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とりあえず水を。

 新居での朝は全身の痛みによって散々な迎え方をすることになった。

 全身の筋肉痛は緩和するどころか、増している。

 これが後数日は続くと思うと気が滅入る。

 しばらく肉体労働には注意しつつ、行動をしなくてはならない。

 それにしても辛い。過去にここまでの筋肉痛を味わったことがあったであろうか、いやない。

 だからと言って寝て過ごすわけにもいかない。この街についてなるべく知識を得なければなるまい。

 寝返りを数度打ち、のそのそと起き上がる。

 痛みを堪えて軽くストレッチ、中断。

 イリアスに自由に使って良いと言われた道具の中に男物の服があったため、それを拝借。

 派手さもなく、落ち着いた感じで悪くない。

 そうそう、話によれば日本人特有の黒髪、黒い瞳は珍しいとの事。

 カラーコンタクトといった物があるとは思えないので眼は断念、頭は丁度いい布があったので頭にバンダナのように巻く。

 これで見た目的に目立つ可能性は減るだろう。

 さー、国の探検と行こうじゃないか。


「さー安いよ安いよー! 取れたての野菜だよー!」

「焼きたての焼き鳥はいかがかねー!」

「俺の筋肉を見てくれぇ!」


 市場は活気に溢れている。

 いや、最後の何だよ。

 全身に油を塗りこんだテカテカマッチョがパフォーマンスしてるんだけどさ。

 すっげぇ良い体、だけど朝から油ギッシュ過ぎて胸焼けするわ。

 手前にある籠に銅貨を投げ入れつつ、市場の散策を続ける。

 大まかに分かったことだがこの国では紙幣は存在していない。

 国によっては独自の紙幣を発行している国もあるかもしれないが、大抵の国は硬貨での取り引きが主流だ。

 銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいか。

 その上もありそうだが今度確認しよう。

 手持ちは金貨が一枚、銀貨が十枚、銅貨が五十枚、二万五千円相当の所持金となるわけだ。

 市場の最低価格は当然銅貨一枚となるが、百円でも高いものはある。

 そういったものは複数で銅貨一枚と言った纏め売りが主流の模様。

 小数の概念もあるようでこの野菜は一つ〇・五銅貨、あの野菜は一つ〇・二銅貨といった感じで、合計で一銅貨になるように選ばせて買わせている箇所もある。

 食料自体は安いものを探せば基本安い。

 調理済みにもなれば一~五銅貨前後で手間も減らせそうだ。

 朝食に焼き鳥的なものを食べる。

 相変わらず塩は使われていないが、代わりにスパイスのような辛味が脂と良いバランスを保っている。

 日本円に換算しての金銭感覚が程よくマッチしている分、理解がしやすいのは助かる。

 次に探すべきは飲食店だが、午前中はどこも開いていない。

 昼になれば昼食所はオープンするのだろうが、適当に探していては時間を食いそうだ。

 散策を終えたら語学の勉強が待っている。

 出店で昼夜の食事も買っておくべきか? 自炊はこの世界の食材を知らなさ過ぎるからまた今度。


「わきゃんっ!」


 よく分からない鳴き声が背後で響く。振り返ると一人の娘が盛大に転んでいる。

 買い込んでいたと見られる食材があちこちに転がっている。

 当人は両手で卵を掲げる様に持ち上げており、受け身などとれず顔面から地面に突っ込んでいた。

 幸い丸いものは少ないので範囲は狭い。拾い集めてやるとしよう。


「大丈夫か? 集めておいたぞ」

「いたた、え、あ、ありがとう!」


 年はイリアスと同じくらい、明るいウェーブの掛かった赤茶色の髪がきゅーとな女の子って雰囲気だ。

 顔面強打の影響で鼻先が赤く、涙目で非常に痛そうだが怪我はなさそうだ。

 それにしてもえらい量の買い物だ。

 木の皮を編みこんだ籠のような物に入れていたようだが、天寿を全うし無残に壊れている。


「それじゃ運ぶのに苦労するだろう。手伝おう。どこまで運べば良い?」

「え、良いの!? 助かるっ!」


 荷物を半分ずつ手分けして持つべきか、だがそれでも袋がないと辛い物はある。

 近場に籠とか売ってないものかと視線を泳がせつつ、あったあった。


「少し待ってろ」


 そう言って大きめで頑丈そうな籠を購入。

 背負えるタイプで銀貨一枚。


「これに入れよう」

「わざわざ買ったの!?」

「道の真ん中でしどろもどろしていると、他の通行人の邪魔になる。早く行くぞ」

「う、うん!」


 どかどかと食材を籠に積め持ち上げる。

 卵と言った脆そうな食材は、引き続き女の子に持たせる。

 意外と重い。肉体労働はしないと決めたのだが……手伝うと言った手前、金だけ出して終わりは気が引ける。

 体の痛みを我慢して運搬を開始する。


「本当に助かっちゃった! あ、私はサイラ、貴方は?」

「通りすがりのオジさんだ」

「ぷっ、オジさんて!」


 年齢を言う。


「うっそぉ!?」

「本当だ。顔はさておき貫禄くらいあるだろ」

「いや、あんまり――あ、なんでもないですごめんなさい!」


 へっへっへ、そりゃ騎士とかと比べりゃないかもしれないけどさぁ!

