とりあえず一段落。
その後の顛末は粛々と行われた。
他の拠点に関しては滞りなく殲滅。逃走できた山賊の数は確認できず。
捕捉された山賊全てが死亡、又は拿捕される。
ドコラの拠点で発生したアンデッドは、支援に入ったマーヤさん率いる聖職者達により無力化。
負傷者こそ多数出たが、それでもレアノー卿率いた騎士団の死者はゼロであった。
出世欲に囚われた人物に見えたが、部下の命を最優先に指揮を執り直していたようだ。
その配慮を女性であるイリアスさんにも向けてやればいいものを。
ドコラ拠点の一掃がすんだ後、マーヤさんと合流し、ドコラと決着をつけた場所の浄化処理を行う。
既に死霊魔術の影響を受けた魔力は霧散しており、害はないとのこと。残った死体に僅かに残っていたものを浄化し戦いは終了した。
ドコラの亡骸は運ばれ、後ほど晒し首となるとのこと。
帰りの道、馬車に乗せられながらドコラの死体が詰められた麻袋を眺める。
「……」
「何も言わないのか」
死体を挟んで反対側に座るイリアスさんが尋ねてくる。
「特には」
「ドコラは君の世界の情報を知っていた。君はそれについて知りたかったのではないのか」
「こいつはあの場での死を覚悟していた。だからこそ遺言を残した。多分それ以上の情報は持っていなかっただろう。話を聞きたかったかと言われれば聞きたかったけどな、仕方ない」
「仕方ない? 何故そう思った」
「ドコラをあの場で斬り殺さないとって思ったから斬ったんだろう? 逃げられる可能性も、抵抗する可能性もないわけじゃなかった」
「両足を失った相手を逃がすはずが無い。抵抗を防ぐだけなら、残った腕を落すだけで十分だった」
「まあ、そうだな。だが非難できる立場じゃない。皆に黙って奇襲を行った。ラグドー隊ならば逃げられようと、追いつける可能性も十分にあったのに、だ」
「あの作戦は君が私達を信用しきれていなかったと言うより、それ以上に奴の行動を信用していたからだろう。そしてより確実な方を選び、実行した。不満はあるが理に適っている、非難できるはずも無い」
「こっちも似たようなもんだ。非難する気は起きない」
「……」
溜息が漏れる。わざわざこういう会話をすると言うことは、そういう事なんだろう。
「それでもドコラを斬った理由、聞かれなきゃ答えられないのなら聞いてやる。それで楽になるなら」
「……すまない、私は恐怖してしまった」
「あれだけ力の差を示してそれでもか」
「恐怖したのは力ではない、君達の姿にだ」
「……」
「恐怖と言えば言い訳になるか。嫌悪してしまったと吐露すべきだろう。襲撃前、君の事を歪な鏡のようだと話したな」
「そういえばそんな事も言われたな」
「マーヤから奴の情報を受け取ってからの君は、少しずつだが奴と同じ気配を纏っているような気がした。そして奴と会話を始めた時、それはさらに濃くなるのを感じた」
「相手のことを考えると無意識に相手の真似をしてしまうことはそう珍しいことじゃない」
「だとしてもだ。最後の会話を聞いていた時、君はさらに彼に近しい雰囲気を持つようになっていた。――そのまま君がドコラと同じ世界の住人へとなっていくような、奴へと姿を変えてしまうような気がして……剣を振るわずにいられなかった」
否定はできない。あの時自分はドコラのことを理解し、ドコラもこちらのことを理解していた。
互いに嫌悪感を持つことなく、シンパシーを抱いていた。
仲良くなれたかもしれない。そんな言葉を聞いて僅かにうれしいとさえ思った。
相手は人間をなんとも思わずに殺し、その魂まで辱める悪党だと言うのに。
「それで良いんだろう。イリアスさんは目の前の人間が、悪の道に踏み込む姿を見過ごせなかった。嫌悪し、いてもたってもいられなくなり行動した。立派じゃないか」
「立派なものか! 勇気を奮い悪に立ち向かうならまだしも、嫌悪から拒絶のために剣を向けるなど!」
「立派だよ。イリアスさんは動けた。そしてそれを省みることができた。上出来すぎる成果だ」
「……」
