次に摘み取るのは。
「そんなわけで魔族になった」
ひと段落後、仮拠点にそれぞれが集合した。
そんな中、報告を行ったエクドイクの言葉に驚きの表情を見せたのはイリアスのみであった。
と言うのもミクスとラクラはラーハイト捕獲後エクドイクと合流し先に話を聞いていたためである。
ウルフェは『おおー』と口を開けている程度なので大して驚いていない。
一応ミクスもそれなりには驚いていたがラクラは割と動じていなかった……まあそうだろう。
ちなみにラーハイトは現在仮拠点内倉庫にて軟禁中、魔封石を組み込んだ拘束着に着替えさせ所持品を全て没収し死なない程度に麻痺毒を与えて動きを完全に封じさせてもらっている。
蒼の魔王には少しだけ遭遇したが簡易的な指示だけを与え別の場所に移動してもらっている。
その一つがアンデッドの無力化だ。
巨大アンデッドはその場で崩壊させ、後詰で現れていた武装アンデッドは居城へと撤退させていった。
防壁はイリアスとウルフェの奮闘で守られたがその戦闘の余波で上部に乗る場所が酷く傷んでしまっている。
兵を常駐化する前に修繕する必要が発生し、クアマの兵士達は現在防壁の手前で物資の輸送待ちとなっている。
イリアスと言う砲弾を受け続けた防壁さん、お疲れ様です。
既に蒼の魔王を無力化したことはクアマの方へ連絡を済ませている。
完全に信用されているわけではないので防壁には偵察が少々残っているがイリアス達の奮闘を見た兵士達ならば十分に信用しているだろう。
「ま、何はともあれひと段落だな」
「待て」
非常に不服そうな表情をしたイリアスに肩を掴まれる、やや痛い。
「なんだよ」
「私が聞いたのは今回エクドイクに蒼の魔王を説得させる機会を与えると言ったものだ。魔族化させるなんてまるで聞いてないぞ!?」
「……やはり同胞はこの展開を読んでいたのだな。道理で先に合流した際の報告でも淡々と済ませたわけだ」
「まあまあ落ち着けイリアス、エクドイクが魔族化するまで完全に読んでいたわけじゃないって。ただエクドイクの性格ならきっと蒼の魔王を説得する手段を取るだろうと想定していたのは事実だ」
今回の狙い、それはイリアスも言った通りエクドイクによる蒼の魔王の説得だ。
蒼の魔王の情報はターイズでドコラに託された本で十二分に仕入れていた。
『金』や『紫』もそうだったが復活した魔王達はそれぞれが暗躍こそしつつも人生観を変えるほどの出会いなどは経験していなかった。
蒼の魔王がそのままならば、エクドイクは良い説得相手になるだろうと踏んでエクドイクに発破を掛けさせてもらったのだ。
「だがそうさせたいのであれば何故最初からそういわなかった? 俺は同胞の指示を裏切ったかもしれないとそれなりに反省していたんだぞ」
「それに関してはイリアスにも説明したんだが、エクドイク個人のためだ」
「俺のためだと?」
「お前は自らの価値を高めようと『俺』について来てくれる。だが『俺』の言葉に従順過ぎた。それじゃあせっかくの晴れ舞台なのに成長もできないからな」
単純に『蒼の魔王を説得してくれ』と言えばきっとエクドイクは同じようにやり遂げて見せただろう。
だが今回のエクドイクは自分で迷って選択してみせた、この違いは非常に大きい。
エクドイクの戦闘技術は非常に高度でこれ以上の成長は緩やかなものになるだろう。
大きな成長を望めるとすれば今まで疎かにしていた対人技能だ。
「俺の成長……」
「どうだ、自分で決めて相手に踏み込む時の感覚は。なかなか新鮮だったろう?」
「それはそうだが……だがもしも俺が説得を行わず、同胞の指示に従っていたらどうするつもりだったんだ?」
「それはない、忘れたかエクドイク。『俺』はお前を過去に一度『理解』してるんだ」
イリアスに禁止される前に行った理解行動、それによりエクドイクの心理面は仲間割れを起こさせられる程に掌握している。
その後の変化もほとんど一緒の時間を過ごし、報告を受けているのだから調整も問題ない。
だからエクドイクに蒼の魔王の過去を聞かせ幾つかの方面から心理的に揺さぶりを掛ければ必ず自らの意志で説得を行うだろうと信じていた。
「――そういえばそうだったな。今の俺はまだ同胞の掌の上なのだな……。だが蒼の魔王はどうなんだ? 同胞は蒼の魔王の情報は仕入れていたようだが、アレを本気で行ったのか?」
