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次に追い詰めるのは。

 ここは防壁の近く、兵士達が用意しているキャンプ地を避けた位置にやって来ている。

 準備を済ませ、セラエス大司教にも警告の手紙は送ってある。

 あとは蒼の魔王が動くのを待つだけだ。

 そういったわけでリルベの大工を総動員して作らせた簡易拠点からある装置の様子を見ている。


「はぁー、良い湯ですねぇ」


 蒼の魔王用に用意した物、それは木製の巨大な風呂だ。

 別にふざけているわけではない、厳密に言えばこれは風呂ではなく風呂っぽい装置だ。

 浴槽は10メートルにも渡る長さでやや弧を描いた形となっている。

 それを少し離しつつ二セット用意してある。

 それぞれの浴槽に浸かっているのはエクドイク、そしてラクラだ。

 無論二人とも全裸ではなく用意した行衣の様なものを着てもらっている。

 滝行を行う時に着るアレだ。

 長時間の待機行動となるので風邪を引かないように水の温度はぬるま湯にしてある。


「尚書様、お酒とかないのですか? 入浴がてらの時間潰しと言えばやはりお酒がないと!」

「そのまま集中するか水の温度を冷水にまで下げられるか選べ」

「地味に脅されてますね!?」


 ラクラの方はまったりとしているがエクドイクの方は恐ろしい程真剣だ。

 何せ浴槽に入ってから一時間、ピクリとも動いていない。

 ラクラ、お前のその間延びした態度が奴の集中を乱すのだからもう少し静かにしろ。

 文句を言っているラクラを放っておいて簡易拠点に入る。

 中ではミクスが待機しており、こちらの入室を見てお茶を差し出してくる。

 中央に置かれている机の上には白紙の羊皮紙が複数枚、そしてクアマとクアマ魔界の境界線周辺の地図が広げられている。


「エクドイク殿とラクラ殿の様子はどうですかな?」

「エクドイクは気負い過ぎ、ラクラは力が抜けすぎだな。中間が欲しい所だがそれはこっちで補完するしかないだろう」


 ただエクドイクに関しては気負っているのは仕方のないことなのかもしれない。

 アイツには既に()()()を済ませてある、反応も好ましい感じだ。

 イリアスとウルフェは別行動、今頃準備運動でもやっていることだろうか。

 差し出されたお茶を飲みつつ椅子に座る。

 するとミクスが背後に回り込み肩を揉んでくる。


「いらんて」

「そうは言いますがご友人、かなり凝っていますぞ。クアマに来てからまともに休んでいないのに気づかぬ私ではありませんぞ!」

「ただの机作業だ、これから先お前等の方がもっと体を動かすことになるんだぞ」

「それは問題ありませんとも、私達は鍛えられていますので!」

「それを言えばこっちも徹夜作業やらで鍛えられてるさ。眠れるだけマシだ、マシ」

「ではこれは後の作業に向けての準備運動と言う事で!」


 無理に拒否する必要もないか、好きにやらせるのが一番だろう。

 正直ちょっと痛い、だが確かに肩凝りには効くようだ。

 戦闘能力のあるわりにミクスって加減上手だよな、イリアスに肩とか揉まれたらもがれかねん。


「その顔はラッツェル卿なら肩がもがれるなとか思ってますな?」

「良く分かるな」

「おお、当たりましたか。良い感じですな!」

「何が良い感じなのかは分からんが、顔色を読めるのは純粋に凄いと思うぞ」

「ふっふん、ご友人の観察をしてきた甲斐がありましたな!」


 そんなに観察されてたっけ、ミクスってターイズじゃほとんど城でしか会わないのだが……あまり気にしない方が良さそうだ。


「あまりマッサージされると眠くなるな、少し強めに頼む」

「おや、そうですか。では少しばかり力を入れますか」

「いてえっ!?」


 身体に障害が残らないギリギリを攻められている感が半端ない。

 やはりこの世界の住人の力はおかしいと思う、うん。

 だが目は覚めそうだ、後数時間で色々決着するのだから気合は入れておかねばなるまいて。