 イリアスの方がよっぽど貫禄あるよなー。今度貫禄の出し方聞いてみよう。


「えーっと、お兄さん? この辺で見ない顔よね?」

「数日前にターイズに来たからな。今日は街を覚えるためにぶらついていた」

「そっかぁ、私はこの先のお店で給仕やってるの。贔屓にしてね!」

「味が良ければな」

「うーん、それじゃだめか」

「良くないのか」


 そしてサイラに案内してもらうこと十分。一軒の店に到着。

 雰囲気としては居酒屋だろうか。


「ここが私のお店『犬の骨』だよ!」

「もうちょい何とかならなかったのか、店の名前」

「うるせぇな、人の店にケチつけてんじゃねぇよ」


 と会話に割り込んできたのは、二メートルはあるであろう大男、顔には大きな傷跡がある。

 どこの荒くれ者だよ!? 山賊討伐の一件で慣れてなきゃびびって泣いてたわ!


「サイラ、ここはお前の店じゃねぇ。俺の店だ!」

「えー、だって店長、私が働いているんだから私のお店で問題ないっしょー?」

「問題ありだ、つか誰だこいつ」


 経緯を話す。ちなみにこの大男、名前をゴッズと言うらしい。


「成る程な。そいつは面倒かけたな兄ちゃん。籠の代金は払おう」

「いらん、それより飯を食わせてくれ」

「昼にも飯は出すがまだ仕込み中だ。すぐにはできねぇぞ」

「大丈夫だ、昼に食わせてくれと付け加えるつもりだった」

「そうか、なら昼まで待つか昼にまた来い」

「なら中で手伝わせてもらおうか。サイラ、それが終わったらこの街について色々話を聞かせてくれないか?」

「いいよー!」


 これも何かの縁、せっかくなのでサイラに色々話を聞くとしよう。

 ゴッズは基本厨房で料理の下準備、サイラは店の清掃だ。

 空気中にはほのかに酒の匂いが漂っている。


「一応夜の仕事が終わった後も大雑把に掃除するんだけどね。やっぱり酒臭いよねー」

「吐瀉物が残ってないだけマシだな。さくっと終わらせよう」


 てきぱきと協力して掃除を終了。店の換気をしつつ雑談タイムに入る。

 サイラに聞いたのは街にある店の種類、人口、役職の割合などなど。

 大手スーパーやコンビニと言った物はさすがにないが服屋に靴屋、帽子屋、鍛冶屋、武具屋、薬草屋と言った様々なお店が存在しているらしい。

 本屋の中には魔道書を取り扱うところもあるらしい、文字を覚えたら行って見るとしよう。

 基本誰でも利用できるが、一部の施設はある程度の身分がなければ使用できない場所もある。

 図書館、兵舎、屯所、要するに国の役員や騎士達が利用する専用施設のことだ。

 そりゃー一般人がほいほい牢獄に近づけるのはよろしくないよな。

 先日その一般人が牢獄に入れられて、また入れてくれと頼んだ事案があるが忘れよう。


「ところで気になったんだが、サイラは何でこの店で給仕を始めたんだ?」

「うーん、私将来服屋になりたいんだけど、その為にお金貯めてるんだ。だけど毎日だと目的の為の時間割けないから週三日休みで、仕事がある日は昼も夜も働けるここを選んだの」

「儲かってるのかここ」

「昼は全然、夜は酒目的の人たちで結構賑わっているよー」


 ふむ、つまり昼飯は期待できないと言うことか。

 まあ腹に入れば何でも良いし、籠代の出費も浮く。


「それじゃあ休日は服の勉強か」

「うん、色んなお店回って洋服を見て、自分で布を買って試しに作って見たりして。でもまだまだなんだけどね」

「服屋に弟子入りとかはしないのか?」

「そりゃあ弟子入りはしたいけど、職人気質のお店って簡単に弟子なんて取ってくれないよー」


 いくつかの店に頼み込んだが断られたらしい。

 それもそうか、弟子を取ると言うことは将来店を継がせるのが目的となる場合が多い。

 他人を育てようものなら将来ライバルになるわけだからな。

 学び舎のようなものはあるが、それはある程度の階級の高い者達が通える場所、通えたとして学べるのは高い教養などであり、服のデザインといった専門知識を学べる学校などはない。

 将来服屋になるには跡取りとなるか、独学で学ぶ必要があるということだ。

 しかし後者では資金面も、技術面でも苦労することになるだろう。

 いや、進行形で苦労しているのだ。


「難儀な道だな」

「うん。でも楽しいよ」

「そりゃそうだ。そうでなきゃやってられないからな」

「えへへー」


 うっ、笑顔が眩しい。

 ヒモ生活スタートという現状、早く何とかせねば劣等感で死んでしまう!


