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次に相談するのは。

「……あれ、ここは……」

「よう、起きたか」


 クアマ城にある医務室の一つ。そこに備え付けられていたベッドに寝かされていたラクラが目を覚ました。

 戦闘中に傷を癒せるような類の治療は、即効性はあるが痛みが残ったり、その場しのぎの不完全な治療だったりとその精度は高くない。

 丁寧に治療する場合、本人の魔力を大量に消費させてしまうのだとか。そのせいもあり、ラクラの傷そのものはすっかりと癒えていたが、治癒魔法の副作用で数日間ぐっすりと眠っていた。

 ラクラは首を動かし、枕元の真横に椅子を置いて座っているこちらを見る。


「尚書様……私が起きるまでずっといたのですか?」

「いや、一時間くらい前だな。数日も寝てる奴が起きるまで傍にいるとか、そんなに暇じゃない」

「そこはもう少し、大事に見守っていた感じにしていただけると嬉しいのですが……。はっ! 数日寝ていた割に体が綺麗!? さては尚書様!?」

「礼なら毎日体を拭いてくれたミクスに言え」

「ですよね」


 逆に礼を言っていた気がするが、その辺は触れないでおこう。

 体を起こしたラクラに一連の経緯を説明する。ジェスタッフを追い詰め、リティアルの正体を暴き、レイティスの勢力に大打撃を与えることができた。

 できることならばリティアルは始末しておきたかった。しかし転移魔法て、便利なもんもってやがったな。

 リティアルを逃がした件で『紫』が罰を所望してきたのだが、デュヴレオリが罰するなら自分をと言い出し、仕方がないのでデュヴレオリに『紫』への罰を考えろというお題を投げておいた。

 『紫』の監修は禁止してある。だからきっと無難な罰がくると信じたい。


「そっかぁ……エクドイクさんはハークドックさんに勝ったのですね」

「ま、この後小言を言う予定だけどな」

「まだ言っていなかったのですか?」

「先にお前に言っておこうと思ってな。お前エクドイクが近くにいるのを分かっていて、協力しようとしなかっただろ」

「う、……何のことでしょうか?」

「う、って言ってるじゃねぇか。何ならその時のお前の分析をしてやろうか? ハークドックと戦闘中に第三者の気配に気づき、それが合流しに来た味方であることは直ぐに理解できた。ギリスタやミクスが来る方向とは違う。『俺』が一緒だったイリアスやウルフェなら躊躇せずに飛び込んでくる。だからその人物がエクドイクだと察したが、エクドイクは様子見に入っていた。お前は協力を願い出ることもできたが、ハークドックの一騎打ちに固執した。その心は――」

