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次に片付けるは。

 彼が選んだロービトの依頼はクアマに訪れている商人の活動の調査、クアマに流れてくる商品の増減の推移などをまとめるといったものだ。

 なかなかに骨の折れそうな依頼かとも思えたのだが……。


「はっはっはっ! そいつは傑作だね!」

「でしょう? ロービトさんならそうおっしゃってくださると思いましたよー!」


 現在彼はロービト=ゴシュナイトの別荘にてロービト本人に夕食に誘われて談笑の最中。

 幾つかの場所を周り、話を聞いて回っていたと思えば彼はいとも容易くロービトが満足するだけの情報をまとめてみせた。

 その後依頼達成の報告を兼ねてロービトと接触し、ものの数時間でロービトのお気に入りとなっていた。

 彼がターイズでレアノー卿を始めとした騎士や貴族に取り入り、色々と手を回していた話は聞かされていたがその手腕を間近で観察したのはこれが初めてだが……恐ろしい。

 ロービトもギルドの相談役という立場上それなりの警戒心は持っていたはず、しかし彼の話術はその警戒心をいとも容易くねじ伏せた。

 彼が発言をして行く都度にロービトは彼に笑顔を見せていくのだ。

 私が剣術を磨き上げてきたのと同じように彼もまたこの技能を磨き上げていたのだろう。

 彼は言っていた、これらの技は才能ではなく経験で身につけたものだと。

 私とて彼と出会う前までは人間関係で苦戦していた、だがそれらの経験を通してもとても身につくとは思えない。

 どれほど他者を観察する必要があったのだろうか、他者に取り入る術が必要な世界だったのだろうか、それらを考えても私には浅い想像しかできないのだろう。


「いや、見どころのある若者だ。だがポスター君、君は冒険者というよりは商人気質な気がするのは私の気のせいかな?」


 ちなみに彼はサトウイチロウでは怪しまれるからと現在はポスターと名乗っている。

 確かにそっちの方が自然な名前ではあるのだがここまで見事にポスターとして振る舞っているのを見るとそちらが素なのではと錯覚しそうになる。


「いえ、間違えていませんよ。俺は元々商人として生計を立てていましたから」

「おや、やはりか。腕が立つようには見えないし冒険者でありながら護衛のような二人組を連れているのは不思議だと思っていたよ」


 私とウルフェは彼のチーム、頭脳は彼に任せ肉体作業は私達が担うといった感じで説明を行っている。

 普段からその通りなのだから実に自然な関係を保てている。

 ただし私とウルフェは寡黙な冒険者という設定で口を極力控えるようにしている。

 ウルフェはともかく私が喋ると騎士っぽさが滲んでくるのだとか。

 騎士らしいというのは誇らしいことであって邪魔にされる日が来るとは思わなかった。


「そこは役割分担ということでお互い納得している感じで、腕っぷしなら冒険者最弱を自負できますね。でもまあやっぱり冒険者として生きてみたいという夢もありましたからね、兼業に近い形ではありますが満喫していますよ」

「なるほど、商人としての才覚がありながら冒険者にも憧れを持っていたというわけか。そして見事それを両立する方法を見つけ実践したというわけだね」

「頭を使う依頼なら得意ですから今後とも御贔屓によろしくおねがいしますね!」


 彼の発言にはほとんど嘘がない。

 彼は商人の真似事をしていたし冒険者として活動してみたいという憧れがあったのも事実だ。

 ロービトは嘘を見抜くユグラ教の技を使える可能性は極めて低いがそれでもと真実のみで誤魔化しているのだ。

 その上でロービトに気に入られる話術を駆使、もはやどう凄いのかすらわからない。


「ふむ……なら別個に依頼したいことがあるのだが受けてみるかい?」

「早速ですか!? ええと、その返事は今すぐですか?」

「そうだね、何か不味いことでもあるのかね?」

「実は他に二つほど依頼を受けていまして……こちらも紹介から得た依頼ですから支障が出る前に終わらせておきたいなと」

「そんなことか、問題ないとも。重要な案件ではあるが早急に行うわけではないからね。先に受けた依頼を優先してくれて構わないとも。商人もそうだろうが冒険者も信用が必要だからね」

