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次に広がっていたのは。

 同胞は活動拠点として確保していた空き家に捕獲した三人の男達を連行し、それぞれを個室に分けて監禁を行った。

 リオドの冒険者でもあった男は正常な判断ができているように見えた、それは自分の意志でラーハイトに協力している者だという可能性を示唆している。

 なればこそここで得られる情報は非常に価値のある手掛かりになるだろうと思っていたのだが……。


「終わったわ? ダメね、偽名だったわ?」


 一つの部屋から出てきたのはターイズから連れてきた紫の魔王、そしてその護衛である大悪魔デュヴレオリだ。

 確実に情報を引き出すうえでデュヴレオリの『迷う腹』、そして紫の魔王の『籠絡』の力が役立つかもしれないと呼び出していたのだ。


「頭部に極小の魔封石が埋め込まれていて精神関与の魔法は打ち消される。私の『迷う腹』で取り込んでみたが精神干渉への抵抗がある以上すぐさま読み込むことは無理だな」

「ラーハイトも用心深いもんだ、一人二人くらい穴が空いてくれりゃ楽だったんだがな」

「役に立てなくてごめんなさいね?」

「気にするな、『紫』が以前クアマに潜伏していたことを暴いたのは『俺』だ。それを緋の魔王経由で知ったラーハイトが対策を練っていても不思議じゃない」


 脅しが通用する相手でもなく結果は芳しくないようだ。

 だが同胞は特に気にした様子もない。


「人間、時間は掛かるが私の『迷う腹』内部でならば死ぬ以上の拷問も行える。精神をギリギリまで追い込めば情報を吐くのではないか?」

「覚悟はあるとはいえ人間だしな、可能性はあると思うがどれくらいの時間が掛かる?」

「それなりの手練れだ、精神を壊さないように追い込むには数日は掛かるだろう」

「最悪の場合それでも良いけどな。ただ捕まえたての今が一番美味しいタイミングなんだよな。案内役が行方を消したともなれば奴さん達も鳴りを潜める可能性がある。取り敢えずは手早く聞き出せる方法から模索するとしよう」


 同胞は居間にある椅子に座り顎に手を当てながら考える仕草を見せる。

 それを見た紫の魔王は無言で隣に座り寄り添う。


「……集中が乱れるんだが」

「あら、嬉しいわね? でも呼び出しておいて放置するのは酷いわよ?」

「そういわれてもな、今のところ特に頼めることはないぞ?」

「だから何も言わずに傍に居させてもらっているのだけれど?」

「……それに文句を言うのは『俺』の我儘だな。そのままで構わない、このまま考える」

「ええ、ありがとう」


 この二人の距離も初期のころと比べれば随分と親しさを感じる。

 同胞は気を許し始めた程度だが紫の魔王は明らかに表情が柔らかい。

 ここまで変わるものなのか、いやそれは俺にも言えることだ。

 ふとデュヴレオリを見ると奴は少し離れた位置から静かに二人を見つめ続けている。

 率直な疑問が湧いてきたので傍に寄り、小声で尋ねてみる。


「デュヴレオリ、お前はあの二人をどのような思いで見ている?」

「どのような思い……か、さてな。主様はユグラに与えられた力に頼らずあの人間を籠絡してみせると言った。そのことにどの様な価値があるのか私には計り知れないが主様が望んでいることならば障害の入らぬよう見守るだけだ」

「同胞についてはどうなのだ?」

「私には主様程にあの人間の価値を見出すことができていない。だがあの人間はこの世界で唯一主様の心に安寧をもたらすことができる。そのことは認め評価すべきだと納得している」

「協力するような真似はしないのか」

「私は主様の力、主様がそう望むのであれば全てを捧げ応えるつもりだが主様はそれを望んでいない。私を別個の存在として扱い、自らを支える者として私を見ている。私はそれを受け入れなくてはならない」