「世の中には様々な人がいる。君と同じ立場にいて、同じように思ったものがいたとして、動けない者もいる。目を背け、自分の世界から隔絶してしまう者だっている。その中で拒絶のために動けたイリアスさんは立派だ。その価値観を押し付けず、むしろ負い目を感じているイリアスさんはとても立派だ」
「……ふ、まるで子供に言い聞かせるような言い回しだな」
イリアスさんの表情が柔らかくなる。
それに合わせてこちらも肩の力がようやく抜けてきた。
「そりゃあ年上だしな」
「……は?」
え、そこでその顔する? すっごいかわいい顔してる。
「失礼かもだけどイリアスさんいくつ?」
「十八だ、君よりも年上だぞ」
「いや、年下だろ」
固まるイリアスさんに実年齢を告げる。
さらに固まった。
ファンタジー世界だけあって日本系の顔は少ない。
そして思い出す。外国において日本人が若く見られるあの風習。
多少童顔だと子供にすら間違われる、低身長で若々しいのが我が民族だ。
あー年下だと思ってたのか。それで人を物みたいに担いで平然と……いや、それでもどうかと思うぞ。
「エ、エルフの血でも入っているのか!?」
「いやいや、両親も遥か先の祖先も皆人間だ」
「う、嘘だ、さん付けしてきたし、てっきり十六前後の……も、申し訳ありません!」
「いや、もういい。今更丁寧になられても困る」
「い、いや、しかし」
「わかったわかった。こっちがもう少し年上らしくすれば文句ないだろう。それでいいかイリアス」
「あ、ああ」
「そうか、騎士達は敬称として卿を使うから馴染みが薄いのか。地球の世界では大人同士はさん付けするのが一般だ。大人になれば年齢の差なんて大した意味はない。立場が上だろうと下だろうと相手を敬うのは最低限の礼儀として教わっている」
「いや、それはこちらも似たり寄ったりではあるが……年下にさん付けは――」
「大体相手の年齢なんて聞くまで分かるものじゃないんだから、一人の人間として扱うべきだろう」
「そ、そうか。そうだよな」
まあ、立場が変わればそれを忘れてしまいがちなのが現代社会の悪風なのだが。
「時に、君はこれからどうするつもりなのだ?」
先延ばしにしていた話題を引っ張り出すイリアス。
そうだよなー。今は山賊討伐への協力者って事で兵舎に寝床を借りていたけど、いつまでもと言うわけにはいかない。
「そうだな、先ずは国にいることの許可をもらいたい」
「それは問題ないと思うが……」
「なら最初にすべきは風雨を凌げ、眠れそうな橋の下や路地裏を見つける事だな。いい場所があれば教えてくれ」
「……は?」
「次に言葉の学習だな。この憑依術がいつまで持つかとか分からない。マーヤさんに頻繁に世話になるのも迷惑だろうし、早いところ文字の読み書き、一般的な会話くらいは覚えなくてはならない。その後は身なりに気を遣わない店を回り、日雇いでも良いから小銭を稼ぐ。生存に問題の無い食費が稼げるようになったら一着服を買い、もう少し身なりに気を遣ってそうな場所で賃金を得る。ある程度貯まる頃には多少の知り合いもできるだろうから、馬小屋に寝泊まりできないか交渉して……」
「待て待て待て! 警邏の都度その光景を見せられる私達の身にもなれ! 自分達の国で恩人にそんな生活をさせるわけにいかないだろう!」
「そんな! 出て行けというのか!? 牢獄暮らしでもいいから野宿は勘弁してくれ! そうだそれが良い! 牢獄に入れてくれ!」
「尚のことできるかっ!」
いや、牢獄暮らしも悪くないと思うんだ。
山の中を虫に噛まれ、獣に命を狙われる野宿と比べれば遥かに良い。
一日の行動時間も制限されるだろうが一文無しで飢える事も無い。
まあ民の税金で賄われてる以上、無駄な利用は避けなくてはならないのだろうが。
とはいえ牢獄暮らしに憧れを感じ始める現代社会の生き難さは世知辛いものもある。
だが命の危機には変えられない。
「どうすれば牢獄に入れてもらえる?」
「頼むから止めてくれ、止めてください、できませんから!」
「任せろ」
「どっちだ! どっちの意味を自信満々に言っている!?」
