次に建てるは。
俺が着目した点は、奇襲攻撃をした際に奴が鎖を躊躇なく爆破させたことだ。
ラクラを一撃で倒した俺の奥の手を警戒しての行動なのはわかる。だがそれにしても思い切りが良すぎた。
そこで気づいた。エクドイクは致命的な状況に陥るくらいならば、躊躇なく自らの身を犠牲にする奴だって。
俺の方から繰り出す攻撃はどうやっても当たる気がしなかった。だから奴の攻撃を捕まえる必要があった。
体力を無駄に消費する大振りを繰り返し、反撃をもろに食らう。そして意識が飛ぼうとした瞬間を見せ、油断を誘った。
それでもエクドイクは大技を繰り出さない奴だってのは理解していた。だがそれでも心の奥底にあるラクラへの劣等感が揺れていたのは分かっていた。
結局エクドイクは本能様が反応するタイミングで攻撃をしてくれた。そのおかげで本能様が起こした瞬間、くると分かっていた拳を口で捕らえることができたってわけだ。
そして期待通り、奴は片腕を捨てる覚悟で膝を打ち込んできた。
二度も来ると分かっていた攻撃が続いて来たってんならな、そりゃあ楽勝ってもんだ。
綺麗な体術は持ち合わせちゃいねぇが、取っ組み合いの喧嘩なら俺の方が場数は上だ。
エクドイクを転倒させ、無防備になった奴の胸に奥の手を打ち込むことができた。
奴も反撃を行おうとしたのか、本能様が警戒しろと言って来た。
だがその警戒は命の危機を伝える程じゃない。多少の手傷を追うくらいなら甘んじて受けるつもりで手を止めることなく撃ちぬいた。
「――ぐ、あ、ああああ!?」
なのに、どうして、俺が苦しんでいる!?
激痛に体が悶え、地面の上で転がる。尋常じゃない痛みが、俺の右腕を襲っている。
状況を把握するため涙で溢れる眼を開き、腕を見る。だが俺は自分の右腕を見ることができなかった。
俺の右腕は、肩の部分から綺麗さっぱり、消し飛んでいた。
そりゃ痛ぇわけだ、そしてこの状況は不味い。魔力強化をして止血をしようにも肩周りに魔力が集められない。
肩周りの魔力経路が完全にいかれてやがる。魔力がまるで安定しない。
こうなった理由は馬鹿な俺でも分かる。これは――
「惜しむべきは、その技を俺の前で使い過ぎたことだな。お前の奥の手、一点に高圧縮された魔力を炸裂させるものだな。肉弾戦を得意とする者達は普通全身に高密度の魔力強化を施す。ここぞという一撃でも武器や腕周りには必ず行う」
いつの間にかエクドイクが立ち上がり、俺を見下ろしている。
俺の奥の手の直撃を受けたはずのエクドイクは、胸部付近を僅かに抉られた程度で済んでいる。
さらに風貌は僅かに変わっている。肌が長い時間陽に晒されたかのような小麦色へ、その長い髪は蒼く輝いている。
「て………めぇ……ガアッ! アアアッ!」
言葉を投げたいってのに、声よりも苦痛の叫びが漏れちまう。
意識を失う痛みなのに、その痛みのせいで意識が無理やり起こされている感じだ。
「だがお前のソレは自らの攻撃の先端にのみ集中させ、わざと不安定過ぎる状態を作り出している。本来ならそんな攻撃を行えばお互いに自爆するだけだが、お前は圧縮した魔力の塊の後方、腕側に極小の結界を張っていた。球体に圧縮した魔力が丁度入る桶のような形、魔力が炸裂した際にその衝撃が前方に集中するようにしたわけだ」
ご丁寧に俺の奥の手を見切ったのだと解説している。それは間違っちゃいない。
肉体への魔力強化を施そうにも、俺にはその魔力強化を行うための十分な魔力、強化に耐えられるような肉体を持ち合わせちゃいなかった。
安易に考えたのが一撃に全てを集中させる方法。魔力を馬鹿みたいに圧縮して叩きつけりゃ良いってやり方だ。
だがそれだと間違いなく自分も自爆する。だから俺は一箇所ではなく二箇所に集中することにした。
炸裂させる魔力、それから自分を守る極小の結界。
体全体を守るのではなく、拳だけを守るのでもない。炸裂した瞬間にだけ、自分の方向に向かないように魔力を包む結界だ。
「理論上では少ない魔力でも高威力を発揮することはできる。だがそのリスクは……言うまでもないな。自らを守る結界が十分に機能しなかったとき、その破壊力は自分へと跳ね返る。そしてお前が知りたがっているのは『何故失敗した。自分は正しい手順で使ったのに』といったところだろうか」
そうだよ! 俺はミスっちゃいねぇ! 攻撃が当たる瞬間まできっちりと結界の調整をしていたんだ!
