次に介抱するとしよう。
兄貴を無事送り届けた後、酒場で飯を食いながら今後の行動方針を考え中。
あの二人を見た兄貴の感想は『エクドイクからは確かに不穏な気配を感じたがあの男に関しちゃさしたる脅威は感じなかった』だった。
そりゃあエクドイクから感じた魔力の異質さはヤバかったけどさ、多分あれ魔族とかいう奴じゃねーの?
だけど俺としてはそれよりもあの男の方がヤバイと感じた。
探知魔法による魔力の感知はできなかったが本能様がヤバイと言っていた。
何がヤバイのかって聞かれても答えられねぇんだがヤバイもんはヤバイ。
……ヤバイしか言えねぇのか俺はよ。
だが兄貴はそんな俺の様子を見て『勝手にしろ』と言った。
これは何も冷たい対応を取られたってわけじゃねぇ。
最初はそう思って悲しそうな顔をしていた俺に続けて言ってくれたのだ。
『ハークドック、お前の頭のできは二流だが危険を察知する能力だけはお前の右に出るものはいねぇと他所にも自慢できる。そんなお前だけが嗅ぎ付けた危険に迫れるのはお前だけだ。お前が必要だと思うのなら勝手に動け、お前一人で動く分には無茶もできないだろうからな』
兄貴は普段俺には余計なことはするなと釘を刺してくる。
だがそんな兄貴がだ、俺がどうにかしなきゃならねぇとうずうずしているのを大事と判断しての采配を振ってくれたんだ。
俺にできる範囲であの男の危険性を、兄貴でも理解できるだけの情報を集めりゃ良い。
無茶はしねぇ、解決するのは全部兄貴に丸投げして任せりゃ良い。
「……ただどう接触したもんか」
見つけるだけならそう難しくはない……と思う。
リオドの奴等にエクドイクの居場所を尋ねて回ればそのうち辿り着ける筈だ。
ただその場合どこかで勘付かれて待ち構えられる可能性が高いよな?
そもそもエクドイクも十分ヤバイからな、戦闘になることは極力避けたい。
ただ上手く見つけたとしてどう接触すりゃ良いんだ?
俺には演技の才能なんてねぇ、あいつと接触したところで満足のいく情報を得られるのか?
いや、無理だな……あの男を欺くことはおろか俺の意図を果たすことは正攻法じゃ絶対にできないだろう。
「うおお……考えろ、考えろ俺! 兄貴にいい所見せなきゃただのビビリだぞ!?」
「ちょっと良いかしらぁー?」
「うるせぇ! 今考え事してんだ!」
あの男は肉弾戦に長けているようには見えなかった。
いっそのこと誘拐してしまうか?
頭がキレる奴でも力ずくならあるいは可能性が……。
「ねぇ、ちょっとぉー」
「うるせぇって言ってんだろ! 邪魔するならぶっ殺すぞ!」
ったく、俺の邪魔をしやがってどこのどいつだ!?
顔を上げて間延びした声の主に視線を向ける。
……うん?
「あらぁ、殺し合いをしてくれるのぉー? それはそれで話が早いわねぇー」
燃えるような赤い短髪、右目に大きな鉤爪の刺青……そして背負っている乱杭歯の様な刃が付随する大剣……。
記憶力の悪い俺でもこいつは流石に知っている。
裏のリオドで動いている女冒険者、ギリスタだ。
見かけたら絶対に近寄るな、話しかけるな、挑発するなと暗黙の了解が存在しているぶっ飛んで頭がヤバイ戦闘狂。
そのギリスタが大剣の柄を握りしめ笑っている。
「……用件を聞こう」
「まずは殺し合いましょぉー? それが手っ取り早いわぁー!」
「手が早いだけだろソレッ!?」
振り下ろされる大剣を横っ飛びで回避、同時にテーブルと椅子が雑に両断された。
こいつ躊躇なく殺しにきた、そういうヤバイ奴だってのは聞いていたけど限度があんだろ!?