「も、もう良いです! 認めます! くすん。乙女心は秘密が一番なのに……」

「ならもう少しミステリアスに努めろ。思考回路が熱血漢になっているぞ」

「熱血漢!?」


 『蒼』の一件でも見られた兆候。今回の件もそうだ。

 物草で、隙があれば楽をしようとするラクラが、今回のような行動を取った原因はエクドイクのせいだろう。

 お互いの才を比べて優劣をつけるなと忠告はしたが、やはり兄妹ともなれば意識してしまうことは避けられなかったのだろう。


「お前のことだ。ハークドックの魔力量やその練度を見て、十分に勝機があるからと踏んだんだろうが……どうだ、ああいう手合いにしてやられた気分は」

「……正直完敗です。手のひらで転がされるって、ああいう感じなんだなって思いました」

「ま、次やれば勝てるだろ。基本性能はお前の方が上なんだし」

「でももうハークドックさんと戦うことは……ないんですよね?」

「そうだな。そういう意味でハークドックは、お前との一度きりの勝負でしっかりと勝ち越したわけだ」


 この後百回以上戦闘を行ったとして、ラクラの方が九割以上の勝率を叩き出すだろう。

 だがハークドックは必要な戦いで、必要な勝利だけを勝ち取った。ラクラが完敗だと認める理由はそこだ。


「そしてエクドイクさんはそんなハークドックさんに……。そもそも尚書様は前提から勝っていたと……。はぁ、悔しいなぁ……また負けました……」


 ラクラはわざとらしく、パタリとこちらの方に体を預けてくる。

 しかし躊躇のない体重の預け方、踏ん張らないとこっちが傾きそうだ。


「おい、ラクラ」

「――尚書様、やっぱりエクドイクさんの方が良いですか?」


 いつも通りの声だが、こちらに頭を擦り付けているためラクラの顔は見えない。無理に見てやるのは流石に可哀想だろうからと自重する。


「やっぱりってなんだよ。勝手に人の評価を決めるな」

「じゃあ……」

「以前も言ったが、死にたがりとか自分の命を蔑ろにする奴は低評価だぞ。お前もエクドイクももう少し自愛しろ。自分を卑しむ奴なんざ比べる価値もない」

「むむぅ……私は結構私が好きだと思うのですけど……」

「自分と他人を比べて、劣っているというレッテルを自分に張るような奴の好きなんて、信用できるか」

「酷いっ! でもそれとこれとは話が違いません!?」

「そうだな、違うな。だから普段のラクラは好きだぞ」


 少しの沈黙。血色良くなって来たな、良いことだ。


「……やりますね、尚書様」

「どういたしまして。ただお前らな、そろそろ相手と自分を見比べて、優劣の劣を自分につけるのを止めろ。あまりしつこいとその背比べに『俺』が乱入してやるぞ」

「それは……凄く僻まれますね」

「おう、『俺』相手にゃ随分と自己評価高いじゃねぇか。調子に乗りやがって」


 顔は見えないのでラクラの後頭部を拳でぐりぐりと圧迫する。

 ラクラはバタバタと暴れるが、それでも顔は上げない。


「上げても下げても怒られるっ!?」

「卑屈な姿勢を見せられたり、上から目線で見られたりして不機嫌にならないわけがないだろうが。ま、でもお前が悔しいって思っているのは理解している。共感もしてやる。だから目一杯へこんでろ。愚痴も好きなだけ言え。お前が元通りになるならいくらでも付き合ってやる」


 『紫』の一件で『俺』が踏み出せないでいた時、ラクラはラクラなりに気遣ってくれていた。

 気遣われるだけでは割に合わない。


「……本当、変われとは言わないんですね」

「生活習慣くらいは正せ。あと金銭感覚」

「くすん」

「まったく。一人で抱え込めないくせに見栄を張るな。『俺』がここにいなかったら、今頃孤独感もセットだぞ」

「本当ですね。一人で目を覚ましていたら悔しさで泣いていましたよ。そんなわけで慰めてください!」

「悪いがこの後も用事がある。お前一人に時間を割くことはできん」

「酷いですっ!? こういう時くらいさらっと『仕方ないな』って言えないんですか!?」

「普段から言わされてるからな。普段から甘える奴には容赦しないんだ」

「ぐすん」

「だから一時間だけだぞ」

「……はい」


 ラクラはそのまま静かに俯いたまま、こちらの体に身を預けていた。色々と考えを巡らせていたのだろう。泣くことはなかったが、途中何となくにやけているのが分かった。

 そしてきっかり一時間後、すっくと立ち上がる。ラクラはようやく顔を見せるが、不満そうな顔をしている。


「まだ一時間経っていませんよ?」

「クトウ、『俺』が一時間だけだと言ってから、どれだけ経過した?」

「イチジカント、イップンデース! アクマノタイナイドケイ、クルワナイ!」

「むむむ……」

「そう言うことだ。クトウは嘘を吐かないからな」

「ツイデニ、コノヘヤニハ、ゴジカンタイザイシテマス!」

「おうこら、嘘つくな」


 クトウに喋らせる時は他者に何かを伝える場合が多いからと、補足説明の癖をつけたのは失敗だった。後でしっかり調教し直さねば。


「……仕方ありませんね。今日はこの辺で妥協するとしましょう」

「どの道そろそろミクスが体を拭きに来る頃だ。妥協されてやるよ」

「それは妥協させてください。……尚書様、またかって思うかもしれませんけど……もし私が死んでいたら……悲しんでくれました?」


 またか。まあその口調にはどこか余裕が戻っている。凹んでいる時に思ったことを、折角だから聞こうと言った感じだ。


「そうだな。墓に掛ける酒は安酒を大量にするか、高い酒を少しにするかで悩む。そして面倒になって水で済ますな」

「酷いですねっ!?」

「人間死ぬときはあっさり死ぬもんだ。今までのどれもが割とサックリと死ねるような出来事ばっかりだったしな。そういうもんだと受け入れるさ。少なくとも今ラクラが死んでいても、今のところ泣く事はなかったな」