「自主性がない……というわけではなさそうだな」

「無論だ。私は私の意志で主様の望む私で在り続ける。それが魔王に仕える魔物としての本分であり、そう私は望んでいる」


 俺は父ベグラギュドに人間を殺す道具として鍛え上げられた。

 その当時は父の言葉こそが全てだと思っていた。

 その関係は紫の魔王とデュヴレオリとも似ているのかもしれない。

 だが似ているのは外面だけ、当時の俺と今のデュヴレオリとでは心の強さが違う。

 デュヴレオリには自由になる力も、その機会も与えられている。

 それでも紫の魔王に仕える事を選んだ、その決意は今の俺でも……。

 魔物にもこのような人間らしさが生じることもある、やはり世の中には学ぶことが多い。


「つまらない質問をしたな」

「構わぬ、貴様が私の邪魔にならぬよう私の在り方を理解するのであれば無駄な会話だとは思わん」

「そうか。……ついでに聞くがこの光景について率直な意見を言うとすれば何と言う?」

「……実際の所、私が見つめ続けているのは迷惑なのではないだろうか」

「紫の魔王はさておき、同胞は気圧されていそうだしな」

「まさかとは思うが、私のせいであの二人の関係が進んでいないのではないか?」

「否定はできないが肯定する気もない」


 ユニーククラスの中でも群を抜いている化物に常時真顔で見つめられていては同胞も気が気でないだろう。

 尤も同胞の傍には更なる化物がいるのだ、慣れてはいるだろう。


「それはそうと蒼の魔王より伝言があった」

「蒼の魔王がお前に伝言を頼んだのか?」

「主様ではあの人間に意識が向いて伝言を忘れてしまうだろうと私に伝えてきたのだ」


 なるほど、確かにその通りになっているな。

 紫の魔王はもはや同胞しか見ていない。

 性格を考慮しても律儀なデュヴレオリに頼むのが一番効果的だと判断したのだろう。


「それで伝言とは何だ?」

「なるべく早く魔族化の様子を再確認したいとのことだ。体が慣れないうちは都度魔力を与えておく必要があるらしい」

「そうか、だが現状問題はない。この一件が終わってからでも大丈夫だろう」

「その様だな、以前よりも魔力の質が変わっているのが分かる」

「蒼の魔王も律儀なものだ、裏切らないことを証明するために魔族になった者の面倒を率先して見ようとするとはな」

「貴様は蒼の魔王に隷属する立場となった、それを正しく教え込みたいのかもしれんな」

「なるほど、一理ある」


 確かに俺は蒼の魔王の配下となったという自覚をもう少し明確に持つべきだろう。

 しかし誰かに仕えるといった経験がない以上、なかなかに実感が湧かない。

 父ベグラギュドとの関係は支配に近く、同胞とは共同戦線のようなものだ。

 だが主従関係というのもデュヴレオリを見る限りでは悪くないと思えてくる。

 これほどまでに明確な意思を持てるのは今の俺にとって大きな成長となるだろう。


「伝言は以上だ」

「了解した。ターイズに戻ることがあればなるべく早く蒼の魔王の元に向かうとしよう」

「何というか『蒼』が可哀そうになる会話だな」


 こちらの話が終わろうとしたところに同胞が近づいてきた。

 どうやら何かしらの案を思いついたようだ。


「策は思いついたのか?」

「ああ。デュヴレオリ、少しお前の力を借りたい」

「私のか? 可能な範囲ならば協力するが主様と一定以上離れることはできんぞ」

「大丈夫だ、この家の範囲内で動いてもらうからな」

「同胞、蒼の魔王が可哀そうとはどういうことだ?」

「いやなに、デュヴレオリに伝言を頼んだ理由を考えるとな」

「先ほどの話の通り立場を再認識させるためではないのか?」

「んなもん強制命令でも使えば一発だろ、理由なら会いに行けば分かる。ゆっくり考えておけ」


 会えば分かる……か。

 同胞が言うのならばそうなのだろうな。

 含みを持たせられるのはあまり良い気分ではないがこれは俺が解決する問題でもある、努力するとしよう。


 ◇


 個室の扉を開き中にいる男の様子を確認する。

 こいつはリオドのギルドメンバー、登録名はハッサ。

 デュヴレオリの多少の脅しにも屈しないあたりなかなかにタフなメンタルをお持ちなようで。

 こちらが部屋に入って来るのを見たハッサは怯まず強がらず、冷静にこちらを見据えている。

 それなりにラーハイトに鍛えこまれでもしたのだろう、間者としては申し分ない。


「いようハッサ、調子はどうだ?」


 喋れないように猿ぐつわを咥えさせているので返事はないがまるで脅威を感じないこちらに対して侮りを見せる気配はない。

 エクドイクに合図を送り猿ぐつわを外させる。

 口内のチェックも済んでいるので喋らせる分には問題ない。

 舌を噛み切ったところで治療が間に合うのが異世界ならではの恐ろしいところ。


「……悪いが俺にも立場があるんだ、口を割ることはできない。あまり酷い拷問をしてこない分には礼を言わせてもらうがな」

「そうなるとさっき会わせた怖い奴に好き放題されることになるんだがな」

「その時は心が壊れるまで付き合うさ」


