次に解決すべきは。
翌日、ラーハイトを連行しクアマ本国へと到着した。
やや小洒落たイメージのあるターイズ、発展の速度が目立つガーネの二国を訪れた身ではあるがクアマの景観には思わず感嘆の声が漏れた。
この世界に来る前からイメージしていたファンタジー世界の城下町そのもの、特に冒険者の割合が非常に多い。
ターイズでは騎士が、ガーネでは軍人が、メジスではユグラ教が治安をしっかりと守っているために冒険者達の仕事はほとんどない。
それに比べ防壁があり魔物の脅威が低いクアマでは国の兵は最低限の治安を保証し、小回りの利く冒険者を利用する風習がある。
故に冒険者が活動拠点とする場所の大半はこのクアマとなる。
馬車の運転はイリアスに任せ景観を楽しみつつクアマ城へと向かっている最中、ラーハイトはそこの木箱に拘束したまま放り込んでいる。
「そういえばミクスも冒険者の時はクアマで活動していたのか?」
「はい、なのでクアマの街ならば案内できますとも! ご友人がリルベに籠ると言い出さなければもっと早くに案内できたでしょうに」
「クアマの案内ならば俺にもできるな、一時期滞在していたからな」
と割り込んでくるエクドイク、一晩ぐっすりと眠ったおかげかすっかり元気になっている。
魔族化の影響として肌の色が小麦色に変化、髪や瞳の色は濃い紫色からやや青紫に変化していた。
魔族の髪色や目の色は黒だと伝承に聞いていたのだが、これはどの魔王の魔族になるかで違いがあるのかもしれない。
肌の色も日焼けしたと思えば違和感はなく、髪や瞳の色もよくよく見れば珍しく感じる程度の個体差だ。
なので現状特に問題なし、これ以上変質が起こるようならばノラの発明した魔法で色を変えれば良いだろう。
ただイリアス達曰く、魔力の質がより一層危なっかしい感じになったとか。
元々悪魔に育てられたということで他者から異質に感じられていたものがさらにと言うわけだ。
実力者には分かってしまうのかもしれないが、威圧として使う分には有効なのかもしれない。
「そういえばエクドイク殿はどこのギルドに所属しているのですかな? 私はモルガナでしたが」
「モルガナか、真っ当なギルドだな。俺はリオドだ」
「うーむ、リオドですか……裏稼業の目立つ所ですな」
冒険者はいずれか一つのギルドに所属する形となり、その冒険者ギルドにも派閥がある。
モルガナ、実力だけではなくその人物の人徳が認められた冒険者のみ参加できるギルドで各国でも信用は高い。
各国に多くの支店を展開し、国や貴族からの依頼を最も多く受けられるギルドだ。
リオド、完全実力主義のギルドで流れ者のような素性の不明な者や人格破綻者でも加われるギルド。
物騒であまり公にできない依頼などが多く、時には犯罪にも手を貸しているとの噂もある。
腕に自信のある荒くれ者等もこのギルドに参加している場合が多く、時にトラブルも起こすのだが比較的安価で依頼ができるので商人はここを利用する場合も多い。
シュナイト、非常に受け入れ幅の広いギルド。
冒険者になりたての新米でも加われるのだが高難易度の依頼が受け難い。
実力を身に着けた冒険者は別のギルドに移る場合が多いが面倒見の良い熟練冒険者等はシュナイトに残り続け、時には別のギルドから戻ってくることもあるのだとか。
他にもいくつか有力なギルドや専門的な依頼を主軸とするギルドもあるのだがこの三つが主なギルドの顔らしい。
「冒険者ギルドか、話にはそれなりに聞いていたからな。すぐにマリトに雇われたこともあって有耶無耶になっていたが入っておくのも悪くないかもな」
「ギルドに登録しておけば他の国にあるギルド支店でも依頼は受けられるし関連施設の利用も容易だ。加わっておくのも良いだろうな」
「ご友人ならば兄様の推薦状も得られますからモルガナに所属できますぞ!」
「魔王を仲間にしているような奴が入るのはどうなんだ」
「そうだな、同胞ならリオドの方が幅広く活動できるだろう」
「むむっ、ですが信用を得るのならば断然モルガナですぞ!」
なんだこいつら、冒険者業をそっちのけにして人の行動に同伴しているくせにギルドへの愛着もしっかりありやがる。
「何にせよ今はラーハイトの尋問が先だ、得られる情報によっちゃギルドの依頼なんて受ける暇もなくなるからな」
異世界に来たらやりたい事のリストの上位に冒険者ギルドに入ると言うものはあったが、流石に時期を逃した感が半端ない。
