準でこなすことができる。普段からジェスタッフの補佐を満足にできず、できることを探してやり続けた結果なのだろう。

 ゴッズに頼んで料理を学ばせておけば意外と役立つかもしれない。いや、そういう使い方をするのはハークドックには良くてもジェスタッフに引け目を感じてしまう。

 調理を進めているとイリアスが現れる。やや眠そうな顔で、ハークドックが当然のようにいることについてはまるで気にしていない。


「お、姐さん、おはようございます!」

「ああ、おはよう。朝から手伝いに来たのか……マメなんだな」

「まあこっちを手伝った方がマシな朝飯にありつけるっていう打算もありますけどね」

「なるほど。自分の分だけを用意するとどうしても簡易的なものになるからな」

「バンさんならもっといい食事を用意してくれると思うけどな」

「タダで住まわせてもらってんだ、食事まで出させてちゃ兄貴に格好がつかねぇよ。かといってあの屋敷じゃ手伝える雰囲気じゃねーし」


 バンさんの屋敷には当然のように使用人がいる。来賓の客が料理をさせてくれと言っても拒否されるだろう。

 アウトローな生活をしていたハークドックにとって、バンさんの屋敷は少々息苦しいのかもしれない。


「ししょー、おはようございます! あ、ハークドック」

「ようウルフェ。朝食はもうすぐできるぜ」

「……むむぅ」


 お、ウルフェが微妙に不満そうな顔をしている。いつもならもう少し朝食の準備に掛かっている時間帯だ。

 ウルフェも意外と手伝い好きだからな。手伝おうと思ったら既に先に手伝われて立場が奪われたとでも思っているのだろうか。


「ウルフェはラクラを起こしてきてもらえるか?」

「ししょー、ラクラはもういませんでした」

「なんだ、またか」


 ラクラはターイズに戻ってからというもの、早朝や夜中に一人出かけるようになっていた。

 帰ってきた際にうかがえる疲労から、恐らくは鍛錬する時間を増やしたのだろう。

 ハークドックに負けたこと、エクドイクに差をつけられたこと、要因は様々だろうがそれを埋めようと努力をするのであれば言うことはない。

 念のためラクラの睡眠間隔を計っているが、そこまで無茶な特訓と言うほどではない。

 昼寝なども頻繁にしているので自己管理に関しては問題ないだろう。

 そんなことを考えているとラクラが玄関の方から姿を現した。


「お腹が空きましたー。あら、ハークドックさん」

「ようラクラ、朝から特訓か? 精が出るじゃねぇか」

「集中しやすいように人の少ない時間帯を選んでいるだけです。ご飯を食べたらまた少し仮眠をとりますよ」

「ああ、確かに早朝は何割増しかで集中できたりするよなー。でも食って直ぐ寝たら胃に来ねぇか?」

「大丈夫ですよ。普段からお酒を飲みながら寝たりしていますので」

「それは大丈夫って言わねぇよ? ジェスタッフの兄貴だって寝酒は控えるようになってるんだからな」

「ほわほわの気分で眠るのは気持ちが良いんですよ? ねぇ尚書様?」

「たまになら悪くないがな。毎回二日酔いの顔を見せるのは論外だ」

「くすん。だってゴッズさんの選んだお酒ってどれも美味しいんですもの……」


 ゴッズの奴に制限させるように言っておくべきだろうか。でもあいつの売り上げになるんだよな。

 そうこうしながら全員で卓を囲み、朝食タイムだ。

 ちょっと前まではイリアスと二人きり、それが今じゃ五人での朝食か。

 騒がし過ぎるのはゴメンだが、これくらいは悪くない。イリアスの表情もどことなく嬉しそうだ。

 朝食後、イリアスは着替えに、ラクラは宣言通り仮眠をするために自室へ向かった。

 残った三人で朝食の片付け、正直三人で台所にいるのはちょっと狭い。


「兄弟、今日は何処に出かけるんだ?」

「今日は魔法研究のところだな」

「お、そういや俺は魔法研究ってのは見たことねぇんだよな。やっぱ変わってるじじぃとかがやってんのか?」

「変わっていると言えばそうだがな。あとは『紫』の様子を見に行くつもりだ」

「紫の魔王か……そういや魔王と直接会ったことはねぇんだよな……」


 ハークドックが仲間になってからというもの、魔王三人組とハークドックは絶妙なニアミスを繰り広げていた。

『紫』は『魔具』の製造に掛かり、『金』はガーネの内政が忙しくなっている。

『蒼』とエクドイクはクアマ魔界にて目ぼしい魔物を集めている。

 低級の魔物ならば意志一つで操ることも可能なのだが、ユニーククラスともなると言うことを聞かないものも多いらしい。

 以前『蒼』を守っていた三体のアンデッドは元々人間を死霊術で操っていた存在だ。人間達に対し敵対意志を見せないために使用することはできなくなっている。

 まあ当人曰く『もう顔も見たくない』とのことなので、自然発生の魔物を揃えることになっている。


「まあ安心しろ。三人とも性格に難ありだが、いきなりお前個人を敵対視することはない。何かの拍子にコロっと処理される可能性は否定できないがな」

「すげぇな、何一つ安心できねぇ。でもまあこのサングラス? があれば本能様の暴走も大人しくなるっぽいからな! 問題ねぇぜ!」

「いや、そのサングラスはだな――おや、来客か?」


 玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。今一階にいるのはウルフェとハークドックを含めた三人だけだ。

