次に開幕する。
「ガーネ魔界に関して、ガーネは領地の主張をするつもりはない。好きにすると良い」
クアマ城の一室にて、ゼノッタ王、『金』、ジェスタッフの三名を交えた会議が行われた。
その内容は今後魔界を浄化した際に、ジェスタッフを含む第三陣営がその場所を主導で開拓し、新たに建国するといったものだ。
ガーネ魔界の所有について、ガーネ国王である『金』は快諾した。
ガーネは年々その本国の領域を広げ、近隣の村々を受け入れている。
最終的にはガーネ領土に住む者全てを本国へと取り込み、残った村々は資源回収用の拠点として再利用する予定らしい。
一歩間違えれば国民全員が管理下に置かれるディストピアな世界になりかねないが、今の所は大丈夫だろう。
土地も十分で現在の領土だけでもそれなりの特産品などを誇っており、大国の中ではガーネが最も安定した生産ラインを敷けている。
目に付く点があるとすれば僻地への手の回し方がやや雑だ。もっとも、だからこそ隣接する自国の名を冠したガーネ魔界の土地に対する執着がないわけなのだが。
「ガーネ国王が許可を与えたのであれば、クアマとしては保留でも良いのではないか?」
それに対して慎重なのはゼノッタ王。
これが普通、曲がりなりにも百年以上監視していた魔界なのだ。いかなる理由があろうと、慎重に判断するのが王としての当然の役割である。
「土地を確保するという目的だけで言えばそうですね。ですがこちらの第一希望はクアマ魔界です。蒼の魔王もこちらの協力者となっている現状、最も管理が容易な場所ですからね」
「ガーネ魔界を生み出したのは『緋』じゃからの。妾の影響力は皆無といったところじゃな」
ガーネ魔界で生まれる魔物は緋の魔王の配下といっても過言ではない。
以前の件でその魔界の一部を『紫』がひっそりと占領することができたことから、そこまで自分の陣地に拘りのある魔王だとは思えない。
だとしても『おたくの生み出した魔界に新しく国を造るんで、邪魔しないでね』と交渉できる相手ではない。
クアマ魔界ならば『蒼』が開拓に加わることで魔物の脅威を無力化できる。それどころかろくな意志を持たない低級の魔物ならば労働力として使役することもできるだろう。
「もちろん無理強いはしません。クアマが自分で魔界を浄化し、新たに領土として開拓したいと言うのであればその邪魔はしません。ただ全面協力はできませんけどね。具体的に言うと残った魔物の処理は従来通りクアマの方で処理してもらいます」
「なかなか寂しいことを言ってくれるな」
「まあまあ。ある程度の魔物は随時こちらの開拓の労働力として回収しますので、数としては大幅に減るでしょうし、比較的楽だというのには違いありませんけどね」
魔王が指示を飛ばせば大抵の魔物は素直に従う。例外となるのはユニーククラスの強い自我を持つ者だけだ。
適度な間隔で『蒼』が魔物を回収すれば、その総数は非常に少ないものとなる。
ただその負担は意外に重いらしく、『紫』と比べてその頻度には限りがある。
普段から悪魔を使役していた『紫』と、ただ漠然と操っていた『蒼』の力量の差といったところだろう。
「損はないが、得もあまり感じないといったところか」
「メジスと同じですからね。ただメジスにはユグラ教という浄化魔法の専門家が大勢います。ユグラ教なら魔界の浄化の協力はするかもしれませんが、やはりメジスの方を優先するでしょうね」
メジスの領土は過去『紫』の侵攻を受け、その土地の大半を歪な形で魔界に浸食されている。
クアマの方へ人数を割くにしても、その優先度は下がるだろう。
「いじましいのクアマ王、魔王が魔物の脅威を省くだけでも重畳じゃろうに。今までは防壁を建て、現状維持で精一杯だったではないか。その魔界を浄化し、土地を広げられる恩恵を前に得を感じぬとは強欲が過ぎるぞ?」
「そうは言うがなガーネ王。いや、この場合金の魔王と呼ぶべきか?」
「妾が国の仕事をしておる時はガーネ王で構わぬ」
「ではガーネ王。メジスと違い、クアマにいる聖職者の数は少ない。ユグラ教の者達もいるにはいるが、今後メジス魔界の浄化でこの地を離れる者が増えるだろう。そうなると浄化もできない土地をただ放置ということになる」