「でしたら是非受けさせていただきますよ!」


 こうして彼はロービトからさらなる依頼を受けることに成功した。

 依頼内容は『クアマの政治に不満を持っている冒険者がどれほどいるのか』という調査だ。

 どのような人物がどういった不満を持っているのか、どれほどの不満を抱えているのかを詳細に調べる必要がある。

 表向きは不満の内容を調べ今後冒険者の待遇改善を狙いとした調査らしい。

 だがロービトの素性を知っている立場でこの依頼を聞けば国家転覆の協力者を探す目的が透けて見える。

 つまり彼はロービトの裏の計画の一端にまで食い込んだことになる。


「ふぅ、一先ずは順調といったところだな」


 拠点へと戻り彼は椅子の上に座り背伸びを行う。

 鍛えた私でも会話疲れというものは避けられないのだ、彼のレベルで高度な心理戦を行っていたのであればその疲労の度合いは計り知れない。


「ししょー、お疲れ様です!」

「おう、お前らも疲れただろう?」

「私達は君の後ろで口を開かないでいれば良かっただけだ、何の問題もない」

「そうか? そりゃ凄いな」

「君の働きを見せられておきながらでは自慢にもならん」

「いつ交渉が決裂するかもしれない、それ以上に最初からこちらの策略が見抜かれていたかもしれない、そんなことを考えながらの護衛は神経を削ると思ったんだがな」

「……」


 決してそのことを考えつかなかったわけではない。

 だがロービトのあの様子を見るからにその可能性はないとどこかで安心しきっていた気がする。

 無論何かあれば迅速に対応することはできた、はずだ。


「ロービトの懐柔が好調過ぎて意識から外れたって顔だな」

「む……そうだ。正直君の話術の方に意識の大半が向けられていたな」

「ウルフェもです!」

「ロービトは良くてもチェニヤスやジェスタッフの時には注意するようにな。ロービトは三人の中じゃ一番攻めやすい人種だ。普段からシュナイトの冒険者を都合のいい駒として扱っているロービトは有能な人材に対して寛容な態度を取る傾向がある。ついでに言えば過度なゴマすりを嫌う、多少図々しくも筋は通すくらいが好感を持てるだろう」

「有能であることを証明する短期間での依頼達成、あれの仕組みを聞いても良いか?」

「商人が国に入るには城門での身分証明が必要だ。その際に記録くらい取るだろう? ゼノッタ王にそういった情報を役人にまとめさせておいてもらったんだ。国に対し何かしらの工作を行うのならばその国の情報を集めておくことは無意味じゃないだろうからな。後は該当の役人と接触して情報を見せてもらいまとめるだけだ」

「言われてみれば至極簡単な話だな。ロービトがそれを行わないのが不思議なくらいだ」

「そりゃ国を転覆させようとしている奴だ、極力自分から国と交渉することは避けたいのさ」


 そうは言うが私の主観ではロービトは面の皮が厚い印象を受けた。

 案外堂々と配下に調べさせるくらいはするのではないだろうか?


「ロービトはそこまで慎重そうには見えなかったか?」

「当然の様に私の思考を読んでくれるな」

「読まれたくないなら複雑な思考をしてくれ」

「単純で悪かったな」

「いいや、『俺』としちゃその方が一緒にいて気楽だからな。潔い性格は好きだ」

「その潔さをからかわなければ私としても不満はないのだがな」


 なるほど、単純思考も言い方を変えれば聞こえが良くなるのだな。

 何事も前向きに捉えておくとしよう。


「実はイリアスの直感はそう間違っちゃいない。普通のロービトならば配下の者に命じて調べそうな内容なんだよな」

「ではどうして?」

「必要以上に慎重にならざるを得ない状況にあるからだ。チェニヤスやジェスタッフと協力しているから……という理由じゃないな。ロービトからすればその二人は同格、普段からギルドの相談役として活動しているロービトの行動を制限する因子としては弱い。そうなるとラーハイトだが奴は投獄中、『蒼』の一件の情報くらい漏れているだろうからロービトも知っていることだろう」


 彼とゼノッタ王の問答は周囲を囲んでいた兵士の耳にも届いていた。

 口止めをしていたとしても漏れてしまうのは防ぎきれないだろう。


「つまり君が言っていたラーハイトが所属する陣営の存在か」

「ああ、二枚舌で扇動を行ったラーハイトだけじゃそこまで慎重になることはない。となるとラーハイトのバックはそれなりに知名度のある存在と見て良いな」

「見当はついているのか?」

「規模だけで言えばユグラ教や他の国だろうがな。ラーハイトの動きからしてユグラ教はない。国規模で見れば……クアマの隣国は二つ、一つはガーネだがこれは『金』が統治している領土だから心配はないだろう。残る隣国は――」

「北方にあるトリンか」

「ウルフェ、マーヤさんの授業を受けていたから覚えているよな?」

「はい! トリンは六つ存在する大国の中で最も北に存在する国です!」


 この世界で大国と呼ばれているのはターイズ、メジス、ガーネ、クアマ、トリン、セレンデの全部で六つ。


「トリンは『金』が湯倉成也に一回休みにさせられた場所だっけか」

「そうだ、まあ伝承としては『黄の魔王』となっている。領土に隣接する魔界が存在しない最も安全な国とされている」

「トリン魔界はガーネ城内部限定だしな。セレンデ魔界ってのも聞いたことがないな」

「セレンデにはメジス魔界が僅かに隣接しているだけだからな。トリンは魔界の脅威がない代わりにユグラから恩恵を与えられず国の発展力や国力は他国に劣る。安全ながらも国としては影響力の弱い場所だ」