「しくしく……少しくらいは私のために泣いてくださってもよろしいのに……」

「代わりに泣いてくれる奴がいるさ。ああ、でもな。お前が死んでいたらジェスタッフとハークドックは、死ぬよりも辛い目に遭わされていただろうな」


 そういう意味では最初に敵だった者達、ギリスタやエクドイク、『紫』にデュヴレオリ、『蒼』、おまけで『金』との友好関係が築けたことは本当に奇跡的だろう。

 ラクラがこちらの言葉に何か返す素振りは見られなかったので、そのまま部屋を後にした。


 ◇


 ぼんやりと意識が戻り始めた。頭がちょっとばかしガンガンしていやがる。

 これはアレだ。馬鹿みたいに眠った時に起こる頭痛だな。休日によくやるから間違いねぇ。

 全身が痛む。そうだ、俺はエクドイクと戦って……負けたんだったな。

 兄貴は……そうだ、兄貴は無事なんだろうな!?


「いっつ!?」


 無理に体を起こそうとしたせいで、あちこちの痛みが一気に脳を目覚めさせた。

 蹲り、涙が出そうになるのを必死に堪える。


「起きたかハークドック」


 そろそろこの声にも慣れてきた。つか傍にいるのかよ。お前の姿を見ると気を失うんですけどね!?

 しかし本能様は大人しい。どういうことだ? 声の方に視線を向けるとその答えは簡単に分かった。

 確かにあの男はいる。だがそれは天井から吊るされている布越しだ。

 目隠し状態でなら平気だったしな。直視しなければ大丈夫らしい。


「せめて可愛い女の子に起こされてぇな」

「悪いな。知り合いの女は大抵物騒な連中なんだ」

「おい」

「そういやそうだったな。俺も中身が化物なのはちょっと遠慮してぇわ」

「おい」


 気づいたらあの女騎士が視界内にいる。探知魔法を使用していなかったら本当にずさんだよな、俺。

 男は俺が意識を失っている間のことを説明した。あの後、ラーハイトと同じ組織の連中を追い詰め、半壊させたらしい。

 つかアイツ、モルガナのギルドマスターだったのかよ……。


「ジェスタッフは建国に備えて、人員の選定を始めている。来週くらいには具体的な行動方針をまとめ、ゼノッタ王、ガーネ王との交渉の場を設ける予定だ」

「俺が寝ている間に……やっぱすげぇな兄貴は……。俺に手伝えることがありゃいいんだが……この腕だしな……ん? んんっ!?」


 この腕こと右腕さん、肩付近まで綺麗に吹き飛んだはずの右腕さんがあった。

 包帯がぐるぐると巻かれていて、どんな状態かはさっぱりだが、指先付近にまで鈍い感触がある。


「今気づいたのか。普通最初に気づかないか?」

「ど、どう言うことだ、これっ!?」

「お前の右腕が跡形もなく吹き飛んでいたのは事実だ。だから別の腕を移植した。ただそういう技術はこの世界には普及していないらしくてな。『紫』、『紫の魔王』に頼んで上級悪魔を一体、繋ぎとして使わせてもらった」

「悪魔っ!?」

「『紫』が直接生み出した悪魔には基本として自我がない。だからお前の腕代わりとして寄生させた。正直悪魔だけでも腕は構築できたんだがな。核となる部位も移植しておいた方が素人操作でも精密性が上がるとのことだ」

「ぞっとしねぇ話だな……」


 普通人の腕をくっつけるとか、そんなぶっ飛んだ発想自体思いつかねぇよ?

 探知魔法を使用してみる。うお、マジだ。魔物が俺の右腕全体を覆ってやがる。気持ち悪ぃ!

 その中には確かに人の腕が……おい。


「おい。この腕――ッ!」

「本人からの強い希望でな。察しの通り、その腕はジェスタッフ=ヘリオドーラの右腕だ」


 頭より体が動くのが早かった。痛みを無視してベッドから飛び上がり、布越しにいる男へと殴りかかる。

 だがその動きは完全に読まれていた。俺の拳が布に届く前に、女騎士が俺の体を取り押さえていた。

 痛みが全身に走るが、そんなことは関係ねぇ。許せねぇ、絶対に許せねぇ!