「いや、蒼の魔王には理解行動を使っていない。今回使ったのは一人だけ、ラーハイトだ」
こちらのメインターゲットは蒼の魔王ではなくその陰で動いていたラーハイトである。
魔王達は基本的に自分達の陣地を離れない。
だが緋の魔王に協力的な姿勢を行った蒼の魔王の事を考慮すると緋の魔王から何かしらの指示を伝えられる人材が送り込まれていることは明白だった。
死を望みそれが叶わず自暴自棄となり他者からいい様に利用されていた蒼の魔王より、それを操る人物の理解行動こそがこの戦いの勝敗を決めるとこの地に来る前から考えていた。
そしてその切り札となったのがギリスタだ。
ガーネで金の魔王と色々やっていた頃からギリスタにはラーハイトの痕跡を追わせていた。
ウッカ大司教に取り入った時の様に有力者に取り入り人間側でも何かしら暗躍するのではと警戒しての行為だ。
案の定ラーハイトはクアマの街の領主数名と接触していた。
恐らくは防壁が破られた後、各地の指示系統を乱すつもりだったのだろう。
厳密には各領主に接触した際には別の体を使っており、子供の姿のラーハイトが目撃された場所や時期に各領主に新たに接触してきた人物を辿ってようやく判明した事実だ。
結局子供の体に戻っていると言うことはやはり今の体もそれなりに手を入れた貴重品なのだろう。
子供の体のくせにノラみたいに魔法を使えるなんて羨ましい。
いや、ノラも子供だけどさ。
その時に使用した新たな体、接触の仕方。
自分の立場を置き換えるのが手っ取り早いのではあるがそれはイリアスが良い顔をしないのでその分時間を使いじっくりと分析させてもらった。
一応セラエス大司教にも情報を伝え接触があったとされる各領主への催眠魔法の有無の確認を指示しているので問題は無いだろう。
『私』が出張る必要もあったが、結果は上々。
エクドイクから雷魔法、『ラーハイトあり、ラーハイトのみ逃走』の合図を確認した後ミクスには姿隠しの魔法を使用してもらい潜伏。
その後エクドイクと蒼の魔王が戦っている場所を目視でき、かつ察知されにくく、逃走もしやすい等ラーハイトが好みそうな場所をこちらで推測、ミクスと一緒に捜索したのだ。
ラクラには中間の位置に残ってもらいエクドイクの緊急時の補佐、又はこちらがラーハイトとの戦闘になった際のミクスの援護、どちらにでも動けるようにしてもらっていた。
結局蒼の魔王とラーハイト共々エクドイクとミクスが無力化してくれたので出番は無かったが。
「……もしも俺が蒼の魔王を説得できなかった場合はどうしたんだ?」
「その場合お前が蒼の魔王を死なせてやっただろう? 戦闘面で後れを取った場合には撤退していただろうからその時は『俺』が名前を交渉材料に死んでもらう形になったと思うがな」
「説得する気はなかったのか?」
「微塵もな、敵として現れた相手に気を掛けている余裕があるほど強くないからな。相性が最悪だしな」
蒼の魔王をエクドイクに任せた理由はエクドイクの成長のためだけではない。
蒼の魔王に対しては『理解行動』が使えないのだ。
使えないと言うより、使いたくないと言える。
相手の立場を理解し、その立場に効果的な立ち回りを行う事で優位性を得る技だが使ってはいけない相手が幾つか存在する。
その一つがそう、自殺志願者である。
人生に絶望し死にたいと願っている奴の感情を完全に理解すると言うことは言葉通り死にたくなる危険性があるのだ。
イリアスに制限されずとも立場を置き換えるのはもっての外、できる事なら分析も避けたいところなのだ。
「そうか、精神への負担が大きい技だったな。ある意味では蒼の魔王は同胞の天敵とも言えたのか」
「ああ、だからお前に頼らせてもらった。それに……」
「それに、何だ?」
「相性以前に世界に恨み言を残して死のうとしている奴とは接触したくない」
「……」
こんなに捻くれた人間となった原因と類似した奴なんて相手にしたくないのが本音だ。
これは個人的な弱さ、未だ過去に自殺した友人との決別が済んでいないのだろう。
こちらの過去を知っているエクドイクもその辺を察したのだろう、何と言えばいいのか困っているようだ。
そこにイリアスが咳払いで割り込む。
「ん、だが蒼の魔王は人間への侵攻を中断した。今後の立場は中立となるのならば君が関わらないわけにもいかないだろう?」
