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次に行く前に簡単なクイズ。

「お兄さん、おはようございます」

「にーちゃんおはようなのだ!」

「……お、おう。おはよう」


 イリアスと共に『犬の骨』にて朝飯でもと思い、欠伸をしつつ家の扉を開くとそこにはルコとノラがいた。


「どうした……ってルコとノラじゃないか。二人ともどうして……」

「ラッツェル卿もおはようございます。昨日はずっと寝ていたので凄く早く目が覚めてしまいまして……。まだお兄さんがターイズにいるうちにお話ししておこうかなと」

「ノラは朝一でルコ様の所に謝りに行ったのだ。そしたらにーちゃんの所に行くと言ったからついてきたのだ」


 マリトがフォローを入れたにしても次の日に早速ってどんなメンタルだ。

 ルコはいつも通りに振舞っているが心の傷が癒えるのはそう早いものではない。

 無理をしているのは分かるがここまで来られて帰って寝てろとは言い辛い。


「話を聞くのは構わないが……ノラ、口の中はもう大丈夫か?」

「少し後味が残っている気がするのだ、でも大丈夫なのだ」

「よし、なら朝飯を食いながら話そうか」


 二人を連れ開店前の『犬の骨』へと足を運ぶ。

 ゴッズに軽く挨拶をすませ朝食を用意してもらった。


「やっぱりここのご飯は美味しいのだ!」

「そういやミクスが連れて行ったことがあると言っていたな。美味しく食えるならまあ大丈夫か」

「昨日は何も食べていなかったからお腹すいているのだ!」

「んじゃ気持ちばかり追加を頼むか?」

「よろしくなのだ!」


 こちらも舌の感覚が微妙に麻痺しているが味がまるで分からないというほどではない。

 まあ今は味を楽しめない方が話に専念できるからと前向きに思うことにしよう。

 ゴッズの料理はまた今度しっかり味わうからそれで勘弁な。

 ルコの方は……食事に集中している様子はない、本題を話そうとして緊張しているのだろうか。


「ルコ、言いたいことがあれば気兼ねすることなく言ってくれ」

「……はい。魔法研究の件なのですが……このまま続けさせていただけないでしょうか?」


 やはりそっちを選択するか、理由はノラだろう。

 ノラは今後も魔法研究を続ける意思を見せていた。

 ルコはノラがターイズにいる間、最後まで面倒を見るつもりなのだ。

 自分の命を護るためではなくノラのために。


「マリトから『俺』の素性は聞かされているな?」

「……はい、今朝マリト様とお会いしてその時に」


 ルコの距離感がややずれている、これは『俺』の知らない範囲で情報を聞かされた者に起こるパターンだ。

 ルコならば起きてすぐにマリトの所に顔を見せるくらいはするだろう。

 まだ『俺』がターイズにいるうちにと言う言葉からも大抵のことは聞かされていると判断できる。


「二人の安全のためにとルコやノラには極力情報を伏せて行動してきた。だが結局はそれが裏目に出て今回の一件が起きてしまった。そのことについての非は全部『俺』達にある、すまなかった」


 立ち上がって二人に深々と頭を下げる。

 マリトの分もついでに……いやあいつならもう下げているかもしれないが。

 席に座り話を進めるとしよう。


「それでその……」

「昨日マリトとも同じ話をした。ルコにはこれ以上危険な立場にいるべきではないと意見が一致している。『俺』もマリトも今は別件でお前達を見守り続ける余裕がない。だからと言って安易に放置するわけにもいかない。同じ過ちは繰り返したくないと思っている」

