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次に逃げるは。

「そうか、チェニヤスも捕らえられたか。奴さん良い働きをしてくれるじゃねぇか」


 ロービトのハゲに引き続き、チェニヤスのババアがクアマの兵に捕らえられたという報告を聞いて、ジェスタッフ兄貴は思惑通りだと言わんばかりにニヤリと笑う。

 兄貴は自分達相談役を探るあの男の存在をロービトやチェニヤスには伝えなかった。

 それどころかあの男がロービトやチェニヤスを処理しやすいように、隙を作らせるように根回しを行ってみせたのだ。

 国外から来た連中が情報収集をしやすそうな場所に手ごろな情報を撒いておき、ロービトやチェニヤスの表向きに存在する周囲の仕事をそれとなく妨害し当人達の仕事量を増やした。

 その結果あの二人は外出の頻度が増え、様々な施設で活動をせざるをえなくなった。

 流石は兄貴、屋敷から一歩も出なくてもあの二人を罠に嵌めちまいやがった!


「でも兄貴、ロービトやチェニヤスが脱落したら国を奪う時に俺達がきつくなりません?」

「覚えておけハークドック。人間ってのは共通の敵がいる間は手を取り合うが、自分に害がないと分かればその手を容易く離す。三国を同時に奪おうとすれば他の国も動くことになる。一つの国を対処してしまえばそこから援軍だってくるだろうよ。でもな、緋の魔王が侵攻している最中に一国だけが奪われようとした場合、他の国はこぞって言うだろうよ『自分の国のことは自分で何とかしろ』ってな」

「そんなもんなんですかね」

「少し前にターイズでは山賊どもが徒党を組んで暴れていたそうだが、隣国のガーネは全く協力する素振りを見せなかった。蒼の魔王が防壁を破壊した時もだ。クアマ王と仲良くしているセラエス大司教の手配でユグラ教の聖職者どもは顔を出したが、噂を聞きつけていたはずの隣国はだんまりだ」

「言われてみれば……」

「魔王が攻めてきてもこの有様だ。一国で起こる内紛に他国が率先して介入することはその国にとっての利益がない限りまずない。ついでに言えば手段を用意する連中も儂らに専念してくれるだろうよ」


 な、なるほど。真似ばっかりしてるシュナイトやモルガナの連中を出し抜くだけじゃなく、ここまで考えていたのか……真似できねぇな。

 ていうかあんまり理解もできてねぇ。


「ところで兄貴、チェニヤスは色々きな臭い話が聞こえますけど、ロービトの件は偶然とかじゃないんですかね?」

「聞いた話じゃロービトは連れを侮辱されて酔っ払いに手を出したらしい。だがその酔っ払いもその連れも既にこの国にいないときた。十中八九周囲の人間全員が仕掛け人になって行った猿芝居だろうよ」

「でも侮辱されて怒るような連れが仕掛け人って……そんなことあるんで?」

「ロービトの懐に潜り込んだあと、運よく上手に取り入ったんだろうな。そこから今回の手段に切り替えたって寸法だろう。奴さん演技力だけじゃなく運もありやがるようだな」


 うへぇ、あのハゲが第三者にそこまで肩入れするってどんなおべっか使いだよ。

 いや待てよ、あの男が絡んでいるならむしろロービトの好みを分析できていたんじゃないのか?


「兄貴、あの男は相手を分析する術に長けている感じでした。ロービトに気に入られたのは運じゃなくて実力なんじゃ?」

「その男がクアマに来たのは最近だ。仮に本人が変装をして接触していたにしても、会って間もない相手に意図的に気に入られるというのは難しい。特にロービトはへりくだる奴を嫌うからな。様子見がてら慎重に接した時点で警戒されていたはずだ」

「それもそうですね。……いや、でも……」

「歯切れが悪いじゃねぇか。お前の直感か?」

「ええまあ……」


 兄貴が口にした『本人が変装をして』の言葉で、あの男がロービトに接触する光景が脳裏に浮かんだ。

 あの男なら初見でロービトに気に入られる言葉を的確に導き出したとしても、そこに不思議を感じることはないと納得する自分がいる。


「つまり奴さんは相当人心掌握に長けた化物ってことか。良いだろう。お前の直感は信じる。そのくらいの相手だと警戒しておこう」

「は、はい!」

「今儂らが最も警戒すべきは、チェニヤスと同じように何か捕まるようなネタを仕込まれねぇかってことだ」

「ですよね!」


 ロービトは出先でトラブルを演出された。だが兄貴はあの日から屋敷から外出することを避けている。

 同じ方法で行くならチェニヤスのババアと同じ手段ってわけだ。

 でもま、そこは大丈夫!