王様お抱えのアイディア係となり文明の差異を活かした魔法研究も既に行っている。
今から新米冒険者として一から成り上がるのはあまり気が進まない。
とは言え第三陣営を名乗っている以上何かしらの理由でターイズに居られなくなる可能性は大いにある。
せめてこちらとウルフェの衣食住に困らない程度の収入源は確保せねばなるまい、食い扶持を稼ぐ方法は多めに視野に入れておくべきだろう。
『金』に養ってもらうと言う手段もあるが調子に乗られるのが目に見えているからな。
『紫』……は社会に戻って来れなくなる可能性が高いな、うん。
冷静に考えれば第三陣営として運営資金も稼ぐ必要があった、どうしたものか。
金策プランは以前から色々と考えていたが本格的に開始するか……。
「ししょー、何か悩んでいますか?」
「生きるために稼ぐのであって、稼ぐために生きるのは避けたいところだよなぁ」
「そうですね?」
今後の事を考えつつクアマ城へと到着する。
清潔さと伝統を感じさせるターイズ城に比べ、荒々しい歴戦の城といった感じの威圧感がある。
ガーネの城は『金』の趣味で妙な形状になっているがやはり城と言ったらこうだよなぁ。
入り口では既に兵士と聖職者数名が控えておりすんなりと中へと通される。
ただアレだけ啖呵を切ったためあまり良い印象は持たれていない。
態度にこそ表に出してこないが内心毒づいているに違いない。
そのまま城内にある牢獄の傍にある尋問部屋にまで案内された。
天井が高く直方形の部屋、周囲にはいかにもな尋問……拷問器具だなこりゃ。
あまり衛生的ではなくジメジメとしていて暗い、尋問相手をもてなすわけでもなしこんなものだろう。
ウルフェは非常にしかめっ面をしている、昔を思い出しているのかそれとも鼻につく臭いなのか……両方だろうな。
部屋を見渡すと天井近くの壁に窓のような物が設置されている。
通気口、いやアレは覗き窓だろう。
こちらからははっきりと見えないがセラエス大司教やゼノッタ王はあそこから様子を見るつもりなのだろう。
声も良く反響するし、尋問の様子をお偉いさんが眺めるには良い構造だ。
エクドイクとミクスに頼み、木箱から出したラーハイトを壁に備え付けられている手錠に繋いでもらう。
当の本人は道中で問題を起こせないように薬で眠ってもらっている、寝顔だけ見れば子供でしかなく犯罪臭がぷんぷんだ。
念の為用意しておいた魔封石を仕込んだエクドイクの鎖を全身に巻きつかせ、舌を噛み切れない拘束具を取りつけ準備は完了だ。
ミクスに気付けの魔法を使用してもらいラーハイトに目覚めてもらう。
気付けの魔法と言うがありゃ軽い電気ショックのようなものだ、見ていて気持ちの良いものではない。
さて、こちらもそろそろ切り替えよう。
「……ん」
「おはようラーハイト、体の調子はどうだい?」
ラーハイトはぼんやりと目を開き、周囲を見渡す。
そしてこちらの顔を見つけ、子供らしからぬ作り笑顔で応えてみせた。
「毒のせいでほとんど感覚がありませんね、子供の体に酷い真似をしますね」
「抵抗されたらそれこそ惨い目に遭わせなきゃならないからね。穏便に事が済むことを期待させてもらうよ」
「拷問でもしてみますか? ユグラの星の拷問と言うのは今後の参考になるかもしれませんので少々期待が持てますね」
「生憎自白剤と言った物は用意してないし、物理的な拷問だとこの世界の基準からすれば温いだけかもしれないからね」
「では通常の尋問ですか、残念ですね」
この世界の尋問方法は大きく分けて二つ、一つは拷問し口を割らせること。
しかしラーハイトの今の体は子供の体、当人の精神を折る前に体が力尽きる可能性の方が高い。
もう一つは精神に干渉する魔法を使用すること。
こちらもミクスのチェックによると山賊の件と同じでラーハイトの頭部には極小の魔封石が埋め込まれているとのこと、精神関与の魔法は打ち消されてしまう。
『紫』を呼び出し『籠絡』の力に頼ることも考慮したけれど暗躍ばかりしているような人物が本名を名乗って行動しているとは考えにくい。
デュヴレオリがフェイビュスハスから受け継いだ『迷う腹』の力で記憶を読み込む手段は精神干渉の魔法を熟知している者ならば記憶を偽装できるらしい。
ドコラがやったのと同じように蒼の魔王に頼み死霊術を脅しの材料とする手段も媒介となる肉体は今メジスに保管されており、その体も本体か定かではない以上確実とは言えない。
