次に目指す場所を見つけるまでは。
「カラ爺、見えます?」
「うーむ、何とかと言ったところかのう」
「何というか、異次元ですよね」
「そうじゃのう……」
現在ターイズ城敷地内にある騎士達の訓練場にてイリアスとウルフェの模擬戦闘が行われている。
ラグドー卿から正しい魔力強化を取得したイリアス、グラドナから世界最高峰の格闘技術を学んだウルフェ。
両者共に魔王すら認める人類の頂に迫りつつある状態なのだが、その戦いはほとんど目で追えない。
これでもその辺の騎士の動体視力よりも良くなる能力を持つ超人眼鏡を装着してのことだ。
改良してこれだ、以前なら動きを止めてもらわないと視界にも映らなかった。
どうやら決着したのか二人はとことこと戻ってくる。
互いに怪我らしい怪我はなく、余力もはっきりと見て取れる。
「ししょー、終わりましたよ! ウルフェもだいぶ強くなりました!」
ウルフェの成長に関しては比較する者がいないため何とも言えなくなっている。
ただ最近は言語取得も捗っているのか言葉も随分と流暢に話せるようになってきた。
『ししょー』と言う発音だけはどこか間延びしているのだが、呼びなれた言葉は仕方のないことかもしれない。
これはこれで個性として認めるべきだろう。
「さらに強くなったイリアスと模擬戦闘ができるって時点でどう褒めるか思いつかないな」
「全くだ、これがあと数年したらと思うと私もうかうかしていられないな」
「その言い方だと今の段階ではイリアスの方が上なのか?」
「はい、イリアスは強いですっ!」
「冷静に分析して、どうなんだイリアス」
「そうだな、今の所は私が強い。保有する魔力量だけで言えばウルフェが圧倒的だがウルフェは一度に扱える魔力の限度が低い」
取り敢えず首を傾げて分からんと訴える。
「そうだな……ウルフェが100の魔力を持っているとすれば私は50程度だ。だがウルフェが一度に使える魔力は精々5と言ったところか。私は20前後まで使える」
イリアスやウルフェの戦闘を省みればその魔力の1の量が既に膨大な量だと思うのですが……基準が高すぎるのも問題だ。
「無論多くの魔力を一度に扱えるからと言って私も無駄な浪費をするわけではない。魔力強化に回せる魔力にも限りはあるからな。他に要因があるとすれば経験の差だな。基本性能がいくら高くても経験の差はそれを容易く埋めてくる」
イリアス曰く、身体能力だけで言えばイリアスはラグドー卿を超えている。
だがそれでも勝ち越すことは難しいとのこと。
デュヴレオリとの戦いでもイリアスは技量差で圧倒して見せたがラグドー卿はその先にいるとのこと。
とはいえど身体能力の差も馬鹿にはできない。
ラグドー卿とデュヴレオリが戦えば経験の差を身体能力で埋めることも可能だとか。
イリアスとラグドー卿、戦う相手によってどちらの方が強く感じるかは相手次第と言うことだ。
「良く分からん世界だ」
「随分とリアクションが淡泊だな」
「元々二人の強さはこっちから見たら遥か先だったんだ。それが見えないところでさらに遠くなったと言われても実感もロクに湧かない」
「そういうものか」
「ウルフェはもっと頑張ってししょーの一番の護衛になりますっ!」
「ほう、それは聞き捨てならないな」
とどこからか湧いてきたエクドイクが割り込んでくる。
「あ、エクドイクさん」
「ウルフェ、お前の成長を喜ばしく思っていることに噓偽りはない。だが目指す先が同じならば手加減するつもりはないからな」
「はいっ! 一緒に頑張りましょう!」
「ああ、そうだな」
この二人は真面目なコンビなので非常に仲が良い、元々エクドイクがウルフェの面倒をちょこちょこ見ていたというのも大きい。
「人気者じゃな坊主は。現状一番のイリアスもうかうかしてられんの」
「私も騎士として負けるつもりはない。それで互いに高め合えるのならば是非も無い」