「ならばそれこそそこの男にくれてやれば良かろう? 土地の関係上隣接するのはクアマのみ、恩を与えるのも、借りを返してもらえるのも特等席であろう」
「それはそうなのだがな」
ゼノッタ王は唸りながら髭を擦る。ちなみにこのおっさん、クアマ魔界の利権にそこまで拘っているわけではない。
要するにもう一押しが欲しいのだ。クアマ国民やらを納得させられるだけの明確な得を。
本国が全てを統治するガーネとは違い、クアマは本国以外の土地は貴族達に管理を任せている。
クアマ魔界を新たな土地として見た場合、そこに食いつくのはゼノッタ王だけではない。
領地を広げたいと欲を持つ貴族も顔を出してくることになる。
故にクアマ本国が独断で魔界の利権を放り捨てることになれば、貴族や国民の不満を買うことになる。
扱いは難しくても土地は土地、貴重な資源なのだ。
それを重々理解しており、かつこちらが何かしらの説得材料を持っているだろうとこうしてじらしている。
ある意味では信頼されているのだが……強かだよ、ほんと。
「では見返りとして、クアマの土地の整備にこちらの魔物を提供しましょう」
「……それはどういうことだ?」
「クアマの土地は十分に広い。しかしそれでも使い切れているというわけではない。森や山だって存在している。それぞれの資源を活かす供給のラインは未だ満足なものとは言えないでしょう?」
羊皮紙を広げ、具体案を説明していく。
森林を移動する道や川に設置する橋の増設、そして何と言っても山に対してのトンネル建設。
現代の日本でさえトンネル工事では事故が起こることがある。中世の時代ではなかなかに骨の折れる作業であり、危険もつきものだ。
しかし魔物ならば人以上の速度で、かつ人的被害も無視して進めて行くことができる。
クアマ内での交通環境が飛躍的に改善されることになれば、領土内の経済はより円滑に循環することになる。
クアマはターイズほどではないが森山がそこそこある。最も平地の多いガーネと比べれば思うところもあるだろう。
「ほほう……なるほどなるほど」
「森林なども立派な資源なので森一つを更地にすると言ったことは避けた方が良いですが、整備することで農業地として使える場所も増えてくるでしょう。領土は広がらずとも、利用できる土地が増えるわけです。百年単位で領土改善が進むと思いますよ」
「提案されておいて言うのも何だが、こちらに魔物を手配してはクアマ魔界での建国に支障が出るのではないのか?」
「いえ、それはありません。結局人が住み、作物を育てられるようにするには魔界の浄化が先決です。その間、余った労働力を提供するわけです。十分な領土の浄化が済むころにはクアマの整備も一段落するでしょうし」
「確かに。これならば貴族の説得はどうにかなるか……ちなみにこれらの問題は?」
迷わず聞いてくるな。まあメリットばかりを見ている人間よりかは信用に足る行為だ。
「クアマの土地を改善するとは言え、一時期でもクアマ領土内に大量の魔物が蔓延ることになります。国民によってはそれが精神的負荷になる恐れがありますので夜間の巡業を控えさせるなどする必要があります。商人や冒険者などがうっかり出くわすと軽い騒ぎになりかねませんからね」
「夜中に道を進んでいたら魔物の大軍が道を切り開いていると……なるほど、その辺はしっかり対応せねばならんな。改善案については今後お前と打ち合わせを重ねて行い、こちらの希望を優先してもらうが構わんな?」
「無茶な要求ばかりするようでしたらお断りしますけど。そこはゼノッタ王の常識の範疇を信用させていただきますよ」
「わかっているとも。では臣下や貴族への説得は私が責任を持って行おう。――この羊皮紙は貰っても良いか?」
「そのために用意した物ですよ」
「いやあ話が早くて助かるな!」
プレゼン資料を満足そうに回収するゼノッタ王。良い笑顔だよ、本当。
ただやり過ぎについては本当に注意する必要がある。現在進行形でも道を作るのを専門にしている木こりや大工はいるのだ。彼らの仕事を全部奪うことは避けねばなるまい。
話が終わろうとした時、ジェスタッフが静かに右腕を上げた。
「ゼノッタ王、一つ良いか?」
