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次に行う準備を。

 クアマ本国にある冒険者ギルド『リオド』の本部の扉を開く。

 僅かに鼻に付く血の臭い、この場所を利用している冒険者達の残り香だろう。

 同胞と別れ俺はウルフェを連れリオドの情報を仕入れることになった。

 リオドのギルドメンバーとして内情を探る為にはまずウルフェをリオドに加入させる必要がある。

 ユグラが魔王を倒した後、各地で行われていた戦争はその勢いを失った。

 魔王の侵攻を迎え撃っているうちに仲間意識ができたという綺麗ごとではない、魔王すら倒す勇者が現れた状態で戦争を起こせばその勇者が介入する可能性を誰もが危惧したからだ。

 さらに言えばユグラは魔王との戦いを終わらせた後各地の有力者にそれぞれの土地の管理を任せた。

 限られた者だけに隣接する魔界の対処の手ほどきを与え、他の有力者では魔界の対処を存分に行えないようにしたのだ。

 こうして他の有力者は我欲を捨てきれず僻地に移るか、国を任された王へと忠誠を誓い貴族へと名前を変えていった。

 だが国の統治内でも権力欲を残した者はいた。

 国にはできない方法で各地の実力者を集め新たな勢力として活動を行い始めた。

 それが冒険者ギルド、最初に現れたのが格式高いモルガナだ。

 モルガナの創立者は人間、魔王との争いが終わったばかりの時代ではまだ亜人への嫌悪感は払拭しきれていなかった。

 それ故にモルガナに所属する冒険者の大半が人間となるのは自然の流れであった。

 モルガナの脅威に対抗しようとして生まれたのがリオド、亜人が創立したとされるこのギルドだ。

 今では亜人への抵抗感はほとんどない、だがそれでも残るものは残ってしまうのだ。

 モルガナで亜人の活躍できる機会は非常に少ない、ウルフェの実力ならばモルガナへの推薦も十分に可能だろうがモルガナに登録している亜人は少ない以上好ましくない形で目立つ可能性がある。

