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次に促すは。

そう遠くないうちに均衡は崩れるだろうという想定の中、蒼の魔王の居場所を特定するための準備を進めていくわけだが、それとは別に待ち望んでいた物があった。

ちなみにその当人が本日このリルベに訪れてくれた。


「あらぁ、久しぶりねぇ。少し良い顔になったかしらぁー?」

「よっ、元気そうだなギリスタ」


 ギリスタ、かつてエクドイクと共にラーハイトに送り込まれた刺客の一人。

 彼女がターイズから逃亡をした後、エクドイクを通して細々と連絡を取り合っていた。

 出会い頭に拳と拳を軽く上下でぶつけ合い、互いの右手でハイタッチ。

 この動作に呆気に取られるイリアス。


「何だ今のは」

「冒険者内で流行っている再会の挨拶ですぞラッツェル卿」


 はい、その通り。

 以前ミクスに教わった挨拶だがギリスタが自然とそういう動作をしたので合わせてみました。


「ギリスタとの再会は予想していたが、随分と親し気にしているな?」

「あらぁ妬いているのぉ? 大丈夫よぉ、依頼主としては破格の好物件だけど男としては好みじゃないものねぇー?」


 イリアスとも男女仲ではなく護衛する側される側の関係だからそっちの意味では妬いているかもしれない。

 イリアスとは別にそういった挨拶はしないしな、朝起きて毎回あんなボディランゲージによるコミュニケーションをするような体育会系でもないし。

 

「ガーネにいた頃にエクドイクを通して依頼を行っていた。マリト経由でターイズの暗部達に協力してもらってばかりじゃ悪いしな」

「殺し合った仲なのに平然と依頼してくるものだからぁ、つい気に入って受けちゃったわぁ。はいこれ言われてた奴ねぇー?」


 ギリスタから羊皮紙の束を貰い、中を確認する。

そうそう、これが欲しかったのだ。

 今回のクアマで動くにあたってこの情報を持っているのと持っていないのではこちらのスペックを活かせる割合が大幅に変わってくる。


「これがあればだいぶ捗るな」

「あらぁ、悪い顔になってるわねぇ? ところで報酬は貰えるのかしらぁー?」

「ああ、金も当然だがもう一つ用意してあるぞ」


 そしてギリスタにターイズから持ち込んだ物を渡す。


「あはぁ、懐かしい感触ねぇー」


 それは以前ギリスタを退けた際に回収させて貰った魔剣。

 通常より重いイリアスの剣よりも遥かに重い大剣でこれを運ぶために馬車を使わざるをえなかったのだ。

 ギリスタは軽々と魔剣を振り回し、その感触を確かめている。

 魔族が使っていたとされる魔剣、『金』によると黒の魔王の配下である魔族達にはそれぞれ黒の魔王から与えられた特殊な武器があったそうだ。

 これがその一本だと思うとなかなか希少価値の高い物だよなと思う。

 まあこんな重いわ趣味の悪いわといった武器を好んで使いたがる騎士がいる筈も無く、宝物庫で腐るくらいなら有効活用させて貰おうとマリトから譲ってもらったのだ。

 

「さあぁ! それじゃあ早速ぅ……試させてくれるかしらぁ!?」


 感触の確認が済んだと思いきやギリスタはイリアスへと斬りかかる。

 戦闘狂のギリスタ、万全になり目の前に好敵手がいると判断するや躊躇がない奴だ。

 まあ数秒後に地面にひっくり返されて唖然としている顔のギリスタが転がる結果になるわけだが。


「……あらぁ? 貴方かなり強くなってないかしらぁ?」

「良き師からきちんと技を学んだからな」

「うーん、強い相手は素敵なのだけれどぉ? こうもあしらわれるのは何かが違うわよねぇ?」

「良いからその情けない姿を止めろよ」


 ひっくり返ったままのギリスタを起こしてやる。

 あしらわれたとは言えイリアス相手にほとんど外傷が無いのは流石である。


「手ごろな強者とやり合いたいわねぇ。この中に手ごろな相手はぁ、そうだパーシュロォと戦っていた亜人ちゃんがいるじゃないのぉ!」


 その後ウルフェに挑んだ後再度地面に転がされたギリスタを起こし互いの近況報告を済ませる。

 ウルフェも強くなったものだ、師匠として嬉しい限りだ。

 

「まぁまぁ、魔王と組むなんて狂っているわねぇー?」

「戦闘狂に言われたくないんだが」

「戦闘狂の方がよっぽど正気よぉー? でも面白そうよねぇ、私も加わって良いかしらぁー?」

「おう、元々誘うつもりだったからな」

「あら、嬉しいわねぇ? でも貴方に私を制御できるかしらぁ?」

「大丈夫だ、一度お前は理解したからな。駄目そうならスパっと切り捨てる」

「怖いわねぇ、でもそれくらいの関係の方が私も自由にやりやすいからそれで良いわよぉー」

 