この剣幕では牢獄での無難なライフは無理そうだ。
やはりホームレス生活からの這い上がりコースを真面目に検討することにしよう。
「はぁ……行く宛てがないのなら私の家に来い」
「良いのか?」
「元いた家を引き払って小さな家に引っ越したのだが、それでも一人では広くてな。部屋も余っている。自分の身の回りの世話を自分でこなせるなら文句は言わん」
思考がすっかり日本の建築物をイメージしていたが、冷静に考えればだだっ広い未開の地が多い世界だ。
質素に一人暮らしをするにしても、それなりに住まいの広さはあるのだろう。
問題があるとすれば男女が同じ屋根の下と言う問題だが――まあイリアスがこちらを襲う心配はないだろう。
え、こっちが襲う可能性? 怪力ゴリラに夜這いする度胸なんてあるわけないだろ。
その気になれば人の頭握りつぶせるんだぜ、こいつ。
「家賃は?」
「いらん、清掃を忘れず静かにしてもらえれば文句も言わん」
「いよっし!」
「……ひょっとしてこちらがこの提案をすることを狙っていたのか?」
「まさか、これは手間が省けた事に対する喜びだ」
「手間て……」
「橋の下暮らしから人の家に世話になるまでの工程を考えれば、だいぶ手間を省けたと思うが」
「そこは本気だったのか……」
こうして無事異世界に無一文で飛ばされた不憫な男は、屋根つきの住まいを確保するまでに至った。
山賊討伐の手助けをしたとは言え、正直肉体労働はほとんど無い。
そういや結構歩いたが筋肉痛来なかったな、肉体が順応したのだろうか。
国に戻ってからは事後処理で忙しくなるそうだ。
発生した怪我人の治療、装備の手入れ、回収した金品の確認、捕縛した山賊の投獄処理。
それが一通り終われば民を交える祝勝会、王からの褒章授与、その打ち合わせにその後の立食会の手配。
それらの間の隊のスケジュール調整なども含めると、相当量の仕事が発生している。
イリアス曰く、幸せな労働なのだから辛くは無いとの事。
それらの仕事に移る前に先に家に案内してもらう。
程よく市場に近い場所にある一戸建て、十二分に大きい上に二階建て。
そりゃあ一人暮らしには管理大変だろう、というかこの前の家ってどれだけでかい家だったんだ。
一階には台所やリビング、浴室を初めとする生活空間。二階には同じ広さの部屋が四つ。
「私の部屋は右手前、左側手前は物置として使っている。君の部屋は右奥の部屋を使ってくれ。長いこと開けていないから、掃除した方が良いかもしれない」
「左奥は?」
「客間として作られているが、同じく使っていない」
「つまりこの二部屋は一切使ってないと」
恐る恐るマイルームになる部屋を開ける。
部屋の右隅に木製の机と椅子、中央壁に窓を挟み左隅に簡易なベッド。
左手前には箪笥が一つ。
うむ、シンプルイズベスト。
ラックの一つくらいは自作して、本棚とかも作りたいところだが現状はこれで満足。
中に入り、周囲を見渡しながらベッドに置かれた布団を叩く。
大量の埃が舞う。
窓を開ける。綺麗な空気と埃まみれの空気の入れ替えを行う。
「よし、先ずは掃除だな」
「道具は一階の物置にあるから使ってくれ。水は――」
簡易的な家の設備、道具の在り処などを確認。
そして最後に家の鍵のスペアと小袋に入った硬貨を渡される。
「しばらく留守にする。無駄な出費が無ければ食費込みで足りるはずだ」
「ヒモ生活からのスタートだと……」
「ヒモ?」
「なんでもない、感謝する。なるべく早く返せるよう勤めよう」
「別に――まあそうだな、そうしてくれ」
頷きながらイリアスさんは家を後にした。
残された新たな入居者は腕まくりをして、掃除を開始するのであった。
◇
ターイズ国の王、マリト=ターイズは山賊討伐の報せを聞いた後、安堵の息をつく。
急なアンデッドの襲撃こそあったが死者は無く、完全勝利と言っても過言ではないだろう。
傍にいたラグドー卿も同様に知らせの内容に目を細め、喜ぶ。
「ラッツェル卿は上手くやったようだな」
