次に終わらすは
各国が同時に公表した魔王の復活、そして緋の魔王の侵攻。それらの事実はユグラ教の法王様や大司教様達も認め、多くの者達が認めざるをえなくなっていた。
魔物を生み出した人間達の怨敵である魔王達、その復活を驚かないはずがない。
しかし街並みに大きな変化は見られない。現状で動いているのは国の実権を握る方々だけだ。
司祭である私にはこれといった指令は下されていない。だがそう遠くないうちに部隊編制の名目で呼びだされるのだろう。
魔物との戦いは何度か経験したことがある。獣以上に強く、そして人間を襲うことに躊躇がない。
だが魔法は通じるし、個の強さはユニーククラスでもない限り恐れるには値しない。そう思っていた。
蒼の魔王の侵攻、そこにはクアマ兵だけではなくユグラ教の聖職者達も大勢駆り出された。
あの時は私も待機組として控えていた。その時に見てしまったのだ。
防壁をゆうに超える巨大なアンデッド。浄化魔法を受けても無限に再生し、防壁を破壊したあの怪物。
あれが魔王の手札、そう考えれば魔王の脅威は未知数と考えるべきだろう。
でもそう悲観することばかりだけではない。人間達にも抗える力が十分にあることを示す結果もあった。
勇者ユグラ、その故郷から訪れた者がいる。その者は蒼の魔王を含め、三体の魔王を抑えることに成功している。
角度的には見えなかったが、あの巨大アンデッドを相手に互角に戦う者がいた。きっとその人物なのではないだろうか。
魔王の復活、新たな英雄の登場。時代は新たな兆しを見せている。私は私だけにできることを成そう。
あの人の言葉は私から邪念を取り払ってくれた。だから――
「あ、マセッタさんだ」
「ひゃふっ!?」
突如背後からの声に変な声が出てしまった。呼びかけられただけではこうはならない。
その理由は簡単だ。振り返るとあの人が立っていた。
傍には以前と同じで女性の騎士がいる。ただ亜人の子はいない。
「驚かせちゃいましたかね?」
「い、いえ。すみません……実を言うとちょっと驚きました。考え事をしていたもので……」
彼に隠し事をしても無駄だろう。下手な見栄は張らない方が良い。
そうだ、名前だ、名前を聞かなくては。
「ええと、貴方は――」
「そうだ、丁度良かった。今お暇ですか? 良ければ少しばかり付き合って欲しいのですが」
「え、あ、はい。大丈夫です。それでお名前――」
「良かった! では早速行きましょう! イリアスもほら!」
彼は私の手を取り、モルガナのギルドへと入っていく。
あれ、この人モルガナの人だったっけ? 見覚えはない。依頼しに来た方だろうか。
……取り敢えず用事が済んだら名前を聞こう。折角の機会を無駄にするわけにもいかない。
◇
受付の人に用意していた羊皮紙を見せ、難なくギルド内部へと入り込む。
そして一つの扉の前に来ると数回のノック、中の反応を待つ。
「どうぞ」
部屋の主はいるようだ。なら遠慮なく扉を開く。
ここはモルガナのギルドマスター、リティアル=ゼントリーの個室。
言うまでもなく中にいたのはリティアル本人だ。
こうして会うのは初めてだったな。だが全く動じる様子のないリティアルと視線を交わす。
ああ、やっぱりこういうタイプか。納得だ。
「……どちら様、とは失礼ですか。まさか貴方が此処に直接来るとは」
「初めましてリティアルさん。こちらのことはよく御存じのようで」
「ええ、貴方の風貌もそうですが、私の眼が教えてくれています。貴方が巷で有名なユグラと故郷を同じくする方ですね?」
「理解が早くて助かります」
「えっ!?」
背後に連れてきたマセッタさんが驚いている。そういえば名乗ってなかった気がする。まあいいや。
リティアルはマセッタさんの姿を目視すると、僅かに反応を見せた。
それはとても些細なものではあるが、『俺』からすればとても分かりやすいものだ。
「それで、一体どのようなご用件で?」
「ゼノッタ王の依頼で少々、お尋ねしたいことがありましてね。チェニヤス=モルガナイズのことなのですが」
「そのことならば耳に入っております。あまり良い報せではありませんでしたね。モルガナの品位に影響が出かねない。お尋ねしたいこととは?」
「端的に質問したいことがありまして」
「なんなりと」
「貴方はレイティスに所属しており、ラーハイトと共謀しジェスタッフ=ヘリオドーラ、ロービト=ゴシュナイト、チェニヤス=モルガナイズの三名に国家転覆をさせようと誘導を行いましたね?」
