次に雑用を所望する。
「ギルドカードへの魔力付与もこれで終わりですね。これから正式なカードの登録を行いますのでもうしばらくお待ちください」
決闘に勝利した後、ラクラ殿は晴れてランク2の冒険者として認められギルドカードの発行を行うこととなりました。
この辺の事務作業はそれなりに時間が掛かりますがそれも醍醐味と言ったところですな。
「ふあ……」
普通の冒険者ならばランク2への昇進が決まった際にはそれなりに喜びを感じワクワクとこの時間を楽しめるものなのですが……ラクラ殿は欠伸をしつつ眠たそうな顔。
「いやあ、お見事でしたラクラ殿。対人技能はあまり得意そうでないと思ったのですが杞憂でしたな」
「得意とは思っていませんよ? やっぱり人間相手だと命を奪わないように気を付けたりでいつもの様にサクっとできませんし」
「サクっと終わらせていたように見えたのですが……」
「そんなことはありませんよ! あの方が左右に動いてしまったら頭からズバーッでしたから切断の瞬間まで気を抜けませんでした」
うわぁ、一瞬その光景を思い浮かべてしまいましたぞ。
マセッタ殿は結界を過信して動かなかっただけ相性が良かったと見るべきでしょうか。
いえ、生半可な移動を行っていれば命がないだけで結果は変わらないとは思いますが。
「そういえばマセッタ殿の結界が機能していないように見えたのですが、あれはどういった絡繰りなので?」
「絡繰りとかはないですよ。結界の上から切断しただけです。結界魔法は一定以上の衝撃、または破壊を受けると消えちゃいますから」
「結界ごとということですか……」
ユグラ教の聖職者である方々が扱う結界魔法の強度は岩を切断する攻撃をも防ぐ鉄壁の護り、そう容易く破られるものではありません。
紫の魔王との戦いでは何度か破られていましたが常軌を逸する身体能力、密度の高い魔力強化があってこそ。
物理的に密度の薄くなる魔法攻撃だけで破壊するというのはなかなかに信じがたいことですな。
「話では結界魔法の応用だと聞きましたがどの様なものなので?」
「ええと、普通の結界は体の周りに張り巡らせるのですが切断の場合は囲む必要がないので平面状に発動させている感じでしょうか。あとは薄く、速く発動させて切れ味を良くしています。さっきの決闘でも3回切断目的で使用しましたね」
極薄の結界を高速で展開し、その勢いで切断するということですな。
「同じ結界魔法でもここまで差があるとは……マセッタ殿の練度が低かったのでしょうか」
「でもあの方はとても魔法に精通していましたよ? 結界に魔力を浸透させ外で攻撃用の魔法を複数合成とかしていましたし」
「確かに、アレが機能していれば攻めよし守りよしの強力な立ち回りですからな。それを突破するラクラ殿に弱点はあるのかどうか」
「弱点なら沢山ありますよ。例えば私は複数の魔法を同時に構築できません」
「なんと、それは意外」
異なる魔法を同時に構築するにはそれなりの練度が必要。
利便性は増しますが戦闘で使用するともなると難易度が跳ね上がるので戦闘技能を磨く方はどこかで折り合いを付け肉体を鍛えたり魔力強化の方へと流れたりします。
ターイズの騎士達は平均して2つ、ラッツェル卿は3つまで可能でしたかな。
魔法に特化した方には10もの魔法を同時に構築する凄まじい方もいますが実戦での強さは微妙と言ったところでしょうか。
「ミクスちゃんはいくつまで同時に構成できます?」
「私ですか、実戦で使える範囲ですと5つくらいでしょうか。同時構築に専念すれば7つは行けると思いますが」
「うわぁ、凄いですね! 私は常に1つです……実戦でなければ辛うじて2つはできそうな感じで……」
ラクラ殿は複数行動が苦手、ですが戦闘においてはその限りではないと思いましたが……いやしかしそれでもですぞ。
「ですが結界を展開しながら拡張したり同時に3回切断を行ったりしておりましたが、その辺は?」
「結界の拡張は結界魔法の構築への調整ですから1つの魔法を再構築する作業で済みます。切断の方はとにかく速く3回発動しただけです」
「んん、全く同時に見えたのですがそれぞれ別個に発動していたので?」
「はい、発動さえ済めば次の魔法に移れますから。最初の切断が開始される間に3回目の魔法を発動していました」
