次に一手。
「そろそろ本気を出すか」
「急にどうした」
「急にどうしたのですか尚書様」
ロービトへの接近行為も十分に済んだ。そろそろ見えない敵の正体を掴む必要があると判断し本腰を入れようと呟いたのだが、ラクラとイリアスに揃ってツッコミを入れられてしまった。
気合くらい静かに入れさせて欲しいものである。
「ラーハイトの一味についてある程度の予測を付けた。本来の敵の姿を捉えておかないとな」
「一体いつの間に……」
「そりゃあロービト相手にゴマすりを続けているだけじゃないぞ。この世界の歴史とか色々勉強していたからな」
「一応ご友人に頼まれ各国の歴史などをまとめた本をかき集めてはいましたが……答えは出たので?」
「確定というわけじゃないがな。ラクラ、ユグラ教の教えについて簡単に説明を頼めるか?」
「私ですか? あまり詳しくないですが」
「おい司祭」
勇者として活躍した湯倉成也が、今後の未来に備えて様々な教訓をまとめ後世に残したもの。それがユグラ教の教えである。
背景としてはキリスト教を簡易的に砕いたもので、そこに仏教や他の宗教の良さそうな教えを混ぜ込んだものだ。
世界を創った神がいる。死んだ者の魂は天へ召され、時として新たな命として転生させられる。
犯した罪によって死後に裁かれる場所へと誘われ、主へ懺悔し祈りを捧げることでその罪を緩和できるなどなど。
そこに魔王関連を絶対悪として備え付け、共通の敵となるように整えている。
嘘を見抜く技も『主は全てを見ておられる』的な教えの補佐とし、代行者として真偽を見抜くのが聖職者の仕事の一つだと教えられている。
「という感じですね」
「まあ今更ではありますが」
「そうだな、親しみ深い内容だ。ユグラのしたことを考えれば多少複雑な気持ちではあるが、教えそのものは悪いものではないと認識している」
「マーヤさんが親代わりだったし、イリアスにもユグラ教の教えは根付いてるだろうからな。実際この教えってのは『俺』の世界で有名な宗教の取り込みやすい箇所を組み合わせ、道徳や倫理的に無難な感じに仕上げている」
まあこっちの宗教団体のお偉いさん方が聞いたら舌打ちするレベルではある。
「その言い方だとツギハギな教えって感じですね」
「歴史的に長く続いた宗教の良いとこどりだからな。この世界でも長く続くだけの要素は十分ある。別に悪い教えってわけでもないしな」
「それで今更ユグラ教の内容を確認する意味はなんだ?」
「ラーハイトの目的は『落とし子』の捜索だ。それが何かは定かではないが、ラーハイトの一味全般の目的と判断して問題ないだろう」
「そうですな、そしてそれが目的でギルドを利用しクーデターを起こそうとしていると」
「急に話が繋がらなくなった気がしますね」
「それはラクラがユグラ教だからだ」
「どういうことです?」
「仮に『落とし子』が人物を指すとしよう。そしてある一味がその捜索に力を入れたいと思っている。人海戦術を使うとして、この大陸で最も幅広い勢力はユグラ教だ。ラクラが人を探すならユグラ教のつてを頼るのが最も効率が高い」
「そうですね」
「だがラーハイトの一味はユグラ教を利用せず、ギルドの相談役に恩を売って国を奪わせようとしている。恐らくは捜索の協力を行わせるつもりなんだろう」
ラクラがむむむと首を傾げる。
ユグラ教は大陸全土に根を下ろす最大の宗教、人脈の広さは一国の規模を超えているだろう。
「ユグラ教を頼れない理由があると?」
「そうだ。だがラーハイトは以前にメジスにある大聖堂に潜り込み、精神操作の魔法でウッカ大司教を操っていた。手段としては『落とし子』を捜索するのに理想的な環境だろう?」
ラーハイトが洗脳していたウッカ大司教、ユグラ教の中でも群を抜いて人脈に富んでいる人物だ。
ラクラ絡みの一件でその素性が明るみにならなければそれなりに活動を行うこともできただろう。
しかしラーハイトがウッカ大司教を利用して『落とし子』らしき存在を探していたという情報はおろか、痕跡すら残っていないのである。
「あの時はドコラに奪われた本の奪取を優先していたのではないのか?」
「その可能性はある。でもなイリアス、ラーハイトにとって緋の魔王の命令は本来の自分の目的を果たすためのオマケのようなもんだ。優先できるなら『落とし子』捜索に手を伸ばす方を優先するはずだ。決してユグラ教に情報を落としたくなかった。そう考えるのが自然だろう」
ラーハイトは自分の実力を過信するタイプではない。
何かの切っ掛けで綻びが出た時のリスクを考慮してユグラ教を利用しなかったと見るべきだろう。
「ユグラ教にだけは知られたくなかった内容ということですかな?」
「そうだ。ついでに言えばラーハイトがその判断をしたことからラーハイトには上司がいるっぽいな」
「上司ですか、私で言うウッカ様のような?」
「ラーハイトがウッカ大司教を操れたのは紛れもない事実であり成果だ。だがそれでも発覚のリスクを天秤に掛けて行動には移れなかった。ラーハイトの性格を考慮して個人での目的、同じ思想を持つ同格の仲間がいる程度ならばもう少し行動していてもおかしくない」