 感情の切り替えの用意もしておくとしよう、今回の相手には容赦は要らない。

 遠慮なく仕掛けさせてもらおう。


「むう、またご友人が悪い顔になっていますな。顔を揉んだら治りませんかな?」

「痛いて」


 ◇


 クアマ魔界は周囲を高い山脈や深い崖によって他の地域から隔たれており、あらゆる歩兵の移動が制限されている。

 だが一ヶ所のみ平地繋がりの地帯が存在している。

 知能無きアンデッドを魔界より侵攻させるためにはその場所を経由するのが誰にでも分かる最適解だ。

 だがそこには人類が長年に渡って築いた巨大な防壁がそびえ立ち、完全にアンデッドの侵攻を抑えている。

 現在も山脈の見晴らしの良い場所から防壁の様子を望遠の魔法で窺っているのだがアンデッド達に防壁を突破できる様子は見られない。

 大地を埋め尽くすアンデッド達、下されている命令は『その先へ進め、そして人間を殺せ』と言った単純な物だ。

 それゆえ防壁の上に陣取る人間達への反応は見せているが防壁を破壊しようともせず愚直に壁に向かって進んでいる。

 同じアンデッドを足場とし、乗り越え、徐々に防壁を上っていくのだがその過程で人間達による攻撃を受け墜落していく。

 数が溜まれば広範囲による浄化魔法の攻撃で一網打尽にされ、積み重なる塵も折を見て爆炎魔法で吹き飛ばされている。

 既にあの周囲一帯はアンデッドの塵で土壌が入れ替わっているだろう。

 これを後数百年、いや数千年程続ければ塵を吹き飛ばしきれずにアンデッド達は苦も無く防壁を越えられるだろうがそれでは時間が掛かりすぎる。

 そもそもそれだけの年月を使ってアンデッドを塵にし続ければ流石に数も尽きるだろう。

 傍に居る蒼の魔王はその光景を何の感情も持たずに退屈そうに見下ろしている。


「蒼の魔王様、わざわざ居城を出てこの場に移動したと言う事は事態を進展させるためですよね?」

「そうよ、本当は城に居座りたいのだけれど……嗚呼、死にたい……」


 蒼の魔王は言っていた、防壁は間もなく突破できると。

 そして今、その最終段階なのだ。

 既に私の中でその方法は導き出されている、だが本当にソレで突破可能なのか。


「単刀直入にお聞きしますが、蒼の魔王様は高位のアンデッドを生み出すつもりですよね?」

「ええそうよ、下級のアンデッドで突破できないのならもっと良いのを使うだけ」


 やはりそうか、蒼の魔王は質の良いアンデッドを生み出すには時間が掛かると言っていた。

 愚直に見える進軍だがこれらはその準備なのだろう。

 だが上級アンデッドを生み出したところでクアマにもそれなりに腕の立つ者達はいるだろう。

 仮にユニーククラスのアンデッドを用意できたとしてそれ単騎で防壁を突破とはいかないだろう。


「そう上手く行きますかね?」

「高位のアンデッドを生み出す方法は二つ、一つは英雄の魂を使い英雄のアンデッドを作り出す方法。元々力ある者のアンデッドならば多少劣化し精神が汚染されたところでその基本性能は高いわ。ただ作るだけじゃ心許ないから他に呪いやら特殊な儀式を混ぜ合わせてアンデッドとしての特別な体を用意するのがオススメ――ってユグラが言っていたわ」


 死霊術によって生み出されたアンデッドには多少なりとも自我がある、意思疎通すらできないほどに精神が汚染されているがその自我により人間らしい行動を行える個体も存在する。

 複雑な行動こそできないが腕に握られた剣や槍を相手に突き刺す程度は可能だ。

 魂としての質が最初から高ければアンデッドとなってもより高度な技術を使用できると言った事なのだろう。

 しかし今防壁に突撃させているアンデッド達にそういった傾向は見られない。

 つまりはただの下級アンデッドだ。


「今回使うのはもう一つの方ですか?」

「ええ、今の方法ならユニークのアンデッドを生み出せるのだけど……あまり強すぎる英雄の魂をその辺から持ってきちゃっても自我が強すぎて制御に困るの。生前尽くしてくれた相手なら可能性はあるのだけれど私って英雄の知り合いがいないのよね」

