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次に見えるのは。

 いやはや、今後起きそうなトラブルを未然に防げたのは大きかった。

 ラクラの名を出した際に反応を見せた女性、マセッタさん。

 最初はユグラ教の同門として反応を見せたようだったが明らかに探りを入れる距離感を示していた。

 事前情報からの推測及び誘導によりラクラとの問題があった相手と判明し、冷静に諭すことに成功。

 最初は敵意が感じられたから容赦なく排除しようとも思ったがマセッタさんの分析をしているうちに彼女という人間が善寄りであることが掴めた。

 あの手の人間は誠実で努力も怠らないが視線が自分基準になりやすい。

 対話さえできれば問題も起きず付き合いやすい人物なのだがラクラとの相性が悪かった。

 もう少しばかり熱血友情の要素があればラクラともうまくやれたのだろうがそこまで他人に求めるのはお門違いである。

 ラクラへのヘイトを下げて彼女自身にも前を向いて貰う、十分に良い結果だと言えるだろう。


「詐欺師の手口を目の前で見せられたような気分だな」

「失礼な奴だな?」


 だと言うのに誰かさんを犯罪者の様に見てくるイリアスさん。

 ウルフェはウルフェで何かを納得したような顔をしている。


「初めて会った見ず知らずの相手によくあれだけの言葉を投げられるものだ」

「ユグラ教の司祭でラクラの知り合い、その上での接触してきた意味理由、あとは直接会話しての揺らぎ方、秘密主義者でもなければそういった情報から大体の人となりは理解できる。それを本心から言ったからこそマセッタさんの心に響いただけだ」

「私なら胡散臭いと思うだろうがな」

「お前ならな。だがユグラ教の人達は嘘を見抜ける。だからこそ人の言葉を真っ直ぐ受け止めやすい。小細工を考えるよりも大袈裟なくらいに本心をぶつけた方がコミュニケーションの成立を図れるんだ」


 そういった意味では宗教家の大袈裟な講演等は効果が絶大だろう、本心からの言葉ならな。

 湯倉成也はその辺も考慮してこういった技術をユグラ教に与えたのだろうか。

 第一次世界大戦時代からこの世界に来たとすると第二次世界大戦時に大衆を扇動したヒトラーの手法等は知らない筈だ。

 日本では大日本帝国憲法が主軸となる時代だ、そのころにも扇動家はいたのだろうか?

 まあ純粋に人生から学んだ教訓なだけかもしれないのだが、深く考えるのは止めておこう。


「そんなものか、私としては君の意外な一面を見れたから良い勉強になったと思っている」

「意外て、ターイズでもずっとこんなんだったぞ?」

「そうだったのか?」

「お前を非難していた騎士や貴族にどんな顔で接触してたと思ってやがる」

「そういえばそんなことをしていたな。だが騎士や貴族は聖職者に比べ言葉が通じ難いと思うのだが」

「騎士や貴族には誇りがあるからな。その辺を上手く弄れば未熟な連中は幾らでも恥や屈辱を与えられるさ」


 実際に大半の連中は語るまでもなく余裕でした。

 トラウマになるような思いはさせてない、そう思う。

 イリアスもターイズにいるわけですしなるべくは穏便にね。


「……具体的な内容を聞くのが怖くなってくる話だな」

「代わりにお前を非難することを止めてくれたんだ、聞かないでやれ」


 もっとも騎士団長クラスともなれば言葉巧みなだけではその信念に干渉するのは難しい。

 レアノー卿とかちょろそうに思えても肝心なところは相当だからな。

 騎士団長着任後の部下の死者数がゼロと言うのは伊達ではない。

 部下のためなら無様だろうが恥となろうが行動できるヤバい系上司、イリアスがもしもラグドー隊ではなくレアノー隊に所属していればきっと人生は大きく変わっていただろう。

 まあラグドー隊以上に実力の付く場所はなかっただろうから一長一短ではある。


「マセッタさんみたいなタイプの人は努力した分だけしっかりと功績を積めるからな。前を向かせ歩かせてやった方が皆のためになることには間違いない」

「えらく彼女を評価しているのだな?」

「さっきの言葉は本心からだって言っただろ? 才能のバランスも良く、努力も惜しまない。一部を除けば社交性があるし向上心もあれば反省することもできる。ほとんど手の掛からない優等生でありながら燃えるところは燃えられる、視野が狭いことを除けば普通に好感を持てる人だ」