 それらの理由もあり、ウルフェはリオドに登録する流れとなったのだが……ラクラと一緒に行動する心労を考えればそんな背景はオマケ程度のものだ。

 その後隔てなく冒険者を囲おうとしたのがシュナイト。

 受け入れ口が広いと言うのは新人の冒険者にとっては嬉しい条件、見る見るうちに勢力を伸ばしていった。

 モルガナとリオドはシュナイトに対抗するために冒険者の質を厳選し、それぞれの方向性を持つようになった。

 モルガナは各国に信用を得られるように、リオドは表向きには行えないような依頼を秘密裏に行えるようにとなり今の印象が固定されている。

 中に入ると周囲にいた冒険者達の視線がこちらに注がれる。

 依頼主ではなく同業者だと分かると視線を背ける者、こちらの値踏みをしている者と様々だが少なくとも友好的な視線は感じられない。

 気にせずに受付へと進み座っている男に話しかける。


「リオドへの加入申請を行わせたい、この者だ」

「白い亜人か、物珍しいな。しかも幼い、見世物にした方が金になるんじゃないのか?」

「そう思えるのならお前の目は三流だな」

「ふん、なら力を見せてもらおうか」


 受け付けの男は体を傾け、周囲にいる冒険者達に向かって叫ぶ。


「おい! 新入りの試験を行う、小銭が欲しい奴は名乗り出ろ!」


 リオドへの加入条件、それは腕が立つかどうかだ。

 知能や魔法の技術での試験も存在するが基本としては戦闘力が重視される。

 ウルフェの装備から腕に自信があると判断した男は戦闘力の試験を選んだようだ。

 同胞を加入させるときは先に一言言っておく必要があるな。

 程なくして一人の男が受付へと歩いてくる、顔に多くの傷をつけた男で周囲への威圧感をばら撒いている。

 戦闘力を試す試験、その内容はリオドの冒険者との模擬戦闘。

 実力不足の者はここで手痛い洗礼を浴び、時には二度と冒険者として活動できなくなる事となる。


「俺がやろう、酒代ついでに楽しめるってんなら受けねぇ手はねぇからな」


 周囲の冒険者達はにやにやと口を歪めその様子を眺めている。

 ……どいつもこいつも三流だな、ウルフェが魔力を抑えているとはいえその実力を見抜けない連中では試験になるかどうか。


「ちょっと待て」

「ああん? 今更止めますってのは通じねぇぞ?」

「それはどうでもいい。ウルフェ、良いか? 今からお前の実力を見せるわけだが殺すのはなしだ。ついでに言えば再起不能にしてしまうのも極力避けてやれ」

「はいっ!」


 これで良い、ウルフェは普段から相当な実力者達との鍛錬を行っている。

 同じ気持ちで戦闘を行われては不要な殺生を行わせてしまうことになる、それは避けるようにと同胞に念を押されている。


「俺への挑発のつもりか? くだらねぇな、さっさと始めんぞ」


 男とウルフェは中央に移動し、それぞれが構える。

 男の武器は鋼鉄製の棍棒、長年愛用しているのだろうか先端が黒く変色している。

 武器の手入れを怠っているとは情けない。


「いつでも良いぜ、ここに来るにゃ十年早いってことを――」


 勝負あり、手加減として拳ではなく素手で男の顔を掴み、そのまま地面に叩きつけていたが床を破壊し男の上半身は見事に地面に埋まってしまった。

 痙攣しているところを見るに死んではいないようだ、良かった。

 行動を開始して即座に人を殺めさせていては同胞に何と言われていたことか、久々に肝が冷えた。

 ここの床が木製であったことを喜ぶ日が来るとは思わなかった。

 周囲の冒険者達は唖然とした顔で口を開いている、今の動きが見えたのは一人か二人程度だろう。


「おい、誰かそいつを治療してやれ。治療費ならそいつの酒代から貰えるだろう」


 ウルフェは納得のいかない顔でこちらに戻って来た。


「どうしたウルフェ、そいつの心配ならいらないぞ。生きているようだしな」

「えと、これだとウルフェの実力見せられていない……」

「……それだけ見せれば十分だ」


 受付へと戻り無言で登録料を支払う。

 受付の男は我に返ったように首を振り、登録料の金額を確認し始めた。


「驚いたな、何者だその亜人」

「お前等にも分かりやすく説明するならグラドナの弟子だ」

「『拳聖』の……あのパーシュロと同じってわけか。先に言えよ」

「言っても信用したか?」

「……どうだろうな」


 登録料を数え終えた男は二枚の金属製の板、ノミ、金槌を取り出す。


「名前は?」

「ウルフェです!」

「苗字はなしか?」

「ええと……」

「それで良い」


 リオドを選んだ理由の一つにフルネームでの登録をする必要がないというのもある。

 他者に恨まれるような依頼を受ける裏の住人にとってこの意味は大きい。

 逆にモルガナでは推薦状がない場合、親族への確認を行うなどの手間が発生する。

 ウルフェの境遇を考えればややこしい手続きになるのは明白だろう。

 受け付けの男は手慣れた作業で重ねてある二枚の金属板の上にウルフェの名前を彫り込んでいく。

 そして最後に台の上に置かれていた機材に金属板を設置し、その蓋を閉める。


「そこの水晶に手を当てて魔力を込めな」

「はい!」

「待て、少量で良いからな。イリアスみたいな真似はするなよ」

「だ、大丈夫です!」


 深呼吸をした後、水晶に手を置き魔力を注ぎ込む。

 そしてしばらくして受付の男が制止する。


「もう良いだろう、手を放しな」


 ウルフェが手を放すと受付の男は機材から先ほどの金属板を取り出し、一枚をウルフェに渡す。

 これがリオドのギルドメンバーであることを証明するギルドカードだ。

 本人の魔力を控えにも帯びさせることで登録した場所限定ではあるが本人であることの確認も行える。


「これがお前のギルドカードだ、紛失したら追加の手数料が掛かるから無くすんじゃねぇぞ」

「はいっ!」


 無事に登録が完了した、これでようやく調査を開始できる。


「ちょっと待ちな」


 声を掛けてきたのは周辺にいた冒険者、一人だけではなく複数人いる。

 こうなるか、さてどうしたものか。


「随分と期待できそうな新人が入ったじゃねぇか。腕っ節も悪くねぇ、なあ俺と組まねぇか?」