「うへぇ……」
その話が本当だとするとラクラ殿は1秒以内に3度魔法を発動したことになるのですが……。
私も魔法の構築速度はそれなりだと自負しておりましたが、ここまで差があるとは。
それだけの構築速度ならば同時に複数の構築ができないといった問題はほとんど弱点とは言えませんな。
「様々な魔法を頑張って覚えましたけど未だに同時構築はできないんですよ、しくしく」
「そうですか……。そうだ、それ以外にも細かな知略も見えておりましたな」
「知略ですか?」
「最初の会話の際に旧知の間柄であるマセッタ殿を覚えていないと挑発していたではないですか。ただ勝負が終わった後に欠伸をするのは少々やり過ぎだと思いましたが」
「ええと、それは本当に覚えていなくて……。欠伸も本当に眠かったので……」
「なんと、同期で同じ場で切磋琢磨した関係ではなかったのですか」
「あはは……、ウッカ様の下で修業を始めてからは誰も私と話してくださらなかったのですよ」
「……たったの一度もですか?」
「んーそうですね、顔を合わせても貰えませんでしたから。最初の日から失敗ばかりして皆さんから失望されちゃったのが原因だとは思うのですが。あ、でも思い出しました。確かあの方私が司祭になった時に決闘を申し込んできた方です、あの日も失敗続きで怒られてばかりですっかり忘れていました。後で謝らないといけませんね、はぁ……」
そんな環境でよくこんな穏やかな性格に……いえ、ですが納得できる点も見えました。
ラクラ殿の実力をウッカ大司教は知っておりました。
しかしそれを評価している者が他に誰もいなかったのは不思議だと思っていたのです。
マセッタ殿も一度でもラクラ殿の鍛錬を目撃していればその実力の片鱗を見れたでしょうに。
「ですがそれだけの実力、実戦に回ってからは同じ場所で戦った方々からは意識してもらえたのでは?」
「それが一度一緒に戦った後は指示を出してくださる時以外は一言も口を聞いてもらえず……」
新米だと思っていたラクラ殿の実力を間近で見てその実力差に心が折れたと言ったところでしょうか、もう少しその方々には強い心を持って欲しかった。
「眠かったと言うのは……前日はしっかり睡眠を取られておりましたが……」
「単発的に魔法を使うのは問題ないのですけど、実戦で魔法を使う時には過度に集中する癖がついていて……気を抜くと一気に眠気が来るんですよ。休憩を挟まなければ数時間の連続戦闘も可能なのですが……」
「切り替えがとことん苦手なのですな」
しかしそうなるとマセッタ殿へのあの態度は誤解を招いたことになりますな。
きっと過去に接触した方々にも同様に多くの誤解を与えているのでしょう。
洞察力は優れているのですからその辺をきちんと説明していればもう少しまともな……。
違う、ラクラ殿にはそれができない。
ひたすらに不器用で、あらゆることに余裕を持てない。
自分を嫌っている相手を振り向かせ、誤解を解くだけの余裕すらないのでしょう。
仲良くしている私でさえこうして本人から詳しく事情を聞かねば気づけないことを見向きもしない方々がどうして知ることができるでしょうか。
他者に蔑ろにされても自分にできる鍛錬に打ち込み続けることしかできず、誰にも理解されず孤独に。
私は兄様に負けまいと自分を磨き続けた、ですがラクラ殿は誰を見ることもできず……。
背筋に冷たい汗が流れる。
他への意識を捨て自分と向き合う、そんな達人が晩年で達するような境地でラクラ殿は魔法を磨き続けていた。
強い筈です、自分の才能と成長を一つに注ぎ込んでいるのですから。
「あの、ミクスちゃん?」
「……すみません、少し考え事をしておりました」
気づいてしまうとラクラ殿への見方も随分と変わってしまいます。
ラクラ殿のものぐさな性格も多くの事に関心を持てない不器用さから来ているのではないでしょうか。
もちろんそれを堂々と口にするのは世間体によろしくないのですが……。
なるほど、それでご友人はラクラ殿を適度に甘やかして……凄い方です。
「考え事ですか?」
「些細な事ですぞ、やはりラクラ殿は天才ですな!」
「天才……そんなことはありませんよ。私は不器用なだけです。本当に天才なのはエクドイクさんのような方ですよ」