「そういわれれば確かに魅力的に感じられるな」

「最終的にはラクラより遥か上の役職に就けるだろうよ、それこそ未来に大司教の椅子に座っていてもおかしくない」


 そんな人物がラクラに拘り人生を無駄にするなど勿体無い、さっさと大成してください。


「ししょー、さっきの人はラクラより魅力的なのですか?」

「社会的に接する上で女性として魅力を感じられるのはマセッタさんだな。ラクラはラクラで家庭において面倒を見る上で父性本能的なニュアンスを感じさせられる魅力がある」

「うう……言い得て妙ですね」

「ウルフェこそ難しい言葉を使うようになったもんだ」


 ウルフェの思案顔もなかなかに知性を感じるようになってきている。

 もう少し良い顔ができると良いのだが……いや、そういう目で見るのはまだ止めておこう。


「ししょー、ウルフェは?」

「文句をつけるのが贅沢、それでも言うならもう少し我を出してくれて良いぞ」

「努力します! ……ええと、食後のおやつが欲しいです!」

「良い進歩だ、だがラクラの様にはならないようにな」

「ラクラなら何と言いますか?」

「今の要求に酒と酌を要求してくる」

「おおー!」

「いや、流石にそこまではしないだろう……」


 その後おやつを購入、お土産にラクラ達の分も購入するが『お酒も一緒に飲みませんか? 尚書様の注いでくださるお酒は美味しいですから是非検討を』という発言にイリアスは真顔になり、ウルフェは『おおー!』と喜んでいた。

 当然酒は却下した。


 ◇


 蒼の魔王による防壁への侵攻、その情報は各地に流れているがその結果の詳細はほぼ不明。

 得た情報によれば何者かが蒼の魔王と交渉し和睦を結んだ。

 クアマの国王はその内容を受け入れるつもりはなかったが強硬策に出ようとし蒼の魔王の怒りを買い防壁を破壊された。

 国土を戦場にすることを余儀なくされることでその和睦を認めなければならない立場へと追い込まれたのだ。

 現在防壁の修復を行っているが土魔法による再生だけでは以前に比べ強度が何割も落ちるだろうとの見解らしい。

 そして同時に姿を消したラーハイトさん、どうやら今はクアマ城の牢獄に捕らえられている……のだが。


「あの人だもんなぁ……」


 ラーハイトさんにとって肉体とは取り換えの利く消耗品でしかない。

 自らの魂を他者に乗り移らせる秘術、その分野においてラーハイトさんの右に出る者はいない。

 魂の移動は強力な反面、非常に危険な事態を引き起こす諸刃の剣となる。

 生者に乗り移る場合、無防備な魂に直接他者の魂が干渉してくるのだ。

 体を捨てて乗り移るのだから魔力で防御することもできない、その影響を考えるだけでぞっとする。

 さらには肉体との相性もあり相性が悪いと肉体が壊死するのは序の口で最悪魂にまで悪影響が及ぶ。

 実用するならば対象の魂を無力化するといった多大な量の作業が必須となる……筈なのだが。

 ラーハイトさんはそのいくつかの工程を完全に無視して乗り移りを繰り返している。

 それ故に自在に肉体を入れ替えて様々な場所で活動を行える。

 あの人ほど暗躍する才能に長けた人はいない、こんな大国のど真ん中で堂々と工作を進められるのだから敵に回さなくて良かったと常々思う。

 そのラーハイトさんを捕えたって人物は一体どんな奴なのか、当面は細心の注意を払う必要があるだろう。

 なんにせよラーハイトさんは捕らえられた程度ならさっさと肉体を捨てて逃げ出す可能性が高いのだ、担当である酒場の奥でダラダラとしているフリを続け接触を待つだけだ。

 ……ん、あれか?