 大陸の中央にガーネ、その東にターイズ、西にメジス。

 それぞれの国の南方にそれぞれの国の名を冠する魔界が存在している。

 メジスの西にセレンデ、ガーネの北方にクアマ、クアマの北方にトリン、西にクアマ魔界が陸繋ぎとなっている。


「ギルドに国を奪わせて国力差を埋めるためにラーハイトを送り込んだ……これはちょっと考えすぎか?」

「君と一緒にいるとその発想も間違いと断定できない日々が続いて困っている」

「刺激的な日常は嫌いか?」

「程度による、君はどうなんだ」

「『俺』は平穏が一番だな。平穏に慣れた連中は刺激を求めたがるが結局最後は平穏を求めたくなるもんだ」

「ししょー、お爺ちゃんみたいですね」


 わかる。


「ゲフン、……なんにせよトリンに目を向けることはそう間違いではない気がする。こればっかりは勘の域だから確証は持てないがな」

「君にも勘に頼ることがあるのだな」

「勘てのは今までの経験が導き出す反射の答えだ、自分の能力に自信があるのなら勘だって信じられるさ」

「確かにな。ところでポスターという名前はどこから来たのだ?」

「宣伝用の貼り紙――じゃなくてインポスターという単語からだな」

「インポスター……チキュウの単語か?」

「ああ、自分を偽る詐欺師を意味する単語さ。流石にそのままじゃ同じチキュウ人がいた場合にもしもがあるからな」


 似合い過ぎて言うことがない。


 ◇


 ジェスタッフの兄貴は兄貴で何かしらの行動を取るらしい。

 ただあの男がいる以上当面は表に出ずに密やかに行動する方針となっている。

 兄貴曰く、こちらの存在が気取られている以上情報を与える行動は避けるのが鉄則だそうだ。

 もしかすれば今も遠くからこの屋敷が監視されている恐れがある……か、確かにそうかもしれねぇ。

 俺は探知魔法の精度や目視した際の直感には自信あるが視力そのものが優れているわけじゃねぇ。

 望遠魔法も使えなくはないが程度が低い、遠目に見えた相手をハッキリみるために使うくらいで遠くの物を意図して見ようと訓練しているわけでもないからな。


「ただまあ……暇なんだよなぁ……」


 俺にできることは兄貴の周りに迫る危険をいち早く察知して兄貴に対処してもらうことだ。

 だが屋敷に籠ってちゃ俺の察知能力の出番はねぇ、俺にできる雑用なんて掃除くらいなもんだ。

 そんなわけで延々と屋敷の清掃中、五年は若返ったんじゃねぇのこの屋敷。

 掃除屋ハークドックって響きは悪くねぇがそれを名乗るともれなく虚しさがセットでついてきやがる。


「もどかしいな、畜生」


 本当ならクアマの街に繰り出してあの男をどうにかしてやりてぇ、だがあの男と出会ったら本能様が俺の意識をカットしてきやがる。

 気を失わずに対面できたとしてもあの男の護衛の強さは明らかに俺よりも格上、ギリスタはどうにかなったがエクドイクやあの女騎士の強さは反則級だ。

 一度二度戦闘を観察した上でのタイマン勝負なら可能性はあるかもしれねぇが……それでも分の悪い賭けになる。

 好きにやれと言われた範疇で命を賭けるギャンブルをする度胸はねぇ。

 ジェスタッフ兄貴を命懸けで守ると誓っちゃいるが犬死にはごめんだ。


「いいさ、きっと俺の出番はある。そんときにガツンと活躍してやりゃいいんだ! 今はこの壺の汚れを落とす活躍で我慢してやるぜ!」

「心掛けは良いが一日に何度も同じ壺を磨いてんじゃねぇ」

「あ、兄貴!?」


 突然の声にびっくりして振り返ったらジェスタッフの兄貴が苦々しい顔で立っていた。

 マジでビビった、心臓が口から出るところだった。

 って、兄貴の傍にもう一人見ない奴がいるな。

 見ないというか見えないというか。

 不可視の魔法を使用しているから姿は見えないが兄貴の後ろにピタリとついている。

 リオドの奴じゃねぇな、一体誰だ?

 取り敢えず探知魔法を――、


「ハークドック、こいつを探知するのはよせ。お前が知る必要のない相手だ」

「え、あ、はい、すいません!」


 俺の視線が見えない奴に注がれていたことに気づいた兄貴が次にとる俺の行動を先読みして制止してきた。

 兄貴の口調からして冗談抜きの警告、なら従う他ねぇ。


「暫く書斎でこいつと話をする。神経質な奴で近くにうちのもんがいると気が散るらしいから地下の掃除でもしてろ」

「了解です! おい、誰か知らねぇが兄貴に粗相するんじゃねぇぞ!」


 掃除用具をかき集め移動する。

 馬鹿な俺でも察することくらいはできた、ありゃあラーハイトと同じ勢力の奴だろうな。

 探知魔法を使わなくても本能様が教えてくれることは多々ある。

 あそこにいたのはあの男とは違う意味で危険な奴だ。

 兄貴が苦々しい顔をしていたのもそのせいだろうな、兄貴もその辺の嗅覚は鋭いし。

 敵意があるわけじゃねぇがジェスタッフの兄貴を手段の一つとしてしか見てねぇ、そんな嫌な感じがビシビシ伝わってきやがった。


「敵も味方もろくな奴がいねぇな……兄貴を支えられるのは俺だけだ、気を引き締めねぇとな!」


 さあ、待ってろ地下の埃ども! この俺が綺麗に掃除してやるぜ!


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