それにこの余裕から推測するに肉体が死ねば魂が移動できるようになる可能性も捨てきれない。
……まあ、関係はないのだけれども。
イリアスに視線を向ける、イリアスはあまり気乗りしていない表情だが納得してくれている。
ラーハイトの前に椅子を置き、座る。
丁度ラーハイトの顔と『私』の顔が至近距離で向き合う形となる。
「――何の真似でしょうか?」
「それじゃあ尋問を始めようか、まず一つ目の質問。君はクアマで各領主に接触し、蒼の魔王の騒動に便乗して指揮系統を乱そうとしたがそれ以外に工作を行っているね?」
「……」
「ではそれは冒険者達を利用してのものかな?」
「……っ」
「ありがとう。そのギルドはリオド、モルガナ、シュナイト、――なんだ全部か」
ラーハイトの表情が曇り始める、無表情を維持し口を一切開いていないのに正解を言い当てられていればそんな顔にもなるだろうね。
「なるほど……それが貴方の武器ですか……恐ろしいですね」
「武器なんて物騒なことを言わないで貰いたいね。術だよ、術」
理解行動の応用、イエスとノーの二択に絞った質問を行いその反応で真偽を見極める……等と言った芸当ではない。
これらはギリスタの調べた情報から推測した内容、それを今ラーハイトから引き出したかのように見せている。
ただの茶番にしか見えない尋問だが、これにはれっきとした目的がある。
それはラーハイトの精神を揺さぶること。
どんなに黙秘を貫いても考えを読まれているかの如く情報が引き出されてしまう、そう錯覚したラーハイトの表情は最初よりも変化が大きくなり始めている。
そこまでくれば後はいつもの方法が通用する、嘘真の見極めが比較的容易になる。
ただこの手法は当てずっぽうで質問を繰り返せばこちらの意図が読まれるリスクが生まれ、さらには情報の詳細を聞き出せないと言ったデメリットがある。
なので要所に絞った質問で大局を見極めることに徹する。
「これらの工作を仕込んでおきながら蒼の魔王の起こした騒動で出し惜しみしたのは『私』が君を的確に追い詰めたから、と言う理由だけではない筈だよね? 今後に使う予定があった、それは緋の魔王の目的に関連する」
「貴方の追い詰め方が見事過ぎて指示なんて出せませんでしたからね」
「緋の魔王が蒼の魔王を焚きつけた理由、それは世界に魔王復活の事実を広めるため。そして緋の魔王が即座に行動しない理由は人間達に備えさせる為だね?」
「私の発言はお構いなしですか、酷い尋問の仕方もあったものですね」
「ありがとう、緋の魔王はどうやら本格的に人間達との全面戦争を引き起こしたいようだ。今まで戦争に備え兵力を蓄え続け、ユグラの脅威がないと判断するや機は熟したと言わんばかりに蒼の魔王に先陣を切らせた」
「一体何の話しているのかまるで……っ」
顔色から真偽を読まれているだけではない、言葉による嘘を吐くことができない。
背後には嘘を見抜くユグラ教の技を身に着けたラクラが控えている。
出まかせを口にして濁すことは許されない。
「緋の魔王が人間達に与えた猶予はどれくらいかな? 一ヶ月より短い……長いのか。二ヶ月、三ヶ月、なるほど三ヶ月か。ありがとう」
「本当に……厄介な男ですね、もっと入念に始末する方法を取れば良かったと後悔していますよ」
「その姿の君より軟弱な男にそこまでの過大評価はいらないさ。しかしそうなると気になる点も出てきたね。緋の魔王は本格的に人間達と戦争がしたい、だけど冒険者を利用し人間達の間で混乱等を起こさせる工作はその意図と噛み合わない……と言うことはこの工作は君が独断で行っているわけだね?」
「……」
「緋の魔王に有利に戦ってもらいたい、だけどそれは忠誠心からじゃあない。何が目的なのかな?」
ラーハイトの本当の目的、それは『私』が推測できる範囲ではない。
ラーハイトの素性や過去は誰も知らない、情報が足りない。
ここらで切り上げるのが無難なのだろうが、少しばかりカマをかけさせてもらおう。
『金』や『紫』から聞かされた情報、繋がりそうな単語を考慮……。
「『落とし子』か」
「――っ!」
この反応はビンゴ、碧の魔王と無色の魔王の間でのみ共通している話題だったけれどラーハイトにも関連していたとは驚いた。
しかしラーハイトの様子が少々変わった、これは『私』が『落とし子』について情報を知らない筈だと確信している目。