 なのに動かない。この女騎士、ピクリとも動かねぇ。体が負傷しているとかそんなの関係なしに、俺の力じゃ微動だにしない。


「ほんと、わかりやすいなお前」

「てめぇ! よくも兄貴の腕を!」

「勝手に『俺』のせいにするな。言っただろう、本人の強い希望だってな。最初はその辺の墓場から掘り出すか、処刑待ちの人間からでも奪う予定だったんだ。だがこの話を聞いたジェスタッフは自分の腕を使って欲しいと頭を下げてまで頼んできたんだ」

「そんな……そんな話、信じられるかよ!?」

「ジェスタッフは言っていたぞ。『こうでもしねぇと、あいつは自分の命を軽んじちまう。儂はアイツより後に死にたくねぇからな。儂の腕ならあいつも無理はしねぇだろ』ってな」

「――ッ!」


 右腕への魔力探知の詳しい結果が伝わる。この腕は無理やり斬り落とされたものじゃねぇ。兄貴が俺に託した腕だって、伝わってきちまう。兄貴がどんな思いで、俺にこの腕を……。


「目が覚めたらお前に伝言をしてくれと頼まれた。『これで名実ともにお前は儂の右腕だ。年寄りに片腕で余生を過ごさせるんじゃねぇぞ。ったく、二度も言わせるな』だとさ」

「兄貴……だからって……兄貴の腕を俺なんかが……!」


 女騎士が俺の拘束を解く。その必要がないと判断したらしい。

 痛む体を無視して、全身で右腕を抱きしめる。全身で右腕の感触を、しっかりと受け止める。


「感極まっている所を台無しにして悪いがな。ジェスタッフの右腕にも『紫』の悪魔を寄生させている。ぶっちゃけ以前より快適だってはしゃいでいたぞ」

「台無しもいい所ですね!?」


 こいつ、マジで人の感動をぶち壊しにしてくれやがりましたよ!?

 いや、この右腕への想いは揺らがねぇけどな!?


「……ちなみに兄貴の右腕の核とやらはどうしたんだよ?」

「ジェスタッフは悪魔だけでも十分だって言ってたからな。核はない。ただ驚くほどの順応性を見せて、とっくに動かせるようになっている。普通はお前みたいに感触があるくらいのはずなんだがな。どうも悪魔の腕と相性が良いらしい」

「流石兄貴だな」

「それを流石と言うのはどうなんだ」


 うるせぇ、兄貴の凄い所は何であれ流石なんだよ。


「つか兄貴の体が相性良いってんなら、この兄貴の右腕だってそうじゃねぇのか?」

「お前が相性悪いんだろ」

「……しんどい」

「わっかりやすいほどに落ち込むな」


 兄貴の右腕と相性の悪い俺……辛い。いや、俺が未熟者だってことで納得しようぜ。

 そうだ、この腕は俺には過ぎたものなんだ。俺はこの腕に見合う男になればいいんだ!


「よし、復活!」

「お前のそう言うところ、嫌いじゃないぞ。そうそう、今後ジェスタッフは引き籠っての執務活動になる。そして補充されている人員にお前の名前は入っていない」

「復活したての奴を即座に殺しに掛かるなよっ!?」


 こいつ、布越しで顔が見えねぇけど、絶対笑ってやがるなっ!? そこの女騎士が『楽しんでるなぁ』って呆れ顔で見てるぞ!?