まあそれでもラーハイトが相応の情報を握っていることには違いない。
下っ端ではないがトップでもない。スパイ映画のエージェントといったところだろう。
「独断で行動するだけの権限がなかったわけか。そしてその一味全体としてはユグラ教を特に危険視していたと」
「『落とし子』はユグラ教に知られたくない存在だということ。ここが注目するポイントだな。ラーハイトの一味は『落とし子』を重要視し、ユグラ教からの理解を得られる内容ではないと判断できる連中ってことになる。そういう解釈ができるのはどういった連中だと思う?」
「……ユグラ教の教えと異なる基準がある者達でしょうか?」
「そう、明確な別基準を持つ者達。別の宗教の連中だな。そこで調べたのが各国に存在する宗教の種類やその歴史だ。思ったより少なくて助かったがそれでも睡眠時間は削られたがな」
「全部調べたんですか?」
「まあノータイムで省いた宗教もいくつかあったがな。酒に酔った冒険者が創設した酒を崇める宗教とかは本ごと投げ捨てたくなった」
「そんなのもあるのか」
「個人的にミュルポッヘチョクチョン教は一度聖地に行ってみたいと思った」
「なんだそれは」
「知らん、なんか凄いらしい」
「凄いのか……」
「後で読んでみろ。頭に何も入ってこないが凄いということだけわかる」
「逆に興味が湧いてくるな。だが本題に戻ってくれ」
いや本当にミュルポッヘチョクチョン教の歴史や教えは凄かった。
この教祖はきっとコメディアンとしても大成しそうだなと思った。
「ユグラ教、湯倉成也が既存の宗教を組み合わせた後に意図的に弄った箇所は主に二ヶ所だ。一つは魔王が人類の敵であるということ。もう一つは奴の生み出した禁忌に触れることなかれという点だな。それを『受け入れられる』視点を持つ宗教を視野に入れた場合、幾つかが候補として浮かび上がった。その中で一番有力なのはこいつだ」
一冊の教典をテーブルの上に放り投げる。
それを見て首を傾げた者はいなかった。ユグラ教に比べれば規模は遥かに小さいが、ここにいる全員が知らない教えではないことがわかる。
「自然物や自然現象を崇拝する自然崇拝の一派、レイティス。彼らの教えでは魔王は自然が生み出した天災であり、それは殺し合いを続けてきた人類への罰であると説いている。道徳や倫理感としてはそこまで尖ったものではないが、湯倉成也の手を加えた箇所には真向から別の主観を持っている」
「レイティスですか、冒険者や森山に住む者達に多くの信仰者がいる宗教ではありますが……解釈としてはそうおかしいものではないと思いますな」
「レイティス全体が黒いってわけでもないだろう。だが湯倉成也が魔王を生み出した事実を知っている奴が隠れ蓑として利用するにはうってつけの組織だ。そしてレイティスの聖地はトリンにある」
「君が勘で怪しいと言っていた国か……君は何割くらいで黒だと思っているのだ?」
「六割ってところだな」
「意外と低いな」
「レイティスも利用されている組織である可能性もあるからな。レイティスが本命だと断言するのは難しい。だが足跡は見つけられると確信している」
「それで、我々はこれからどう動くのだ?」
「このクアマに存在しているラーハイトの一味の行動方針も大よそ頭に入ってきている。時期もそろそろ良い頃合いだ。そろそろ奴らの駒であるギルドの相談役達を崩しにかかろう」
ロービト、チェニヤス、ジェスタッフの三名はラーハイトとの連絡手段にちょっかいを出した後、それぞれが動きを潜めこれまで目立ったアクションは見られない。
しかし緋の魔王が動く前に事を済まさねば各国が一丸となって対処することも難しくなる。
早すぎれば新たな駒を用意され、遅すぎれば全てが手遅れとなる。
「いよいよ動くのですな! それで私は何をすればよろしいのですかな!?」
「ミクスは当面待機」
「えぇ……」
「尚書様、私は?」
「お前も待機。ギリスタもな」
「休めるというのに、なぜか微妙に嬉しくないですね……」
「そうよねぇー?」
先日まで休ませろと言っていたのに注文の多い奴らである。
「イリアスとウルフェはいつも通りに護衛をしてもらう。特に覚えてもらう仕事はないな」
「ししょー、それだとエクドイクさんしか動けませんよ?」
「エクドイクは別件で待機させている」
「ちょっと待て、それでは君が一人で事を起こすと言うのか?」
「そんなわけあるか。机上の頭脳労働だけでどうにかできるわけないだろ。人手はきちんと確保してある。お前達の出番は……まあ三手目くらいだな」
眼鏡を装着し髪型も変え、ポスターとしての装いになる。
仕込みも万全、それでは悪巧みタイムと行きましょうかね。
「最初に崩すのはロービト=ゴシュナイトだ。まあ悪い人じゃないからな、手心は加えるさ」
「尚書様の手心って申し訳程度にしか感じない気がしますね」
「よく分かっているじゃないか」
ロービトと接触してその人なりは十分に把握している。
正直クーデターを起こそうとしている元権力者の一族でなければ、是非今後とも仲良くよろしくと言いたいところではある。
娘さんを紹介され後腐れが増える前になるべく早く諦めてもらうとしよう。