表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/382

とりあえず飲もうか。

 表紙に書かれていたタイトルを読み上げ、暫しの静寂が訪れる。

 これを入手した場所が日本ならば苦笑いで済ませていたのだが……これは不味い物だ。

 今頭の中ではマーヤさんから聞いた事、ドコラが語った事を反芻している。

 魔王、禁忌とされた蘇生魔法によって蘇った者達の末路にして、最悪の歴史を紡いだ者達。

 そしてその蘇生魔法を生み出したとされる地球人。

 この本は明らかにそのことに関連する物だ。

 好奇心が無いわけではない。この世界で初めて見る地球との接点なのだ。

 しかし、書かれている単語があまりにも不吉すぎる。

 サンプル、調査記録――

 半端に頭が回るせいで、書かれているであろう内容が頭の中に浮かぶ。

 暗部として生きていたドコラが残した物だ。今思考回路は『そういう風に』動いている。


「……読まんのか?」


 カラ爺の声で現実に引き戻される。

 そうだ、今ここにいるのは自分だけではない。

 カラ爺もいるのだ。


「カラ爺、先に話しておきたいことがあります。これはイリアスとマーヤさんだけが知っている事なので極力他言無用でお願いします」

「わかった」


 カラ爺に自分のこれまでの経緯を正直に話す。

 理由も分からず地球の日本から転移して来たこと、今はマーヤさんの憑依術により意思疎通が取れていること。

 包み隠さずに話した。

 そしてその上でドコラが話した内容も伝えた。


「それで今、この本を前にしているわけですが……」

「なるほどのう……揺れる気持ちは分からんでもない。じゃがお主自身はどうしたいのじゃ」

「自身がしたいこと……」


 考え、そして溜息をつく。


「――読みません、今は」

「今を逃せばその機会を失う事になるやもしれんぞ。良いのか?」


 この世界では蘇生魔法に関する知識を求めることは禁忌とされている。

 そしてこの本の内容が表題通りならば、これを読むのはその禁忌の領域に手を伸ばす行為だ。

 確かにこの本には地球とこの世界の関係が記されている可能性もあるだろう。

 だがそれ以上に知ってはいけない事が多く書かれている可能性が高い。


「これを自分一人で抱えるのなら読んでいたかも知れませんけど、カラ爺と共有した以上はこの世界の流れに合わせるつもりです」

「わしは口が堅いんじゃがのう」

「カラ爺が隠し通せてもこっちが隠しとおせる自信が無いんですよ」


 少なくとも疑われ、尋問されることになれば隠し通せる自信は皆無だ。

 拷問なんて爪一枚剥がされそうになるだけで心が折れるだろう。

 苦笑しながらカラ爺に本を渡す。


「ただこれは信頼できる人物に預けたいと思っています。残念ながらレアノー卿のような他の騎士達に見つけて欲しくはありません」

「わしに預けると言うことはラグドー卿、はては王へと届く事になるが」

「まだ会った事が無いのでなんとも言えませんけど、カラ爺が信頼できるのなら構いません」

「重い期待を預けられたもんじゃな、じゃが安心せぇ」

「さて、帰りましょうか」


 これでいい。

 この本が危険視される結果になった場合、読んだものも同様の扱いを受けるだろう。

 ただこの国に居させてもらっている流れ人の立場でその状況になることは芳しくない。

 カラ爺はこの国では信用のある騎士だ。

 彼の前で読まなかったと言う証言があればそれだけで効果がある。

 読んだとして、カラ爺は口を割らないかもしれない。

 だがカラ爺は騎士。上司や王への忠誠とその場の口約束を天秤に掛ければ揺れてしまう可能性もある。それでもこちらとの約束を守ってしまうかもしれない。

 だが、彼のような立派な騎士にそんな真似をさせたくは無い。

 忠誠を裏切らせても、約束を破らせてもいけない。


「最後に、本当に良かったのかの?」

「無難に生きたいんです、自他共にね」

「ふぁっふぁっ、若いうちは冒険しても良いんじゃぞ」


 この本を読む機会が完全に無くなったわけではない。恐らくは――言い訳じみた期待を頭の中で思い浮かべ、忘れることにする。

 選択はした、後は流れに任せるだけだ。