 ギリスタの戦闘能力の高さは言うまでもないがそれよりも頼もしいのは裏社会で生きてきた冒険者の経験だ。

 表の冒険者として有名だったミクスとは違った面での対応が可能と言うのは非常にありがたい。

 エクドイクも裏社会に生きていた冒険者ではあるが対人関係はほとんど無かったらしいからな。


「しかしこうしてギリスタとも手を組み直すことになるとはな」

「そうよねぇ、それにしてもエクドイク貴方随分変わったわよねぇ?」

「――そうだな、色々とあったからな」

「パーちゃんも生きていたらこの中に加わったのかしらねぇ?」

「どうだろうな、殺した当人としてはあまり奴の事を考える気にはならんが」

 

 パーシュロ、グラドナの弟子だった男。

 ラーハイトに送り込まれた刺客の中で最も御しにくいと判断し、エクドイクと仲間割れを引き起こさせ倒したのだが……うーん、アイツはアイツで気まぐれな奴だからな。

 裏切り率の高い奴をあまり近場には置きたくないところだ。

 その点ギリスタは戦闘環境を整えてやれば裏切りの意志は見せない。

 当面は戦闘に困ることも無いだろう。


「それじゃあ準備の続きを再開しよう。『俺』はしばらくギリスタの土産と格闘しているからギリスタはエクドイクの手伝いでもしておいてくれ」

「わかったわぁー」



 彼の後を付いて行き、その様子を窺う。

 彼はギリスタの持ってきた情報を見ながら思案顔で何やら呟いている。


「君は蒼の魔王にもアレを使うつもりなのか?」

「いや、蒼の魔王には使わない予定だ。情報は十分に仕入れてあるからな」

 

 彼の武器、それは相手を理解するという行動、私が忌避しているのは彼がその過程で自らの価値を捨て去る行為だ。

 彼は紫の魔王の際にもソレを行っていたがそれは紫の魔王と向き合うために使用していた。

 つまりは自分の価値を捨てず、正々堂々と本心で向き合っていたという事だ。

 その時の姿はむしろ勇敢さすら感じるものだったが今回はやはりそれより以前に感じた嫌悪感に近い。

今彼の眼は僅かながらに濁っている。

 過度な理解行動を行わなくともやはり多少の変化は見られてしまう。

 その頻度は紫の魔王と勝負した時よりも遥かに多い。

 つまるところ彼は今『悪』の立ち位置へと頻繁に行き来しているという事だ。


「今回の君は真っ当な手段よりも……悪に近い立ち位置を取っているように感じる」

「だろうな。相手が相手だからな、似たり寄ったりになるのは仕方のないことだ」


 紫の魔王は彼を純粋に欲していた。

 そこに善悪は無かったのだろう、だから彼が見せたのは本気の姿だった。

 だが今回動いている者達はその限りではない。


「……正直不安に思っている。良からぬことを考えているのは当然だろうが、それ以上に何かがあるような気がしてならない」


 彼には素直に気持ちをぶつけた方が早い、彼はこちらが見せた行動に呼応して対応を変えるのだ。

 ならば私と彼の間柄だけでも真っ直ぐとしたものにしたい。

 彼は羊皮紙を机に置き、こちらに向き直る。


「イリアスになら別に話しても構わないか」

「話すとは?」

「『俺』の現状さ、正直過度に緊張している感じだ」

「……詳しく頼む」

「今回の蒼の魔王の行動に絡む要因がどれもこれも芳しくない、どの方面にも警戒を緩められない現状だ。蒼の魔王だけじゃない、セラエス大司教やクアマ、緋の魔王、さらに言えば無色の魔王と言った不安要素が多すぎる」

