次に目指すは。
その後ご友人は拘束を解かれ、防壁へと向かい蒼の魔王と再接触し巨大アンデッドの解体を行わせました。
そしてゼノッタ王に蒼の魔王の受け渡し要請を撤回させ、ラーハイトに関しては第三陣営側での尋問終了後に身柄を引き渡すことを約束しました。
クアマへの引き渡しではなくユグラ教のクアマ支部、セラエス大司教の下へと言うのが少々気になるところですが多少なりとも譲歩する姿勢は見せるとのこと。
他に譲歩した内容としてはラーハイトへの尋問の際にクアマやユグラ教の者の見学を許可、未だ人間への敵意を残す緋の魔王の手先であるラーハイトの情報は人間側にとっても貴重な情報となるでしょう。
現在はリルベへと帰還、一時の休息を取りクアマへラーハイトを輸送する準備を整えております。
「以上が大まかな内容です、ラグドー卿」
『了解致しました。陛下には朝一で伝えさせて頂きましょう』
時刻は既に夜更け、兄様は既に休まれており私からの音声通信はラグドー卿が窓口となっております。
兄様と直接お話しできないのは少々寂しいですが私のあがり症のことを考えればこの方がずっと速やかに報告できます。
ご友人の用意してくださった仮面があれば声質も大幅に変化し音声通信でもそれなりに話せるとは思うのですが……やはりこれは治すべきことでしょう。
ウルフェちゃんやラクラ殿はいつも通り、エクドイク殿も魔族化の影響かご友人にしばらく起きられないと言い残して早々にお休みになられました。
ご友人とラッツェル卿は現在応接室に、蒼の魔王が今後の詳しい話をしたいとつい先ほどリルベに現れたのでその準備中。
トクサド卿が大慌てで来賓の用意をしておりそろそろ顔合わせと言った所でしょうか。
「それでは私もご友人達の様子を窺ってきます」
『よろしくお願い致します』
王族としての義務を放棄し、冒険者となった私からすればラグドー卿は立場が上。
どうも畏まられるとむず痒いものがあります。
通信を終了し応接室へ、中には既にご友人とラッツェル卿そして蒼の魔王が机を挟んで向かい合っておりました。
しかし誰も口を開いておらず、静かにお互いを睨み合っております。
部屋の外でトクサド卿が青い顔をしていた理由はこれでしょうな。
「ご友人、もう話は終わったのですかな?」
「いや、さっきから睨まれっぱなしで何も話しちゃいない」
ご友人はそこまで睨んでいる、と言ったわけではない模様。
蒼の魔王に睨まれたから睨み返しているだけなのでしょうか、そこまで鏡の様にならずとも。
ここは円満な話し合いにするように助け舟を出すべきでしょうか。
「蒼の魔王もそう警戒せずとも、気を楽にしていただければ――」
「警戒なんてしていないわ。するならその横にいる騎士の方だけよ。この男にはどう文句を言おうか考えていた所」
「あまり文句を言われる覚えはないんだがな」
「あるわよ、貴方が私の過去をあちこちでバラしたでしょう!?」
ターイズでドコラがご友人に託した蒼の魔王の調査記録、確かにその内容は多くの者に知られているでしょう。
詳細を知っているのはこの場所にいる私達、兄様、ラグドー卿、暗部君と呼ばれている兄様の護衛の方。
それなりに聞かされているのはユグラ教のトップ、エウパロ法王とその時に傍に居た者数名。
そこから多少の伝播があったと考えればそれなりと言った所でしょうか。
乙女の経歴、それも芳しくない暗い過去をあちこちに広められたとなれば確かに良い気分ではありませんな。
「歴史的大罪を犯した奴が何を言うんだ、過去の人物の歴史を学んで伝えただけで文句を言われる筋合いはないぞ」
「私は今も生きているわよ!」
「過去の話にしてやってるんだから固いこと言うなよ。実害があったわけでもないだろう」
「あんな男を私に差し向けておきながらよく言うわね!? どれだけ私の感情を逆撫でされたと思っているの!?」
「そうでもしなきゃまた生きてみようだなんて思わなかっただろう?」
「むぐ……」
ご友人が敵以外に毛嫌いされている光景はなかなかに新鮮ですな。
そして蒼の魔王、舌戦でご友人に勝てる者は非常に少ないですぞ。