「まあな、エクドイクがこっちを離れて蒼の魔王と二人きりになると言い出さない限りはきちんと面倒は見るさ」
「それは俺のためと言うことか?」
「そうだ、生憎と蒼の魔王には今の所味方意識なんてこれっぽっちも持っちゃいない」
「そうか……なかなかに複雑だな」
「今のお前の立場よりかはずっとシンプルだけどな」
エクドイクが蒼の魔王の信用を得るために魔族化する選択を取ることを考慮していなかったわけではない。
無論『俺』が人間と魔族の違いで差別することはない。
だがこの世界の人間達は違う、既に知り合っている者達ならば寛容性を見せるだろうが初見で出会う者達は間違いなくエクドイクを忌避するだろう。
「それなら問題ない。万人に好まれる生き方など最初から求めてはいない」
「さいですか、『俺』については別にって感じだしな」
「魔王を仲間に取り込んでおいて魔族に差別意識を持ったら驚きだ」
「無色の野郎は別だがな。イリアス達はどうだ?」
一応他の者達の素直な感想を聞いておく必要があるだろう。
場合によっては組み分けの際に考慮する必要もあるのだ。
「エクドイクさんはエクドイクさんですっ!」
「まあウルフェはそうだよな」
ウルフェにとってエクドイクは恩師の一人、そもそも人としての固定概念を植え付けられなかった人生を送っていたのだ、問題は無い。
「問題ない、魔族になったところで護衛一番の座を渡すつもりはない」
「まだお前に渡したつもりもないけどな」
イリアスについては魔物への確執がある以上少し心配ではあったがエクドイクとの接点がそれなりにあったからかそこまで問題視はしないようだ。
「私も平気ですぞ、雰囲気が多少変わった程度ですからな!」
「今はまだ変調の途中だ。これからもう少し色が変わるそうだ」
「ご友人は小麦色の肌はお好きですかな?」
「健康的なのは嫌いじゃないが、その為に魔族化するような奴は白い目で見るぞ」
ミクスも偏見はない、マリトの友人がこんなだしな。
「ラクラはどうだ?」
「どうと言われましても……不死でないのなら別に敵になられても倒せるわけですし……」
「物騒な判断基準だな、おい」
仮にもお前の兄だぞ、血の繋がり付きで。
「ああでも、暑苦しくなりそうなのはちょっと嫌ですね」
「ああ、肌黒くなると体育会系オーラが増すもんな」
「言葉の意味がちょっと分からないですが、そんな感じですね」
取り敢えずこの場にいる者達に関しての心配はなさそうだ。
マリトも大丈夫だろうし、カラ爺達もまあ平気か。
心配なのはマーヤさんやレアノー卿辺りだろうか、そこは上手くフォローするとしよう。
「と言うか見た目だけなら以前ノラの実験で失敗した時のアレで肌色とか髪色を変えれば誤魔化せるんだけどな」
「ああ、言われてみればそうだな」
いっそ小麦色肌ブームでも作れば逆にエクドイクが普段通りにしても問題ないのでは。ありだな。
ミクスには広告塔になってもらおう。発言には責任を持ってもらわねばな。
そんなことを考え悪い顔をしていると全員、いやラクラ以外の表情がやや緊張したものとなる。
「――同胞、周囲に人の気配だ。そう遅くない内に囲まれるぞ」
「ああ、そろそろ来る頃だろうと思ったしな。好きにさせておけば良いさ。さっきの手筈は問題ないんだろう?」
「ああ、大丈夫だ」
そんなわけでしばらくゆったりしていると素人の耳でも周囲に多くの人が歩み寄って来るのが分かる。
鎧の音やらを考えるにクアマの兵だろう。
そして完全に周囲を囲まれたところで静かになった。
「お茶の用意をしても飲んでもらえないだろうからな、外で話をするとしようか」
外に出ると仮拠点周辺を見事なまでにクアマの兵に囲まれていた。
そして正面にはセラエス大司教、もう一人のナイスミドルな髭の人は聞いていた特徴からクアマの国王、ゼノッタ=クアマその人だろう。
セラエス大司教の目線は相変わらず、ピリピリとこちらを睨んでいる。
ゼノッタ王の方は……幾分か柔らかいがそれでも多少の不信感を持っていると言った感じか。
数名の護衛を連れセラエス大司教とゼノッタ王が前に出てくる。
こちらはイリアスだけを連れて前に出た。
「私の名はゼノッタ=クアマ、このクアマ国の王だ。此度は魔王の侵攻の阻止その手並み見事であった」