「その答えはこれだ。『盲ふ眼』。他者の視界に錯覚を与える悪魔の技だ」
前髪をかき上げて見せたエクドイクの瞳は、円形ではなく横長の四角形へと変質していた。
なんだよその眼! 山羊かよ!?
「ハークドック、お前は炸裂させる魔力の圧縮は固定の位置で行っていた。その工程だけは目を閉じてもできるのだろう。だが自らの身を守る結界の生成だけは自分の眼で見てその座標を調整していたな? 土の中からの奇襲の時、視線が俺ではなく右腕の先に向いていたのを俺は見逃していなかった」
「――ッ!」
「意識を失ってもお前の本能は働いたのだろうが、探知魔法は解除されていたからな。奥の手を打ち込まれる前にお前の視界を弄らせてもらった。それは些細な変化だ。拳周辺の空間が少しばかり遠く映る程度のな。お前は炸裂させる魔力の後方に結界を展開したつもりだったのだろうが、実際は前方に結界を張っていたというわけだ。後は俺の方でも胸部に集中して防御を固めさせてもらったが……流石に無傷とはいかなかったようだな」
それでか、それで俺の奥の手は破壊する方向が真逆になったっていうのか!?
そりゃあの威力を右腕に叩き込められちゃ、綺麗に吹っ飛ぶに決まってる!
だがそれでも解せねぇ、あの状況に持ち込んだのは俺だ。
エクドイクの心を揺さぶって、導いたのは俺だ! 追い込まれた状況で、そんな芸当をする余裕があったっていうのか!?
「人は心理の隙を付け込まれた時、即座に動くことは難しい。だが俺はこういう経験を既にしている。お前よりも遥かに狡猾な方法で揺さぶられてな。だからお前がラクラの話をしたときから、術中に嵌められるのだろうという覚悟をしておいた。お前の揺さぶりは分かりやすくて助かった。もっとも、引っ掛かった時点でお前の勝ちだがな」
エクドイクが誰のことを話しているのか、それは直ぐに分かった。
あの男だ。あの黒髪の……! あいつ以外にそんな捻くれた奴がそうそういてたまるか!
「やはり強かった。ハークドック、俺はお前の強さに純粋な敬意を払おう」
「……ざけん……な! もう、勝った気に……なっているんじゃ……ねぇ!」
奥歯が砕ける。それでも噛みしめることは止めない。激痛の走る右肩に無理やり魔力を注ぎ込み止血をする。まだ俺は立てる。
確かに奥の手は破られた。右腕も綺麗さっぱり消し飛んだ。だがそれだけだ。
左腕がある。両足がある。なんだったらこの歯もある!
まだ俺は負けちゃいない。終わっちゃいないんだ!
エクドイクへと飛び掛かり、左腕を振るう。
「無駄だ」
エクドイクがこちらの攻撃を容易く回避し、俺の左肩を掴む。
そしてゴキリ、と音が響いた。
「う……がッ!?」
痛みはあったが、なくなった右腕の痛みに比べればなんてことはない。
ならなんの問題もねぇ、骨の一本や二本、折られたところで……動かねぇ!?