「そもそもエクドイクはどこにいるのよ!?」
「アイツなら上の階で泥の様に眠っているぞ、肉体の変化には負荷が掛かるってお前が言ったんだろうが」
「……そうだったわね」
「もうアイツが傍にいないと不安なのか?」
「違うわよ! あんなにずかずかと人の神経を逆撫でして言いたい放題したくせに、私が姿を見せた時にいないから文句を言いたくなっただけよ!」
「まあそういってやるなよ。エクドイクは本心からお前に生きて欲しいと思ったからこそ踏み込む覚悟を持った。それこそお前の魔族になってでもとな」
「知っているわよそんなこと! よくもあんなに躊躇なく自分の人生を投げ捨てられるものだわ!」
「捨てちゃいないだろ、お前に捧げたんだ」
「……いちいち癪に障るわね、貴方」
「この程度で癪に障るんだ、あいつの実直な態度はなかなかに堪えただろう?」
「やっぱり私貴方の事嫌いだわ!」
あ、ご友人が愉快そうな顔になっています。
蒼の魔王をからかって楽しんでいますな、これは。
ご友人は人の驚く顔や困ったりする顔を見ると喜ぶ悪癖が見られますからな。
その一番の被害者はラッツェル卿なのですが、それはそれで羨ましいことです。
「だが『俺』としても酷な結果にならなくて良かったと思っている、後腐れの残る結末は好きじゃないからな」
「私としてはさっさと死んでしまっても良かったのだけれどね」
「蒼の魔王、お前は名前を得たからって易々と死ねると思っていたのか?」
「……どういう事よ?」
「ドコラという山賊の首領の話は知っているな?」
「ええ、私の調査記録をメジスから盗み出した男よね」
「ドコラはチキュウの言葉を読めなかった、それでも調査記録から死霊術を身に付けられた。ならそれを保管し研究していたユグラ教だって死霊術の基礎を扱えるようになった者もいるだろう。お前を憎んでいる者がお前の経歴を知ればどうすると思う?」
「それは……」
「俺なら安らかに死なせてなるものかとお前を死霊術で永遠に飼い殺すくらいはするぞ?」
「……」
うわぁ、えげつない。
こういった発想を躊躇なく思いつけるあたり、ご友人は善にはなりきれないのでしょうな。
「因果応報、自分のしたことは自分にも返って来る。もしもお前が再び死にたいと願うのなら、人の手の届かない場所で死なせてもらうようにエクドイクに頼むことだな」
「……そうね、肝に銘じておくわ」
「ユグラ教には死霊術を使える者がいても不思議じゃない。特に歴史に名を残さないような暗躍を行ってきた陰の功労者とかはな」
その言葉を聞いて真っ先に思い浮かべたのはセラエス大司教を始めとした一派、メジスの暗部等でしょうか。
確かにユグラの残した物をただ保管するだけと言うことはないでしょう。
後に起こる災厄に備え、敵の力を知ることは大切。
その過程でその力を学習し身に着ける可能性は大いにあります。
「……貴方、さっき出会った時と比べて随分と雰囲気が違うのね」
「この世界じゃこっちを素にしている」
戦いが終わった後、ご友人はいつも通りに戻られました。
ラッツェル卿やウルフェちゃんの顔面を両手で挟み込み、じいっと見つめることがその儀式らしいのですがその程度で人格を切り替えられるというのも凄いものです。
ただあの状態になるのはほとんどの工程を必要としていなかったのが気がかりですが……。
「そういえば名前を聞いていなかったわね」
「名乗るつもりはない」
「待ちなさいよ、私は貴方の陣営に協力するのよ!?」
「大丈夫だ、『金』や『紫』にも、ていうかここにいる誰にも本名を話したことはない」
「はぁ!? ふざけているの!?」
全くだと言わんばかりにラッツェル卿が頷いております、私も頷いておきます。
紫の魔王との一件の際に明かされた事実にアレほど啞然としたことはなかったですからな。
「そんなわけで適当に呼んでくれ、気に食わない場合は無視するから」
「……はぁ、道理で『紫』が貴方を籠絡できなかったわけね」
名前の件ですっかり毒気が削がれたのか、その後は今後の話について淡々と打ち合わせを進めていきました。