周囲も今の攻撃で騒ぎになり始めている、このままこの酒場にいるのは不味い。
何が不味いって出禁になると俺の憩いの場がさらに減ってしまう。
話し合いは俺には無理、逃げるか戦うしかないか。
「さあさぁ、どんどん行くわよぉー!」
「ざけんな! ツケが利く店を出禁になったらどうすんだ!?」
ギリスタは笑顔のまま問答無用と大剣を振り回してくる。
こっちは今さっき地面にぶちまけられた飯と酒を見て涙目だってのに、畜生が!
一目散に酒場の外へ飛び出す、まずは場所を変えることが先決だ。
周囲には適度に人がいる、流石に一般人を巻き込むのは不味い。
「お前等、こっから離れろ! 巻き込まれたら死ぬ――ッ!」
ギリスタが酒場の入り口を吹き飛ばしながら斬りつけてくるのを再び回避。
得物がでかいおかげで大振りだが当たったらと思えばこれっぽっちも余裕は生まれねぇ。
だが今のド派手な登場で周囲の連中もこの場から逃げ始めている。
下手に逃げればそいつらに追いついて巻き込みかねない、ならこの場で迎え撃つしかねぇな。
腰につけていた旋棍を装備する。
手首のスナップで二度三度回転させ重さと長さの感触を確かめる。
「あらぁ、それが貴方の武器ぃー? なんか地味ねぇー?」
「そーだよ、地味でわりーか」
俺には剣や槍といった長物を扱うセンスはねぇ、素手の戦闘も魔力強化を常時安定させることもできねぇからこういった武器が一番しっくりくる。
硬さだけなら一級品の素材を使ってるからな、盾としても有能……とはいかねぇよなぁ。
ギリスタの持つ大剣の重さはあいつの足音で嫌と言う程に伝わってくる。
左右の薙ぎ払いを受ければ体ごと吹き飛ばされるだろうし間違えても振り下ろしの一撃を受け止めるわけにはいかない、確実に圧し潰されて死ぬ。
「まあどれだけやれるかはぁ、やってみなきゃ分からないわよねぇー!」
ギリスタが大きく剣を振りかぶり突進してくる。
こちらから踏み込んで一撃を加えることはできなくはねぇが……耐えられたら返しの一撃で即死しかねないからな。
まずは左右に……ってヤバイ!
最小限の動きで横に動こうとした瞬間、本能様がそれは即死案件だと蹴りを入れてきた。
理解なんて必要ない、本能様が言うってんなら従うまでだ!
後方に必要以上に大きく回避を行う。
だがそのおかげで本能様が察知した危険の意味が理解できた。
一直線に振り下ろされた筈の大剣の軌跡は二本存在していた。
「あらぁ、この剣のことを知っていたのぉー?」
「そういや魔剣使いって聞いていたな」
大剣がパカパカと開いては閉じている、しかももぞもぞと蠢きやがって、獣の口かよ。
振り下ろす瞬間に開いたってことは逆に閉じることもできるってわけだな。
うわー面倒くせぇ、回避しにくいだろうが!
しかもそれだけじゃねぇな、周囲に垂れ流していた俺の魔力がごそっと消えちまっている。
魔力を喰うのか、俺のやり方と相性悪すぎじゃねぇか。
つってもギリスタの戦い方はあの大剣を主体としているわけだからまだマシか。
深呼吸を一回、旋棍を左右交互に一回転。
「臆さないのは嬉しいわねぇ、殺し合う楽しみが増すわぁー」
「誰が殺し合うかよ、お前の狂った感性に付き合う気なんてねぇよ。さっさと終わらせてやる」
「連れない態度ねぇ、でも強気な男は好きよぉ」
「そうかい、俺が好きなのは淑やかで振り回すのは大剣じゃなくて愛想な女だ」
長期戦に持ち込まれれば間違いなくこちらが不利、ならさっさとケリをつける。
……あの技を試すにゃ丁度良い、練習台になってもらうぜ!