「ユグラくらいですかね」

「あれは英雄とは呼ばないわ」

「勇者と呼ばれているのにですか」

「自分で名乗ったのよ、詐欺師も良い所だわ」


 どちらの魔王もやはりユグラの事を良く思ってはいない。

 滅ぼされた相手なのだから当然と言えば当然なのだろう。


「それで……もう一つの方法とは今行っている侵攻が関係しているのですよね?」

「そうよ。英雄の魂が無いならその辺の死者の魂を使うしかない、でもそれじゃあ大して強いアンデッドは作れない。だから集めているの、一ヶ所に、一纏めに……頃合いね」


 蒼の魔王が防壁の方へ向け手をかざす。

 刹那、氷の様に冷たい魔力の波長を感じた。


 ◇


「……何だ?」


 休みなく浄化魔法を打ち込んでいたのもあり最初の異変に気付くのに少々遅れた。

 だがその異様さは徐々に全員に広がっていく。

 一瞬の寒気の後、突如防壁周辺にいるアンデッド達の動きが止まったのだ。

 防壁の上にいる我々に反応して蠢いていた奴らがまるで本来の死体にでも戻ったかのように動いていない。

 不格好な体は真っ直ぐ立つことも叶わず次々とアンデッドは倒れ崩れていく。

 セラエス大司教からの通達を思い出す、『何か変化があれば注意せよ』と。

 これがその変化か?

 具体的な説明は無く、指示を受けているのは指揮官だけだ。

 末端の聖職者である私には変化に気づけば連絡せよとの指示のみである。

 だがこれならば私が連絡するまでもない、誰もがすぐに気づく変化だろう。

 周囲の者達もアンデッド達の動きが止まったことにざわめきだす。

 あれだけの浄化魔法を打ち込んでも次から次へと続いてくる奴等が突如止まるなど自然の摂理に反している。

 何かしらの予兆、きっとそれは……。


「お、おい、なんだありゃ!?」


 兵士の声に反応し兵士が見つめている先を同じように望遠の魔法で確認する。

 その箇所には他と同じくアンデッドの残骸があるだけ……ではなかった。

 あの辺のアンデッドだけが、いやアンデッドの残骸だけが奇妙に蠢いている。

 それは個のアンデッドの動きではなく、まるで……そう、土魔法で操っているかのようだ。

 周囲のアンデッドの残骸、塵が徐々にその位置に集まりだしている。

 今までに浄化魔法で倒したアンデッドの残骸は相当な量だ、それが全て……。


「悪い……冗談だよな……?」


 残骸だけではない、周囲の土までもが混ざり合いそれは一つの個体として姿を形成し始めている。

 それは蹲る人の姿、それもとても巨大な……。


「そ、総員! 浄化魔法をあの地点へ叩き込め! アレはアンデッドだ! あれが完成すれば防壁よりも巨大なアンデッドになるぞ!」


 指揮官の怒声に全員がその発言を聞き火のついた油の様に一斉に攻撃を開始する。

 今はまだ蹲っている人の形をしているだけに過ぎない。

 だがあれがもしも動き出せば……恐怖がどっと押し寄せてくる、あんな魔物見たことがない。

 無数だったアンデッドは全てが一つになろうとしている、そんなことが、そんな出鱈目があって良いのか!?

 あれほど巨大な魔物が動き出せばこんな防壁なんて……!

 多少の疲労感など一瞬で吹き飛んだ、渾身の魔力を込めて浄化魔法を放つ。

 あれだけ大きければ狙いなんて関係ない、精密性よりも威力だ。

 放った魔法は着弾する。

 するとその箇所は通常のアンデッドと同じように崩壊し、塵となる。

 効いている、大きさこそ規格外だがアレはアンデッドなのだ。

 他の者達の浄化魔法も次々に着弾し巨大なアンデッドは見る見るうちに崩れていく。


「良し、良い調子だ! 休まず畳みかけ――」


 再び寒気が走る。

 すると崩れていた箇所が急速に修復し、再び形作る工程へと戻っていく。

 浄化魔法が効かない、そんなアンデッドがいるのか!?

 ユニーククラスの悪魔だって浄化魔法で倒されているんだぞ!?