イリアスもウルフェやエクドイクのやる気を快く思っている。
まあエクドイクに関しては最近出番が多いとのことで内心複雑に思っているところもあるのだが。
「まあ今の所護衛としての一番はカラ爺だけどな」
とこちらの発言でそれぞれの動きがピタリと止まる。
「のう坊主、実はお前さんわしのこと嫌いとかないよな?」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「今お前さんの一言でわしへの敵意がぐっと増えたんじゃが」
言われてみれば、イリアスやエクドイクは程々にしてもウルフェは非常に分かりやすい。
ふしゃーとか言いそうな目つきだ。
「同胞、カラギュグジェスタの実力は知っているつもりだがその男が一番だと言う理由はなんだ? 実力にせよ技にせよこちらのいずれかが上回っていると思うのだが」
「そうじゃの、わしの特技なんて寸分違わぬ投擲くらいじゃぞ?」
「その精度も申し分はないけど……せっかくだし実感してもらった方が良いか。エクドイク、ちょっと手伝え」
別にカラ爺が一番だと言うのはウルフェ達を煽ってのことではない、純粋に護衛として優れていると判断しているからだ。
この機に護衛としてやる気を出しているイリアス達に足りていないものを教えておくのも悪くないだろう。
暫し準備を行い、四人にはある物を持たせ横一列に立たせる。
「これは……ぶよぶよしているが……中に入っているのは水だよな?」
「おう、エクドイクに頼んで水を入れてもらった」
ノラと一緒に行っている魔法研究以外にも少々手を伸ばしているのが新素材の研究である。
地球では鉄に様々な金属を混ぜ合わせ合金を作ったりしている。
魔法により熱加工の難易度が比較的容易であるこの世界ならばそれなりに成果が出ないものかと試しに行っているのだ。
ちなみにその過程で生まれたのがこの風船である。
黒狼族の村の近くの木々にゴムの樹液が出る品種を発見、試しにそれを使って見たのである。
凝固剤にはゼラチンやらミョウバンやらを適当に選んでチョイス、地球で風船製造現場の見学に行った時に詳しい成分を聞いときゃ良かった。
「それで、これをどうするのだ?」
「開始の合図と共にこの風船を持って向こうの木箱の所まで走って貰う。そして中に入っている風船と同じ状況を満たしたうえでこちらに渡せば良い。目標を達成した順位で優劣を競うといったものだ」
そういって200m程先にある木箱を指差す。
中には同じように水でパンパンになっている風船がある状態になっている。
「同じ状況と言うのがピンと来ないが、見ればわかるのか?」
「おう、分かりやすくしてある。せっかくだし賞品でもつけるか。イリアス達は適当で良い、どうせお前等大した欲もないからな。財布が泣かない程度なら優遇してやる。カラ爺にはゴッズが隠れて作っている酒を分けてもらうと言うのはどうです?」
「ほぅ、それはやる気の出る提案じゃな。しかし勝てる気がせんぞ」
「まあまあ参加賞でも飲む機会は用意しますから。それじゃ皆準備は良いな?」
イリアス達がやや前傾姿勢になる。
全員やる気はあるようで何より。
そんなわけでこちらは先に木箱の方向へ向かい、大声で開始の合図を告げる。
「それじゃあ、よーい……ドンッ!」
開始の合図と共に凄まじい速度で飛び出したのはイリアス、他の者達は僅かに出遅れるも追いかけようと速度を出そうとする。
しかし目の前にいたイリアスの状況を見てピタリと止まる。
イリアスは木箱の手前10m前の場所で止まっている。
一瞬であの距離を移動できるというのも凄いものだ。
もっともそんな馬鹿みたいな初速で飛び出せば金属製の小手に握られている風船がどうなるかなど言うまでもない。
全員の目前には水浸しのイリアスの姿がある。
鎧姿なので透ける等の色っぽさはなく、ただただ惨めな光景である。