リティアルの表情は変わらない。背後でマセッタさんが固まっているのだけはわかる。
そう、『俺』はリティアル=ゼントリーこそラーハイトの協力者だと確信して乗り込んだ。
マセッタさんを連れてきたのはちょっとした威圧目的だ。嘘を見抜けるユグラ教の司祭がいるのならば、彼が嘘で誤魔化すことはできない。
「――突拍子もないことを。確かに私はレイティスに所属しておりますが、人々の繁栄を阻害するような真似をするはずがありません」
「それはレイティスとしての見解だろう? 咄嗟に嘘を交えずに濁せる話術は見事だが、それは通らない。はっきりと言ってもらおうか『私は国家転覆には何の関係もありません』ってな」
「随分と強気ですね。何か証拠でも?」
「自白以外で欲しいってんなら、ハークドックを連れてきてもいいぞ? あいつは姿隠しの魔法を使用していたお前を感知していた。その魔力を比べれば一発だ」
「ハークドック……ジェスタッフ=ヘリオドーラの右腕でしたね。犯罪者の小間使いの証言に信憑性があるとは思いませんが」
「犯罪者? 何のことを言っている?」
「とぼけなくても宜しいのに。先日ジェスタッフ=ヘリオドーラの屋敷をクアマ兵が取り囲んでいたことは耳にしています。各ギルドの相談役が揃いも揃って不祥事というのは実に嘆かわしい……」
「ああ、その件なら誤解だったってことでジェスタッフは解放されたぞ?」
「おや、そうなのですか?」
「なあ、意味のない討論は止めにしないか? どうせあんたは無実を証明する言葉を吐けない。それに分かっているんだろ? 『俺』がどういう人種なのか」
「……そうですね。ラーハイトからは厄介な相手だと聞いていましたが、まさか私と同類だとは思いませんでしたよ」
出会って直ぐに分かった。こいつがラーハイトの協力者だと。
武術の達人が相手の姿を見るだけで、その隠された実力を見抜けると言う話はよく聞く。
自分が達人だと自惚れるつもりはないが、それでも経験則で分かる。
こいつは人を騙すプロだ。ギルドマスターなんて真面目な立場の人間が、こんなに臭うわけがない。
リティアルは静かに笑う。詳細は知らずとも、こちらがリティアルを黒だと証明する材料を持ち合わせていることを理解しているのだろう。
いや、『姿隠しを使用して』の言葉から、こちらがその方面で見当をつけたと把握できたと見るべきだろう。
エクドイクとラクラに調べさせた接触者の動向。その人物は姿隠しの魔法を使用していたが、向かった先はここモルガナのギルドのある方面だった。
エクドイクがギルドの周囲に鎖を埋め込み、同様の張り込みを行ったところ、やはり姿隠しを使用した人物の出入りが確認できた。
その後、戸締りが行われるまで姿隠しを使用した外出の痕跡はなかった。正面から堂々と帰宅したのだろう。
特定は簡単だった。朝から晩まで張り込み、ギルド内に普通に出入りした人物を全て確認。姿隠しを使用しての移動が確認された後、当事者がいないギルド内部を探知魔法で探知すれば良い。
そうして浮かび上がったのがリティアル=ゼントリー、この人物だった。
「勝手に同類にしてほしくないな。『俺』は何かを妄信したりはしないぞ?」
「おや、私が何を妄信していると?」
「そりゃあ、『落とし子』だろ」
「ふむ……これはハッタリなのかどうか、尋ねさせてもらいましょうかね。貴方は『落とし子』が如何なるものか知っているのですか?」
「詳細なんか知るか。だがある程度なら見当はつく」
「では答え合わせをしてあげましょうか。私としても貴方達が何処まで把握しているのか知ることができますからね」
「突発的に発生する、特異な才能を生まれ持つ人間のことだろ?」
「……根拠をお聞きしても?」
「この世界にはそもそも正規の意味での落とし子と言う言葉がない。地球じゃ偉い人が正妻以外に産ませた隠し子のことを差すんだ。でも重婚がありで世継ぎをどんどん増やせって言うこの世界じゃ使う機会は……まあ娼婦でも孕ませればあるかもだがな。つまりこの言葉をこの世界に伝えた奴はこの世界以外の人物、湯倉成也だ」
違和感を明確に教えてくれたのはゼノッタ王だ。彼は落とし子と言う言葉を聞いた時、『落とし子とは何だ?』と尋ねてきた。言葉として存在している前提で正しく質問をするのならば『落とし子とは誰のことだ?』と尋ねるのが自然なのだ。