 でもどうしてだよ、兄貴。いや、理由はわからないでもねぇけど。


「まあお前、執務作業とかまったくできないそうじゃないか」

「そりゃあ……字とか書くのは苦手だし……。勉学とは遠い世界で生きてんだよ!」

「そんな奴が近くにいても邪魔なだけだそうだ。だから当面はこっちで鍛えてやってくれだとよ」

「……へ?」

「つまりお前はこれから『俺』の雑用係になる」

「……待て待て! 何で雑用係なんだよ! そこは護衛とかじゃねぇの!?」

「護衛にしても良いんだけどな。そこのイリアスと同等に扱われるぞ?」


 ちらりとイリアスと呼ばれた女騎士を見る。イリアスは堂々と胸を張っている。

 うん。こんなレベルは無理ですぜ、兄貴。これと競い合うなら雑用係でいいです。


「雑用係か……。どん底からの這い上がりと思えば悪かねぇか……」

「もう少し底に落として欲しいなら、魔王達のいる拠点の使用人にしてやってもいいぞ?」

「雑用係! 意外と良いスタートラインじゃねーか! やってやるぜ!」


 こいつとは数度出会っただけの関係だが、俺には分かる。

 こいつは口にしたことは躊躇なく実行する。ていうか実行したいと思っている。

 ヤバい奴には違いないが、協力関係にあるらしい魔王三体のいる場所に放り込まれるよりはずっとマシなはずだ。マシであってくれ。


「少し意外だな。ジェスタッフの傍を離れることにもう少し難色を示すと思ったんだがな」

「そりゃあ兄貴の傍を離れたくはねぇよ。でも兄貴が鍛えて来いって言うんなら、たとえどんな魔境でも突っ込んで強くならなくちゃならねぇ」

「魔境を望むなら提供してやるぞ?」

「程々の環境で良い。無理は良くない。俺でも分かる。だから今考えてる案は捨てろ、な?」

「そうか……そうか……」

「名残惜しそうにするんじゃねぇよ!? ……つかそっちこそ、ギリスタやラクラを殺そうとした奴を傍に置くことに心配はねぇのかよ?」

「そこにエクドイクを入れないあたり、素直に負けを認めてるんだな」

「認めてねぇよ! エクドイクもだ!」

「そりゃあ色々思うことはあった。あの場でお前が恥ずかしげもなく語っていなけりゃ、相談役として貢献していたジェスタッフは生かしておいても、お前は殺していただろうしな」

「……思い出させるんじゃねぇ。今際の際の言葉のつもりで言ってたんだからよ」


 いや本当。冷静に考えると兄貴に合わせる顔がねぇ。言いたいことずけずけ言っちまって、もうね、うん。何で俺生きてんだろ。


「あんな台詞を素面で言ってたら、夏場は近くに置きたくないな。だけど『俺』はお前を殺すことを考えに入れていた。そしてお前達は『俺』に読み負けた。だがその上で生き残れたんだ。そういう意味じゃ、お前は生を勝ち取ったということになる。幸運が味方したのは否めないけどな」