「これは……」
「イリアス失格な」
「なっ!?」
「木箱の中にある風船は水が入っている状況だ、もちろん破れてもいない。綺麗に戻せると言うのなら続けても良いがな」
「くっ、卑怯な!」
「卑怯もクソもあるか、スタート地点で渡して触れた時点で耐久力に難があるのは察せたろうが!」
等と叱責している間にウルフェとエクドイクが風船に負担を掛けないように器用に駆けて来た。
イリアスの失敗を見てある程度気を使っているようだ。
あの一瞬で飛び出しを堪えて、切り替えられるあたりエクドイクやウルフェの反応速度は実に見事である。
カラ爺も気を使って運んでいるがやや遅れている。
先に到着したのはウルフェ、早速木箱の中を覗く。
「……?」
僅かに怪訝な顔をするウルフェ、木箱に入っている風船の状態を見ての反応としては上々だ。
そうこうしているうちにエクドイクも追いつきその中を見る。
「これは……針が刺さっているのか?」
そう、水が入ってパンパンになっている風船には一本の針が刺されている。
ちなみに木箱には同様の針が4本並べられている。
「この強度を考えるとこれは……いやしかしそっとやればいけるのか?」
悩み始めるエクドイク、しかしウルフェは迷わなかった。
さっと針を手に取り、そっと自分の風船へと突き刺し――
「わぷっ」
破裂した風船に水を掛けられた。
イリアスと比べて多少色気が増しているが黒い服なのでセーフセーフ。
とは言え風邪を引かれても困るのでタオルを投げて置く。
「ウルフェも失格だな」
「うう……」
「やはりダメか……どういう仕組みだ? 同胞に魔法は使えない筈だというのに……」
エクドイクが悩んでいるとカラ爺が追いついた。
「ふぅ、やっと追いついたわい。危なっかしいのう。どれ……ふーむ」
カラ爺も同様に針の刺さった風船を見て不思議に思っている。
しかししばらく眺めた後におおっ、と頷く。
そして針を手に取り、自分の風船へと突き刺す。
風船は……割れない。
これに驚いたのはエクドイクである。
「何っ!?」
「すまんな若いの。ほれ坊主、これで良いかの?」
「ああ、一着はカラ爺だな」
「一体何を――それは!?」
木箱の風船を眺めていても不思議がっていたエクドイクだったが、カラ爺の渡してきた風船を見てその絡繰りを理解する。
「針を刺す所を魔力で補強したのか……いやしかし同胞の用意した物には……」
「エクドイク、よく見てみろよ」
「……こ、これは木箱の方には何か透明で薄い布が貼られているのか?」
同時に作られた新素材、セロハンに糊を塗り付けたもの、セロハンテープである。
この方法は子供向けの理科の実験や手品で行われているゴム風船の特性だ。
膨らんだ風船は常に張力が働いている。
そこに穴をあけるとその箇所に張力が集中し、一瞬で破裂する。
だがその箇所をセロハンテープなどで補強しておくと開けられた穴に対しての張力は働かない、セロテープが支えてくれるために力が分散し破裂しないのだ。
「もちろん貼ってある奴は用意してないからな。ある程度の機転が必要だがお前等なら全員できたろ?」
「それは……そうだが」
「ちなみに今運んでもらった風船は護衛対象、『俺』に見立てたものだ。イリアスは開幕加減無しにやらかしたから論外として」
「ぬぐ」
「ウルフェは目の前の事象に疑問を持たずに行動して失敗した。逆にエクドイクは思慮が深すぎてカラ爺に追いつかれたわけだ」
カラ爺とは何度か協力したことがある。
その際には基本イリアスが一緒にいたが、こちらの作戦等を伝えた後にカラ爺は常にこちらの行動内容を確認したりなど気配りを行っていた。
理由を聞かずとも、内容に関する不安要素等をしっかりと確認、把握、解消する能力に長けているのだ。
その速度も申し分ない。
「ま、年の功という奴じゃの」