「そういえばお兄さんは来たばかりなんだよね? 宿とかどうしてるの?」

「ああ、そこは親切な騎士の家にあった空き部屋を貸してもらえてな」

「わぁ、騎士様と知り合いなんだ!? お兄さんって実は偉い人!?」

「いや、たまたま仕事を手伝う機会があってな。その縁からってところだ、今はただの無職だ」

「そっかー、早くお仕事見つかると良いねー。ところでそのお世話になっている騎士様ってどこの隊の方なの?」

「ラグドー隊のイリアス=ラッツェルだ」

『え゛っ』


 丁度顔を出したゴッズと綺麗にハモるサイラ。

 なるほど、職場関係は良好なようだ。


「あ、あのイリアス様ってあの!?」

「他にいるのかは知らないが、剣の一振りで森を薙ぎ倒すゴリ――女の騎士だ。有名なのか?」

「有名も何も、この国で知らない人はにわかだよ!」


 にわか国民ってなんだよ。だがまあ、最古参のラグドー隊にいる紅一点ともなればやはり有名なのだろう。ルックスも良いがむしろあの馬鹿力のほうが有名な気もする。


「イリアス様は、ターイズ国で行われた剣術大会で優勝したすっごい人なんだよ!」

「ああ、腕に自信のある騎士達を、剣を振るわずに殴り倒したのはもはや伝説だ」


 剣術競えよ。俺が審判なら失格にしてるわ。

 やっぱあいつゴリラじゃねぇか。


「そうか、カラ爺さん達も強かったがイリアスは別格だったしな」

「カラ爺さん? ってもしかしてカラギュグジェスタ=ドミトルコフコン様!?」

 なぜフルネームを覚えている。未だにメモを見ながらですら言えないのに。

「確かそんな感じの爺さんだった」

「カラギュグジェスタ様と言えば『神槍』と呼ばれ、ターイズ騎士の中でも五本の指に入る槍の名手だ。遥か空を飛ぶワイバーンと戦い、兜を投げ撃ち落した話は冒険者でも未だに語られている武勇だ」


 槍投げろよ。せめて武器使えよ。

 もう神兜って呼ばれろよ。


「いやぁ、あの方は滅多に前線に出ない。あの方の戦いを見られるなんて、兄ちゃん幸運だぞ! ラグドー隊の騎士達はどれもが超一級の騎士で他にも――」


 言えない。嬉々として語っているラグドー隊の面々に資料作成のデスクワークを手伝わせたり、奇襲の狙撃要員として利用してたとか言ったら、多分このミーハー組に襲われる。


「それにイリアス様の戦いも見たんでしょ!? やっぱり凄かった!?」

「そりゃ凄かった。自分よりでかい石槌を素手で掴んで、砕いたときは同じ人間とは思えなかったな」

『うおおおー!』


 とりあえず最初の山賊拠点襲撃の話をかいつまんで話すことになった。

 二人の騎士ファンは両手に汗を握り締めながら、その話を聞いているのであった。


「あれ、ってことはお兄さんって今回の山賊討伐に協力してたの?」

「そういう事になるな。戦えるわけじゃないから、道案内とかそんな感じだったけどな」

「へぇーそうなんだ。でも私も見たかったなぁ、イリアス様の戦うお姿!」

「戦闘は良かったが、色々どろどろしてたぞ。他の騎士隊に指揮権奪われたりしてな」


 急に暗い顔になる二人、言うべきでは無かっただろうか。


「……そっか、やっぱりそういうのあるんだ」

「ラグドー隊内では評価が高かったが、他の騎士隊の連中からの扱いは胸糞悪い感じだったな」

「うん、イリアス様は強くて凄いけど否定的に言う人も少なくないの」

「騎士は男の象徴だとか思っている奴らには、イリアス様の強さが嫌悪の対象になっちまってるのさ」

「男性からは疎まれ、女性からは恐れられている。そんなところか」

「でもでも! 誰もがってわけじゃないんだよ! ちゃんと支持してる人だっているんだから!」

「それは目の前にいる二人をみりゃ分かる」

「そ、そうだよね」


 イリアスへの差別は騎士内に留まらず、民にもと言ったところか。

 だがそれでも憧憬の念を抱く者は当然の如くいる。

 頭の中に先日の戦いの光景が過ぎる。

 そりゃそうだ。あんな強さを魅せつけられて焦がれないわけがない。


「まあ安心しろ。イリアスは指揮権こそ奪われたが山賊を束ねる男の首を獲った。今回の件に終止符を打ったのは間違いなくアイツだ」

「そっか、そっかぁ!」

「へへ、何よりだな! そろそろ昼飯時か、いっちょ作ってくるか!」


 我がことのように喜ぶサイラとゴッズ。

 良かったなイリアス。お前はきちんと評価されているんだ。

 万人に評価される者なんていない。

 限られた者達だろうと、真に評価されると言うことは最大の名誉なのだ。

 今はまだ非難されることに意識が向いているが、いつか理解した日にはきっと。

 そうだな、今度ここに連れて来てやろう。


「……」

「あ、やっぱり不味い?」

「うちは食いモンはほとんど売れねぇからな、酒は自信あんだが」


 連れて来るのはこの店の料理の質が上がってからにすべきだな。


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[一言] 星を入れておきました5。 想像以上に面白い。
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