「それは……そうですが……」

「『俺』にできるのは最低限の安全を守る手段を用意することしかできない。それだけでマリトを説得するのは骨が折れるだろう、やれるか?」

「……ええと、それは……」

「『俺』は本気でやりたいと思っている奴を止める言葉を持たない主義だ。その本気はマリトを説得することで示してくれればいい」

「――はい!」


 マリトを説得できるだけの本気を示せるのなら『俺』なんかがまともに説き伏せてもルコは諦めないだろう。

 そんな相手を止める言葉は心を折る真似に等しい、ルコに対してそんな真似ができる筈もない。

 と言うわけでマリトに任せることにします。


「ルコ様、続けられるのだ?」

「まだマリトって奴がいるからな、期待半分だろう」

「実はその……マリト様も同じようなことを仰っておられまして」

「……なんだと?」

「お兄さんに認めてもらえるようなら許可を出そうと……」


 あの野郎、先にこちらに丸投げしていやがった。

 今頃マリトは城でほくそ笑んでいる頃か、その姿が容易に想像できる。


「陛下に一本取られたな」

「ちょっと待て、今説得する言葉を考える」

「止める言葉を持たないのではなかったのか?」

「そうですよ、二言はありませんよね!?」

「ぬぬぬ……仕方ない」


 ルコもわざと詳細を話さずに持ちかけたな。

 負い目を感じていたとはいえ警戒を怠っていた、してやられた……ぎゃふん。

 だがこうなった以上用意する安全策にも力を入れる必要があるな。


「わーいなのだ!」

「だがルコ、お前はもう一日ゆっくり休むように」

「私ならもう大丈夫です!」

「歩き方、食事の仕方、声の抑揚、視線の逸らし方、それぞれを普段の様子と比較すると要所に心労が感じられる。自分の身を大事にしないようなら卑怯な真似をしてでも止めるぞ」

「さらりと怖い分析の仕方なのだ」

「ひ、卑怯な真似ですか……例えば?」

「迫真の演技を以てお前が倒れたとマリトに報告する。三日三晩は傍でお前を診ることになるぞ」

「卑怯にも程がありますよ!?」

「それに今日は安全策の手配もあるから即座に研究再開ってのは無理だ。だから大人しく休め。寝ていろと言うわけじゃない、趣味や娯楽に手を出して気分を一度切り替えておけ。リフレッシュすることもお前の仕事だ」