「それで片付けるのも気が引けますけど。だけどさっきイリアスが言っていた経験の差から来るのは確かだ。護られる身としては強いだけよりも安心できる箇所があるってのは理解してもらえたか?」
「ああ、この勝負をもう一度すれば恐らく俺かウルフェが勝つだろう。さらに繰り返していけばイリアスの勝率も上がり始める。だが同胞としてはやり直しの利かない初回により良い結果を導けるカラギュグジェスタの立ち回りが評価のポイントであると言うことだな」
「そゆこと、命は一個だけだからな」
取り敢えずは全員納得してくれたようで何より、こちらが老騎士好きとかそういう理由だけではないのだ。
イリアスとウルフェは濡れた体を魔法で乾燥させ、エクドイクは合間に作られた新素材をまじまじと調べている。
そんな中一人でささっと片付けをしているとカラ爺が歩み寄って来る。
「まったく、お前さんももう少し身内に優しい態度をとったらどうじゃ」
「結構身内には甘いつもりなんですけどね」
「実際に護衛をするとして、わしでは魔王の従えていた悪魔相手に良いようにされるだけじゃったろうに。年の功はあれども実力差は言うまでもないことなんじゃからな」
「それでもカラ爺にはイリアス達には足りてないものをしっかり持っていますよ。それをイリアス達が少しでも吸収できたら良いことじゃないですか」
「ふぉっふぉっ、それもそうじゃな。しかしウルフェからのわしへの警戒心がその都度上がってくのは辛いんじゃがの……」
よく見るとウルフェが遠くでカラ爺を睨んでいる。
実に悔しそうな顔だ、でもそういうウルフェの顔は結構好きだったりする。
「孫に嫉妬されるのも悪くないじゃないですか」
「孫には笑いかけて欲しいもんじゃよ……」
ゴッズにはちょっと多めに秘蔵の酒を分けてもらうとしよう。
その後、イリアスとウルフェを連れて黒狼族の村へと訪れた。
本来はイリアスと二人で訪れる予定だったのだがウルフェが付いて行くと言ったので同伴させた。
ただウルフェは村には入ろうとせず、少し村の外を歩いてみたいとのこと。
ウルフェは生まれて物心がつく頃から村の外にあるごみ溜めのような場所で育てられた。
いや、育てられたとは言えない。
ただ死なないように最低限の食料を与えられていただけに過ぎない。
ウルフェは幼いころから魔力量が高く、そのおかげもあって病気などにはほとんど掛からなかったらしいがひもじさや心細さを常に感じながらの人生だった。
途中ウルフェと別れ、村についたが以前と同じ光景のままだ。
未だにウルフェの住んでいた村の入り口外に放置されているゴミ溜めは撤去されていない。
むしろゴミが多少増えている。
村に入り、村の者と話をすると快く迎えられ、オババの元へと通される。
快く迎えてくれることに多少なりとも苛立ちを覚えるあたり自分もまだ若いなと思う。
「坊やかい、直接来るのは久しぶりじゃな」
「ターイズ国王から商売以外にも色々と交渉する場合にはなるべく顔を出すように言われたんでな」
今回の目的はこの村へのターイズ国民の技術者の移住の件である。
本国との交流が行われるようになりこの村にはある程度の潤いが持たされている。
希少品を日常品や食料と交換することで狩りや収集活動による食料の確保にゆとりを与えることができるようになったからだ。
しかしそれだけではこの村の水準はなかなか上がらない、それ故に農耕技術者をこの村に常駐させてある程度文明のレベルを引き上げようとのことだ。
この村の食糧事情が改善されれば村人たちも嗜好品に手を出す余裕もでき、より高度な取引ができるだろうとのマリトの考えだ。
領土内の村がいつまでも時代遅れなのを改善したいという意図もあるが、そこは言わないでおこう。
過度な開拓はしないという条件付きではあるがオババはこちらの提案を快諾、いつでも受け入れの用意を行うとのこと。