 リオドの冒険者に話しかけている初老の一般人……あの身なりは商人か?

 聴覚強化の魔法を使用、これで酒場内の言葉は全て聞き取れる。

 ただ毎度ながら雑音が非常にうるさい、意識した会話を拾う訓練をした意味があったとしみじみと思う。


「腕の立つ冒険者の方とお見受けします、ご相談があるのですが」

「何だ?」

「その前に貴方のギルドを確認させてもらっても?」

「……リオドだ、依頼があるならギルドを通しな」

「そのつもりではありますが先にギルドメンバーの方に依頼の相場などを確認したいと思いまして。もちろん協力していただけましたら貴方を指名して依頼を行うことも考慮させていただきます」

「それを受けるかは内容次第だがな。まあいいぜ、どういった依頼の相場を知りてぇんだ?」


 ……符丁は合致、やはり脱獄に成功していたのかラーハイトさん。

 色々聞きたいこともある、早く合流しなきゃな。

 あの冒険者と話している内に飯は全部食うとして、酒は……名残惜しいけど自粛しよう。

 食事を急いで済ませ、先に酒場を出る。

 酒場の入り口を監視できる路地裏へと移動し後はラーハイトさんが出てくるのを待つだけだ。


「動くな」

「――ッ!?」


 背後に何者かがいる、明らかに俺に声を掛けた。

 どうする? 武器を構えている様子はない、人混みに飛び込めば逃げ切れるか?

 ……迷うな、走れ!