 向かおうと思った時、ハークドックが我先にと玄関へと向かっていった。


「兄弟、俺が行くぜ。こう見えても来客の扱いだってそれなりにゃ心得てんだからよ!」

「別にそんなに敬う相手なんてそうそう来ないと思うけどな。多分ミクスだろうし」


 いや、冷静に考えると頻繁に顔を見せるミクスって王女だったわ。

 マリトもしれっと来そうだしな。まあハークドックとてギルドの相談役と一緒に生活していたのだし、致命的な接客ミスをすることもあるまい。


「ししょー、ウルフェも対応しっかりできますよ!」

「おう。ウルフェはマーヤさんに礼儀作法をしっかりと叩き込まれているからな。疑う余地はないな」

「えへん!」


 ただマーヤさんに良からぬことを教わっていないかは疑わざるを得ない。

 あの人もあの人でどこかぶっ飛んでいる時があるからなぁ。人のこと言えないけど。


「あら? 食事の片付け中だったかしら?」

「ん、『紫』か。予想が外れたな」


 台所に顔を見せたのは『紫』とデュヴレオリだった。

 お姫様とそれを守る執事が台所に顔を出すのもなかなかに珍しい光景ですよね。


「『魔具』の件でちょっと相談に来たのだけど、出直した方が良かったかしら?」

「いや、大丈夫だ。こっちも今日顔を見せるつもりだった。鍛冶職人を紹介しておこうと思ってな」

「あら? 良く分かったわね?」

「魔法の技術に関しちゃ口出しできることなんてないからな。でも『紫』は武器にはあまり詳しくないんだろ?」

「ええ、冷静に考えると剣ってどうやって作っているのかも知らないのよね?」

「人間、主様の作り出す『魔具』には相応の武器が必要となる。お前の見立てを疑うつもりはないが、そう容易く用意できるものなのか?」

「お前をぶった斬ったイリアスの剣を造った鍛冶職人だ。問題ないだろう?」

「なるほど。それならば問題はないな」


 イリアスの剣の切れ味をデュヴレオリは身をもって知っている。ついでに鞘の硬さとかも。

 ウルフェの特注ガントレットを造ったトールイドさんなら、『魔具』のための特殊な形状にも対応してくれるだろう。

 ……ところで疑問に思ったことが一つ。


「なあ、お前を出迎えにハークドックって奴が玄関に行ったはずなんだが」

「あの人、ハークドックって言うのね? 人の顔を見るなり倒れちゃったから玄関の横に寝かせてあるわよ?」


 あちゃー、やっぱ魔王をダイレクトで見て、ハークドックの本能様が暴れちゃったか。

 ハークドックの本能は超が過ぎるほどに過敏だ。相手が脅威であればあるほど強く本能が警戒を伝え、酷過ぎる場合はその警戒の強さで気を失ってしまう。

 普通に考えて魔王は人類にとっての最大の敵、天敵となりうる存在だ。

 あのサングラスの仕掛け程度じゃ無理だよなぁ。まあいいか。


「主様の威光に心が折れたと思えば当然のことではあるが、主様のご尊顔を見て失神と考えると許すべきか悩むところだ」

「美し過ぎて気を失ったとでも思えば良いんじゃね?」

「なるほど。ならば毛布でも掛けてくるとしよう」


 あら、デュヴレオリが予想以上に優しい。ハークドックの奴、どんだけ哀れな感じで気を失ったのやら。