長袖から覗くジェスタッフの右手には包帯が巻かれている。今の右腕は悪魔が形を成しているだけで、肉も骨もなければ血も通っていない。
それでも既に字を書けるまでには使いこなしている。若ければハークドックよりも強かったんじゃないだろうかこの人。
「構わんが、何か不服でも?」
「いや、そこの若造は十分に交渉してくれている。儂の私財だけでも事は順調に進むだろう。だが隣国になるのであれば先に聞いておかなきゃならねぇ。儂が国を造ることについて、正直な意見を聞かせて貰おうじゃねぇか」
ジェスタッフがリティアルの誘いに応じ、クアマの転覆を狙っていたことは事実。
極端な言い方をすれば自国の過激派テロリストが隣に国を造るのだ。あまり良い心境とは言い難い。
「ふむ……そうだな。ヘリオドーラ家がクアマに貢献してきた歴史は十二分に学んでいる。だがこうしてクアマを乗っ取ろうとさえ思っていたヘリオドーラ家の怨嗟を解消してやることは、歴代のクアマ王にも、私にもできなかった。ならばその恨みは正当なものだろう。だからと言って国を奪われるわけにはいかん。貴方が国を造り、その怨嗟を終わらせるというのであれば私は喜んで見届けさせていただこう」
「……時代が悪いな。そうでなきゃもう少し歴史に名前を残せただろうに」
「本当にな。なんで他の国の頂点はまともな奴がいないのだろうな」
ターイズには歴代で最も優秀とされるマリト、ガーネは超越した能力を持つ『金』、メジスのエウパロ法王もその支持率は非常に高い。
彼らと比較してしまえばゼノッタ王は冴えないおっさんにしか映らないだろう。
だが彼もまた一人の人格者、国の行く末を見守る王なのだ。
「野暮なことを聞いた。忘れてくれ」
「当然の話だ、意図的に覚えておくこともないだろう。だがそれはそれとして、私が歴史に名前を残す手段はないのだろうか? ちょっと相談に乗ってもらえない?」
「清々しさすら感じる図々しさじゃの」
本当、逞しい王様だよ。
「そうだ。『落とし子』についてある程度の情報も入ったことだし、ラーハイトに尋問を行いたいんですが」
「あー……それがだな……」
急にばつの悪い顔になるゼノッタ王。薄々は感じていたが、そういうことなのだろう。
ゼノッタ王から聞かされた話は、セラエス大司教の管理下に置かれたラーハイトが尋問の末、死亡したという内容だった。
子供の肉体であることを無視し躊躇なく拷問、その結果本人が情報を吐く前に肉体が限界を迎えたらしい。
普段から大人相手への拷問の仕方しか知らない連中が子供を相手にすれば当然だろう。
「別の肉体に移動してなきゃ良いんですがね」
「だ、だが拷問中は魔法の使用はなかったと聞いたぞ?」
「以前ウッカ大司教に追い詰められたラーハイトは、傍に魔封石が転がっている状況でも魂の移動を行っていました。専用の道具がないとしても、できないという確証にはなりません」
「そうか……すまないな」
ラーハイトについては『蒼』を仲間に引き入れるのに必要だった交換材料の一つだ。
その扱いにまで口を出すことはどの道無理だった。ある程度の忠告はしたつもりだったが、セラエス大司教からの心象は最悪だしな、仕方ないね。
死んだままならば問題は無いのだが……こればかりは『蒼』に頼むか。
死体は既に浄化の炎で燃やし尽くされ、灰は埋められたとのことだが、残骸からでも死霊術でアンデッドを生み出せる『蒼』なら生死の確認くらいはできるだろう。
どうもあいつが簡単に死ぬようには思えない。今後も生きているつもりで行動するとしよう。
◇
ラーハイトの死の報告を聞いて、彼の表情に再び翳りが見えたように感じた。
長いこと彼の傍に居て、多少ではあるが彼の変化に敏感になっているようだ。
彼には二つの顔があるが、それは綺麗に裏返って切り替わるものではない。水と酒の割合のようなものだ。
普段の彼が水ならば、もう一人の彼は高純度の酒。
今僅かに濃くなったのを感じたが、今の所は水の割合が遥かに多い。
会談が終わりジェスタッフは屋敷へと戻り、ゼノッタ王と金の魔王は折角とのことで少しばかり対話を行うことになった。
今は彼と私、二人きりで休憩室で金の魔王の話が終わるのを待っている。
