次に警戒するのは。
同胞にクアマの街の案内をしていた際にラーハイトの協力者と思わしき人物ジェスタッフ=ヘリオドーラを発見した。
気づいた切っ掛けは奇妙な魔力を感じたことだ。
集中することによりそれが探知魔法の類であることに気づけたが普段から気を張っていなければまず感知することのできない秘匿性に優れたものだった。
魔族化した影響なのかその辺の感覚が鋭くなったことが幸いしている。
そして同胞に探知魔法に掛かったことを告げると同胞がその探知魔法を使用したであろう人物とジェスタッフを視界に捉えた。
傍に居た護衛が臨戦態勢に移ろうとしていたのを確認したのと同時に同胞が道を引き返すと言い出した。
その後拠点へと戻り全員と合流、情報の共有を行った。
「しかしアレで良かったのか? 俺ならばあの両者を捕えることも十分に可能だったと思うが」
「護衛の奴の顔を見ただろ。あれはその場に残って戦う覚悟をしていた奴の顔だ、間違いなく混戦になる。ゼノッタ王にやり方は任されているがクアマ本国内の大通りで戦いを始めれば犠牲者も出るし色々と心象が悪くなる」
「それはそうだが……探知魔法を使用してきたのは恐らく俺とラーハイトの関係があったことを知っているからだろう。その上で警戒されたとなれば今後支障が出てくるのではないのか?」
「そりゃ出るだろうけどな。『紫』、クアマ本国の周囲に監視用の悪魔を配備しておいてくれ。逃げられなきゃどうとでもなる」
「それは構わないのだけれど、内部にも悪魔を配置すれば居場所も特定できるわよ?」
「『蒼』の一件から時間も経っていない、悪魔が見つかりでもすればすぐに悪い噂が広まりかねないからな。悪魔の内部展開は最後の手段に含めたい」
紫の魔王の配下である無数の悪魔は彼女の意志一つで自在に展開できる。
個の能力としては並の冒険者でも十分に打倒できる程度だがその数は驚異的としか言いようがない。
だが同胞はそこまでその力に頼るつもりはないらしい。
「デュヴレオリの変身した姿からもある程度の性格や人格は予想できたが直接ジェスタッフを見ることができたのは大きかった。ありゃゴクドウ系の人種だ、厄介な相手だ」
「ゴクドウ?」
「人道に反する悪知恵で富を手に入れる連中とかそんなんだ」
「賊のようなものか?」
「それよりかはもうちょいどっしりと拠点を構えているがな。可能ならチェニヤスとロービトの顔も拝んでおきたいところだ」
顔を見れば相手の傾向が分かるというのはなかなかに恐ろしい技術だ。
その効果もだが、それが身に着くまでにどれだけの人間を観察してきたのか。
「狡猾かどうかはさておき、ジェスタッフもその護衛も戦闘面に関しては恐らくは大した相手ではないな。護衛の方の探知魔法の特異性にだけ気を払えばここにいる者の大半が問題なく対処できるだろう」
「……エクドイク、一つ警告をしておく。あの時傍に居た護衛だが俺はアイツが今の所一番の懸念材料だと思っている」
「しかし――」
同胞の表情は先程と比べ真剣味を増している。
冗談で言っているのではない、同胞は本気であの男を警戒しているのだ。
俺が言葉に詰まっているとイリアスが挙手をしながら割り込んでくる。
「君が露骨に警戒するのは珍しいな、理由を聞いても良いか?」
「エクドイクが奴等に気づいたのはこちらに向けて探知魔法を使用していたからだ。探知魔法ってのは相手の魔力を感知する力だろ?」
「ああ、周囲にある魔力の量などを感知して居場所を特定することができる」
「なら護衛の男は真っ先にエクドイクの魔力を感知していたはずだ。目の前にいるのに使っていたということは恐らく魔力の大きさ以外にも何かしらの情報を読み取れたりしていたのかもしれないな。程度は知らないがエクドイクが魔族であることを掴めていた可能性もある」
「それは……確かに厄介だな」
俺の魔力は魔族化の影響で量だけではなく質も大きく変わっている。
従来の魔力探知でさえも魔力の質の違いについては勘付くことができるだろう。
俺が魔族であると判明されてしまえば相手の警戒心はさらに増すことになる。
「エクドイクが今考えているのは自分が魔族だと判明したら警戒心が強くなるとかそんなところを考えているんだろうが、そこじゃないぞ」
「……心を読まれているような気分だな。だが違うのか?」
「ああ。俺が護衛の男と視線を合わせた時、奴は俺を見ながら警戒心を高めていた。この意味が分かるか?」