「美し過ぎるなんて酷いわね?」

「誉め言葉じゃないか?」

「容姿には気を遣っているけども、私の姿は貴方に相応だと思っているのよ? 過ぎたる者にするなんて寂しいじゃない?」

「なかなかに複雑な心境だな。でもハークドックの立場での話だぞ?」

「貴方の言葉の中でも相応でありたいのよ?」

「なるほど、強欲なことで。ま、『紫』のことを高嶺の花と思ったことはないさ」

「なら路傍の石かしら?」

「極端にしてくれるなよ」

「ふふっ、冗談よ?」


 どことなく『紫』の機嫌は良い。案外ハークドックの気絶芸が気に入ったのかもしれない。


「でもししょーは石を宝物にしています!」

「あら、そうなの?」

「まあ、記念品として拾ったりはしてるけどな」

「――そう、なら石でも構わないわね」

「そこは構おうな?」


 居間に戻ると毛布を掛けられたハークドックが長椅子の上で安らかに眠っていた。

 まあ安らかと言うのは冗談で、その表情は『そんな馬鹿な』とでも言いたげなものだったが。


「そうそう、昨日は魔王の定例会の日だったのよ? そのことも話しておこうと思っていたところなのよ?」

「そういや満月だったな。でも前回は何の報告もなしに終わったんだろう?」


 魔王達は黒の魔王により用意された特殊な空間に、満月の夜に意識だけが呼び出される。

 そこで互いの近況を報告し合っていた。

 それを通じてちょっとしたトラブルも以前起きていたが、無色の魔王が初めて発言した回を最後に、互いの情報交換は行わなくなっていた。

 人間界に侵攻しようとする緋の魔王、我関せずの碧の魔王からすれば人間側に寝返った魔王達に渡す情報なんてあるはずもない。


「それがちょっとね? 端的に言えば『色無し』がやらかしたのよ?」

「またかあの無色」


 ◇


 時は前日の夜に遡る。

 巨大な円卓にはいつも通り八色の水晶が並び、金色、碧色、蒼色、緋色、紫色、無色が輝きを放っている。


「ふむ、今回も全員だんまりかの?」

「そうじゃないの? 『碧』はさておき、『緋』が私達に話したいことなんてないでしょ?」

「そうね? なら時間になったら終わりで良いわね?」

「……のう『緋』よ。御主の求めるものは、今も変わりないのかの?」

「――愚問だな」


 緋の魔王の低い声が響く。その声はいつもの淡々とした声ではなく、迷いの無い強い意志を含んでいた。


「あら? 返事をしてくれるのね?」

「我が覚悟を試すような言葉を投げかけられるのであれば、それに応えぬのは緋の魔王の名に傷がつく」

「ガーネは間違いなく戦場となる以上、妾としては止めて欲しいところではあるの」

「貴様が人との共存を選ぶことに否を唱えるつもりはない。だが貴様らに我が道を塞がれるつもりもない」

「『序列の呪い』を使用したとしてもかの?」


 話し合いの場において、魔王達には誕生した順に影響力を持てるようにと序列の呪いが与えられている。

 強大な拘束力こそ持たないものの、それに逆らえば不快な思いを味わうこととなる。

 緋の魔王の序列は五位、二位と四位である金の魔王と蒼の魔王ならば言葉による強制力を働かせることもできる。