「国王陛下直々にいらっしゃらなくても、ひと段落すればそちらに顔をお見せしたでしょうに」
「賛辞を与えるために来たわけではない。蒼の魔王、及びラーハイトの身柄をこちらに引き渡して貰おう」
当然そうくるよな。
無力化したと言う情報を聞いて素直に信じて来るあたりこちらの実力は認めているようだが、堂々とかっさらいに来るのは侮られているのだろう。
「それでこの物々しい兵ですか」
「魔王を捕らえるのだ、多過ぎると言うことはあるまい?」
「蒼の魔王、及びラーハイトの無力化はこちらの者達で行ったのですがね」
「クアマに侵攻した以上クアマによって裁くのは当然の理だ」
「クアマに侵攻ですか、クアマ魔界内で終わった戦いの様に思えましたが」
「クアマ魔界もクアマの領土に変わりない、詰まらぬ屁理屈を聞きに来たわけではないのだぞ?」
「セラエス大司教程に魔法に長けている方がいるのであれば薄々は察していると思いますが蒼の魔王はこちらには居ませんよ?」
「その様だな、ならばどこにいる?」
「クアマ魔界ですが」
「……無力化し中立化させたと言ったのならば呼び出す手立てもあるだろう。早急に呼び出して貰おうか」
「その要請を聞く理由がありません」
「ほう、この状況で我々の要請を拒否する勇気があると?」
「中立の第三陣営を名乗っている以上一国だけに下手に出るわけにもいきませんので」
「なるほど、理屈は通っているが賢いとは言えんな」
背後の兵士達が武器を構える。
渡さぬのならばお前等も捕らえると言わんばかりの脅しだ。
だが脅し方を間違えている。
脅しが通用するのは一方的に脅威を示せる場合のみだ。
対するイリアスは……偉い、堂々と立っているだけだ。
「ゼノッタ王、今『私』達に危害を加えようとすれば蒼の魔王が再度貴方達を敵とみなし侵攻を再開すると思いますが……あの巨大アンデッドの報告を受けてなお、強攻されるおつもりですか?」
「それは厄介だな、だが今お前達を捕らえ、蒼の魔王をおびき出せば済む問題ではないのか?」
「蒼の魔王がこの様子を見ているとしても?」
ゼノッタ王は思案するがすぐに横にいたセラエス大司教が口を挟んできた。
「王よ、その者の言葉に促される必要はありません。その男は嘘をついております」
「ハッタリと言うわけか、顔色一つ変えずによくもまあ舌が回るものだ」
「おや、セラエス大司教の言葉を信用するのですか?」
「当然だ、お前を信用する理由がない」
「やれやれ、では再度確認しましょうか。『私』達は穏便に済ませる事を望んでいるのですが、ゼノッタ王は聞き入れるつもりはない。それで良いんですね?」
「ああ、お前等を拘束するのに丁度良い理由もできた。捕らえよ」
兵士が歩み寄り、『私』を拘束する。
イリアスは動かない、それで良い。
ゼノッタ王へ視線を向け、笑いかける。
「『私』も丁度良い理由ができました。ご決断ありがとうございます」
寒気が周囲に伝わった。
この予兆を覚えている兵士達は思わず身構える。
そしてすぐさまその事象は発生する。
「今のは……まさか!?」
ゼノッタ王は防壁の方を振り返り、上部を見上げる。
上部では見張りが起こしたであろう狼煙が上がっている。
シンプルな内容、『敵襲』である。
そして詳細を確認するまでも無く、地響きと共に防壁の向こうから巨大アンデッドが再び姿を現した。
崩壊したとはいえ、その無数のアンデッドの残骸は広大な大地と混ざり完全に排除することはほぼ不可能。
つまりクアマ魔界ならば蒼の魔王がその気になれば何度でもあの巨大アンデッドは即時復活ができる。
巨大アンデッドは防壁の上部を両腕で掴み、ゆっくりと力を入れていく。
防壁に亀裂が入り、徐々に破壊されて行くのが遠目でも分かる。
「そんな、蒼の魔王はこの場所の様子を見ていないと――」
ゼノッタ王はセラエス大司教を見る、セラエス大司教はハッとしたかのようにこちらを睨みつける。
蒼の魔王は確かにこちらの様子を見ていない、だが連絡は取れるのだ。
蒼の魔王にはエクドイクの鎖の欠片を渡していたのだ、だから魔界に待機していた蒼の魔王は即座に言われた通りに行動して見せた。
遠距離ともなれば振動させることが精一杯だが、むしろそれが良い。
「貴様、アレを止めさせろ!」
「懺悔させてもらいましょうかセラエス大司教。確かに蒼の魔王はこの場所を見ていません。ですから『私』では止める指示を出せません」