左腕はだらりと揺れるだけでうんともすんとも反応しない。
「関節を外した。痛み程度では止まらないことは分かっているからな。本能は警告してくれたか? していたとしてももうその警告に従う動きはできないだろう」
「腕が動かねぇくらいがなんだってんだ!」
顎を開き、エクドイクの首へと迫る。
だがエクドイクは僅かな動きで俺の両足を蹴り払い、俺を転倒させた。
起き上がろうにも右腕はねぇ、左腕も動かねぇ。
首に力を入れて起き上がろうにも、自分の血で滑って上手く起き上がれねえ。
滅茶苦茶に床を蹴って、壁に寄りかかりながら強引に起き上がる。
「もう止めろ。これ以上の戦いに意味はない」
「勝手に終わらせてるんじゃねぇ! 俺はまだ戦える、まだ終わっちゃいねぇんだ!」
「いいや、お前の戦いは終わったよハークドック」
ゾクり、と本能様が反応を見せた。
背中から聞こえた声、聞き間違うはずもねぇ。
振り返るとそこにはあの男がいた。傍にはあの女騎士もいる。
本能様が暴れ出し俺の意識を奪いかけるも、右腕の痛みが辛うじて失神を防いでくれている。
「てめぇ……」
「お、今回は気絶しないのか。切羽詰まっている時は大丈夫らしいな。むしろその怪我で良く動けるな」
男は俺の姿を見て痛々しそうな顔をする。……以前と妙に雰囲気が違う気がする。
それだけじゃねぇ、本能様も妙に大人しい……? いや、相も変わらず蹴りはいれてくるけどさ。
脳天へのハイキック連打からローキックの脛連打くらいの違いだ。どっちも辛いんですがね!
「同胞……すまない。俺は――」
「エクドイク、その辺の話は後だ。ラクラは既にミクスが保護している。肋骨とか色々折れてたらしいが命に別状はないらしい。良かったな」
「……そうか」
「んでハークドック。お前ももう降参しろ。お前がここで戦う意味はもうない」
「だから……勝手に――ッ!」
「既にジェスタッフ=ヘリオドーラは確保した」
「なっ!?」
兄貴が!? そんなわけあるか! 兄貴は俺よりも先に逃げて、もうとっくに……。
「信じられないって顔だな。一応今ウルフェに――って来たか」
通路の先から誰かが走ってきた。あのユグラを彷彿とさせた白髪の亜人の女だ。そしてその脇には……!
「兄貴ッ!」
「ししょー、連れて来ました!」
兄貴は両腕と両足を拘束されていた。布を口に巻かれちゃいるが目は開いている。怪我らしい怪我もしていない。
「これで信じることはできるよな?」
「おい! 兄貴を放せ! 一体どうやって……!」
「ハークドック、『俺』にとって一番の懸念事項はお前だったんだ。別にお前の戦闘力が恐ろしいってことじゃないぞ? お前みたいなタイプはここ一番で場をかき乱してくれる。普通にジェスタッフを追い詰めるだけじゃ、お前のせいでひっくり返される可能性があると予感していた。ほんと、たまにいるんだよな。ここ一番で妙に勘が働く奴とかな。だからお前には別の場所でここ一番の働きをして貰うことにした」
男は心底迷惑そうな顔で語っている。過去に俺みたいな奴を相手に苦い経験をしたことがあるのか。そんなことは知ったこっちゃねぇけどな!?
「わざと俺と兄貴を引き離したって言うのかよ? エクドイク達にそんな素振りは――」
「そうなるように仕向けた。全員にお前を徹底して警戒するようにと念押しして、お前の対処を最優先にするようにしておいた。そうすればお前が何処かのタイミングで殿として残ると分かっていたからな」
「んなっ!? 仲間に指示を出していたわけじゃなかったってのか!?」
「下手な指示を出すよりも、それとなく誘導した方が自然体で良い働きするんだよ。まず前提条件をお前たちは勘違いしている。屋敷を囲まれたから地下を通って脱出。それで逃げられると思っていた。地下通路があるかどうかの確証はなかったけどな、屋敷から逃げだす手段の一つや二つ、あると考えておくのは当然だろ?」
「それは……」
「屋敷の周囲には百ちょいの兵士を展開していたが、クアマ国全体にも兵士を配備させてもらっていたんだ。ラクラが地下通路を発見した際、ラクラは俺達に合図を送った。だからお前達の逃げる方向が東だと直ぐに分かった。だから狼煙で東方面に兵を終結させて出口付近を抑えた。ジェスタッフが出口から出た時には、周囲はクアマ兵でびっしりってわけだ」
こいつらは俺がラクラと戦っている間に、ジェスタッフの兄貴の逃走先に先回りして待ち構えていたってことなのか!?