「この屋敷に出入りしている連中の見極めはやっているんだろう?」

「うっす! そいつがどんな意志でこの屋敷に訪れたかの大まかな読み取りは常にやってます」


 この屋敷に出入りする連中は全員、俺の探知魔法を潜ることになる。

 食料を運搬する顔見知りの商人から、手紙を届けに来たオバちゃんまで、兄貴に敵対心を持っている奴は誰一人として見逃しちゃいねぇ。


「妙な奴を見つけたら直ぐに連絡するんだぞ」

「了解です! ああ、それとは別に屋敷全体には探知魔法を、一時間に十回から百回使用して侵入者対策もばっちりです!」


 屋敷にいる間も気が向いた時には探知魔法を展開する。そりゃもうしつこいくらいにやってる。

 俺の探知魔法は触れた相手を知覚するだけじゃない。張り巡らした俺の魔力の型を感じ取れる。

 屋敷全体に探知魔法を張り巡らせれば、家具の位置まで認識することができるってことだ。

 もしも何か物が増えたり、勝手に動いたりと変なことがあれば本能様が違和感を伝えてくれる。

 そんなわけで洗濯物一枚だって勝手な動きは見逃さねーぜ!

 まあ探知魔法を使用した時に干していた洗濯物が落ちていた時の悲しみはなかなか辛いものがあるんですがね。

 あ、俺の下着が床に落ちてる。干し直さなきゃ。

 そしてこれは自慢できる少ねぇ特技だが、俺は寝ながらでも無意識に探知魔法を発動させることができる。

 そのためにゃ寝る前にちょっとした手間な所作を行う必要があるが、これがあるから俺は寝ずの番ならぬ寝ながらの番ができるってわけだ。

 

「そんなに使っていやがったのか。俺は殆ど感じなかったがな」

「兄貴のいる書斎だけは探知範囲から抜いてあります。俺のは察知しにくくても回数が過ぎれば煩わしいだけですからね」

「余計な気を回してるんじゃねぇ。俺の体調管理をするくらいのつもりでガンガンいけ」

「あ、はい。すいません!」


 それじゃあ早速……。おや?


「兄貴、玄関の外にクアマの兵が集まっています」

「何だと? 用事は分かるか?」

「何かしらの指示、命令を受けてこの屋敷を調べようとしているといった感じですね」

「何かを仕込んでいるといった感じか?」

「いえ、クアマの兵士達からは俺達を罠に嵌めようだとか、そういう類の意志を感じられません」

「ゼノッタ王が早まって兵を送り込んできたか? ありえなくはねぇ話だが……まあいい、儂らにはまだ非はない。正面から追い返すだけだ」


 兄貴が書斎の扉に手を掛けようとした時、本能様がある反応を見せた。

 この反応は……また懐かしい奴だな。

 すぐさま兄貴の袖をつかむ。


「兄貴、待ってください。今俺の本能様が教えてくれました」

「教えたって、何をだ?」

「兄貴の危機です」

「お前の本能が俺の危機を感じ取ったってのか?」

「はい。頻度は少ないですがたまにこういう働き方をしてくれます。『あの日』と同じです」

「……そうか、ならそれは従わなくちゃならねぇな」


 兄貴が俺を拾った日。兄貴が俺を拾うと決断した日。本能様はこの反応を見せた。

 孤児だった俺はゴミを漁って生きていた。その時の生活は思い出すだけでも反吐が出やがる。

 ま、そこは置いといて。酒場の裏にゴミを漁りに行っていた時、飲み過ぎて吐いていた兄貴と出会った。


『なんだガキ、儂の嘔吐を見ても食欲が消えるだけだぞ。うぇ……』


 こちとらその嘔吐の下にあるゴミに用があったのだ。そんな感じで非難がましく睨んでいると兄貴は色々と察して懐から金の入った袋を放り投げてくれた。


『悪いな、今日のお前の飯は儂のゲロが奪っちまった。そいつは今日酒代に使い切ろうと思った金だ。年を取り始めて酒にも弱くなっちまって、これ以上は使いきれねぇ。悪いついでにその金を処分しておいてくれや』