「――ッ!?」
これは嘘ではない、『鎖が振動すれば防壁を破壊しろ』としか伝えていないのだ。
撤回する気も、させられる気も微塵もない。
「警告はしました。聞かなかったのはそちらだ」
「貴様、自分が何をやっているのか分かっているのか!?」
「ええ、貴方達は『私』達を脅せる相手だと侮っている。まあそう思われるのも仕方がない事かもしれません。ですがそれだと困るので手っ取り早く対等な状況に持ち込ませてもらうことにしました」
巨大アンデッドにより防壁が破壊されていく、上部だけでなくいよいよ下部も。
だがそれだけに終わらない、巨大アンデッドは防壁を横へ横へと破壊し続けていく。
「防壁が……数百年に渡り土地を護り続けてきたクアマの防壁が……」
「ゼノッタ王、放心するにはまだ早いかと。報告を受けていないのですか? 蒼の魔王にはまだ後詰の武装したアンデッドもいます。おや、そういえば丁度良い通り道ができましたね?」
「ッ!?」
「平野での戦いが始まるともなれば魔物が流れ込んでくる可能性は大いにありますからね。メジスもそう多くの兵は貸し出せないでしょう。ガーネは……まああそこの王は話が分かるので手は出してこないでしょう。クアマの兵力ならば問題ないですよね? こうして堂々とこちらに手を出す決断を下せたのですから」
これが『私』の後詰のプラン。
防壁にイリアス、ウルフェのコンビを向かわせた理由。
あの二人が巨大アンデッド相手に時間稼ぎを行う場合周囲の者達はまず手出しができない。
そしてウルフェには出入り口を防衛に便乗し破壊するように指示を出しておいた。
イリアスには……取り敢えず上部に着地するようにとだけ、加減の下手なイリアスが長時間暴れれば勝手に荒れるだろうとの判断。
巨大アンデッドが防壁を破壊しようとしているのに兵の補充すらままならない現状、防壁に残っていた斥候は早期に逃げ出している。
それはさておき、これでクアマはクアマ魔界との間にあった護りを失うこととなった。
つまりは蒼の魔王の脅威度が格段に跳ね上がったことになる。
この状況を決断したのはゼノッタ王だ、今彼の心境は酷く乱れている。
口実を作らせるのはそう難しいことでは無かった。
ゼノッタ王もセラエス大司教もこのリスクは重々承知だった、だが『私』がそのリスクはハッタリだと誤認させた。
トクサド卿に送らせたこちらの様子、そこに細工をしておいた。
彼が報告を行う書類をチェックさせてもらい、その表現を少しずつ変えさせた。
報告内容に間違いはない、ただ『私』達が陳腐な小物の様に感じられるようにした。
トクサド卿は『あ、貴方に対して、そ、そんな言い方は』と怯えていたが罠に嵌められた領主ならば憤りを感じながら筆を握ってもおかしくないと笑っておいた。
セラエス大司教はターイズで出会った際に散々睨んできた相手、なのでこちらが臆病なだけの人間だと印象操作を済ませている。
そこに来た更なる印象の下方修正。
これらによりこの男にはそれができない、見せびらかしてきたとしてもそんな度胸はないと高を括らせたのだ。
『私』を強者や厄介者だと認識させることは可能ではあるが限度がある。
だが地球で穏便に生きるため、警戒されないためにと格下に見られる技術においては一流だと自負している。
ゼノッタ王がどれほどセラエス大司教の意見に左右されるのか目の前でそれらしい嘘を吐いたが少しも躊躇わずにセラエス大司教の言葉を信じてみせてくれた。
どこに蒼の魔王が潜んでいても不思議ではない状況で、『目の前の男が嘘を吐いている』の言葉で安全だと蒼の魔王の脅威を払拭している時点で迷う必要も無かった。
「これは……これでは……」
「ゼノッタ王、中立である『私』としても好き好んで人間に敵意を向けたくはありません。ですが中立が無抵抗主義者だと勘違いされるのは止めてもらえますか?」
「ん、ぐ……」
侮っていた、その状況で調子に乗り手痛い目に遭った。
忘れられない程の失敗は深く心に刻まれることとなる。ゼノッタ王への牽制はこれぐらいで充分だろう。
セラエス大司教が影響力を及ぼせるクアマも蒼の魔王と言う脅威が明確になった以上容易には動けなくなる。
多方面に渡る厄介の種を摘み取る計画は上々と言った所だろう。