「エクドイク殿ですか、確かにラクラ殿と違って非常に器用な方ですが……ラクラ殿はエクドイク殿に完勝したのでは?」
「それはエクドイクさんが才能の無駄遣い的な戦い方をしていたからですよ」
むむむ、エクドイク殿の戦いは何度か目にしておりますがそんな無駄を感じたことは一度もないのですが。
「ラクラ殿、その辺詳しく聞かせてもらっても?」
「うーん、ウルフェちゃんがエクドイクさんだけさん付けしているのは知っていますよね?」
「それはもちろん。ですがそれはウルフェちゃんの才能に目を掛け、色々と面倒をみているからでは?」
「それだけでしたらイリアスさんやミクスちゃん、ターイズの騎士様達も同じですよ。ウルフェちゃんは敬意を示しているのですよ。自分が得意とする分野でも遥か先にいるエクドイクさんに」
「むむぅ、いまいちピンと来ませんな」
「ええと、さっきの魔法を同時に構築する話をしましたよね。エクドイクさんがいくつ同時に魔法を構築できるか知っていますか?」
エクドイク殿に直接聞いたことはありませんが……結構な数をこなせるのは分かりますな。
空を飛ぶのも鎖で翼を編み込み、空白に薄い膜を作り、鎖の比重を空気よりも軽くして……。
「結構な数だとは思いますな」
「あの人、殺意を込めて鎖を使う時には鎖に夥しい数の呪いや毒を全て魔法で付与しているんですよ。その上で自在に操っています」
そういえばそんな攻撃だとご友人が言っておりましたな。
呪いや毒が通じる相手と戦闘する機会がなかったので印象はほとんどありませんでしたが。
……んん!?
「夥しい数の呪いや毒を全部魔法で?」
「はい、全部同時に構築しています。確認しただけで30は超えていました」
「……よくご無事で」
「鎖が触れないと全部無駄になりますからね。無駄遣いもいいところです」
◇
「同時に構築できる魔法の数か? キリが良い所で50までは数えたことがあるがそれ以上数えたことはない」
「はぁ!?」
「エクドイクさんは凄いです!」
宿を借りウルフェの魔法の構築の修行を見ていた際にギリスタが質問をしたと思えば妙な叫び声を上げた。
間延びした声で話すギリスタがこれほど驚くことなのだろうか。
「精度や練度に拘らなければ数をこなすのはそう難しくはない。実戦では殺傷力を最大限に高めるために10から20前後、本気で殺すと決めた相手には念入りに30前後は呪いや毒を構築する程度だ」
「エクドイク、貴方って魔法専門じゃないわよねぇー?」
「無論だ、体術や肉体強化も学んでいるし鎖以外の武器も一通り扱える」
相手の攻撃を完全に回避し続けることは難しい、被弾時のダメージを軽減する方法は当然習得している。
尤も大悪魔クラスの相手ともなれば鎖にも強化を施し防御に回さねば容易く致命傷を受けることになる。
不用意に間合いを詰めるような武器は論外、そういった意味も含め自在に操れる鎖を武器としている。
「一応聞くけど苦手なものってあるのぉ?」
「戦闘手段で苦手とするものはないが素手での戦闘は極力行いたくないな。魔力強化が足りなければ攻撃した自分が傷つく上にこちらが攻撃する時には相手の射程内であることが常だからな」
ウルフェやイリアスの戦闘を見ているとよくも相手の間合いで行動しようと思えるものだと常々思っている。
相手の得意な間合いでは回避に専念、リズムを崩した後に的確に攻める。
やはりこの戦い方が一番しっくりくる。
「魔法専門の熟練者でも10いければ凄い方なのよぉ?」
「それはそれぞれの魔法を洗練させているからだろう。構築し組み込むだけならばさらに数を増やせる筈だ」
「ウルフェはできません……」
「ウルフェは魔力の出力が高過ぎるからな。お前の場合は複数構築するより一つずつの規模や質を上げた方が実戦で役立つだろう。だが複数構築の方法を取得しておくのは幅広い戦い方を得ることに繋がる、鍛錬をしておいて損はない」
「はい、頑張ります!」
「ラクラって子はよくもまあ貴方を倒せたわねぇー」
「ラクラは天才だからな」
そう、俺は魔法を主体に戦っているがラクラには魔法戦で勝てる方法が思いつかない。
それ程に差があるのだ。
「……貴方以上の天才って実感が湧かないわねぇー」