「後はお前がいなければ『俺』とジェスタッフの読み合いだ。ロービトやチェニヤスに比べ数段頭がキレるだけの相手なら、なんの問題もない」
男の言葉にはハッタリを含ませた感じは一切ない。
本気でジェスタッフの兄貴相手なら読み勝てると豪語してやがる。
「東側にあったジェスタッフの保有する物件、その全てに出口があると想定して、兵士の配置を掻い潜って逃げられそうなルートを一本ずつ潰していった。一人だったから確保は容易だったな。『俺』は先にこっちに来て、ウルフェにはジェスタッフを比較的丁寧に運搬してもらった。という感じだ。質問があるなら受け付けるぞ?」
「ルートを一本ずつって、そんな短期間で……」
「お前、どれだけエクドイクとやり合っていたのか覚えていないのか?」
そう言われてハッとする。エクドイクが格闘戦に切り替えてから俺は一体どれだけ殴られ続けていたんだ? 体の痛みのせいで時間の感覚まで麻痺してやがる。
「ラクラやエクドイクが負けるとは思ってなかったのかよ!?」
「ラクラについては負けが濃厚だと読んでいた。だからエクドイクには直ぐに合流させたんだがな。エクドイクについちゃ勝っても負けても時間を稼ぐ戦い方を取るのは分かっていたからな。ジェスタッフを確保すればこっちの勝ちなんだ。時間を有効に使わせてもらったまでだ。右腕のないジェスタッフならそう時間は掛からないだろうからな」
「……」
この戦いは最初から兄貴が逃げられるかどうかの勝負。だからこの男は徹底して俺……本能様の番狂わせを封じてきた。
兄貴から本能様の奇跡的な警告を奪って、一切の余念なく追い詰めていた。
俺はラクラを倒し、エクドイクと戦っていることでその中に加われていたと思いこまされていた。
迷うことなく、俺さえどうにかできれば勝てると、確信して行動してやがった!
「ウルフェ、ジェスタッフを喋れるようにしてやれ」
「はい! 失礼します!」
亜人の女が兄貴の口周りの布を取り払う。兄貴は少しばかり咳き込み、息を整える。
「……ハークドック、儂らの負けだ。もう、良い」
「――ッ!」
兄貴の口から、そんな情けねえ言葉なんか聞きたくねぇ!
兄貴はいつも不敵に笑って、俺じゃ到底できないすげぇ事を簡単にこなしてきたんだ!
俺が、俺が兄貴の助けになれなかったばっかりに! 俺がこんなザマだから……!
全部こいつのせいだ、こいつの……!
男を睨む。女騎士が剣を手に掛けようとしたが、男が制止した。
上等だ、俺が手を出せないってタカを括ってやがるってんなら――!
「ハークドック! 止めねぇか! 命を捨てる気か!」
「俺は! 兄貴の! ジェスタッフ=ヘリオドーラの右腕だ! 兄貴はこんなところで終わる人じゃねぇ! 兄貴を護るのが俺の役割だ! こいつさえいなけりゃ、兄貴はまた――!」
「止めろ! 儂はお前のその勘が使えるからと、お前を都合のいい道具として拾っただけだ! 必要となれば捨て駒として使おうとした! そんな男のために――」
「それでも必要としてくれただろ!」
「ッ!?」
「俺は危険を誰よりも察知して、誰よりもビビッて、泣きわめいて、手が付けられねぇって! この捨てられねぇ力のせいで親に捨てられたんだ! 味方もいねぇ、周囲に不気味だって疎まれ、敵視されて、そんな地獄みてぇな中、俺が必要だって、利用する価値があるって、認めてくれたのが兄貴だ! 物としてだって構わねぇ、兄貴は俺に生きる理由を、価値を、意味をくれた! それを全うしなかったら! 俺には何も残らねぇんだよ!」
兄貴が俺の中にある本能様を、自分の身を守るために使おうとしているのは知っていた。
うだつの上がらねぇ俺を、儂の右腕だって持ち上げて傍に置いていたことなんてとっくの昔から理解していた。
でも親に捨てられた日、自分が不要だと切り捨てられたあの日に失った自分を、見つけてくれたのも、拾ってくれたのも兄貴なんだ!