 全員がその事実を認識しながらも魔法攻撃を撃ち続ける。

 だが足りない、巨大過ぎるアンデッドを一度に吹き飛ばすことができず、その構築、回復速度を上回れない。

 ついに巨大アンデッドは動き出す、ゆっくりと大地に手を突く。

 その瞬間周囲が大きく揺れる、多くの者がそれだけで体勢を崩した。

 決して早い動きではない。

 病気の老人がゆっくりと起き上がる方がまだ早い。

 だがそのアンデッドが動作をするだけで大地が揺れている。

 そして防壁は巨大な影に覆われた。

 立ち上がった巨大アンデッドの大きさは人類が建築した最大の高さの防壁を胸部の時点で超えていたのだ。


 ◇


「あの大きさならここからでも肉眼で見えるわね」


 蒼の魔王が完成した巨大アンデッドを見ながら呟く。

 一体ここからどれだけの距離があると思っているのだ、間近で見ている防壁の兵士達はどれ程の恐怖に襲われているのだろうか。


「途中再生しているように見えましたが……」

「同じアンデッドだもの、するに決まっているわ。アレは防壁の先に行くまで私の意志一つで何度でも再生するわよ」


 居城で見せられた下級アンデッドへの死霊術の掛け直しを思い出す。

 それを同じ難易度のままあの巨大なアンデッドに適用していると言うのか。

 そんなもの仮に魔王に匹敵する程に常軌を逸した強者があの場にいたとしても止められる筈がない。


「これで防壁は間もなく崩壊、そして巨大アンデッドによるクアマ侵攻が始まるというわけですか」

「何を言っているのよ、平地を確保したなら後は普通のアンデッドで充分よ。いくら巨大でもアレがクアマの城や街を一つ一つ破壊するのを待っていたらどれだけ掛かると思っているのよ」


 視線は巨大アンデッドの遥か後方、そこには更なる無数のアンデッドの軍勢が侵攻を行っている。

 しかもその全てが武装しており、まるで軍の様に統率が取られている。

 防壁を攻めていた下級アンデッド達は武器こそ握っていたが見た目も醜悪な物だらけだった。

 それに対する兵士だった者達のアンデッド、強さは下級のアンデッドより少しだけマシな程度とは言え見栄えはずっとマシだ。 

 これこそ魔王の軍勢として相応しいと言えるだろう。

 この魔王が死を求めて敵を作り続けた場合、一体どれ程の脅威と育つのだろうか。

 緋の魔王とは違った意味で恐ろしい、だがこれならば……計画は順調に進むだろう。


「実に素晴らしい、感服いたしました」

「お世辞なんて要らないわよ、要るのは私を殺せる手段よ。嗚呼、死にたい……」

「――その手段ならば与えてやろう」


 一瞬の殺気、辛うじて反応し後方に避難すると立っていた場所に無数の鎖が降り注ぐ。

 この鎖は……間違いない。


「おやおや、久しぶりですね。エクドイク」


 鎖の先、そこには嘗てターイズに送り込んだ冒険者エクドイクの姿があった。


「相変わらず子供の姿のままかラーハイト」

「この格好だと意外と人間には親切にされるんですよね」


 一体どうやってこの場所を知った、今の私の実力ではこいつの相手は骨が折れる。

 いや、それよりも蒼の魔王は無事なのか、今の攻撃に反応すらしていなかったように見えるのだが。

 視線を蒼の魔王へ移すと蒼の魔王の周囲に三体のアンデッドが現れており、その全てが鎖から蒼の魔王を護っていた。

 全身を余すところなく武装しており、明らかにその辺のアンデッドとは違う。

 ユニーククラスのアンデッド、やはり最高品質の物は傍に置いていたか。


「貴方の知り合いかしら、ラーハイト」

「ええまあ、以前は仲間だったのですがね」

「生憎今は敵だがな。蒼の魔王に名乗っておくとしよう、俺の名はエクドイク=サルフ。貴様等を止めに来た者だ」

「そう、わざわざ遠くから隠れて動いていたのに、やっぱり邪魔が入るのね……死にたい……。どうやってこの場所を知ったのかしら?」

「それを答えるつもりはない、悠長に話をするつもりもな!」


 無数の鎖が展開され、敵と認識している五体全て同時に攻撃が行われる。

 当然ながら蒼の魔王を助ける余裕などなく、蒼の魔王もこちらを守るつもりはないだろう。

 事前にセットしていた水晶魔法を発動、足場に水晶を発生させその勢いで遥か後方へ飛び上がる。


「蒼の魔王様、生憎この体では援護も満足にできません。速やかに退散させてもらいますので気兼ねなく迎え撃ってください」

「それって私に押し付けて逃げるだけよね? 面倒臭い、嗚呼、死にたい……」


 エクドイクは逃走の気配を見せた私に反応し、追撃を行おうとしたが攻撃を回避して迫りくるユニーククラスのアンデッドに気を取られた。

 蒼の魔王が気を利かせてくれたと言うわけではないだろうがその機会、利用させてもらおう。

 空中に水晶を最大速度で発生、その勢いでその場を離れた。

 エクドイクは厄介な男だが相手はあの蒼の魔王、恐らくそう遅くない内に他の手勢が追いかけてくるに違いない。

 ……よもやあのユグラの星の民がこの地に来ていると言う事か、厄介な。


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