 袋を拾った俺は礼の一つも言わずにただ兄貴を見ているだけだった。

 本能様は危険のない人物だと教えてくれていたが、初めて抱いた感情に俺自身が無駄な警戒をしていた。

 今思うと可愛げのねーガキだったよな、俺。

 兄貴は余裕の表情でふふんと鼻を鳴らし、その場を立ち去ろうとした。

 だがその時だ、本能様が教えてくれたんだ。


 ――あの人はこのままでは死ぬ。


 なんて言葉で伝えてくれりゃあ楽だったんですがね。

 実際にはその直感をビシっと突き付けてくるだけ、お前のことじゃないから後は好きにしろって感じですよ。

 ただそんな本能様の警告を受けて俺は無意識に兄貴の袖を掴んで引っ張った。


『っと、なんだ、もう金はねぇぞ』


 困った顔をする兄貴だったが俺はそれでも手を放さなかった。

 このまま行かせてはいけない、それだけしかわからなかったからだ。

 兄貴と俺は見つめ合い、少しの時間が過ぎた。

 兄貴も最初は俺の目が何かを訴えているのではと思っていたらしいが、何も言わない俺を見てため息がてらに振りほどこうとした。


『残した料理が冷めちまう。いい加減戻りてぇんだが、放しちゃくれねぇか。なぁ――』


 その時、酒場から大きな音が響いた。

 二階で飲んでいた酔っ払い達が暴れた結果、床が崩れ残骸が一階の席の一つに降り注いだのだ。

 二階を支えていた柱の一本が、見事に椅子の上に刺さっていた。

 そこは兄貴が座っていた席だった。

 この日があったから俺は兄貴に拾われた。誰からも疎まれるクソみたいな人生から、俺を必要としてくれる人がいる人生に変わったんだ。


 ◇


 ほどなくしてジェスタッフの書斎にて、従者の一人がクアマの兵士長と多数の兵士相手に応対を行っていた。


「ジェスタッフ様は今手が離せません。代わりに私が取り次ぐように言われました」

「ヘリオドーラ卿はこの屋敷にいるのだな?」

「外出の予定は聞いておりません。ですがお忙しい方ですので屋敷の何処にいるかはわかりません」

「まあ良い。今日はヘリオドーラ卿がクアマ国の武器を不正に横流ししている疑いがあるとの報告があり、その調査に訪れた」

「武器、ですか。ジェスタッフ様の部下には武器を使う物も多数います。それらの者に支給するため、この屋敷にもそれなりの武器があるのは当然だとは思いますが……」

「無論そこは承知している。だが横流しされたのはクアマ国兵士達のために支給された武器だ。武器庫を確認した者の証言では相当な数の武器が盗まれていたそうだ」

「まさか我々が盗んだと言いたいのですか?」

「決めつけるつもりはないのだが、そういう情報提供があったのだ。半信半疑の情報とはいえ、念のためにも確認しておかねばな。武器庫に案内してもらおうか」


 従者と兵士達は屋敷にある武器庫へと移動する。

 武器庫の中にはそれなりの数の武具が並べられており、兵士達は分担しそれらを調べて行く。


「どれも通常の武器のようだな」

「当然です。わざわざ国の武器庫から武器を奪う理由がありません」

「質は良いのだから理由はないというわけでもないのだがな。他の部屋もざっと見回らせてもらおう」


 兵士達は従者と共に様々な部屋を見て回る。

 それぞれの部屋に入り、箪笥やベッドの下など入念に調べていく。


「ここは……食糧庫か。この木箱の中は……新鮮な野菜だな」

「今朝運び込まれた食料ですから。あまり荒らさないでくださいよ」

「わかっている。しかし屋敷中を調べているが、ヘリオドーラ卿とは会えんな。本当に屋敷の中にいるのか?」

「貴方達の応対を任された時、ジェスタッフ様本人から命じられたのです。外出されているのであれば玄関にいる貴方達の仲間が目撃しているのではないのですか?」

「それもそうか。後はこの下の木箱も調べて……?」


 兵士長が積まれている食料の入った木箱を降ろそうとして、その動きがピタリと止まる。