「国を奪うことが迷惑なことだって、馬鹿な俺の頭でも分かる! それでも兄貴は語ってくれた! 俺みてぇな奴が居場所を得られるような国を目指してぇって! それが夢物語でも、俺にとっちゃこのクアマをぶっ壊してでも得たい理想郷なんだ!」
「ハークドック……」
「兄貴……自分を卑下しないでください……。兄貴は確かに俺を利用しようとして拾ったかもしれねぇ……。だけど兄貴は自分の思っていないところで俺をすげぇ大事に思っていてくれたんですよ。兄貴は本当に暖かい人なんだ……。兄貴ならきっと兄貴の理想とした最高の国を造れるはずです!」
最初は利用されるだけでも満足だった。だけど兄貴は俺を本当の息子のように思ってくれていた。
それが本当に、本当に居心地よくて、だから俺は兄貴のためなら……。
この男だけは、この男だけはなんとかしなくちゃならねぇ。
兄貴の未来を脅かす、この男だけは!
周囲は化物だらけ、下手な動きは即座に封じ込められる。
だが手はないわけじゃねぇ。この位置なら――
「はぁ……馬鹿だろお前。お前のいない国がジェスタッフの理想になるわけないだろ」
「……ッ!」
「お前を突き放そうとしてでも止めたんだぞ。馬鹿でも自分が大切に想われているか分かるだろ」
「それでも……俺の犠牲でお前を殺せるなら、兄貴の理想は確かに近づくんだ! お前が俺を危険だと確信したように、俺もお前を排除すべきだと確信している!」
「……俺を殺せばこの中の誰かが、お前だけではなくジェスタッフも殺す。って脅しは品がないから使うつもりはない。だから言葉でお前の心を折ってやろう。ジェスタッフがクアマを転覆させ、国を造ったとして、その時に賛同しなかった国民はどうなると思う?」
「それは……」
「皆殺しって物騒な話はないにせよ、国からの追放は免れないよな。そんな連中が食糧難になり、食い扶持が減った時、邪魔になる子供は口減らしとして処理されることもある。お前みたいな奴どころかもっと悲惨だ。必要なのに捨てざるを得ないわけだからな。国を奪うことが迷惑だって理解してるってのはその辺も考えたことがあるんだよな? まあお前のことだ、それは必要な犠牲だと割り切るかもしれない。ジェスタッフの理想に反した者の末路だと見限るかもしれない。それで、お前は妥協で造られた偽物の理想郷に君臨するジェスタッフを見たいのか? 真に望んだ場所を目指さず、くだらない思惑によって導かれた場所で飼われるジェスタッフを所望しているのか?」
「うるせぇっ! それでも国を手に入れるには必要なことなんだよ!」
奴の言うことはもっともだ。俺が目を逸らしていたものを嫌というほど見せつけてきやがる。
「そうか。ジェスタッフが国を手に入れるためなら、お前はなんだってするわけだな」
「そうだ! そのためにはお前を――」
「じゃあ国をやろう」
「……は?」
今こいつはなんと言った? 国を……やる?