巨大アンデッドに掛けられていた死霊術は完全に解除、残ったアンデッドの兵士達も亡骸をクアマ魔界奥にある崖の下に眠らせた状態で解放するとのこと。
元は人間、その魂を無理やり呼びつけ精神を汚染させた状態で使役する死霊術を使用していては中立にいることが難しいとのご友人の言葉に蒼の魔王はため息をつきながら了承しました。
「そういえばクアマ魔界にはアンデッド以外の魔物はいないのか?」
「普通にいるわよ、スケルトンやゴーストと呼ばれている魔物ね」
「スケルトンって人型だったよな、死霊術で生まれたアンデッドとは別物なのか?」
「ええ、人骨を模した魔物よ。アンデッドは死体を素材として何度でも再生するけどスケルトンは見た目だけ、通常の戦闘で破壊されても死ぬから兵力としては使わなかったわ」
ガーネで金の魔王が見せた映像には確かにスケルトンやゴーストと呼ばれる魔物の映像がありました。
確かに蒼の魔王の力で無限に再生するアンデッドがいるのならば消耗品でしかないそれらの魔物を使うメリットはほとんどありませんな。
指示を出せる魔物にはクアマから離れさせ、土地に関しては崖の部分までは放棄、人間達が魔界を浄化していき奥にある崖に届く日が来るまでは保留と言うことになりました。
「そうなると私の手駒としていくつか魔物を見繕う必要があるわね」
「エクドイクで充分だろうに」
「あの男、『同胞には恩義がある、それを返すまで同胞の下は離れられない』とか平然と抜かしたわよ」
「そりゃ悪いな、貴重な人材だからはいどうぞとは譲れんな」
エクドイク殿……自分の気持ちに正直過ぎではないですかな?
でもエクドイク殿の有能さはご友人にとっても貴重ですから離れられるのは困りますな。
そんなわけで蒼の魔王も住処をターイズ領土にある紫の魔王の別荘に移すことに。我が国に魔王が三人も居座ると言うのは歴史的に見れば凄まじいことです。
「『紫』とはあまり仲良くしたくないのだけれどね」
「馴れ合う必要はないだろ、喧嘩されるのは困るがな。取り敢えずの話はこんなもので良いだろう」
「ええ、私はエクドイクの様子を見てから居城に戻るわ」
「……」
「何よその眼は、魔族化する際に私の魔力がきちんと循環していないと不具合が起きるかもしれないから念の為よ!?」
「いや、分かってるけど。何かムキになる理由があるのか?」
「分かってて言ってるでしょう!?」
ご友人、人の心を理解することに長けているのならもう少しご友人に向けられた方の気持ちも汲んで上げて欲しい所ですな。
◇
蒼の魔王が去りこちらも自室に戻る。
最後にイリアスとミクスが白い目で見てきたが気にしないことにする。
どっと疲れが湧いて来た、今日はぐっすりと眠れそうだ。
せっかくだから軽く酒の一杯でも飲んで気持ちよく眠ろうと酒を注いでいると部屋をノックする音。
このノックの仕方はアイツか。
「まだ起きているから入って良いぞ、ラクラ」
その言葉に扉を開けふらりと入ってくるラクラ。
多少顔が赤い、酒の匂いもすることからこいつも寝る前に酒を飲んでいたのだろう。
「尚書様もお酒を飲むつもりでしたか、せっかくですから私もお付き合いして良いでしょうか?」
「寝る前に軽く酔いたいだけだ、全部飲まなきゃ構わんぞ」
「失礼ですねっ!? 私だって一緒に飲む相手の分を気遣うくらいはしますよっ!?」
ベッドに腰掛け、人の酒をなみなみと自分の器に注ぐラクラ。
気遣っているようには思えないのだが。
「蒼の魔王さんが来ていたのですね」
「ああ、今後の予定について話していた」
「やっぱり尚書様の仲間に加わる感じでしょうか?」
「そうだな、あまり仲良くできるかは不安だが」
「散々からかっていたじゃないですか」
さっきの会話を聞いていたのか。酔っ払いの気配にも気づけないあたりやはり一般人だよなぁ。
「死にたがりとは関わりたくないとか言っていたくせに、楽しそうでしたね」
「思ったよりも生きようとしている感じが伝わって来てな。あれくらいなら充分許容範囲だ」
それでも死んだ方が良かったと言っていたあたり深く関わりたい相手でないことは確かだ。