 視線は持っている木箱に注がれている。


「どうかされましたか?」

「いや、この木箱が妙に重いと思ってな。中に入っている野菜はそこまで重い物ではないのだが……おい、お前達! この木箱の中の野菜を取り出せ」


 兵士達が分担し中の野菜を取り出し、傍の床へと移していく。

 箱の中は空になり、木箱の底が覗く。


「何もないではないですか」

「……いや、これは」


 兵士長が剣を抜き、木箱目掛けて振り下ろす。

 木箱は砕け、破片が周囲へと飛び散る。

 そして割れた木箱の中から複数の剣が姿を見せた。


「な……これは……」

「底が二重になっていたようだな。なるほど、雑貨を運ばせる木箱の底に武器を隠していたようだな。クアマ国の印も確かにある。他の箱も調べろ!」


 兵士達は木箱の中にある物を取り出し、木箱の底を調べていく。

 先ほどと違い、今度は乱雑に物をその辺に散らかしながら荒々しく調べる。

 そして次々とクアマ国の印がつけられている武器が発見されていった。

 兵士長の視線が従者に向けられるが、その従者も理解できないといった顔で首を横に振る。


「し、知りませんよ!? これらは信用のおける商人から運び入れてもらった物です!」

「その商人も抑えておく必要があるな。だがそれ以上にヘリオドーラ卿には詳しい話を聞く必要がある。各員、ヘリオドーラ卿を捜索しろ!」


 ◇


 書斎の仕組みを起動して、兄貴と共に地下室にて周囲の様子を探っていた。

 つかこの地下室、他の部屋の音も聞き取れたのか。

 いや、そんなことよりもだ。


「ど、どういうことだ!? あの食料は顔馴染みの商人のストーさんが持ってきた奴だぞ!? まさかストーさんが俺達を罠に!? でも探知魔法じゃ――」


 いや、ありえない。今朝食料を持ってきたストーさんにも俺は探知魔法を使用していた。

 その時のストーさんに敵意や悪意などは微塵も感じられなかった。

 そもそもあのおっちゃんは武器の横流しとかできるような奴じゃねぇよ!?


「落ち着けハークドック。ストーに使った探知魔法には反応は無かったんだろう?」

「は、はい!」

「……そうか、そういうことか」

「どういうことです!?」

「ストーは関係ねぇ。奴さん、ストーが使っていた木箱に細工をしたのさ。ストーは荷物を運ぶ時に魔法で荷物の重さを軽くして運ぶ。木箱の中に剣が十本程度増えたところで中くらいの犬一匹分だからな。誤差だ誤差」


 そうか、ストーさんは配達を行う商人。サービスの一環として屋敷の中にも運び入れてくれる至れり尽くせりな人だ。

 ただ鍛えている人ってわけではないストーさんは、大荷物を楽に持ち運べるようにいつも重さを軽減する魔法を使っていた。

 そのことを調べたあの男はストーさんの運搬する荷物に仕込みを済ませ、何も知らないストーさんに運びこませたのか!

 木箱の底に密閉されていちゃ俺の探知魔法でも調べ尽くすことはできねぇ、木箱の二重底とかそんなもん探知するような機能はねぇよ!

 おいおい、ストーさんこの後捕まるんじゃねぇの!? あの人最近孫の顔が見れたって喜んでたんだぞ!? あの男、ひとでなし過ぎねぇ!?


「ど、どうします兄貴!? このままじゃ捕まりますよ!? ああ、でも持ち込まれただけだし説明すればなんとか……!」

「焦るな。証拠品が出た以上、弁明ができたとしても連行されることは避けられねぇ。それこそ緋の魔王との戦いが終わるまでの間、牢で拘束されちまうだろうな」

「じゃ、じゃあどうするんですか!?」

「焦るなって言ってんだろうが。ここは逃げるぞ。世間様からの心象は悪くなるだろうが、動けさえすればどうにでもなる」

「そ、そうですね! じゃあ逃げ……ダメです! 屋敷の周りグルって兵士が囲んでますよ!?」


 探知魔法を屋敷全体だけではなく周囲にまで拡大して使用したところ、いるわいるわで兵士が百二十名!

 しかもエクドイクやギリスタまでいやがる!