 こうして二人はターイズへと帰るのであった。



 カラギュグジェスタは若者と別れた後、ラグドー卿の元へと向かった。

 急な訪問、その異様さを感じ取ったのだろう。

 今部屋にいる二人の間には緊迫した空気が流れている。


「それで、急な用とは?」

「本日、山賊同盟の首魁ドコラが残した地図を元に、ある拠点の調査を独自で行いました」

「――レアノー卿が調査隊を送る手筈を整えていると言うことを知らないわけでは無かっただろう」  

「諸事情がありまして、申し訳ありません」

「構わん、先を話せ」

「こちらを」


 そう言って洞窟で発見した本を手渡す。

 ラグドー卿は本を手に取り表紙を見つめる。


「ふむ、見ない言葉だな」


 そして本を開く、書かれている文字は一切が読めない。

 だがその中に時折図のような物が描かれている。

 しかしその意味もやはり不明だ。

 次々と本を流し読み、ラグドー卿の動きが止まった。


「カラギュグジェスタ、お前はこれを読んだか?」

「いえ、本を発見してから今に至るまで一度たりとも開いておりません。誓って宣言できます」

「そうか、良かった。『かの若者』もよく自制したものだ」


 カラギュグジェスタの眼が見開かれる。


「見抜かれていましたか」

「マーヤから話は聞いていた。イリアスは口を濁していたがな」


 ドコラが彼と話していた時、その場には他のラグドー隊もいたのだ。

 ならばチキュウ人なる人種が死霊術、そして蘇生魔法を生み出したと言う言葉を耳にした者もいただろう。当然それをラグドー卿に報告しない筈は無い。

 そしてマーヤから彼の素性を聞いていたのであれば、今回何故自分が単独で拠点に向かったのか、隣に誰が居たのか推測するのは容易いことであった。

 カラギュグジェスタは頭を下げる。 


「隠そうとしたこと、お許しください」

「許す、お前と私の仲だ」


 ラグドー卿は全体を流し読み終えた後、本を閉じる。


「本を開いていないことは信じよう。つまりその者はこの本の表題が読めたのだな?」

「はっ、読めないと口にした私に対し読み上げてくれました」

「なんと言っていた?」

「サンプル四号『蒼魔王』調査記録、確かにそう言っていました」


 そしてラグドー卿の表情はさらに険しい物となる。


「最悪の歴史を生み出した数多の魔王、その一人『蒼魔王』が現れたのは四番目であったな」

「ええ」


 本の中で辛うじて意味を理解できた図、そして表題の意味。


「この本の出自を調べる必要がありそうだ」

「……」

「案ずるな。お前もその若者も罪に問われるような事はしていない」

「そうですか……良かった」


 安堵するカラギュグジェスタとは裏腹にラグドー卿の内心は揺れていた。

 この事はマリト王にも伝えねばなるまい。そして内密に調査すべきだ。

 これらの知識がまだ他にもあるのであれば、それは見過ごすわけにはいかない。

 ラグドー卿は本を懐にしまい、立ち上がった。



 森の探検が終わり、カラ爺と別れた。

 収穫はあったけどさー、あんな地雷は踏みたくないよなぁー。

 馬で移動時間こそ短縮されていたが時刻は既に日が沈もうとしている夕方だ。

 昼は軽く済ませたから空腹もいい感じに進んでいる。

 夜には『犬の骨』に顔を出したいところ、夕食もそこで取れば問題ないだろう。

 森を往復して体は汗でべとべとだ。

 一度家に戻って体を拭き、着替えるとしよう。

 いやぁ、住まいがあるし、着替えもあるって素晴らしいよなぁ。

 一日そこらであったが山の中の生活は日常のありがたさを噛み締めるいい教訓となっていた。


「たーだいーまー」


 一人暮らししていてもつい言っちゃうんだよなぁ、特に気分が乗っているときはね。


「……おかえり」

「おわっ!?」


 玄関には体育座りでこちらを睨んでいるイリアスがいた。

 そうだった。ここイリアスの家だった!

 つかなんで玄関で座っているんだこいつ。

 しかも凄く機嫌が悪そうだ。仕事で何かあったに違いない。

 仕方ない。ここは大人としてフォローしてやらねばなるまいて。


「驚かすなよ玄関だぞ、普段からそうしてるのか?」

「いつもではない、今日は朝からだがな」


 んー、どう言う事……おや? おやおや?