「いや、こんな息のくせぇ奴は止めとけ。俺ならお前の力を活かせる場を与えてやるぜ?」


 ギルド本部に居座る冒険者達の目的はいくつかあるが基本的には二つだ。

 一つは優良な依頼主が来た時に手早く依頼を勝ち取るため、もう一つは仲間を増やすためだ。

 危険の多い仕事では人手の確保も難しい、そこで熟練の冒険者は手ごろな仲間をギルドで探している。

 仲間とは言うが実際には手駒だろう、使い勝手の良い人材が欲しいわけだ。

 ウルフェが拒否しても簡単には諦めないだろう、ここは俺が散らすべきか。


「あらぁ、エクドイクじゃないのぉー?」


 間延びした声、そして木製の床が軋む程の足音。

 視線を向けるとそこには巨大な大剣を背中に背負ったギリスタの姿があった。


「げぇ、ギリスタッ!?」

「なによぉ、人の顔を見て嫌がるなんて失礼ねぇー?」


 冒険者達が即座にギリスタから距離を取る。

 リオドには戦闘狂であるギリスタの名を知らない者はほとんどいない、難癖をつけられればその場で殺し合いとなるのだから当然だろう。


「ウルフェのギルド登録に来ていた」

「あらぁ、ウルフェちゃんリオドなんかに入ったのぉー? でも私と一緒ってのは何だか嬉しいわねぇー」

「ギ、ギリスタの知り合いじゃあしょうがねぇな……」


 危険人物の関係者を仲間にする程命知らずな奴はいなかったようだ、周囲にいた冒険者達はすごすごと離れていった。

 ある意味では最も穏便に済んだと感謝すべきだろう。

 ただしギリスタの知り合いと知れ渡ってしまった以上今後の情報収集に多大な支障は出るかもしれないのだが。

 元々別の場所で落ち合う予定だったのだが目的地が一緒だったとなれば話は早い。

 ギリスタは受付で依頼報酬を受け取り、外で待っていた俺達と合流した。


「同胞の依頼を受けておきながら別の依頼も受けていたのか」

「別に良いじゃないのぉ、旦那さんの依頼の報酬は大きいけれどその日その日の酒代も欲しいのよぉー」

「旦那さんか、また妙な言い回しだな」

「大手の依頼主だものぉ? それなりには敬意を払うわよぉー」

「ギリスタって有名だったんですね」

「悪い意味でな」


 ギリスタは魔物討伐の依頼の最中に気分が高揚し周囲の冒険者迄巻き込み死傷させた過去がありメジスへの入国を拒否されている。

 手配書まで発行されている女でついでに言えばギルドからも出禁の処理を受けている。

 ただリオドにおける出禁とは『日の出ている内に顔を出すな』という意味だ、なのでこうして夜にのみ顔を出している。


「あらぁ、エクドイクったら自分は有名じゃないからって僻みかしらぁー?」

「エクドイクさんは有名じゃないんですか?」

「俺はギリスタやパーシュロの様に問題は起こしていないからな、食い扶持を稼ぐためにギルドに入ったのに活動範囲を狭めてどうする」


 とは言え一部には俺の実力は知られており、そこをラーハイトに目をつけられたわけだがな。


「では頑張って一緒に良い意味で有名になりましょう!」

「そこまで有名になる必要があるのか?」

「ラクラに負けたままですよ?」

「そうだったな、頑張るぞウルフェ」

「はいっ!」


 すっかり忘れていた、ラクラの知名度は既にクアマにも知れ渡っているのだ。

 ガーネ魔界で大量発生した魔物の駆除、ターイズに現れた大量の悪魔の駆除、大悪魔ベグラギュド、フォークドゥレクラ、ザシュペンフォッセ、バラグウェリン、テネスアスパリグンの討伐。

 実際にはザシュペンフォッセとバラグウェリンはウルフェが、テネスアスパリグンはイリアスが仕留めたのだが共に戦った事には違いないと情報が流れている。

 魔物の大軍を打倒し、ユニーククラスの魔物を五体も倒した実績は既に『拳聖』グラドナの域に近づいているのではとすら噂されている、半分は俺が流したのだが。

 自らの首を絞めるとはこのことか、だがだからこそ超える価値があると前向きに考えるとしよう。


 ◇


「ユニーククラスの魔物五体討伐、ガーネ、ターイズ国王からの魔物討伐依頼完遂の褒章、さらには両国、そしてユグラ教法王であるエウパロ法王……ゼ、ゼノッタ王の推薦状まで!? どの書類も本物……しょ、少々お待ち下さい! 私では手に余りますので!」


 ラクラ殿と一緒に行動するに当たり、モルガナへの加入を行わせようと本部へと足を運ぶことになったのですが……これはやり過ぎた気がしますな。

 ご友人がクアマに向かう際、行動方針の一つとしてラクラ殿をギルドに加入させ行動しやすいようにと各国の代表に推薦状を用意させていたのです。

 依頼を受けた際にゼノッタ王にも用意させておりましたが……冷静に考えれば一つあれば良かったのではないでしょうか。

 受付の方も顔色を変えて奥に走って行かれました。


「あのーミクスちゃん、これひょっとして非常に面倒なことになっていませんか?」

「……ご友人は用意周到な方ですからな」


 ついでに言えばご友人の成した功績の大半はラクラ殿が行ったとされております。

 各国に問い合わされた場合、さらにラクラ殿の立場が……。


「お、お待たせしました、奥の部屋にどうぞ」


 足早に戻って来た受付に奥の部屋へと案内されることに、こちらはギルドの運営の方か特別待遇の者でしか足を運べない場所です。

 冒険者になる際に兄様から推薦状を用意してもらった私も何度か案内されたことはあります。

 モルガナへの加入は身分の証明が不可欠、王族であることは表向きには伏せてもらっておりますがそれ相応の待遇はされることとなりましたからな。

 そしてここに通されたと言うことは……やはりあの方と会うのでしょう。

 扉を開いた先は優雅な部屋、この場所には有力な貴族や国の関係者が依頼を受ける際の特別来賓室。

 そして部屋の奥に立っていた人物、冒険者ならば知らない者はいないとされるモルガナの現ギルドマスター。


「初めましてラクラ=サルフさん。私はモルガナの代表を務めさせて頂いております、リティアル=ゼントリーと申します」


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