◇
目を離した隙にギリスタがいなくなった。
彼が言うには彼の話を聞いたことが原因でジェスタッフの傍に居た男の品定めに行った可能性が高いらしい。
街中で出会うことになれば間違いなく戦闘に発展するだろうと。
そういったわけで現在手分けしてギリスタを捜索することになった。
ギリスタを単身で止められる私とウルフェ、エクドイクにそれぞれ人員を分けた組み分けだ。
私は彼と共に街中を歩いているのだが……。
「さて、ギリスタはどの辺にいるのやら」
「呑気な顔をして……もう少しは危機感を持ったらどうだ? ギリスタが暴れてしまえば色々と悪目立ちすることは避けられなくなるだろう?」
「そうかもしれないけどね」
「……まさかギリスタが向かうことも計算尽くなのか?」
「はっはっはっ、何のことやら」
「おい、真面目に答えろ。これは何かしらの策略なのか?」
いつもの彼と言うよりこれは……私の好かない方の彼に近い。
完全に切り替わっているわけではないようだがそれでも変化は見られる。
彼はわざとらしい悩み顔を見せながら皮肉気味に嗤う。
「策略と言うほどではないさ。湖に石を投げ込みその水面の様子を見る、その程度の行動だよ」
「……今は慎重に行動すべきではないのか?」
「案内役を捕らえた後だ、相手が相手ならもう何かしらの存在が自分達を探っていると気付いていても不思議じゃないさ。というのは建前だけどね?」
「ならさっさと本音を言え、今の君相手に冗長な会話を楽しむつもりはない」
「不快な気分にさせたのなら悪いね。だけど切り替える必要があるとどちらの『私』も判断することになった。あの男はそれだけ厄介なタイプの人間だと言うことだ」
昨日もその様なことを言っていたが……それほどの相手だと言うのか?
エクドイクの話だけではそこまでの人材には思えなかったのだが……。
彼は私の顔を見てその考えを見抜いたのか人差し指を立てて話を続ける。
「厄介の意味が違うんだイリアス。君にとって厄介な者とはマリトのような知恵者を想像するのだろうがそうじゃない。あの手の輩は多くの者から脅威ではないと認識されていながら取り返しのつかない一手を視界の外から打ってくるイレギュラーなんだ」
「視界の外から?」
「そう、盤面上に突如関係のない駒を置いてくる。だがその駒のせいで勝敗が逆転してしまう。良い迷惑だろ? だけどねあの男はそれを確実にできる実力を隠し持っている。ま、偶にいるんだよ、ああいう手合いの奴はね」
「その話だけを聞けば危険な相手だと言うことは分かるが……ならば対処法はあるのか?」
「あるさ、とても簡単な方法でね。だけどそれを怠ると手痛い思いをするのはこちらだ。念入りに行こうじゃないか」
もう少し詳細を問いただすべきだろう、だが今それを聞き出す機会は失われた。
遠くで轟音が鳴り響くのが聞こえた。
あれだけの音を立てて暴れる人間はギリスタで間違いないだろう。
ならばギリスタは既に戦闘を行っていることになる。
「――急ぐぞ、ギリスタが戦闘を始めているようだ」
「そのようだね、ギリスタが負けるかもしれないし急がないと」
「君はギリスタが後れを取ると?」
「ギリスタが10回戦えば9回勝てる相手だとしてもあの手の輩は初回で1回の勝ちを拾ってくるからね。完全な実力差がない限り不利なのはギリスタだろうさ」
それが本当ならば急がねば、彼を担ぎ上げ音の聞こえた方角に向かい駆け出す。
「いつもより運び方が雑じゃないか?」
「私といえども多少の不満をぶつけたくなる時はある」
「それもそうだね、なら甘んじて受けるとしよう」
「舌を噛むぞ」
この状態の彼が私に対し何かしらの害を与えることはない。
だと言うのに私はこうして不機嫌になり彼に対し不満をぶつける真似をしてしまっている。
これは私の望む彼で在って欲しいという私の身勝手な我儘なのだろう。
だが今の彼もまた彼だ、自己を持った人格と言うことには変わらない。
彼が己の価値を否定することを非難した私に、今の彼を否定することは許されるのだろうか……。
「誰の許しが欲しいんだい?」
「――喋るな」
どきりとした、今の彼は相当に感覚が鋭くなっている。
そこまで彼が本気にならざるを得ない相手、その事を意識せねばなるまい。
私にできることは限られている、ならば最善を尽くす。
彼が敵を前に望ましくない変化を見せるのならば私は私の望む彼で在れるように敵を排除するだけだ。
◇
「さてと、どうしたもんかね?」
地面に倒れたギリスタを眺めつつ今後のことを考える。
いっそトドメを刺してしまった方が良いか、この戦闘狂を生かしておいても道理の通らない復讐心に燃え上がられるだけだろうしな。
生かすこと、殺すこと、双方のメリットとデメリットを冷静に考える。
今後ギリスタが現れるようなら兄貴の邪魔になる可能性の方が高い。
俺のせいで兄貴が不利になるような真似だけは避けなきゃならない。
「ま、殺しておいた方が良いな。結局殺し合いになっちまったが本望だろう?」
旋棍を構え倒れているギリスタの後頭部を見つめる。
意識を失って魔力強化すら行っていない人間の頭なら問題なく砕ける。
意識のない女を殺めるのは少しばかり気が引けるが……起きている時に殺すと決めなかった俺の不手際だ、それくらい踏ん切りつけようぜ。
旋棍を振りかぶり、一直線に振り下ろす。
旋棍の一撃はそのままギリスタの後頭部へと……届くことはなかった。
「……誰だ?」
俺の攻撃は突如目の前に現れた女の剣によって受け止められていた。
格好からして冒険者ではなくどこかの国の騎士か?