一応念の為に調べ、隠し子と言う言葉の存在は確認できたが、落とし子と言う言い回しの仕方はどの国でも定着していなかった。
「湯倉成也が残した言葉ということは『落とし子』そのものが奴の残した存在だ。この時点でまともな存在じゃないのは薄々感じ取れる。次にリティアル、あんたがジェスタッフの屋敷でハークドックに対して妙に執着していた点だ」
「確かに彼の才能には驚きました。姿隠しを使用している私を、探知魔法なしで察知して見せたのですからね。ですが単純に褒めただけとは思わないのですか?」
「自分達の情報を一切落とさないように気を配っていたあんたがか? あんたがそんなミスを犯すのは余程の想定外の出来事があった時、利用しようとしていた相手の傍に『落とし子』がいたとかそんな場合だろう? そういった点から『落とし子』とはハークドックのような異常に発達した才能を持つ存在だと結び付けた」
「なかなかに飛躍した推測ですね」
「他にも要素はいくらかあったからな。最初は落とし子の意味だけを考えて、湯倉成也の子孫のことでも指しているのかと思った。だが国を転覆させ、その見返りとして国掛かりで捜索を行わせるって計画がそれを否定した。一個人を探すならそれこそ秘密裏に動けて優秀な国の暗部とかを利用すべきだ。三国だけで包囲網を広げたところで相手が国外へ逃げる可能性もある。つまり『落とし子』は、広域に渡って捜索させることで見つけられる不特定多数の存在だとわかる。なら偶然的に出会うこともあるってわけだ」
「よくもまあ、そのように察することができますね」
「それに関しちゃ、湯倉成也と同じ世界の住人だからと返すしかないな。そしてそれを一目で見抜ける『真眼』と呼ばれたあんたの才能……あんたも『落とし子』なんだろう?」
リティアル=ゼントリーの伝説、様々にあるがやはり目立つのは才能に溢れた者を次々と発掘したことだろう。
だがハークドックを見ただけで、『落とし子』だと判断出来るほどの慧眼の才能は明らかに異質だ。ならいっそ当事者が含まれていてもおかしくないと考えた方が辻褄は合う。
「――お見事。ユグラの星の民が優れているのか、貴方が優れているのかは判断に困りますが、もう少し早く出会っておくべきでしたね」
「それこそ前に出会っていたら、最初からあんたを疑っていたさ」
「それもそうですね。ところで、一つお聞きしたいのですが。貴方が今の推論を自信たっぷりに言えるのは、ユグラがそうしたであろうという根拠があると思いますが。それをお聞かせ願えますか?」
「こちらが情報を与える利点がない」
「残念です。ですがおおよその推測は付きますがね。やはりあの『色無し』でしょうか」
流石、ラーハイトと比べて年の功を感じる。
以前あの無色がこちらに見せた禁忌リスト。それらの項目は地球の世界でもヤバいと断言できるものが大半だ。
そりゃあ地球でもヤバい研究を魔法で実現させたら禁忌に触れるのは当然のことだろう。
その中にあったのが遺伝子学に関する項目だ。
そのことから湯倉成也は遺伝子学に関する研究を行っており、それが禁忌に値すると結論づけているのだとわかる。
あると分かっている禁忌を知っているからこそ、状況証拠だけでもここまで辿り着けたわけだ。
「お互いあの『色無し』は嫌いなようだな」
「貴方は性格的に嫌っているのでしょうが、私としてはユグラの配下という点ですね。我々レイティスはユグラの罪を許すつもりはありませんので」
「魔王を生み出した以外にも色々やってそうだしな」
「ええ。ですがこの場でそれを貴方に説いたところで、そちらの騎士さんが見逃してくれるということもないでしょう」
これらの会話をしている最中も、イリアスはいつでも剣を振るえるように身構えている。油断を見せるつもりは微塵も感じられない。
しかしイリアスがこれだけ睨んでいるというのに、リティアルからは随分と余裕が感じられる。
事情を聞いた以上、マセッタさんもこちらに協力して……あ、ダメだわ。この人混乱してる。
「一応聞くけど、大人しく捕まってくれる気はあるか?」
「いえ、ありません」
「大した自信だなリティアル=ゼントリー。この場から逃げおおせるつもりか」
イリアスが一歩、『俺』の横へと並ぶ。
その姿をリティアルは懐かしむように観察している。
「その鎧はターイズの騎士、それもサルベの隊の者ですね。若くしてあの隊に入れるとは、貴方の父上の姿が重なりますね」