「へっ、そうかい。それじゃあ自信満々に誇ってやるぜ。その方が悔しそうだろうからな」

「いや全然。ぶっちゃけ、お前が生きていても死んでいても支障なかったし」

「これから仲間になる奴に対する評価が低過ぎねぇか!?」

「いや、だってさ。お前自身がありえなくしぶといだけで、他にはそんなに良い所ないんだよな」

「人が気にしていることを!?」

「もっと自分の武器を持てよ。その本能だけじゃ、いずれ壁に突き当たるからな」

「……もうとっくに当たってるっての」

「知ってる。伸び代がないと、お互い大変だよな」


 俺は今まで本能様に頼って生きてきた。だがそれだけじゃダメだって思い知らされた。

 この外道は本能様のような眼に見えない存在ですら、当然のように対処をしてみせた。

 こいつが将来兄貴にとっての味方となるか、敵になるかは見分けがつかねぇ。

 兄貴が認めてんだから、味方で済む可能性の方が高いかもしれねぇ。

 だけどいつの日か、こいつのようなヤバイ奴が敵になる可能性だって十分にあるんだ。ならこいつから学べることは学んでおくべきだ。

 待っていてくれ兄貴、俺はもっと強かになってみせる。兄貴に貰ったこの右腕に誓って、必ず兄貴が誇れるような男になってみせる。


「ま、それじゃあよろしく頼むぜ……って名前聞いてねぇな」

「安心しろ。誰にも教えていない」

「嘘だろ」

「本当だ」

「本当だ」

「嘘だろ……」


 なんだろう。兄貴、俺はこの男と上手くやっていけるんだろうか。わかりません。


 ◇


 ハークドックと話をつけた後、ジェスタッフと共に交渉するためにターイズにいる『金』を迎えに行くことになった。

 最初にクアマに来た時も、エクドイクタクシーを使用していたっけか。魔族化の影響か、以前に比べ格段に速くなっている。向かい風対策も万全なのが実に素晴らしい。

 ただ肝心のエクドイクは口を開かない。ターイズに戻る旨を伝えた際にも『ああ』の一言しか返事をしなかった。

 こちらからの言葉待ちということだろう。折角二人きりの時間だ。クアマに再度向かう時には『金』や『蒼』も一緒になっている可能性が高い。ならば今話すべきか。


「エクドイク。単刀直入に聞くが、どんな言葉が欲しい?」

「……逆に難しいな。だがそうだな……俺の今の心境を整理できるような言葉が欲しい」

「そうなるとイリアスとかが嫌がるような分析をすることになるが、構わないか?」

「ああ、構わない。正直俺自身、靄が掛かったように自分が見えない」


 こういうとこは兄妹だよな。ま、ラクラばっかり甘やかすのはフェアじゃないか。


「手っ取り早く言えば、お前の視野は広がった。そういうことだ」

「まとめ過ぎだな。もう少し砕いてくれ」

「お前はベグラギュドの名誉、自分の価値の証明のためだけに生きていた。だがその目的も果たし、お前は自分自身の価値を高めたいと思った。その目標の目安としてお前はラクラを視野に捉えていた。だけど様々な人に出会って、話し、彼らの価値を知った。その出来事に時には触発され、影響を受け、お前の心を突き動かす要因となった」


 裏の世界を一人で生きていたエクドイクにとって、様々な人々と接すること自体が真新しい経験だ。

 ゴッズのような気概のある人、バンさんのような要領の良い人、レアノー卿のような自信を持つ人、デュヴレオリのようなひたむきな忠誠心を持つ者。

 その内面を知れば知るほど、見えて来るものは増えてくる。


「だからお前は『蒼』を前にした時、彼女の人生が良いものでないと思った。そしてそう思ったからこそ、より良いものにしてやりたいと欲を持った。まあここまでなら順調で良い感じなんだがな」

「……そうだな。俺は蒼の魔王を説得することができた時、心のどこかに満足のような感情を得ていた。自分の為にラクラを持ち上げるのとは違う。純粋にその相手のために何かをしてやりたいと手を伸ばし、掴んで貰えた。この経験は……俺の人生全てを振り返っても、何ものにも代えがたいものだと思う」


 それは当人に言おうな。不憫な子だよ、あいつは。


「だけどな。そこまでお前が成長したことで、今度はラクラに対する評価がお前の中で変わっていった。お前の中ではラクラは超えたいが超え難い存在だった。だけど視野が広がることで、お前自身、ラクラに対してのハードルが下がり始めたんだ」

「それは……俺がラクラを下に見始めたということか? そんなつもりはないのだが……」

「上に見ていたのが変わったからと言って、下に見るわけじゃない。『こういう奴なんだな』ってよく見えるようになったんだよ」

「よく……見える?」

「お前はラクラが負けないと信じ、協力をしなかった。そう思っているのかもしれないが、実際はそれだけじゃない。ラクラがそれを望んでいないと思っていたんだ」

「……それは」

「実際にラクラはお前に負けたくないという対抗心から、お前の存在に気づきながらも協力を要請しなかった。そんなラクラの気持ちをお前は感じ取れるようになっていた。だからあの展開になった。お前は助けに入るべきだと思いながらも、自分自身のラクラへの想いと、ラクラの気持ちに圧されて動けなくなった」

「負けるとは思えないと言ったラクラへの想いはある。だがラクラの気持ちを汲み取ったとは……」

「だってお前、ラクラが負けた時、心配しただろ?」

「同胞、流石に俺でも仲間が倒れれば心配くらいはするぞ」

「ラクラの命の安否の話じゃない。ラクラのお前に負けたくないと思った気持ちが、ハークドックによって打ち砕かれた。そのことに対してお前は憐憫の気持ちを抱いていたはずだ。だからお前はラクラを倒したハークドックに勝利しても、どこか喜びきれない気持ちがある。ラクラが今感じているだろう悔しさを、漠然とだが理解できるようになっているんだからな」