「あはは……わかりました、それでは甘えさせてもらいます」


 ノラはまだ良いがルコの方はこまめにメンタルカウンセリングの真似事でもやっておくべきか、当面の間はいつも以上に観察を意識するとしよう。

 その後、ノラ達の研究は事情を知りより魔法に詳しい者を新たに加えることとなった。

 具体的に言うと森で暇をしている『蒼』と『紫』だ。

 二人とも自分の得意な魔法は偏っているが知識は間違いなく一級品、大きな助けとなるだろう。

 それに魔王に守ってもらう以上の安全はそうそうないだろう。

 ノラとルコは無色の魔王よりも先に『金』と接触していたことで魔王に対する恐怖のイメージはそこまではなく、あくまで無色の魔王個人への恐怖として割り切れているようだ。

 その点では『金』の馴れ馴れしさに感謝すべきなのだろう、心の隅でのみ感謝。

 ただ頻繁に怒鳴る『蒼』や常に不愛想なデュヴレオリが傍にいる『紫』と仲良くなれるかどうかはまた別の話だとは思いますがね。

 当然『金』も加わると言いだし、それに対し『暇があればガーネの方を見ろよ』と返したところ仲間外れは嫌だとゴネた。

 だがマリトがピンポイントで許可を出さないファインプレーを行い『金』の要求は見事に却下された。

 まあ結局『なら遊びで行くだけじゃ!』と顔を出すことになったことには変わりませんでしたっと。


 ◇


 冒険者に接触した人物がいると言う情報において鍵となるのは冒険者、又は接触者だと思っていた。

 しかし、一歩離れてみれば別の人物が存在する。

 そう、それを目撃した情報提供者だ。

 誰もが同じ目撃情報を流す、これには何かしらの作為を感じられる……と思ったのだが。


「意気揚々と出かけた割には不発だったわねぇー? 情報提供者を疑ってたら何の手掛かりも出てこないわよぉー?」

「うるさい」


 ギリスタが情報を得た人物を調べたが特に異常はなかった。

 大抵の者が酒場や通りでそれを目撃しただけに過ぎなかった。

 一人の冒険者への接触を複数で目撃された事例もあり、意図的に偽の情報を流していると言ったこともなかった。


「でもエクドイクさんのその発想は大事だと思います!」

「慰めてくれるな……」


 何かを掴めたような気がしたのだが……まだまだ俺には経験が足りないと言うことか。

 先に食事を済ませておいて良かった、この敗北感に空腹が重なればより惨めな思いをしていたことだろう。


「お、エクドイク殿」


 俺の名を呼ぶ声に振り返るとそこにはラクラとミクスがいた。

 二人とも露店で購入したであろう軽食を口にしながら道を歩いていたようだ。


「ミクス達か……首尾はどうだ?」

「これがさっぱりでして。ギリスタ殿のリストにあったモルガナの冒険者に話を聞いてみたのですがどれも同じ話ばかりですな。洗脳等を受けた様子も見られませぬ」

「こちらと同じような感じか……」

「ミクス達はどうやって冒険者から情報を聞き出したのですか?」

「ゼノッタ王に『モルガナに所属する冒険者の傾向調査』という依頼を名指しで依頼させてもらったのです。後はラクラ殿と一緒にリストに書かれていた冒険者をモルガナ名義で呼び出し質疑応答を行いました」

「なるほど、モルガナは規律が厳しいからな。本部からの招集は余程のことがない限り拒否できない点を利用したか」


 とは言え、ゼノッタ王名義の依頼ともなれば冒険者がラーハイトの協力者であった場合にそれ相応の対策を用意する猶予を与えることになる。

 いや、嘘を見抜けるラクラやミクス程の知恵者ならば生半可な相手では対策もあったものではないだろう。


「猶予はまだあるとは言え、こうも不作続きですと辛いものがありますな」

「ああ……一度同胞に相談すべきだろうか」

「ご友人は明日にはこちらに着くと連絡が来ておりますぞ」

「ししょーが戻って来るんですね!」

「クアマの方は任せてくだされと見送った手前、格好がつきませんな」

「朗報ですけど、時間切れって感じもしますねぇ。尚書様がいない間に何とか糸口でも掴めれば良かったのですが……」

「……そうですね」


 全員が重い溜息をつく、無理もない。

 これが戦闘ならばここにいる全員が同胞に足りない力を十分に補うことができるだろう。

 だが今回は調査、同胞と同じ立ち位置での共同作業ということになる。

 共に行動するものとして、何もかも全てを同胞頼りにしてしまうのはあまり望ましくない。

 同胞は『なるべく詳細をまとめておいてくれ』と言っていた。

 明日クアマに戻ってくるのならば残りの時間は調べたことをまとめておくべきだろう。

 しかしあまりにも情報が少ない、ウルフェに任せて俺は少しでも足を使って調査をすべきか?