イリアスのことを承知で言葉を投げかけてきたか。
だが生半可な挑発行為はイリアスの怒りを買うだけだ。それでイリアスが油断するとは思えない。
「――私の動揺を誘おうとしているのなら無駄だ」
「この程度で動揺するとは思っていませんよ。ですが貴方を動揺させる言葉なら簡単です」
一瞬、リティアルの姿がぼやけたと思ったのと同時に目の前で激しい衝突音が響く。
そこにはリティアルの剣を受け止めるイリアスの姿があった。
今の速度、やはり生ける伝説と呼ばれているだけはある。まあ、ぶっちゃけ一定水準以上は見えないんだけど。
お互いが剣を押し付け合い、拮抗している状態。リティアルの奇襲をイリアスは難なく防いでみせた。
イリアスの態度を見るに、純粋な戦闘力ならばイリアスの方が上なのだろう。
「――――――、―――――――――――――――――――?」
「ッ!?」
リティアルが何かを呟いたと思った瞬間、イリアスの体が分かりやすいほどに硬直した。
言葉の内容こそ聞き取れなかったが、それが魔法の類ではなく、純粋にイリアスの精神に動揺を与えた言葉だということは理解できた。
「ほら、心が乱れた」
イリアスがこちらの方へ跳ね飛ばされる。
リティアルのモーションを見るに、イリアスを蹴り飛ばしたようだ。
イリアスは直ぐに体勢を立て直す。しかしリティアルは既にこちらの正面へと飛び込んでいた。
「ラーハイトの言葉など聞かずとも、貴方の脅威は分かりました。ここで始末――なるほど、戦闘面は実に未熟ですね」
「顔に出ちゃったか。まあ素人なんでな」
リティアルがこちらへ向けた剣が届くことはない。何故ならそこには姿隠しの魔法を使用して潜んでいたデュヴレオリが待ち構えていたからだ。
リティアルは腐っても伝説の人間であり、モルガナのギルドマスター。イリアスが万全だとしても隙を作られる可能性は想定していた。
だから『紫』にお願いしてデュヴレオリを連れてきた。エクドイクが負傷している現状、最も隠密性の高い人物を。
デュヴレオリはリティアルの剣を右手でがっしりと掴んでいる。見ているだけで痛そうなのだが、傷一つ入っている様子はない。
「人ではない。だというのに脆弱な人の姿を真似るか。滑稽だな、悪魔よ」
「この姿は主様の望んだ姿だ。貴様の言葉など私の心に微塵も届かん」
デュヴレオリが『轟く右脚』でリティアルを蹴り飛ばす。周囲に物凄い衝撃波、ていうか『俺』が吹っ飛んだ。イリアス、ナイスキャッチ。
肝心のリティアルはというと、見事に窓をぶち抜いて外に吹っ飛ばされていった。
「デュヴレオリ、せめて左腕でやってくれ……至近距離でその右脚は結構響くんだよ……」
「あの男、何か小細工を仕掛けようとしていた。あの距離で使うならば右脚が最適だと判断したまでだ」
「くそう、『紫』に言いつけてやる」
「待て。私はお前の要望にきちんと応えたはずだ」
「もっと弱者を労われ。それとイリアス、大丈夫か?」
「――問題ない。蹴りで距離を取られただけだ」
「そうじゃない。リティアルに何か吹き込まれただろう?」
「……ああ。すまない、後で話しても良いか?」
イリアスが考え事を一人で抱え込もうというのは珍しい。
となるとあの辺の話題だろうか。なら無理に聞き出すのは野暮だ。
放っておいても、こちらの意見を聞きたくなるだろうし、それまではそっとしておこう。
「ま、流石は年の功ってところだ。デュヴレオリ、感触としてはどうだった?」
「多少の手傷は与えたが、威力の大半を殺されていたな。逃げる手伝いをしただけだったな」
「不満そうだな」
「厄介な敵を逃がしたのだ。当然だ」
「良いんだよそれで。それじゃ、後始末をするぞ」
しかし『落とし子』か。湯倉成也の奴、魔王や禁忌以外にも面倒なのを残してくれていたみたいだな。
……恐らくウルフェもそうなのだろう。これは暗部君辺りに詳細を確認できるか会いに行く必要があるな。
だが先ずは今回の一件を処理することが先決だ。さっさと動くとしよう。
「あ、マセッタさん。付き添いありがとうございました。……マセッタさん? ……ダメだこりゃ」
完全に目の前で起こった一連の出来事のせいで放心している。真面目な人に一度に情報を与えすぎたか……仕方ない。また今度お礼を言うとしよう。
マセッタさんをそっと置いていき、『俺』は次の行動へと移るのであった。