 ラクラに宣戦布告をした際には『同胞にラクラよりも認められ、その差を示したい』程度にしか思っていなかったのだろう。

 だがラクラにもラクラなりの想いがある。『これで俺の勝ちだ! どうだ、ざまあみろ!』となれないのはその想いを知れるようになったからだ。


「エクドイク、お前はラクラを超えるだけの目標としてではなく。一個人として見れるようになった。人を見る視野が広がったんだ。だから狭い視野で決め込んでいた過去の拘りが安く見え始めた。それが今お前の心に掛かっている靄の正体だ。靄というよりも、過去に目指したものがくすんでしまっていると言うべきだろうな」

「……ならば同胞、俺はどうすれば良いのだ? 過去に決意したことを、価値が薄れたと捨てるべきなのか?」

「捨てる必要はないさ。進むべき道に更に先があったってだけの話だ。ならそれを元にもっと高みを目指せば良い。それこそお前自身の価値を上げるって言う漠然とした意志の延長上だろう?」

「……どう先を見据えたものか、言葉にできないな」

「言葉にする必要はない。無難な感じで把握してりゃ良いさ。『俺』の人生目標だって無難に生きたいってだけだぞ?」

「無難に生きたいか……なるほど。安直に捉えていたが、相当奥が深そうだ」

「そう思わせておいて、案外浅いかもしれないけどな」

「ふっ、ならば俺の中では深いということにしておこう。確かに俺は色々な者達のことを知った。様々な違いがあることを理解した。しかし同胞の願いの真意はまだ分からん。だからそれを見極められるよう、この眼を養っていくとしよう」


 エクドイクの表情が柔らかくなったのを感じた。ここまで穏やかな表情を見るのは初めてだ。


「その意気だ。ただな、さっきも言ったがもっと自愛しろ。わざわざ優劣の劣はつけるな」

「……気配は消していたつもりだったのだが、良く分かったな」

「お前が隣の部屋に潜んでいて、四六時中ラクラの傍にいたってことならな。見えなくても感じ取れなくても、そうするって理解してんだよ」

「――やはり同胞には敵わんな」

「一応言っておくが、ラクラがそのことを知ったらドン引きするからな。匙加減は学べよ?」

「……善処する」


 ターイズにある『紫』の別荘へと到着する。家主はクアマにいるので、現在は『蒼』と『金』だけだ。

 この二人はふらりとターイズ城に顔を出し、ノラやルコと一緒に魔法の研究を行っている。

 とは言え『金』に関してはガーネの統治もある。ターイズで過ごす一日の何割かは意識をガーネにある分身体に移す必要があるのだ。

 この時間帯だと、多分寝ているな。『いつでも夜這いにきて良いのじゃぞ?』とか言っていたし、妖怪枕返しでもやるか。 

 屋敷に入るには定められた魔力の波長を持つ者が必要となる。

 三人の魔王は言うまでもなく、デュヴレオリ、エクドイクもフリーパスだ。

 後は『俺』、なのだが魔力がないのでクトウの魔力を鍵代わりとしている。


「おーい、『蒼』ー、いるかー? 屋敷生活に慣れずに野生化してないかー?」

「いるわよ! なんで野生化するのよ――ってエクドイクっ!?」


 出迎えてくれた『蒼』の格好は随分と変化していた。

 以前は蒼の魔王よろしく蒼いドレスに、なんだか凝った感じの額当てを装着していた。

 しかし今はなんと言うか、仄かに蒼を帯びた、シンプル且つラフな格好だ。民族衣装とでも言うべきか?