「ラクラよりもエクドイクさんの方が魔法構築の才能があると思います」
「ウルフェ、ラクラの才能は魔法の構築力や魔力の保有量といったものではない」
「ではどういう才能なのですか?」
「ラクラの強さは一つの事に注ぎ込める集中力の高さだ。魔法を構築し発動するには集中力がいるのは言うまでもないがラクラの集中力は常に最高水準の魔法を最高効率、最高速度で生み出せる」
「……?」
ウルフェはあまり理解できていないようだ、魔法主体の戦闘を行ったことがないのだから仕方ないだろう。
「少し難しかったか、ではウルフェの立場で説明しよう。お前は魔力強化を行って攻撃を行う時、自分でも会心のできだと思える攻撃はどれ程出せる?」
「ええと、10回に1回です」
「まあそのくらいだろう、どんなに鍛え上げた者でも常に最高の一撃を繰り出すことは難しい。それに近い攻撃ならば鍛錬で発生率を上げられるだろうがその鍛錬でさらに水準は上がってしまうからな。ラクラの場合、常に最高水準でのみ魔法を発動できる」
「……ラクラ凄い!」
「でもエクドイクぅ、常に安定した水準ならそれって加減をしているんじゃないのぉー?」
「俺も最初はそう考えていた、だがラクラは不器用でな。加減をさせてみたところ魔法の質がまるで安定していなかった」
「……最高水準の方が出しやすいってどれだけ極端なのよぉ」
そう、ラクラは極端な才能の持ち主だ。
俺の様に様々な事を同時に行うことはできなくても一つひとつの魔法で競えば全て俺に勝ち目がない。
俺がどれだけ多くの魔法を駆使してもラクラは一つの魔法でそれらを凌駕できる。
「俺が同時に10の魔法を構築したところでラクラはその間に10度魔法を構築できる。さらに言えばその質は全てがラクラにとって会心のできだ。鍛錬で磨き上げたことには違いないが才能なしでその境地に辿り着けるわけではない」
「それだけの子が前まで悪評しかなかったなんて信じられないわねぇ?」
少なくとも後見人であったウッカ大司教はラクラの才能に気づいていたがそれでも周囲に認知してもらえない程にラクラは特異な存在だったのだろう。
だがその才能を今まで活かせていなかったことを悔やむよりも今はその機会が存分にあることを喜ぶべきだ。
少なくともラクラは幸運だ、アイツを理解できる者がすぐ傍にいるのだから。
……それは俺にも言えたことなのだろうがな。
「それは同胞のおかげだろうな、それをラクラも十分に承知しているだろう」
「ししょーが一番凄いですね!」
「そうだな、個の才能は無くとも他者の才能を活かせる同胞は紛れもなく個を凌駕している。今頃同胞はターイズで着々と事を進めている筈だ、俺達も負けないように頑張らなければな」
「はい!」
「暑苦しいチームねぇー」
◇
騎士達の影響力が強いターイズには冒険者はほとんどいない。
悪評の高いリオドは近寄れず、モルガナも外部での依頼を受けることに専念している。
窓口の広いシュナイトだけがターイズに施設を構えている。
そんなわけで私は今ターイズにあるシュナイトのギルドへと足を運んでいる。
彼はシュナイトに加入し、情報収集を行うことを選んだのだ。
既にモルガナとリオドは本部のあるクアマで他の皆が活動している。
そのことに異存はない、しかしだ。
「そこをなんとか……」
「ですが戦闘能力皆無を自負されている方に冒険者は務まらないと思うのですが」
「いや、戦闘能力はないよ? だけどほら、やる気はあるからさ! 雑用だって嫌な顔しないよ!」
「雑用でも冒険者には危険が付きまといますし」
「大丈夫、常に護衛がいるから! 凄い強いから!」
「常に護衛のいる冒険者なんて聞いたことがないですよ」
ご覧の様に必死に受付相手に交渉をしているのを見ると悲しい気持ちになってくる。
まさか最も受け口の広いシュナイトで門前払いを受けそうになるとは予想していなかった。
陛下から推薦状を用意してもらおうと提案したのだが『いや、後ろ盾があると目立ち過ぎる。自分の立場だけで行きたい』と格好つけられ今に至る。
そもそも護衛って私のことだよな?
自分の立場とは一体……。
「本当っ、いろいろ頑張りますんで!」
「商人になられた方が良いのではないでしょうか」
私もそう思う。