「それは……」
同胞の保有する魔力はかなり少ない。
探知魔法を使用したところで反応しない確率の方が高い。
そして同胞の微弱な魔力を探知できたとして……。
「俺の異質さよりも同胞に何かしらの危険を感じていた……ということか?」
「そうだ。自慢じゃないが『俺』は探知魔法に引っかかる程の魔力は持っていない。かなり優れた精度で探知できたとしてもだからなんだって程度の実力だ。さらに隣にはエクドイクという明らかにイレギュラーな魔族もいた。その状態でエクドイクよりも俺を警戒したんだ」
単純な戦闘力だけを計るのであれば間違いなく俺が圧倒的に優れている。
だがあの男は俺と同胞を見比べ、同胞の方により大きな脅威を感じることができた。
つまりそれは俺が、俺達が良く知る同胞の強さを感じ取れたと言うことだ。
「同胞の強さは探知魔法で探れるものなのか?」
「探れるもんじゃないと思うがな。どちらかと言えば『俺』と同じ方法、顔つきや佇まい、感じる空気から『俺』がどういう人間なのか直感的に感じ取ったんだろう。少なくともここにいる連中の中で一度でも俺を侮った奴と比べりゃ遥かに危機察知能力に長けているってことだ」
イリアスとウルフェ以外の全員が見事に視線を逸らした。
俺も最初は同胞を見た時には隙だらけの有象無象としか認識していなかった。
その危険性を理解したのは身を以て同胞の策に嵌められた時だ。
それを初見で見抜き、魔族である俺以上に危険な相手だと認定できた男……なるほど同胞が危険だと判断する理由が理解できた。
「重々分かった、あの男には最大限の注意を払うとしよう」
「あの場にいたエクドイクの強さを肌で感じておきながらも戦う覚悟を決めていたってことは実力もそれなりにあるだろうからな。戦える『俺』くらいと思えばいいんじゃないか」
それは警戒せざるを得ないな。
こちらの手の内を見透かせる同胞の洞察力に戦闘能力が加われば並大抵の戦力差は覆すことができるだろう。
地力の高さでは俺の方が高いと判断できたが格上と思って挑むつもりで行くとしよう。
「ご友人、この後はどう動くつもりなので?」
「奴等の目的には見当が付いているんだが……証拠が出るか怪しいところなんだよな」
「ギルドの相談役なら名前は偽れないわよね? なら私の『籠絡』の力を使えば簡単じゃない?」
「残念だがそう簡単に済む話でもない。一人を捕らえて『籠絡』の力でその情報を公にしたとしてその手段をどう説明する? 世間に対し自白するよう命令したところで精神干渉の魔法で操られたと後から言い訳してきても不思議じゃない。相手はギルドの相談役、地位の高さを考慮すれば世間としては向こうを信用するだろうよ」
「確かに魔王の力で白状させましたじゃ誰も信用しないわよね? でも三人とも『籠絡』して問題を起こさせないように命令すれば?」
「黒幕がその三人ならそれで解決だ。だがラーハイトの協力者がその限りでなければその三人を切り捨てて別の駒で行動を行う可能性もある。そうなればいたちごっこだ」
ラーハイトは既にクアマ領土内の貴族にも干渉し指揮系統を乱そうとしていた。
そちらに関しては精神干渉の魔法を使用した痕跡があり未然に防ぐことにも成功したが今回の件では各々の協力者が自らの意志で行動しているように見受けられる。
相談役の三名を抑えただけで済む保証はどこにもない。
「私の力を使うにしても全体像の把握が先ってことね?」
「ああ、だが『紫』の力は最後の手段としては強力無比だ。相手が動くタイミングで使えば確実に足並みを乱せる。お前が味方でいてくれるだけで気が楽になるから助かる」
「あら、私の出番がないからって慰めてくれなくても良いのよ?」
「その意味なら本当に慰めるべきは『金』だろうがな」
「ふふ、そうね?」
「仲が良いところ申し訳ありませんが! ご友人が推測しているギルドの相談役達の目的とやらを聞かせてもらえないでしょうか!?」
ミクスの言葉を聞いてハッとする。
奴等の目的に関しては何一つ情報がないというのに同胞は見当が付いていると言っていた。
そしてそのことについて何一つ説明がされていない。
他の者達もそういえばそうだったと言わんばかりに同胞を見ている。
「奴等の目的か? ラーハイトがギルドの相談役に接触した理由、事を起こすであろうタイミングを考えれば割とすんなりと思いついたんだが……」