「今日からでもその者達の住居を用意するとしようかね」
「技術者だからと言って特別扱いさせる必要はない、対等な立場での交流ある相手として扱ってやってくれ。増長するようなら別便で密告してくれればいい」
「それでも知恵を与えてくれる者、最低限の礼儀を尽くすのは当然じゃよ」
「……そうだな」
黒狼族は人間に対しての偏見が非常に少ない。
『金』が魔王になる前の時代を考えれば人間と亜人達は日常的に争っていたと言うのにだ。
余程この場所に逃げ込む原因となった黒の魔王が脅威だったのだろう。
ただ黒狼族達の寛容さを知れば知るほど憤りも増してくる。
話は凡そ終わり、個人的な話へと切り替える。
「ウルフェの両親の話を聞きたい」
「ウルフェ? ……ああ、アレに名前を与えたのじゃな」
「今はウルフェと名乗らせている」
「……そうか。あの者の両親については特に秀でた者達では無かった、ごくごく普通の黒狼族じゃった」
イリアスの強さは両親の影響もある。
ユニーククラスである大悪魔を倒した聖職者とターイズ最強のラグドー隊の元副隊長の間に生まれたのがイリアスだ。
だがこの話を聞く限りではウルフェの両親にはそういった才覚は見られなかったようだ。
ウルフェの年齢に関してはほぼうろ覚え、こちらの推測と同じでほぼ15歳で間違いはなさそうだが……誕生日などは別個に用意してやるべきだな。
「ウルフェの両親の墓はどうなっている?」
「一族の墓がある箇所に同じように埋葬されておる。坊やならすぐ見分けがつくじゃろう」
「……忌み子を産んだからって死者の墓まで差別扱いか」
「坊やの一件で村の者達の意識も変わっておる。今は手入れされておるよ」
「そうか……過敏になって悪かった」
15年近くも放置されていた墓なら最近手入れされたとされても見分けがつくということか。
「ところで坊や、折り入って話がある」
「なんだ」
「あの者をこの村に返しては貰えぬか」
この言葉に真っ先に反応したのはイリアスだ。
「よくもそんな――」
「イリアス、座れ」
「だが――」
「お前の言いたいことくらい分かっている。だから座れ、今この場で話を持ち掛けられているのは『俺』だ」
「……すまない」
イリアスを宥めた後、軽くため息をついてオババと向き合う。
「まずはそちらの見解を聞きたい」
「……坊やの言う通りあの者は天に恵まれた才能を余すことなく成長し、様子を見に行っていた者の報告では過去の面影など一切ない程に逞しく育ったと聞く。わしらは自らの過ちを認めた。同族としてあの者を迎え入れたいと思っている。あの者ならばきっとわしらの村にとって英雄となりうるであろう」
イリアスが非常に物申したい顔をしている、ウルフェの境遇を考えれば気持ちも分からないまでもない。
「それで、『俺』にウルフェを返せ……か。別に『俺』はウルフェに立場を強要しているつもりはない。確かにウルフェはこの村の出身だ、あんた等が勝手にウルフェに交渉するのは自由だし、それを妨害する権利は『俺』にはない」
「なれば坊やからも口添えを――」
「それをするのもしないのも『俺』の自由だ。『俺』はウルフェに様々なことを教えると決めた。ウルフェが一人でも判断し生きていける力を与えた。もしも本当にウルフェにこの村に留まって欲しいのならば自分達で説得を行ってくれ」
「協力する気はないと」
「それがウルフェにとって最善だと思えるのなら多少の手ほどきはする。だがこの会話をしている以上その可能性は薄いと判断した」
もう話す必要もないだろう、これ以上はイリアスを宥めるどころかこちらが感情的になってしまう。
イリアスも同じように立ち上がり、出口へと向かう。
「坊や、わしらは反省し、あの者を受け入れると言った。その何が足りないと言うのか、それを聞かせては貰えぬか」