「そのようですな。レアノー卿が指揮権を得て、後方に回されたと聞いた時は溜息が止まりませんでしたが」
イリアスは見事山賊同盟の首魁、ドコラの首を獲った。
それもレアノー卿が追い詰め、逃してしまった後にだ。
「最初から山賊の頭目を狙っていたのであれば、見事な手腕と褒めるしかあるまいな。レアノー卿も歯痒い思いをしている頃だろう」
「ええ、どうも良き協力者に会えたようです」
「ふむ? 協力者か」
「ええ、隊の者が変わった青年の協力を得て、ラッツェル卿は水を得た魚のように活躍していったと」
「あの武勇を活かせる者か。なかなかに興味深いな。会ってみたい」
「ラッツェル卿への褒章を与える式典の際に、その青年を呼ぶよう伝えておきましょう」
「そうか、だが式典では長話も難しい。その後の立食会にも招待せよ」
「もちろんそのつもりです」
「吉報を聞けたうえに楽しみも増えるか。久々に酒が美味く感じられそうだ」
「まだお若いのですから程ほどに」
マリトはまだ知らず会わぬ青年のことを考える。
騎士達が攻めあぐねた山賊達の尻尾を掴み、壊滅にまで追い込んだ切っ掛けとなった人物。
どのような男なのだろうか、話をしてみたい。
出会いとは己の人生を彩り、形作る一筆。
その者はこの人生にどのような色彩を置いてくれるのであろうか。
楽しみを噛み締め、執務に励むのであった。
◇
「よし、終わった」
お掃除完了。ついでに反対側の部屋もお掃除済ませました。
二階の部屋はイリアスの部屋以外掃除、一階も軒並み掃除完了。
慣れない掃除道具に、現代の掃除器具の便利さを懐かしみながらの作業だったが幸いにも無事五時間程でミッションをやりとげたのだ。
うん、掃除が下手とかじゃないんだ。
雑巾はあるけど水が近くの井戸から都度補充せねばならない。
ポンプがあるのはありがたかったが、大量に使っていいものか悩んだ結果、水を使わずに一通り拭いた後、水拭きに切り替えることで節約することにした。
箒で掃く場合、いつもはその後雑巾で水拭きだったんだけどなぁと学生時代を思い出す。
モップが欲しいなモップ、腰痛めそうだわ。
ついでに物置も武器やら防具やらが置かれていて、どう扱うかで悩まされた。
メンテはできないので丁寧に運び一度ベッドの上へ。
その後物置を掃除して元に戻す。
これが一番の重労働である。武具って重いんだよ。
腹の虫が空腹を告げる。今ならきっと何を食べても美味い。
しかし飲食店なんてどこにあるのか、日が沈んだ頃に聞いて回るのも不審がられそうで怖い。
というわけでやってきました教会。
「マーヤさん、いますか?」
「あら、坊やじゃないの。こんな夜更けに女を訪ねるもんじゃないわよ」
「実はですね」
と、イリアスの家に世話になること、掃除に明け暮れていたら日が暮れて町を調べる時間が無くなり、どこで食事をすればいいのかが分からないので聞きに来たことをざっくりと説明する。
「あの子ったらしれっと男を囲うだなんて、やるじゃないの」
「その辺の不用心さは後々学ばせる必要はあるとして、どこか美味しい飯が食えるところないです?」
「この時間じゃ居酒屋くらいだね、坊やには早いわねぇ」
年齢を伝える、イリアスと同じ反応。
「ひょっとして私もまだギリギリいけるのかしら」
「候補には入れておきます。居酒屋の場所を教えてもらっても?」
「その見た目じゃ色々言われそうだねぇ」
せやった。別にイリアスさんやマーヤさんが特別と言うわけではない。
この世界から見れば日本人の多くは年齢が幼く見える。
「この世界って酒は何歳からって決まっているので?」
「十八からだね、自身の魔力が体に馴染まないうちの酒は調子を崩しちまうからねぇ」
「こっちは酒や煙草は二十歳から、成人として見られる年齢が二十でそこから先は自己責任という感じです」
「成人扱いが二年も違うのかい。燻る時期が長そうだねぇ」
「しかし居酒屋に一人で行けないとなると困るなぁ」
「今度連れて行ってあげるわよ。今日はうちで食べていきなさいな」
「それは助かります」