 いや、そうしたい気持ちはウルフェ達も同じ、確信もなく抜け駆けはすべきではないだろう。


「同胞が戻って来るのならば切り替えるとしよう。似たり寄ったりの情報だとしても同胞に見せる資料作りに専念し明日に備えよう」

「そうですな。夜中まで駆け回って疲弊していてはご友人が指針を出された後に支障がでますからな!」


 今はまだ同胞の敵の腹の底を見抜く力に頼ることにしよう。

 だがいつの日か俺も同胞と同じように見えぬ敵の意図すらも掴めるように……なれるのだろうか。


 ◇


 ルコ達と当面の研究内容の相談も終わり、シュナイトのメンバーとしてターイズで行える作業も一通り済んだ。

 そんなわけで再びクトウで飛行しクアマ本国の城門傍に着陸。

 厚着していた服装を元に戻す。


「ふぃー、寒かった。だがもう少し準備を整えれば単独での飛行もいけそうだな」

「アルジサマ、カゼヒカナイヨーニネー!」

「仮に飛べるようになったとしても控えてもらえると私の心労がなくなるのだがな。君の体であの寒さは服だけでどうにかするには酷過ぎるだろう」


 イリアスも同様にラグドー隊支給のコートを脱ぐ。

 本来ならば防寒の魔法を使えば済む話なのだが色々と試行錯誤をしてみたいと説明したら『なら私も防寒魔法なしで飛行してみるとしよう』と合わせてくれたのである。

 二人でプルプルしながらの飛行はなかなかに辛いものがありました。

 なお雪山の遭難者のシーンでよく見る体を寄せ合うといった行動はしていない。

 イリアスの鎧の表面温度は氷点下、素肌で接触しようものなら間違いなくくっついて悲惨な目に遭う。

 飛行高度を下げれば気温問題もある程度解決するのだが悪魔が空を飛んでいるのを人間に見られようものなら勘違いされること間違いなしだ。

 着陸するにしても周囲に人がいないか確認する望遠の魔法を使える者がいなければ目撃されるリスクは高いだろう。


「風を直接浴びないようにクトウに全面装甲を用意してもらったがそれでも冷えるものは冷えるからな。空気を全部遮断すれば多少はマシになるが酸欠で死にかねん」


 クトウが魔法を扱えれば手っ取り早いのだがクトウに可能なのは形態変化、影としての溶け込み、そして一般動物にできる動作だ。

 質量保存の法則があるせいで大荷物は持てないがかさばる物はクトウの腹に隠して運べるのはなかなかの利点だ。

 形態変化はまあ……力学は専攻していなかったからな、当面の間は試行錯誤だ。

 ミクス達が取っている宿に着くとエクドイクチームの方も既に揃っていた。


「旦那さんも行ったり来たりで忙しいわねぇ、移動が速いのも考えものだわぁー」

「便利になればなるほど仕事量は増えるからな」


 それはこの世界の文明の水準を上げる際に気を付けなければならないことの一つだ。

 過度な発展は仕事をする人達にも多大な影響を及ぼすことになる。

 一人当たりの仕事が増えることもだが失業者が生まれるのは避けたい。

 早速エクドイクとミクスからリオドとモルガナでの活動報告をまとめた資料を流し読みする。


「すまない同胞、ギルドに加入するまでは問題なかったのだが……有益な情報を掴むことができなかった」

「気にするな、『俺』なんかギルドに入るのに一苦労してたくらいだ」

「ご友人もギルドに加入したのですか! やはりモルガナで!?」

「シュナイトだ」

「おう……シュナイトですか……」

「シュナイトにもラーハイトの手は伸びているらしいからな。だからクアマでの行動も基本的にはイリアスと行動することになる」


 自慢げに頷くイリアス、そこまでエクドイクに対抗せずとも。


「私は表向きリオドから出禁を受けているから旦那さんとも行動できるわよぉー?」

「お前の悪名がシュナイトに広まっていないなら一緒に行動したいところではあるな」

「うーん、多分無理ねぇ?」


 でしょうね、むしろクアマ本国に普通に滞在しているだけでも驚きだ。

 さて資料を読みつつーの、パラパラ……ふむふむ。


「なんだ、十分有益な情報を集めているじゃないか」

「なんと!? リストに書いてあった冒険者達から話を聞いたくらいしか情報がなかったと思っていたのですが」


 あのミクスが驚く顔を見せるということは……ははぁ、なるほどな。


「お前等ちゃんと情報共有していなかったな?」

「一応昨日話をしたにはしたが……どう言うことだ?」

「互いの資料を読み比べてみろ、気づける筈だぞ」


 そういってエクドイクにはミクスの資料を、ミクスにはエクドイクの資料を渡す。

 二人ともそれをまじまじと読む。


「……あ、そういうことですか! これは――」

「待てミクス、俺も自分で気づきたい。……これは微妙に違うのか? いやだが……」

「ウルフェも読んで良いですか?」

「ああ、だが気づいても口に出すのは待ってくれ」


 ギリスタは聞き込みで冒険者に接触を行った人物がいることを聞きつけた。

 接触を受けた冒険者はそれなりの数がおり、ギリスタはそれをリストにした。

 そのリストを元にエクドイク達はリオドの冒険者、ミクス達はモルガナの冒険者を調査した。

 接触者に関しては不特定多数のように見られたがその振る舞いからして全てラーハイトが乗り移った可能性が高いと判断している。

 調査結果は互いに同じで接触を受けた冒険者達は皆同じ内容の相談を持ち掛けられていたと結論づけられた。

 だがそれぞれの資料を見ることでその違いにすぐ気づくことができた。

 ミクスに至ってはその違いの意味、ラーハイトの使用していた手口まで即座に勘付いたようだ。

 エクドイクが自力で気づくのも時間の問題だ、今の内に策を練っておくとしよう。


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