 駆け出すと同時に袖に隠していた魔封石を後方へ放る、これで魔法による追撃はできない。

 物理的な攻撃に出るのならばその気配を感じ取り回避に専念する。

 初撃だけならばなんとかなる、筈。

 後方にいた者、声からして男だろうがその男はこちらが駆け出すのを見ても動く気配がない。

 振り返り顔を確認すべきか? いや、逃げることを優先――


「ゲフォッ!?」


 前面に強い衝撃を受ける。

 壁に全力疾走してぶつかったような、いやまさしくその痛みだ。

 これは結界魔法!? 魔封石を使ったのにどうやって……って違う、一人じゃない。

 正面にユグラ教の服を着た女がいる、こいつが結界魔法で壁を作ったのだろう。

 愚痴を溢している場合じゃない、このままでは捕まってしまう。

 魔力強化で脚力を強化、多少の結界なら飛び越えればいい。


「逃がすわけがないだろう」

「んなっ!?」


 跳躍したのと同時に足が物凄い力で引っ張られ、地面へと叩きつけられる。

 足に何かが巻き付いて……これは鎖ってこいつは……。


「エクドイク……!?」

「俺を知っているか。ラーハイトの駒なら不思議ではないな」


 ヤバイ、こいつは確か悪名こそ広まっていないがあのギリスタやパーシュロと同格だと聞いている。

 俺の実力じゃ……覚悟を決めるしか――


「自害はダメですぞ?」


 あれ、全身に力が入らない……力が抜けて……。

 あ、なんかナイフが刺さってる……どうしよう。

 こんなときラーハイトさんなら……見捨てられそうだよなぁ……。


 ◇


「捕獲成功だ。全て予定通りだったな」

「おう、お疲れさん」


 酒場を出てエクドイク達と合流する。

 ミクスの毒ナイフで気絶させられ転がっているこいつが新たな手掛かり第一号だ。

 ラーハイトが冒険者を利用し混乱を起こす気だとしても周囲の耳がある状況でペラペラ話をする筈もない。

 ならば何故ラーハイトは多くの人物に目が付くような冒険者への接触を行ったのか。

 それはラーハイトの立場で考えれば簡単な話だ。

 普段ラーハイトは特注の子供の肉体を使っているようだが子供の姿で暗躍するには悪目立ちが過ぎるため人間の生活圏では様々な体に乗り移り行動を行っている。

 足取りを追うことが難しいのは当然なのだがそれは何も敵だけはなくラーハイトの味方も当人の区別ができない。

 なのでラーハイト自身を見つけてもらうための所作、冒険者への特定の会話を行っているのだ。

 冒険者が訪れる人気の多い場所、酒場や広場に複数の協力者を配備しその会話を符丁として『ラーハイトはここにいる』と合図を送っていたのだ。

 さらに言えばラーハイトは相手の所属ギルドに応じて符丁を変えている。

 同じ相談をしているという調査報告であったが、それはあくまでギルド内で同じ内容だったと言うことだ。

 リオドを調べていたエクドイク達の資料には『依頼内容の相場を尋ねる』とあったがモルガナを調べていたミクス達の資料には『依頼内容に対する適正のランクを尋ねる』と些細な違いがあった。

 全てが完全に同じならば『そういった傾向が見られる』という思案から抜け出すのは難しい。

 しかしそれぞれのギルドに応じて相談内容が固定されていればそれが符丁だと気づくことは容易、その辺は手抜きを感じざるを得ない。

 まあ互いのギルドが情報を開示し合う関係でないのならば気づかれる恐れはほぼないのだからあまり粗を探すのは止めておこう。

 実際エクドイクとミクスも情報交換をしなければ気づけなかったのだし。

 気づいたのならばあとは簡単だ、こちらで用意した一般人風の人材に演技指導をして符丁を行わせてしまえばいい。

 姿を変えているラーハイトを目視できる位置取りをしていて符丁を聞いた瞬間に反応を示した奴がいたならそいつがビンゴだ。

 その後に接触する場合、露骨に尾行をしていては怪しまれ待ち過ぎれば見失うことになる。

 ならば先にその場を離れ入り口を見張るだろうと当たりをつけ、エクドイク達に張らせておいた。

 後は『俺』が確認した男の特徴をエクドイクの鎖を通して伝えればご覧の結果だ。


「ラクラとエクドイクはこのままこの男を運んでくれ。ミクスはイリアスとウルフェに見張らせている男達を捕獲するから手伝ってくれ」


 符丁をギルドごとに分けていた意味は偶然を防ぐためだけではない。

 リオドに用がある時はリオドの冒険者への符丁を行い、モルガナに用がある時はモルガナの冒険者への符丁を行う。

 リオドの冒険者への符丁で反応し行動したこの男はリオドのギルドメンバーであり、リオドサイドの案内役ということになる。

 一人の人物が全てのギルドメンバーの所属を記憶している可能性もあるがそれぞれのテリトリーがあることを考えればそれぞれのギルドに案内役がいると思った方が良いだろう。

 なので『俺』はこの男以外にも反応を見せる人物がいないか酒場で見張っていた。

 すると別に二人ほど様子を窺おうとしていた人物がいたのでイリアスとウルフェにそれぞれ見張らせている。

 自分の担当でないと分かった時点で男二人は酒場に残って待機を続けている。

 できれば一気に捕らえたい。


「さて、どうしたものかね」


 足掛かりを得ることには成功したが同時に面倒な展開になるのも目に見えている。

 こんな面倒な手段を取っているラーハイトは協力者と落ち合う場所を毎回変更していることになる。

 毎回落ち合う場所を変更すると言うことはそれだけ場所を確保できることの裏返しである。

 怪しまれないよう場所をいくつも確保できる相手。

 それもギルドごとにです、全体像どれだけでかいんですかね?


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