そして何が何でも情報を漏らさないように全力で警戒している。
恐らく『落とし子』について何か知っているのならば今の『私』達の取る行動と矛盾してしまうのだろう。
愚直に情報を吐かないと決意した相手に今やっている揺さぶりは効果がほとんどない。
ここらが引時か、必要な情報は得られたのだからこれで良しとしよう。
強引に聞き出しボロを出すよりも、今ラーハイトの心に刻みつけた『私』への脅威を維持することの方が今後役立つ筈だろうからね。
尋問を終了し、これ以上の言葉を掛けることなくその場を後にする。
ラーハイトの作り笑いは既に崩れ、彼から向けられる視線は紛れもない敵意だった。
尋問部屋を出て来賓室に案内される。
ウルフェの頬を揉みつつ、立ち位置を平常運行へと戻す。
どうも『私』は皆にウケが悪い、そりゃそうだろうけどさ。
「はぁ、尚書様のあの尋問は人がやられていてもゾっとしますねぇ」
「何だラクラ、お前は同胞にさっきの技をやられたのか」
はい、ラクラには以前人が隠していた酒を飲んでくれた際に尋問させてもらっております。
『私』ではなく『俺』の状態だったけれども嘘の下手なラクラには非常に効果的でした。
ちなみにその後、次々と隠していたやらかしを暴いてやって半泣きになるまで説教しました。
「ただの自業自得だ、同情する余地もない」
「ううっ、少しお酒をいただいただけなのに……今でも夢に出るのですよっ!?」
「そりゃ出るでしょうな、ご愁傷様ですぞ」
何故かラクラに同情の視線を向けている一同、こちらが悪いのでしょうかね?
知ったことかと思いつつ椅子に座っていると兵士の一人が現れ玉座の間へ来て欲しいとのこと。
案内されるままに玉座の間へ向かうとそこにはゼノッタ王とセラエス大司教の姿があった。
セラエス大司教の仏頂面は変わらないがゼノッタ王は酷く顔色が悪い。
「まずは尋問の手際、見事であった。非常に難儀な問題が湧いて出たがな……」
「冒険者に関しては多少ですが接触したであろう人物のリストがあります。後程写しを用意させていただきますよ」
「それは助かる。ところで尋ねたいのだが『落とし子』とは何だ?」
「こちらに所属する他の魔王から聞いた話で碧の魔王と無色の魔王が話題にしていた言葉です。詳細は知りません」
ゼノッタ王はちらりとセラエス大司教に視線を移す、セラエス大司教は黙って首を振った。
信用がないのは分かり切っていることだが目の前で堂々と確認されると嫌な気分になるな、うん。
「ラーハイトの尋問は今後こちらでも行うとして、一つお前に依頼したい事がある」
「内容によりますが」
「先ほど出たラーハイトが接触し工作を行っている冒険者だが魔法で操られているのかそれとも自らの意志で行っているのか、それらの判断は付いているのか?」
「いえ、どちらとも断言できませんね。両方の可能性もありますし」
「そうだろうな。しかしそうなると我が国だけでそれらの危険を排除するのは難しい。冒険者は各国にも渡り歩けるのだからその被害はクアマだけには留まらないだろう」
「そうでしょうね」
一番被害に遭うのはクアマでしょうけどねとは敢えて言わない。
その辺はゼノッタ王も分かっているだろう、何せ冒険者の大半はこのクアマを拠点としているのだ。
「国としては後に迫る緋の魔王の脅威にも備える必要がある。そこでお前の知恵を借りたい、もちろん国としての援助は行わせてもらう」
厄介な問題を押し付けたい感が伝わってくるのだがゼノッタ王の言うことも一理ある。
三ヶ月後に緋の魔王が各国に攻め入るつもりならばその用意に専念してもらわねば被害はより一層大きくなる、それはクアマだけではなく他の国にも同じことが言える。
ここで依頼を受けなくてもマリトや『金』に頼まれることになるのだろうし、クアマが援助してくれるのならば乗らない手はないだろう。
クアマとは力関係で対等になっただけだ、貸しを作っておくのも悪くない。
セラエス大司教が恩を感じるとも思わないがゼノッタ王は別だ。
「分かりました。手段はこちらに一任させてもらい、援助に関してはそちらに可能な範囲でお願いする形で問題ありませんね?」
「引き受けてくれるか! ああ、問題ないとも!」
破顔するゼノッタ王、とても嬉しそうだ。
演技ではなく純粋に喜んでいるようだが各国の代表の中で一番素直なんじゃないかこの人。