「ご友人、その説明不足なところは正直治していただきたいところですぞ!」
見事に全員一致で頷いている、俺も頷いておこう。
同胞は特に悪びれる様子もなく頭を掻く。
「確証を得るまでは自信をもって断言しない主義なんだ。断言して違っていたら恥ずかしいだろうに」
「何も見えないままご友人の手足となって動く身にもなってほしいですぞ!」
「悪い悪い。奴等の目的な、クーデターだよ」
「くーでたー?」
「緋の魔王の侵攻の際に各国の兵士はその対応に追われるだろ? その際に手薄になった本国をそれぞれの戦力で襲撃して国を乗っ取る。それが奴等の狙いだと思うぞ」
全員が唖然としている。
同胞の口から突拍子のない言葉が出てくることは珍しくもないがここまで大それた話ともなれば流石に言葉も詰まる。
「そ……そんな非常時にクアマを奪うつもりなのですか!?」
「クアマだけじゃない。立地を考えればガーネとメジス辺りも対象に入るだろう。ターイズには冒険者の展開が難しいから何とも言えないな。ギルドの相談役は元々が国を持っていた有力者、その誇りが強く残っていたからこそギルドが生まれた。ラーハイトはその辺を適当に刺激してやったんだろう」
「いやいや、魔王が攻めてくる時に内輪揉めしている場合ではないですぞ!? ギルドの相談役達とてそれくらいは理解して――」
「『緋の魔王の軍勢は確かに強力ですが各国の兵力を総動員すればどうにか抑えきれるでしょう』とか緋の魔王の内通者であるラーハイトが言えばどうだ?」
今の口調、一瞬同胞がラーハイトに見えた。
なるほど、奴ならそんなことを言って相手を誑かしてきても違和感はない。
人間達の魔王に対する嫌悪感は昔から変わらずともその脅威に対する恐怖は長い歴史において麻痺し始めている。
それこそ直接肌でその脅威を感じなければ事の重大さは掴めないだろう。
「だがそれでも彼等がラーハイトを信用するとは思えないが……」
「奴が行動を開始したのは俺達がガーネを訪れた頃だったよな。多分最初はこう説得したんだろうよ。『緋の魔王と蒼の魔王が侵攻を行おうとするが互いに領土を奪い合うために争うことになる。そこを各国で力を合わせれば十分に抑えられるだろう』ってな」
「確かにそれは……あり得るのかもしれないが……」
「最近じゃ『紫』達も説得に利用されていたんだろうな」
「あら私?」
「『紫』と『金』が中立を宣言したことによって緋の魔王と『蒼』への牽制となる。魔王の侵攻への脅威はさらに下がり国を転覆させる意欲はドドンってわけだ。実際に第三陣営の介入で『蒼』の侵攻は人的被害ほぼなしで防がれたしな。ついでに言えばそれらの情報はラーハイトの口だけではなくユグラ教を通して各地へ流れている。一部の者しか知り得ない情報だがギルドの相談役達なら何らかの手段で手に入れることは可能だろう」
信じ難い話だったはずがその信憑性が徐々に増していく。
ラーハイトが蒼の魔王の侵攻の際に即座に冒険者達を動かさなかった理由にも合点が行く。
クアマの軍勢は防壁での防衛線を行ってこそいたが乱戦までとは発展しなかった。
もしもあのタイミングで本国が襲われれば防壁の防衛を地方の貴族達の軍に預けて本国の鎮圧に向かうこともできただろう。
逆を言えば防壁が破壊され、蒼の魔王の軍勢と本格的な戦闘が始まり貴族達の統率が乱されていたのならば今頃クアマは……。
「対策は……あるのか?」
「今の所は思いついていない、奴等が行動を起こすのは緋の魔王が侵攻を始め各地で乱戦が始まってからだ。それまでは大人しくしているだろうからな」
「だが事が起きてからでは……」
「十中八九各国の主力が転進して戻ってくる頃には決着が付いているな。ある程度の兵力を残すという手段もあるが各国の代表は魔王の脅威を正しく理解しているからそれにも限りがある」
同胞は欠伸をしながら立ち上がる。
二進も三進もいかない状況だと言うのに随分と余裕が見られる。
「どこかに行くのか?」
「すぐに状況が動く感じでもないし、そもそも確証もまだだ。取り敢えず頭がしっかりと回るように寝るとするよ」
「確証を得たとして、この状況……打破できるのか?」
「所詮人の手によるものだ、手段を選ばなきゃ何とでもなるさ。できることなら無難な道を選びたいけどね」
そういって同胞は部屋を出て行った。
最後に見せた表情には僅かだがあの時の同胞の在り方が混ざっているように感じた。