「無論だ。その程度の不快さ、我が願いを果たすためならば甘んじて受けよう」

「あらそう? なら攻められる腹いせにでも使わせてもらおうかしら。『金』もやりましょうよ。迷惑料には丁度良いわ」

「『蒼』、御主も随分と変わったの……。まあそうじゃな。妾としては御主がこの不快感で多少なりとも判断を間違えてくれれば御の字じゃ。なれば――」

「はいはーい。ちょーっと待ってもらおうか?」


 割り込んだ声、それは無色の水晶から発せられていた。

 白の魔王であるユグラ、その魔族でありながら魔王の名を持つ男、無色の魔王が会話に割り込んできた。


「なんじゃ『色無し』、中立を自負する御主が割り込む話ではないぞ?」

「それがあるんだなぁ。『序列の呪い』はあくまでこの場における討論をスムーズに行うための潤滑油だ。それを嫌がらせで使うってのはフェアじゃねぇよなぁ?」

「それを言うなら『紫』がガーネを攻めようとしていた時にも言わんか。何を今さら」

「ま、それは冗談だからどうでもいいんだけどな? 大事なのは緋獣(ひじゅう)、お前の意志だ。お前はもう他の魔王達とは袂を分かつつもりなんだろ?」

「……そうだ」

「ならこの場所はもう不要ってことだ。ここは互いに争う必要がないように穏便に話し合える場所としてユグラが用意した。互いに敵対関係となっちゃ話し合う必要もねぇよなぁ?」

「――ッ!?」


 魔王達はそれぞれが意志を水晶に移している。眼や耳はなくともその空間の様子はその場にいるのと同じように感じ取れる。

 その魔王達全員がその空間の変化に反応を示した。

 空間の中に一人の男が佇んでいた。

 黒い髪に黒い瞳。浅黒い肌の上に羽織っているのは景色と同化する不可視のフード。

 無色の魔王本人がその空間に現れていた。

 無色の魔王は円卓の上に土足で乗り、楽しそうに回る。


「何を驚いているんだ? 俺はユグラにお前らの監視を言い渡されたんだぜ? この場所へ訪れる権利くらい持ってて当然だろうが? さて、お前らは晴れて敵同士となった。長い長い疵の舐め合いも終了ってこった。うんうん、雛の巣立ちを見ているようで嬉しいぜ?」

「妾達を雛扱いか、実年齢も大して変わらんくせに」

「黒姉から見りゃお前らの争いなんざ児戯なんだよ。ま、俺は中立でいなきゃならねぇってことがバレちまっているからな。大人しく見学させてもらうが、精々面白い見世物にしてくれよ?」


 無色の魔王が虚空へと手をかざす。するとその手には最初から握られていたかのように巨大な大鎌が存在した。

 刃の大きさだけで無色の魔王の体を遥かに凌駕する巨大な武器を、無色の魔王は軽々と回して弄ぶ。


「さあ、時代は次の段階へと進んだ。世界を変えるため、精々尽力しやがれ魔王共」


 無色の魔王が円卓の上で大鎌を一振り、同時に全ての水晶が砕け散る。

 水晶に残った魔王達の意志はまだ辛うじて残っている。

 そして残った感覚がさらに感じ取ったのは、その一振りによりその空間そのものが引き裂かれ、消滅していく光景だった。


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