「落ち着け。状況を簡潔に説明しろ」

「え、ええと。屋敷内部に二十名、屋敷玄関に十名、屋敷の外部に百二十名がぐるりと。その中に紛れてエクドイク、ギリスタがいます。あとこれはユグラ教の聖職者……なのか? なんかそんな女が一人」

「ハッキリしねぇな」

「何と言うか、妙な混ざり物って感じの魔力でして……エクドイクに近いのか? 多分強いです」

「そうか、数はそれで全部か?」

「いえ、更に拡大した際に魔封石に接触して探知魔法が解除されました。ただ僅かに察知できた魔力から……多分あの男の傍にいた女騎士です」

「例の人間じゃねぇ人間って奴か。うちのモンで戦える奴はいるか?」

「無理です。全員秒でやられます。あ、でも俺は一分持ちますよ!」


 多分その後半泣きのままぶった切られるけどな!

 そういやあの男がいねぇな。一応念のためもう一度探知魔法を使うか。

 あの女は確か剣に魔封石を装着していた。鞘の位置があそこってことは範囲外にする場所はあの辺で……よし。

 探知魔法を発動、やはりあの女騎士がいる。内部に雪崩れ込もうとしているクアマ兵士達を見ながら様子見といった感じだな。

 その横には……あの男がいた。やっぱこいつのせいだよな、知ってた。

 探知魔法の結果だけなら魔力なんてほとんど感じない雑魚としか思えねぇのに、本能様は一体なにがヤバいって言うんだ? まあ従うけど。

 更にその奥に……なん……だ……こいつ。


「おい、どうしたハークドック!」

「え、あ、はい。大丈夫……です」

「大丈夫って面じゃねぇぞ。例の男でも引っかかったか?」

「いるにはいましたが、直視しなければあの男は大丈夫です。ただ……女騎士の後ろに……ユグラがいます」

「……呆けたのか?」

「ち、違います! えとええと、外見は女の亜人です。ただ魔力の質が圧倒的で……『勇者の指標』で見たユグラと同じなんです!」


 クアマにある『勇者の指標』。勇者ユグラがその強さの片鱗を後世に残す為に用意した物。

 戦いを学ぶ奴なら誰でも一度はその石碑に触れ、頂の高さを思い知らされる。

 かつて俺にも世界最強を目指した日はあった。とっくに挫折したけどな。

 まさか今を生きる奴にこんな奴がいるとは……世も末だな!


「……奴さんも随分と本気で儂らを狙いに来たようだな」

「ついでにもう一人、魔封石を持っていた女がいました。冒険者っぽいんですが妙に行儀が良いと言うか……王族みたいな女です」

「その女なら心当たりがある。モルガナの冒険者、ミクス=ターイズだな」

「……うそぅ」


 その名は俺も知ってる。リオドにいるギリスタもそれなりに有名人だが、モルガナのミクス=ターイズの名は知らない奴を探す方が難しい。

 なんせあの事件の当事者だしな……。


「今屋敷にいるうちのモンは儂らを除いて四十五名だったな。クアマの兵士が動けば勝手に抵抗を始めるか……。ここへの入口の傍に何人かいたな、まずはそいつらを呼んで来い」

「地下に集めてどうするんです!? あ、立て籠るんですね!?」

「馬鹿、逃げるって言っただろうが。――この屋敷の仕掛けは他にもある」


 そういって兄貴は壁に設置されていた燭台を掴み、思いっきり体重を掛けた。

 ちょ、そんなことしたら燭台が折れちゃう!?

 と思ったら燭台はまるでレバーの様に倒れ、同時に地下室の壁の一部が左右に開いた。

 奥には通路が続いており、壁が開いたことに応じて通路に設置されていた魔石が次々と輝きだし、道を照らしていく。


「……か、かっけぇ!」

「そうだろう、儂もガキの頃何度も使って親父にぶん殴られたもんだ。ここから儂が扱っている空き家の一つの地下室にまで続いている。ここから逃げるぞ」


 非常時でなければワクワクが止まらない秘密の脱出口だが、今はそんな時じゃねぇ。

 開いた地下通路に対し探知魔法の魔力を送り込む。

 結構距離があるな、それに広さもそこそこにある。

 これなら十分逃げ切れそうだ。流石兄貴、こんな絶望的な状況でもどうにかできちまうんだからな!


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