「クアマ王とガーネ王が対面することとか、過去の歴史でもなかったんじゃないか? ――しかしあの二人を組み合わせるのはよろしくないな。あいつら絶妙に甘えてくるからな……」
「……そうだな。だがそれは君があの二人の要望をしっかりと叶えているのが原因だろうに」
「どの世界にもいるんだよな、頼みごとが上手い奴って。それでイリアス、お前の上の空の理由をそろそろ聞こうか?」
「……上の空のつもりはないのだがな」
「周囲には気を張っているが、余裕のない顔をしているぞ。何か頭の中にこびりついているような、そんな様子だ」
彼に対して隠し事ができないのは、彼の察しが良いからだと思いたい。
少しばかり周囲にいる者達の察しが良いだけだ、そう思おう。
「そうだな。今もなお、私の耳に残っている言葉がある」
「リティアルに言われた言葉か」
頷いて返事を行う。モルガナのギルド本部へと突入しリティアルと対面した際、奴は私に囁いた。
「『貴方の父上が、命を賭して倒した魔族は生きておりますよ?』……あの男はそう言った」
「そう言えば詳しい話を聞いたことはなかったな。魔物の襲撃と聞いたり、魔族と聞いたり……」
「具体的に言えば両方だ。私が幼い頃、ターイズに多くの魔物が現れた。そこには魔族もいたと聞いている」
その魔族が魔物を引き連れて現れたのか、その目的は何なのかは知る由もなかった。
だがターイズの騎士達は襲われた村に駆け付け、魔物と戦い、何とか撃退した。
父と母もその戦いに加わり、そして魔族と対面した。見届けた者の話では、二人掛かりで刺し違えたと聞いた。
あの場にいることができればと、ラグドー卿が私に深々と頭を下げたことを今でも覚えている。
彼は生き残った者の中で最も負傷していた。単身で最も多くの村を守り、最も多くの魔物を屠り、最も多くの民を救っていたのだ。
その痛々しさは幼い私でも十分に伝わるものだった。一体誰がそんなラグドー卿を責められるだろうか。
父と母は勇敢に戦った。もしも二人が魔族を止めることができていなければ、その被害は相当なものだったろう。
だから私は決意した。父のような立派な騎士となり、父の代わりに国を守っていくのだと。
口下手なりに、彼にその流れを説明する。すると彼は暫く考え込み、そして話を再開する。
「よし、わかった。その魔族についての情報を探ってみよう」
「気持ちは嬉しいが、これは私個人の問題だ」
「いまさらそれを言うのな。それを言うなら今までのことは全部『俺』個人の問題だぞ。自分ばっかり抱え込むなんて格好つけさせるか」
「む、格好つけているつもりはないのだが」
「大体お前個人で抜け出して情報を集めたところで、手掛かり一つ掴めないだろうよ」
……確かにそうだ。私に分かることは、その魔族が碧の魔王の配下ではないかと言う予測だけだ。
その魔族が生きていたとして、今ターイズ魔界にいるのか、どうすれば特定できるのか、何も思いつかない。
彼を頼れば……きっとそれを導き出してくれるのだろう。だがそれで本当に良いのだろうか?
私は彼に頼られる騎士を目指している。そんな私が――
「ゼノッタ王や『金』と比べて、甘えるのが下手くそだよなイリアスは」
彼は両手で私の両頬を挟みこむ。彼が茶化す時の癖のようなものだ。
「甘えるのが下手……か……。それはそうだろう。甘える生き方は避けてきたのだからな」
「なら練習しておけ。お前の全力はここぞという時に発揮できなきゃ宝の持ち腐れなんだ。自分の実力を活かしたいなら、活かす方法を学べ」
「私自身を活かす……」
「イリアスは敵討ちの準備を粛々と進めていればいい。お膳立てくらい『俺』に任せろ」
彼は自信満々に言う、その姿に私は少しばかり嫉妬してしまった。
互いに頼られるようにと振舞っている関係なのは理解している。
だけど、私が彼を頼りたくなる気持ちは、きっと彼よりも強いのだろうと感じてしまったのだ。
「そうか……では頼ろう。だが先ずは優先すべきことがある」
「そうだな。緋の魔王の一件が片付かないことには、だな」
クアマを舞台とした蒼の魔王の侵攻、そしてギルドを巻き込んだ一連の騒動は無事に決着した。