ただそう思える時期もそう長くないだろう。
「エクドイクさんが蒼の魔王を変えたのですね」
「ああ、エクドイクの献身は想像以上に蒼の魔王に影響を及ぼしたようだ」
「尚書様にも同じことができたのではないですか?」
「いや、『俺』にできるのは『俺』の周りにいる奴に目を掛けることだけだ。勝手に死のうとしている奴を救うためにそこまで本気にはなれないさ」
だがエクドイクは違った。
自分を見てもいない相手を気に掛け、そして歩み寄って心に訴えかけた。
それはとても……。
「あーあ、敵わないですねエクドイクさんには」
「ああ、凄いもんだ」
ラクラは思い耽った顔で酒を飲む。
今回の件でラクラにはエクドイクへの対抗心が見られていた。
エクドイクに発破を掛けられたことが原因なのだろう、ものぐさなラクラからすれば珍しい光景だった。
戦闘面においては明らかにラクラの方が強い。
蒼の魔王の居場所を探知する際の結果もラクラの方が遥かに優秀だった。
何かしら一つの事を競わせればその大半を圧倒できる程の素質がラクラにはある。
エクドイクはそんなラクラに嫉妬すら覚えている。
だがラクラはラクラでエクドイクに対して劣等感を抱いているのだ。
ラクラもエクドイクと同じように人との付き合いはあまり深い方ではない。
極端な才覚のせいで社会的に噛み合わず、一人でゆったりと生きる事を選んだラクラからすればエクドイクの最近の活躍は眩しく見えるのだろう。
「私には見ず知らずの人の為にその心に踏み込み、ましてやその身を捧げるなんて……到底できる気がしません」
「別にそれでも良いと思うぞ? エクドイクは確かに凄いがあれはある意味では自分の為の行動だ。ラクラも自分の為になる範囲で行動できれば十分だろ」
「確かに私自身の為の行動ならできますけど、それでできる範囲がとても狭いのです。何かを競って勝てても、全体的に見ればエクドイクさんには負けてばかりのような気がして……」
エクドイクと蒼の魔王が向き合っている時、恐らくラクラは近くでその様子を見ていたのだろう。
そこで自分にはできないエクドイクの覚悟を見せつけられた。
そして弱音を吐かずにはいられなくなり今こうして『俺』の所に顔を出している。
柄ではないが……仕方ない。
ラクラの頭に手を置き、やや雑に撫でる。
「ラクラ、エクドイクはお前よりもずっと器用で上手く立ち回ることができる。これから先もきっとお前よりも多くのものを手にすることになる」
「あれ、ここは慰めてくれる流れじゃないのですかっ!?」
「そう思うならもうちょっと喋らせろ。――お前が手にするものは少ない、だけどお前が手にするものはエクドイクには手の届かない場所にある。エクドイクは大きく手を広げることができるがお前は高く手を伸ばすことができる。そこに優劣を求める必要はない」
「……もう一声お願いします」
「まじかよ、ちょっと考えさせろ。――何か一つの事に絞って勝てる自信があるのならその一つの勝利を誇れるような大切な物を見つけ、得て、護れば良い。『ああ、自分の在り方で良かった』と思えるような何かをな」
「……もう一声」
「よし、甘えんな!」
撫でる手で頭をはたく。
こいつ調子に乗り始めている、『俺』が言えるのはここまでだ。
「酷いっ!?」
「酔っ払いをだらだらと甘やかすのはウルフェの教育に悪い」
「ううっ、だらだらと甘えて生きるのが私の本分なのに……」
「甘える相手を間違えたな」
「はぁ……ではそろそろ寝ます」
ラクラは立ち上がり扉の方へと歩いていく。
しっかりと人の酒瓶を握りしめたまま。
まあ今日くらいは構わないだろう。次やったら怒るが。
扉を閉めながらラクラは軽く会釈をする。
「それでは尚書様、おやすみなさい。それと甘える相手は間違えていないつもりですよ?」
そういい残してラクラは自室へと戻っていった。
それを見届けた後、残った酒を飲み干してベッドに横になる。
まあラクラが甘えられる相手なんてそうそういないからな。
血の繋がった兄からはライバル視されている。肉親とは疎遠だ。
たまにくらいならば多めに甘やかすのも仕方ないだろう、たまにはな。