 確かカラ爺は今日は非番だったな。

 ということはイリアスも同じように非番で、多分昨日には帰ってきていたわけだよな。

 それで朝からずっと玄関で……。

 うーん、うーん。

 なんだ、涼しいなー、なのに額から汗が流れるなー。


「ずっと、待っていた……のか?」

「なに、一日放って置かれる寂しさを私も実感できた。良い経験になったぞ。街の案内は必要なさそうだな」

「そのなんだ、ごめんな?」

「……」


 ああ、いじけてる。

 眼がこっちを見てくれてない。

 ど、どうする?


「そ、そうだ。夕飯を一緒に食べるか」

「生憎ろくな食材がない。買い出しに行くこともできなかったからな」

「だ、大丈夫だ。良い店を見つけたんだ。店長も給仕の子も良い奴で……」

「そうか、昨日の夜中ずっと私が君の帰りを待っていた間、君はそこにいたのか」


 あかん、これはあかん。


「そして今日もその店で楽しく過ごしていたと言うわけか……」

「い、いや、昼はカラ爺と――さ、散歩してたぞ!」

「私が玄関で帰りを待っている間、カラ爺と楽しく……」


 何だこいつ面倒くさい!

 胸倉掴まれて揺らされた方がましだぞ!


「……すまない、嫌味を言ったな」


 と思ったら謝ってきた。


「私もまだまだ未熟者だな。家に人が待っていることや、非番を他人と過ごすことを考えていたら浮かれてしまっていた……。君にも事情はあるだろうに……許してくれ」


 ああ、そういうことか。

 形はどうあれ、イリアスの期待を知らず知らずのうちに裏切ってしまっていたわけだ。

 戦いに関してなら間違いなく超一級の騎士だ。

 だがそれ以外の事に関しては年相応、いや下手をすればそれ以下の女の子なのだろう。

 人に淡い期待を抱いてしまう、昔の自分のような――


「ちょっと待ってろ。着替えて来る。そしたら出かけるぞ」

「あ、ああ」


 落ち込ませてしまった事は仕方が無い。互いに落ち度があったと言うわけではない。

 ならすべき事は一つ、見えてる物だけでもきちんと拾ってやろう。

 そして日がすっかり沈んだ頃、二人で『犬の骨』を訪れた。


「ここは……あの『犬の骨』か!?」


 あ、例に漏れず知ってるのね。


「ああ、料理に定評のある『犬の骨』だ」

「私も自分を罰する時にはここを訪れようと思っていた。そうか今がその時なのか」


 そんなにか、いや、そんなにだったわ。


「大丈夫だ。きちんと生まれ変わってもらったからな」

「?」


 中に入る。既に多くの客で賑わっている。

 忙しそうに駆け回るサイラがこちらを見つけ、声を上げる。


「いらっしゃ――あーっ!」

「昨日よりも賑わい方が増してるな」

「もう、大忙しなの!」


 半泣きだ、そんなに嬉しかったか。いや、そういう事にしておこう。

 視線を泳がせ周囲を眺め、違和感を覚える。

 いや、気づかない方がおかしいのだが……。


「知らない人が働いていないか?」

「ドミトルコフコンさんが知り合いを何人か集めてくれたの。『これだけ良い物出す店を三人でどうこうできるかい、ちょっと友人呼んでくるよ!』って!」


 ああ、確かに妙齢のご婦人方が給仕を頑張っておられる。

 厨房の方も、ゴッズとカラ爺の奥さん以外に調理を行っている人がいる。

 三人でも辛いだろうから食事の後に手伝おうと思っていたが、これなら必要もなさそうだ。


「なぁ、あのご婦人方ってラグドー隊の奥様方?」

「そうなの、もう感動!」


 ファンの奥さんでも喜べるなら、こいつはこの職場が天職になるやもしれん。

 って良く見るとラグドー隊の皆さんも店に来ているのか。

 カラ爺もいましたよ。店の端っこに固められている集団の中に。

 そっかー。彼ら非番だけど奥さん達がこっちに来てるから、飯食べる為にはここに来ないといけないのかー。肩身狭そうだなー。こんな悲しい光景は予想外だったなー。

 まあ食事は美味しそうに食べているからよしとしよう。

 酒を追加しようとして、婦人方に睨まれている光景は見ないことにする。

 とりあえず座ろう。扉の外でちらちら見ているイリアスに声を掛ける。


「イリアス、向こうが空いてるから座ろう」

「あ、ああ」

「……イ、イリアス様!?」


 サイラが出会ってから一番のびっくり顔を披露してくれた。

 イリアスもその顔にびっくりしている。