「アレでも忌み子でもあの者でもない。ウルフェだ。ウルフェの力を欲してウルフェを欲していない以上は協力する気になんてなれないね」
オババの家を出るとイリアスが大きなため息を吐く。
肩に溜まっていた力も同時に抜いているようだ。
「よく堪えたもんだ、偉い偉い」
「子供扱いしてくれるな。それに君の目を見たら怒鳴る気力が削がれてしまった」
「え、変わっていたか?」
「オババも多少は怯んでいたぞ」
意識していたわけではないが、感情的になっていたのだろう。
無自覚に喧嘩を売るような目つきはよろしくない、子供ではないのだから。
「しかし君の事だ、てっきり巧妙に責め立てるとでも思ったのだが……」
「人を扇動者か何かと勘違いしていないか。ウルフェを劣悪な環境から救った以上面倒を見る責任は持つがウルフェの人生を縛る気なんてないんだ。ウルフェの人生はウルフェに委ねさせるさ」
「ウルフェからすれば、君の為になれればそれで良いといった感じではあるがな」
「……そうだな」
ウルフェからすれば『俺』は孤独な人生から救ってくれた恩のある人物だ。
だからこそこちらの言うことは素直に聞くし、何かと助けになれるように努めている。
だがそれはまだウルフェが世界の広さを理解していないからだ。
世界を知り、自分のやりたいことを新たに見つければきっとそのうちそちらの方に欲が出るようになるだろう。
それまでは恩返しに尽力するだろうが、その間にウルフェにとって有益な経験を積ませられれば御の字だ。
もしも新たな目標が見つからない時は……その時はその時だ。
「ウルフェが『俺』と一緒にいることで幸せを感じられているなら、それを無理に否定する必要もないからな。他の道を学ばせながらのんびりやるさ」
「初心と言うものは簡単には覆らないものだ。無駄な手間にならないと良いのだがな」
「何を言ってる、人生は無駄なことだらけだぞ? それが良いんだ。そりゃあ努力が無駄になるのはよろしくないが人生において必然なものなどごく一部だ。イリアスにとって立派な騎士になるのに美味い飯や酒を飲むこと、仲の良い友人と他愛のない話をすることは必要のないことだろうとしても悪いとは思っていないだろう?」
「それはまあ……そうだな」
「ウルフェにとって今が無駄になったとしても、振り返って悪くなかったと思える日々を送れるようにするのは面倒を見る保護者としての役目だ。イリアスにも手伝ってもらうからな?」
「それくらいはお安い御用だ」
等と話しながら村の入り口に向かうと突然の爆音が村、いや森全体に響き渡った。
音の発信源はすぐに特定できた、村の入り口の外に置かれていたごみ溜めだ。
そこにいたのはウルフェだ。
何が起きたかは一目瞭然、村に入るときにはあったごみ溜めが綺麗さっぱり消し飛んでいる。
誰がやったのか言うまでもない、周囲の黒狼族の反応を見てもそれは明らかだ。
「あ、ししょー! 用事は終わりましたか?」
「ああ、そっちも終わったようだな」
「はいっ、後片付けは大事ですから!」
辛い思い出しかない筈の村で屈託のない笑顔を見せるウルフェ、きっとウルフェの中では決別が済んだのだろう。
随分と手荒い決別ではあるが……まあごみ溜めだし良いか。
ウルフェの頭を撫でながらイリアスと顔を見合わせる。
イリアスも同じことを考えているようだ。
「ウルフェ、お前の両親の墓の場所を聞いたが――」
「さっき寄りました、大丈夫です!」
「そっか、なら良いか……それじゃ、帰るか」
「はいっ!」
少なくともウルフェにとって今帰るべき場所はここではない。
ウルフェが望む居場所を自身で守れる日が来るまでくらいは、なんとか守ってやらねば。
「なあウルフェ、村は良いとしてカラ爺くらいは優しくしてやれないのか?」
「前向きに検討します!」
「うん、駄目そうだな」
カラ爺、こういう関係も悪くないと思うよ、うん。