周囲の連中もポカンとしている。
「何を呆けてるんだ。ジェスタッフが国を手に入れられるならどんな結果でも構わないんだろ? なら『俺』に利用される形でも構わないだろ」
「い、いやいや! そんなことできるわけねぇだろ!?」
「なんだ、胡散臭いラーハイト達は信用する癖に。『俺』の話は信用しないのか?」
こいつからは嘘偽りが一切感じられねぇ。だがそれを本気で言ってるってんなら本当に頭がどうにかしてやがる。
「信用できると思ってんのか!?」
「まあお前の頭じゃ理解するのは無理か」
「失礼な奴ですねっ!?」
「ジェスタッフ。『俺』が手を組んでいる魔王はどれだけいるか聞いているな?」
「……黄の魔王、紫の魔王、蒼の魔王だったな」
「そうだ。ただ黄の魔王は金の魔王と呼んでやれ。魔王は自らが生んだ魔界に存在する魔物なら操ることができる。紫の魔王が生み出したメジス魔界では既に悪魔達は沈静化され、メジスでは過去にない異例の速さで魔界の浄化が進んでいる。ここまでは知っているな?」
「……ああ。ユグラ教経由で話を聞いたな」
「メジス魔界に関しちゃメジスの領土に複雑に絡んでいるから難しいが、他の魔界ならあんたにくれてやれる。土地があれば十分建国できるだろ」
「ッ!?」
「ふ、ふざけんな! 魔界なんかに建国できるわけねぇだろ!?」
「魔界でも浄化が済めば人間の住める土地になる。クアマもガーネも隣接する魔界を今すぐ浄化することはできない。浄化したところで魔物が近くにいる現状では、まともに領土としての運営ができないからな。だが『俺』ならそれをサポートできる」
「どうやってだよ!?」
「ガーネ魔界に関しては緋の魔王が生み出したものだからな。魔物の危険は完全には排除できないが、メジス魔界から撤退せざるを得ない紫の魔王系列の魔物を使って護衛や開拓の手伝いができる。これは緋の魔王を退けた後になるがな。クアマ魔界に関しちゃ生み出した蒼の魔王本人がいる。現地の魔物を良い感じの労働力にできるはずだ」
「魔物を……利用するというのか……」
絶賛頭が混乱中。こいつ何言ってるんだ? 馬鹿な俺でも追いつけない馬鹿な発言を連発して。でもできるの? マジデ?
「だ、だけどガーネ魔界やクアマ魔界を浄化したら、ガーネやクアマが自国の領土だって言い張るだろ!?」
「クアマの方はどうだろな、ゼノッタ王にどれだけ有益な交渉ができるかだと思うぞ?」
「ガ、ガーネは!?」
「ガーネについちゃ問題ない。『俺』が黙らせる」
「どんな力関係なの!?」
「……本気なのか?」
「兄貴、こいつ本心から言ってますけど! 信じられる内容じゃないですよ!?」
「いやなに、第三陣営を名乗っているのは良いんだけどさ。領土らしい領土なんて、今の所ターイズにある別荘くらいなんだよな」
「そこは立派な我々の領土だぞ!?」
女騎士が間髪入れずに割り込んでくる。ああ、この女ターイズの騎士さんか。納得。
あそこの騎士連中は頭おかしいってよく聞くしな。
「そんなわけで魔王三人が一国の領土に居候状態でな。後々浄化していく予定のメジス魔界やクアマ魔界の魔物を置いておく場所も必要なんだよ。魔界の土地を確保するついでにそこを国として運営したい。大まかな方針はこちらが決めるが、国としての内政管理はジェスタッフ、あんたに任せたい」
「……何故儂なのだ?」
「別に適任なら他の奴でも良い。なんならロービトやチェニヤスでも悪くはないと思っているしな。だがそこの忠犬が散々推してくるんだ。第一候補にくらいは上げてもいいと思ったまでだ。……ラクラが無事で良かったな」
「魔物を従える土地で……新たに国を建国か……儂の生きている内に満足な形になるとは思えねぇな」
「最初はまともに人も集まらないだろうな。国としての格差も酷いもんだろう。だがあんたが一から関われる建国だ」
兄貴は目を閉じて、考えに耽る。きっと先の見えない建国の光景を思い浮かべているに違いない。
そしてゆっくりと目を開いた。その瞳には迷いなんてものは微塵もない。
兄貴らしい、堂々とした眼差しだった。
「……分かった。その話、乗らせてもらおうじゃねぇか」
「兄貴……」
「よし、それでハークドック。ジェスタッフはこっちに寝返った。お前はどうする?」
「ど、どうするもねぇよ! 俺は兄貴の右腕だ! 兄貴について行くに決まってんだろ!」
「右腕の右腕がないのにな」
「ほっとけよ!? ……あ、なんだ、からだが……」
気が抜けてしまったことで痛みと、本能様の蹴りが脳に響き始めた。
あ、ダメだ。こりゃ気を失うな。ばたん、きゅー。