 無言に徹さない分、こちらとしては舵を取りやすい相手ではあるが仲間意識はかなり強いようだ。

 純粋にラーハイトやその周囲にいる相手を恐れているだけかもしれないが……あまり気にする必要はないな。

 ハッサへの理解行動は軽くだけ行っている。

 ラーハイトくらいに様々なアクションをしてくれているのならばそこから性格や行動のクセを理解することができる。

 しかしハッサへの理解行動を全力で行うにはハッサの行動の情報が少なすぎる。

 だが最低限の特徴は掴んだ、酒場での一件での反応を見ればそれは明確だ。


「お前等の背後にいるお偉いさんの名前を一つでも吐いてくれりゃ、穏便に終わらせられるんだがな。まあせっかくだから『俺』達の雇い主でも紹介しておくよ」

「へえ、そいつはありがたい。冥土の土産にしかならねぇとは思うがないよりはマシだな」


 まあこういう言い方をすれば少なからずは食いつくだろう、それが目的ではあるんだがな。

 扉の方へと向かいノブに手を置き振り返る。

 そしてハッサの顔を見ながら扉をゆっくりと開いた。


「――ッ!?」


 扉から姿を見せたのは一人の老いた亜人男性。

 衣服がそれなりに整っているがそれよりも目立つのはその厳格な雰囲気。

 目つきの悪さで言えばどこかのマフィアファミリーのボスかよって感じだ。

 そしてその男性の姿を見たハッサの顔の表情がこれまでにない程に動揺している。

 残りの二人にも近いことをしようと思ったのだがこの驚き方は間違いない。

 せっかくなので言葉の反応で念押しの確認を行うとしよう。


「やっぱ動揺するよな、()()()()()()だとな?」

「――ッ、偽物か!?」

「気づくのが早いな。でもその反応が口よりも雄弁に語ってくれたな。デュヴレオリ、もう良いぞ」


 こちらの言葉を聞いた老いた亜人は気持ちの悪い膨張と縮小を繰り返し執事服のデュヴレオリへと姿を戻した。

 これはデュヴレオリの持つ『迷う腹』と『空目する背中』の組み合わせだ。

 まずはクアマの人物に詳しいミクスをデュヴレオリの『迷う腹』に取り込む。

 そしてミクスの記憶にある容疑者の姿を読み込んでもらい空間内でその像を生成する。

 最後にその像を相手に『空目する背中』を使用し、見事容疑者の姿へと変貌してみせたのだ。

 なお軽く精神干渉を受けることになったミクスだが、珍しい経験ができたと喜んでいたので特に気にしないものとする。


「同胞、確かにこいつはデュヴレオリを見て驚愕の表情を浮かべたがリオドのメンバーなら知っていても不思議ではない相手だぞ?」

「それなら問題ない。ハッサの反応は明らかに『敵対する筈のない者を見た』反応だった。クアマで暗躍し緋の魔王の侵攻に便乗するのならば敵対するのが普通の相手をな」

「……」


 ハッサは一切の反応を見せないように切り替えたようだ、だがもう遅い。

 こいつはリオドサイドの黒幕の一人の見当を『俺』に付けさせる致命的なミスを犯してしまった。


「ラーハイトが実際に接触し工作を行っていた人物の一人が判明したな。正直規模のでかさに嫌になるな」

「そうだな……まさかあの男がラーハイトと繋がっているとは」


 湯倉成也は勇者として魔王を倒した後に一部の有力者に土地の管理を任せた。

 そして生まれたのがターイズやメジスといった国々だ。

 管理を任されなかった有力者達は国に忠誠を誓い貴族となったりもした。

 その中で権力を維持しようとした有力者が創設したのがギルドだ。

 リオド、モルガナ、シュナイトのそれぞれが創設者の名を元にしたものだ。

 当初はその創設者の一族がギルドの権力を握っていたのだが時代の流れによりギルドの最高責任者はその時に最も有能な者が選定されることとなった。

 それでも創立者の一族はギルドの相談役、またはスポンサーのような形でギルドを支える立場を誇示している。

 デュヴレオリが変身したのもその一族の一人だ。


「ジェスタッフ=ヘリオドーラ。リオドを創設した亜人の一族の末裔でありリオドの相談役だな」

「ギルドの重鎮がラーハイトと手を組み混乱を引き起こそうとしているとはな。急いで身柄を確保しに行くか?」

「いや、先に他の二人にも同じことをやりたい。今な、すっげー嫌な展開が脳裏に浮かんだ」

「……どういうことだ?」


 捕らえた残りの二名はそれぞれモルガナとシュナイトに所属している。

 デュヴレオリに変身による動揺作戦を実行したところ……まさかの両方ビンゴ。

 一人に至っては『どうして貴方が!?』とまで口を滑らせてくれた。

 嫌な予感は見事的中、遠くを見つめながらどうしたもんかと頭を悩ませる。


「モルガナの相談役チェニヤス=モルガナイズ。シュナイトの相談役ロービト=ゴシュナイト。こいつらもラーハイトと共謀しているな」


 この世界の三大ギルドと呼ばれるギルド全ての重役が揃いも揃って人類にとっての敵対行動を取る気ときた。

 思っていた以上にこの問題は深そうだ。


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