 あとなんか増えてる。額から伸びてる一本角とか、馬みたいな尻尾とか。


「ああ、同胞と一緒に来た。……雰囲気が変わったな」

「そ、そう? ドレスだと『紫』と被るのよね。あいつ悪魔を圧縮して宝石にしているものだから、並ばれると豪華さで勝てないのよ」

「ちなみにその角と尻尾は趣味?」

「なわけないでしょ!? 自前よ、自前! 魔王になった時から再生するようになっていたけど、伸びないように封印していたのよ」


 そういや一角族は鬼と呼ばれ、一方的な迫害を受けたんだったな。

 散々トラウマを背負わされて、痛い思いをして削った角、千切った尻尾。魔王になってもその姿には戻ろうと思えなかったのだろう。

 それがこうして、原点に戻ろうとしているのはよろしいこと。


「随分とまあ、立派な角だこと」

「そうだな。だが俺はこういった動物を見たことがない。同胞は知っているのか?」

「一角族か。一応そういう名前の動物はいるぞ?」

「え、そうなの?」


 羊皮紙にイッカクの絵を描いて見せる。

 ぶっちゃけ角の生えたイルカ、クジラ? そんな奴。

 海に生息しているし、この世界じゃなかなか見られないのだろう。


「……同胞、絵が上手いな」

「人を騙す時にはプレゼン資料として絵を用いる場合が多いからな」

「なかなか悲しい理由だな」

「……違うわ! 角はあるけど、一角族はこんなボヨボヨな動物の血なんて流れてないわ!」

「しかしこの角はどう見ても……」

「尻尾とか全然違うじゃない! ほら! 私の尻尾をよく見なさい!」


 そんなに元気よく尻を向けられてもな。まあ確かにイッカクの場合、尻尾と言うより尾びれだ。


「馬みたいな尻尾で角があるとなると、後はユニコーンくらいだぞ」

「ユニコーン?」


 再びユニコーンの絵をシャカシャカと描く。馬の模写はこっちでも暇な時にやっていたので楽だ。

 描いた絵を二人に見せる。


「……角の生えた馬ね」

「……角の生えた馬だな」

地球(こちら)の世界でも実在していない、幻想の神話動物だ。その角は毒で穢れた水すら清めたとされている」


 あと清らかな処女を好む、ていうかそれ以外には一切容赦しない獰猛な奴。


「なるほど。そういう意味ではイメージとよく一致しているな」

「……そ、そうね。清らかなイメージと言うのは同感ね! ……なんで口を抑えて笑ってるのよ!?」


 いや、清楚がどうこうとかじゃなくてだな。獰猛な奴って思った時にエクドイクがそんなことを言うもんだから、一人でツボに入りましてね。


「悪い。だが確かにユニコーンの方が『蒼』にあっているな。と言っても白い馬なんだがな。色は仕方ないか」

「白ね……ユグラを思い出すのは癪だけど、このユニコーンに罪はないわ」


 それにしてもこの『蒼』、随分とテンションが高い。いや、誰かさんに食ってかかる時もテンション高いけどさ。嬉しそうな感じで。

 やはりエクドイクが顔を出したのが嬉しいのだろうか。初の魔族だってのに、ずっと放置だったしな。


「――そうだな。『蒼』の雰囲気にもよく似合う。その衣装もそういった亜人の特徴の良さを活かしている。とても綺麗だ」


 お、こいつ、素直に褒めたな。これはなかなか良い台詞選びだと思いますけどね。どうですか『蒼』さん。

 あ、すっげー顔赤い。


「な……貴方、綺麗って、それよりも『蒼』って……!?」

「む、今後街中などを同行することもある。その時に魔王と呼んでは不味いだろと言われたのだが……何か別の呼称が良かったか?」

「……い、良いわよ。そいつだけに呼ばれるのも癪だし……」

「そうか。ではこれからは『蒼』と。ああ、口にしてみれば意外に呼びやすくて良い響きだな」

「―ッ!」


 うんうん、今まで放置されていた鬱憤とか、すっかり忘れているなこのチョロ魔王。むしろ緩急のつけすぎでやり過ぎな感まである。


「どうした、顔が赤いが……魔王でも風邪を引くのか?」

「ち、違うわよ!」

「いや、しかし、どうみても顔が真っ赤――」

「エクドイク=サルフ、地面に這いつくばりなさい!」

「おわっ!?」


 おお、凄い。エクドイクが見事に地面に叩きつけられた。これが魔族に対する強制力という奴か。恐ろしいもんだ。

『金』や『紫』の魔族になったらと思うとぞっとするな。


「……同胞、お前の目的を理解するより、こっちの方を理解することの方が難しいのかもしれん」

「いや、多分すげー楽だぞ?」

「そうか……まだまだ精進が足りんな……」


 今度マリトにでも相談させてやろうかな。多分あいつが一番女性の扱い上手いだろうし。


多分次辺りで今章を終わります。


1章:24話 2章:26話 3章:27話 4章:37話 5章:45話(予定)

なるほど。6章は大丈夫だろうか。



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― 新着の感想 ―
なんで他の奴らは社会的に殺したのにジェスタッフ達だけ至れり尽せりなのかわからない、マジで意味がわからない
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