つか周囲に人気なかったはずなんですけど、どっから湧いたよ?
「この者は私の知り合いだ、殺させるわけにはいかない。どうしてもと言うのならば私が相手になろう」
探知魔法、この女騎士様の情報を……なんだこりゃ!?
肉体と魔力の洗練さが常識の範疇を超えている。
エクドイクには理解のできないヤバさがあったがこの女騎士は理解できるヤバさを持っている。
人間だけど人間じゃねぇ、そんな感想しか出てこねぇ。
ギリスタ相手なら覚悟もできて戦えたがこの女騎士相手は無理だ。
だが見た感じ理性のない戦闘狂ではないっぽい、ならばまずは話術だ。
「相手も何もそいつから斬りかかってきたんだ、返り討ちにして何が悪いってんだ」
「そ、それは……」
お、これはあれだな、圧せるな。
「いきなり殺しに来て殺させるわけにはいかないだ? 筋が通らねぇよな、道理を捻じ曲げるのが騎士様のやることなのか、初耳だなおい」
「むぐ……」
困ってる困ってる、そりゃギリスタの知り合いだってんならギリスタの戦闘狂も知ってるだろうよ。
非は全部そっちにあるんだ、このまま言いくるめて……どうするんだ俺。
まあせっかくだしこの女騎士の情報をもう少し仕入れておくか。
これだけぶっ飛んで強者と分かる女だ、兄貴のためにもその詳細を知っておく必要はあるだろう。
「見逃して欲しいってんなら相手になろうとかふざけたことを言ってねぇで見返りを寄越せ。つっても下世話なことじゃねぇからな、価値のある物を提供しろって意味だぞ」
「金銭はあまり持ち合わせがない」
「金で解決しようとは思ってねぇよ。何かしらの情報を寄越せ、何でギリスタが俺を襲ったのか、お前は誰なのか、こいつとどんな関係がある?」
「……」
おうおう、分かりやすく気まずそうな顔しちゃって。
思ったよりも真面目な騎士様らしいな、ギリスタの身内ってんで立つ瀬がないっぽいがここで緩めるつもりはねぇぞ!
「それには『私』が答えようか」
「あん? 誰……だ……おま……おま……ヒッ!?」
騎士様の方に気を取られていて傍に歩み寄って来ていた奴の存在に気づけなかった。
いや、他の連中の割り込みを警戒して探知魔法は起動していたが全く引っかからなかった。
新たに現れたのは昨日エクドイクの傍に居た男。
あ、あれ、本能様がめっちゃ蹴ってくる、痛い、痛いって!?
昨日出会った時と何かが違う、あの時より全然ヤバイ、ヤバ過ぎる。
なんか色々混ざっててその奥に途方もなくヤベェのが、ああもう言葉にできねぇ。
ちょっと、本能様、落ち着いてください、そんなにバクバクと心臓蹴らないで……あ、意識が。
「……人と顔を合わせて気を失われた経験は久しぶりだね」
「あるのか……」
なんか声が聞こえるけど、それを理解することもできず本能様によって俺は気を失わされた。