「わぁー、わぁー、こんな店に来てくれるなんて光栄ですー!」

「給仕がこんな店って言ってやるなよ……」


 握手を求められ、それにぎこちなく応じるイリアス。

 やはりこういう国民からの好意を受け取ることには慣れていないようだ。


「握り潰さないようにな」

「するかっ!」


 席に座り、注文はサイラに任せる。

 葡萄酒のような酒が出され、肴のチップスやフライが置かれる。

 そういえばこの世界に来て飲む酒は初めてだ。

 香りや味はワインに近いが、やや度数が高めで甘さが強い。

 これは油断して飲むとすぐに酔いが回ってしまいそうだ。

 空き腹を食べ物で埋めるべく料理に手を伸ばす。


「……美味しいな」

「そうだろう。塩を利かせた味は普段ないからな。昨日は酷いもんだった」


 そうして昨日のでき事を話す。

 サイラに出会い、この店に来たこと。

 ゴッズをマーヤさんの元へ連れて行き修行させたこと。

 そしてバンさんの商館に行き塩を貰い、新しいメニューをみんなで考えたこと。

 夜遅くまで営業し、へとへとになって眠ったこと。


「知らない街だと言うのに、たった一日見ないだけで君は色々なことをしていたんだな」

「おかげでくたくただ」

「君は人の為に尽力していたというのに、私は君を恨みがましく待っていた……情けないな」

「――サイラの歓迎っぷりを見てどう思った?」

「そうだな、少し驚いて……戸惑ったな」

「だが嬉しかっただろう?」

「そう……だな……」

「ラグドー隊の騎士だけじゃない。イリアスを認め、好いてくれる国民はちゃんといる。非難する連中ばかり見て、そういった人達を見ないのは損でしかないよな」

「ああ、反省し以後気をつけよう……やはり未熟だな私は」

「まだ言うか」

「私はただ父のような立派な騎士になろうと生きてきた。だが省みれば他者の評価に喜び、悩み心を乱している……」

「良いんだよそれで。人に非難されて嫌な思いをする事も、人に好かれ喜ぶ事も人間として当然のことだ。それを未熟だと切り離すことこそ心の弱さだ」

「そんなことは――」

「イリアスの父親は一度たりとイリアスに微笑むことが無かったのか? 娘の前ですら人としての心を殺し続けた冷徹な人間だったのか?」

「――父はとても誇らしく、勇敢で、そして厳しい人だった……」


 イリアスは俯き、グラスの中の酒を見つめる。


「ああ、でも覚えている。幼い私が花の冠を作り、贈った時に見せたあの笑顔……」

「――切り離すんじゃない。受け入れ、受け止めるんだ。嫌なことがあれば怒りを力に変え捻じ伏せろ。嬉しいことがあれば噛み締めて、前に進む力にしてやれ」

「そういう……ものか」

「そういうもんだ」

「だが結局態度に出てしまうのは未熟と言うことになるな」

「そこは否定しない。進む道を間違わずに精進するんだな」

「ああ、君に道の事を言われるなんてな。私以上に危ういと言うのに」

「そんなにか」

「そんなにだ」


 イリアスは笑った。酒が入っているせいもあるのだろう。

 赤みを帯びた笑顔は彼女の年よりも大人びて見えた。

 これからも頻繁に彼女をここに連れてきてやろう。ここにはイリアスの味方が沢山いる。

 それが彼女の強さとなるのだから。

 そんな頼もしい人達の姿を横目で見る。

 サイラは空き食器を運搬中に転んでいる。

 ゴッズはカラ爺の奥さんに叱られ涙目。

 客が増えたせいでテーブルが足りなくなったのか、ラグドー隊の面々は床に座らされている。

 ……たまにでいいな、うん。

 そしてその帰り、酔いつぶれたイリアスを背負わされる事になる。

 どうやら筋肉痛の日々は続く模様。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] もうカラ爺との絡みは、最高! [一言] 2週目です 初めて読んだときは、イリアスはただただ面倒くさい女ってイメージだったけど、今回はまだ17歳なんだ…年相応かな?って思った。 今回もた…
[良い点] >そうして昨日のでき事を話す。 一週間くらい経ってるのかと思ったら、 店に来てたった1日でここまで繁盛させ、 店員もきちんと増員したのかよ とんでもない行動力だな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