こうして無事夕食にありつけた。
マーヤさんの料理は兵舎で食べたものと比べ、ヘルシーなもので肉食を好む身からすればやや物足りなかったが、それでも随分と丁寧に作られたのがわかる美味しさだった。
「ところでこの憑依術ですが」
「ぎくり」
なんだい、その古いコテコテのリアクションは。
「な、なにか問題があったかい?」
「いや、効果はどれくらい持つのかなと」
そう、この憑依術非常にありがたい。
言葉のコミュニケーションが取れるのは当然として、文字が読めるのだ。
書くことは残念ながらできない。
故に兵舎で資料を作る際にはカラ爺さん辺りに手伝ってもらった。
だが無限に続くことはないだろう。効果が切れればまた意思疎通のできない頃に逆戻りだ。
「私の魔力を込めたからそれが尽きるまでだね、一週間は持つからあと四日程度かね。切れたらまた掛けてあげるわよ」
「それはありがたい。文字が読めるうちにこの世界の言葉を勉強しておきたかったけど、そこまで急ぐ必要は無くなりそうです」
「あら感心ね。文字を学ぶなら手ごろな本をいくつか貸してあげるわよ。羊皮紙と筆もいるかしら」
「最初は砂にでも書くとします。元手掛からないですし」
「あら、良いわねそれ」
青空教室は偉大なのです。
「で、話を戻して憑依術に何か問題があると?」
「あ、あらぁ? 何のことかしら?」
「ふむ、この教会では真実を隠し、嘘を是とする聖職者がいると。周囲の人にも教えねば」
「冗談よ冗談! 実はねぇ、久々に使ったものだから何か間違えたっぽいのよ」
「何かって何です」
「それが分からないのよね。こう、魔法を使ってる時に『あ、失敗した』って感じになっちゃったのよー! とりあえず話が通じたから……ま、いいかしらって」
「良くない、とても良くない」
便利だと感動していたその裏で、そんな危険なエピソードがあったなんて知りとうなかった!
いや知らないなら知らないで恐ろしい話なんだけどさ!
「せっかくだし今調べちゃいましょ」
「すぐに分かります?」
「ちょっと時間掛かるわねー。あの時は話を聞くのが優先だったからねぇ」
マーヤさんがこちらの額に手を当て、目を閉じる。
手がほのかに輝きを持ち、額が温かくなる。
「うーん、この辺がこうなっててーあらーこれはやらかしたわねー」
怖いこと呟かないで早く調べてください。
「分かったわ、やっぱり失敗で副作用が出てたみたいね」
「直せないので?」
「うーん、間違えた術式に体が馴染んじゃってて、次からも副作用が出る可能性があるわ」
「……それはどういう副作用?」
「ごめんね、思ったより深刻だったわ……」
緊張が走る。まさか寿命が削られるとかそんなハイリスクな副作用じゃないよな……。
そりゃあ学習時間半年以上得してるけど、それはあまりにも代償がでかすぎる。
「なんと……筋肉痛が来るのがかなり遅くなるわ」
「……もう一度」
「筋肉痛が来るのが通常よりだいぶ遅くなるわ。ついでに痛さもちょっと増すっぽいわね」
なんてこった。二十過ぎてから運動した翌日に筋肉痛が来るようになり、最近じゃ二日後に来たりしていたのに……それ以上だと!?
それじゃあまさか、下山後足が乳酸漬けで、次の日筋肉痛確実と思われていたのに何事も無かったあの幸運が、実は先延ばしにされていただけだと!?しかもしれっと痛みが増すとな!? ついでで副作用増やすな!
あ、痛い、なんか急に足が、全身ががががっ!?
「あら、噂をすれば筋肉痛が来たようね」
「うぐ、おおおお!」
ちょっとまて、これ洒落にならんだろ! その後もう一度山に行って、今度は森に行って、今日は五時間も重い物持ち運びして掃除してたんだぞ!?
「ち、治癒魔法で筋肉痛を治せないのか!?」
「筋肉痛は治療の痛みだからねぇ。治っている症状を緩和するのは管轄外だねぇ」
「う、うぐおおおお!」
その後、マーヤさんに杖を借り、生まれたての子馬のように震える足で帰宅するのであった。
全身の痛みを噛み締めながら、一刻も早くこの世界の言語をマスターしようと心に誓うのであった。