しかしこれらはこれから始める激闘の開幕を告げる狼煙に過ぎないのだ。
大陸全土を巻き込んだ魔王と人間の本格的な戦い、ユグラが先送りにした決着をつけるときがきたのだ。
父の仇のことは頭から忘れることは不可能だろう。だがそれでも、彼がいるのならば心配はいらない。
私は彼を護る騎士として、この剣を握り続けよう。
私が彼にしてやれるのは、もうこれだけなのだから。
◇
ガーネ魔界とメジス魔界、その境界にある山の一つ。そこには巨大な空洞が存在していた。
奥へと進むにつれ太陽の光は薄れ、代わりに魔石の輝きが洞窟内を照らす。
そこにあったのは地下に造られた城。
色彩など一切ない、岩石を削り、重ねて造られた無感情な城。
その周囲には無数の魔物がひしめき合っている。
ゴブリン、オーク、コボルト、人の形をしながら人ではない獣人型の魔物。
その全ての魔物達が乱雑に造られた施設で作業をしている。
たたらを踏み、火を起こし、鉄を溶かし、武具を作る。
武具を装備した魔物同士は互いに武器を振るい、技を身につけていた。
その光景はターイズの騎士の訓練に比べ、お世辞にも焦がれるようなものとは言えない。
しかし、それでもその場に人間がいれば、鬼気迫るものを感じられるものがあった。
城の内部の奥、そこに座しているのは『緋の魔王』。
彼もまた亜人の血を引く魔王。しかしその姿は如何なる動物の混血とも言い難い。
雄々しい鬣に、荒々しくも強靭な角、岩石を彷彿させる肉体、そして何よりもその全身が熱を持つ鋼の様に赤々と輝いている。
「武装の配備、順調に進んでおります。ですが素質ある者に握らせる高品質の武器については少々供給が追い付いていません」
玉座に佇む緋の魔王に声を掛けたのは左右に控えている魔物達の一匹。
その場にいる者全てが外にいる一兵卒の持つ武具とはかけ離れた業物を身につけている。
緋の魔王直属の配下であり、各魔物を統率するユニーククラスの魔物である。
「ならばその者達で競わせ、握るに相応しい者を選定させよ」
「少々数が減りますが、構いませんか?」
「構わん。選定如きで命を失うのは死に怯え、負けた弱者に過ぎん。たとえ敗れたとしても、真に戦う者ならばその命の炎が消えることはない」
「ではそのように。一先ず二月もあれば準備は整います。しかし、万全を期すのであればもう少し時間を掛けても良いのではないでしょうか?」
「最初に決めていたことだ。この世界が我々の復活を知った時、それが戦の再開を告げる時だと」
「結局あの人間は役に立ちませんでしたね。あの程度で魔族にして貰おうなどと……思い上がりも良いところです」
「ラーハイトら、いやレイティスと呼ぶべきか。腹心を布くような真似はしなかったが、それでもあの組織はそれなりに有益な情報を提供した。そもそも奴らの本来の目的は魔族化ではない」
「なんと……それでは一体……」
「おおよその察しは付く。だが些細な事だ。互いに利用し合う価値があるのならばそれで十分だ」
「魔王様を利用とは、次に会った時には殺しておく必要がありますね」
「好きにしろ。奴はこちらとの連絡を絶った。ならばもう道端の石と変わらぬ」
緋の魔王は左右に控える魔物を一瞥していく。
それぞれが異なる獣人型のユニーククラス、同種の中で最も優れた個体。
「いつぞや『金』が言っていたな。貴様ら魔物は我が心の昂ぶりにより、その姿を変えた者達だと。なるほど、我が心はいつの時も獣の心しか持ち合わさぬと言うことか。得心がいった」
緋の魔王の口もとが僅かに歪む。無骨な武人のような表情から見せられる笑みは僅かながらに嘲笑を含んでいた。
「貴様らは我が闘争の心が生み出した獣だ。だが我が心に巣食う獣に恐怖という感情はない。ただ武器を振るい、殺戮を是とし、終わりなき闘争を求める。それこそが我が望み。ユグラと契約し、永久の命を授かった理由。人間と亜人、双方の怨敵となる事こそが我らが存在する意味と知れ!」
緋の魔王の言葉に魔物達はけたたましい咆哮を上げ応える。
その咆哮は城の外へと響き、外にいた全ての魔物が呼応し、吠える。
闘争を求める獣達の咆哮は空気を震わせ、大地を揺らす。まるで大陸がこの先に起こる戦いに恐怖し、怯えるかのように。