「無色の魔王まで警戒しているのか? 奴は今動いているようには感じないのだが」

「緋の魔王を刺激して今回の件を起こさせるのを早め、ユグラ教を煽ってセラエス大司教にこちらを注目させた張本人だぞ。アイツの意志がひしひしだ」

「この騒動は無色の魔王が裏で糸を引いていると言いたいのか?」

「いや、少し違う。元々これは緋の魔王がお膳立てしたものだ、それを無色の魔王は利用している形になる。何のために利用しているのかって話になると悩ましい所なんだがな」


 有益な情報を落としていくだけではなく、災厄まで引き起こそうとしている無色の魔王。

 確かにアレの考えていることはさっぱりわからない。

 だが不安の正体は何となくだが掴めた。

 以前の勝負では向き合うのは紫の魔王だけだったが今は多方面を意識しての行動となる。

 それ故に彼は警戒に警戒を重ね、複数の相手を同時に鏡に映し出すかのように立ち回っているということか。

 彼がいつも以上に歪に感じたのはそのせいなのだろう。

 彼は鉄の意志を持っているわけではない、常に外敵の脅威に怯えているのだ。

 だがそれを惨めだの愚かだのとは思わない。

 彼は自らの弱さを知っている、そしてその上で抗える勇気を持っている。

 ならば私にできる事は彼の傍に立ち、安心できる方向を生み出す事だろう。


「……随分と納得が行ったって顔だな」

「私も随分と君と言う人間を理解できるようになったようだからな」

「ついでに考えていることまで理解してくれりゃ話も早いんだがな」

「それは追々の課題とさせてもらうとして……そう、その考えていることだ。何かしら悪巧みを考えているのだろう? それを問いただしておこうと思ってな」

「勘は鋭いんだよな。まあそうだな、ちょこっと悪巧みを考えている。他の連中にも内緒にしていることだ」

「それは私にも伏せたいことなのか?」

「イリアスには話しても良いんだが、お前隠すの苦手だろ?」


 誠実に生きてきた騎士なのだから隠し事が得意だと言うつもりはない。

 だがそういう言われ方をすると非常に気になる事ではある。


「よし、話せ。頑張って秘匿してみせよう」

「はいはい、んじゃ耳を貸せ」


 別に聞き耳を立てている者がいるわけでもないだろうに。

 とは言えこういった秘密の企みはひそひそと話すに限るのには賛成だ。

 内心ワクワクしつつ耳を貸す。

 彼はひそひそとその悪巧みを説明する、耳が微妙にくすぐったい。

 一通り話を聞いたのち、うんと頷く。

 やはりロクなことを考えていなかった。


「君はそのうち仲間から信用されなくなるな」

「イリアスからの信用はとっくにない気もするがな」


 確かに、彼が何かする都度に裏があると考えるのが定番となっている気がする。

 

「それは自業自得だ、諦めてもらおう。だが信頼はしている」

「さいですか」


 彼の行動は信用できない、だが彼の意志は信頼できる。

 本当に奇妙な関係だ、できる事なら信用もしてやりたいところだが……いや駄目だな。

 彼は私が驚いたり困ったりしている姿を喜んでいる節がある。

 そこは矯正せねばなるまい。


「君は本当にお節介だな」

「ほっとけ、お前の時だって色々暗躍しただろ」

「そうだな、そして今回は私も悪巧みに加わる側になるという事か」

「嫌か?」

「褒められた真似ではない。だが悪くない、なるほど私も君に悪い影響を受けてしまっているな」

「マーヤさんに怒られそうだな」


 彼が少しだけ笑って見せた。

 ……なるほど、悪くない。



 ユグラの星の民がリルベに滞在してそれなりの日数が経過した。

 時折その者の行動をトクサド卿より報告を受けるが具体的に何かをしているかまでは不明である。

 大工を集め何かしらの指示を出しているようだがその意図はトクサド卿には不明らしい。

 そういう私にも分からん、この緊迫した状況ですることなのだろうか。

 しかしまるきりの無能というわけでもない。

 防壁での物資不足が目立ち始めたため、各街からの支援物資の運搬を命じた際にリルベはこちらの欲しい物資をすぐに送り出す用意を済ませていた。

 トクサド卿の報告から、そのユグラの星の民が用意させていたらしい。

 少なくとも現地待機しているだけの貴族よりかは現状を理解しているとみて良いだろう。

防壁の方もメジスからの聖職者達が到着したことでひとまず余裕が出て来た。

練度の高い浄化魔法を扱える者が増えればアンデッドの処理はそう難しい話でもない。

 無論、多方面からの侵略にいつ切り替えるかもわからない現状油断はできない。

 しかし放っている斥候からの目新しい報告はない。

 蒼の魔王は愚直に突破できない防壁を攻め続けているのだ。


「このまま持久戦を持ち込むつもりだろうか」

「それはまだ何とも言えないでしょうな。ですが何かしらの企みはあって然るべきでしょう」


 セラエス大司教も次に蒼の魔王が打つ手を思案しているのだが現在蒼の魔王が行っているのが愚直な進軍のみ、考えるには要素が少なすぎる。

 本格的に蒼の魔王の居場所を探し出し、反転することも考慮に入れるべきではないだろうか。

 などと考えていると伝令がやって来る。

 何でもユグラの星の民がトクサド卿経由で届けてきた手紙を預かってきたらしい。

 宛先はセラエス大司教、クアマ城に届けておきながら私宛ではない。

 ……ユグラの星の民は私とセラエス大司教の関係を理解しているのだろう、だからこそこの対応か。

 やはり魔王を取り込む相手だ、何かしらはあると油断してはならないだろう。

 セラエス大司教は手紙を読むと怪訝そうな顔をする。


「何が書かれていたのだ?」

「口で言うよりご覧になった方が早いでしょう、どうぞ」


 そういってセラエス大司教から手紙を受け取る。

 書かれているのは簡易的な挨拶、そして……。


「明日明後日で防壁が突破される……だと?」


 そこにはこれから起こるであろう緊急時の対応が書かれていた。


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― 新着の感想 ―
パーさんは面倒見はいい人だから、エクドイク同様護衛はやってくれそう。 若しくは犬の骨で、奥様方に性格を矯正させられそうな世界線も存在しそう。
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