次に呼ぶ時は
黒の魔王が作り出した特異空間。
魔王達を生み出した湯倉成也が彼等を解き放った際、監視や情報交換の余地として用意させた定例会の場である。
巨大な円卓にはそれぞれの魔王の意識が宿る水晶が等間隔で並べられており、黒と白の水晶以外が空間を弱くも照らしている。
最初に音を発したのは金色に輝く水晶、金の魔王である。
「さて、報告のある者はおるかの? 割と重要な案件を話すつもりじゃ、些細なことは先に済ませてもらいたいのじゃが」
「こちらは特にないわ」
「同じく、こちらにも報告するでき事はない」
「何もないわ……怠惰な日常……嗚呼、死にたい……」
「相も変わらず『蒼』は悲観的じゃの、偶には何かしらにつけて笑い出すくらいの奇行が見たいものじゃな」
碧と無色の水晶からは反応は無いが金の魔王は咳払いをして話を続ける。
「妾からの報告じゃが……『緋』、御主の所の人間、ラーハイトとは未だ連絡は取れるのかの?」
「……手元にはいないが不可能ではない」
「それでも良い、その者に『緋』が命じておったユグラの星の民への手出し――それを取り下げてもらおうかの」
「理由を話せ、この場は情報交換の場であって一方的な要求を突きつける場でないことくらいは承知の筈だ」
「妾はそのユグラの星の民と手を組むことにした」
「正気か」
「無論よ、それに妾だけではないぞ」
「ええ、私も彼と手を組むことにしたわ?」
「『紫』、貴様もか。一体どういう事だ」
「どうもこうもないわ? 興味を持ったから接触したの、そして悪くなかったから手を組んだ――それだけよ?」
「どうしても取り下げるつもりが無いのであればそれも構わぬが、その場合『緋』の意志として受け取らせてもらう事になる」
「……良いだろう。連絡はつけておく」
「ふむ、ハッキリせんの? もしもラーハイトがユグラの星の民にちょっかいを出した場合、それはその者の独断として処理して良いと受け取るが……それで良いのかの?」
「ああ、それで構わん。こちらとしては手を下すつもりはない。だがその男は『蒼』の情報を得ている、それを利用した行動は『蒼』だけでなく他の魔王への敵対行動となる。その場合に関しては議論する気はない」
「ふむ、注意くらいは入れておこうかの。『蒼』と『碧』も妾達の判断に異論はないかの?」
「ユグラの星の民……貴方達はあのユグラと同じ星の人間を良くも信用できるわね……死にたい」
「確かにこの世界の人間と比べれば多少風変わりだけれど、ユグラとは違うわね? 理解も良いし、私は好きよ?」
「『紫』と『金』の好きにすれば良いわよ、そんなこと私にどうこうできる権利なんてないもの……嗚呼、死にたい」
「『碧』は……まあ沈黙は了承と取らせて貰おうかの。さてこれで用件は――」
「はいはーい、発言しまーっす!」
突如割り込んできたのは無色の水晶、この定例会で過去一度たりとも口を開かなかった無色の魔王である。
「――面白い、『色無し』が口を開くか」
「やっほー碧王、いやあそろそろ頃合いかなってね?」
「……なんじゃ、『碧』と『色無し』は知り合いじゃったか。それならそうと言えば良かろうに」
「ソレはユグラと『黒』の付属品に過ぎん。俺の知り合いには含まん」
「ひっでぇ、ユグラや黒姉が嫌いだからって俺まで嫌わなくたっていーじゃん! まあ良いや、ちょいとお前等に情報を与えておこうと思ってな?」
「情報だと?」
「おう、緋獣や蒼鬼にも伝えとかなきゃフェアじゃねぇからな?」
「それは我々の呼称か何かか」
「蒼鬼……酷い……死にたい……」
「まず人間達だがとっくにお前等の復活に気づいている。今は事実確認に追われている段階だが遠からず動き出すぜ?」
「……そうか」
「次にユグラだが奴さんは今お休み中だ、一回死んじまったからな。つまりはそういうことだ」
「……待て、その情報はどこから知った」
「心配性だな緋獣。そりゃ分かるさ、俺は魔王じゃなくて白の魔王ユグラの魔族だからな」
「……」
「はっはっ、緋獣が頭抑えてんのが透けて見えるぜ。だが安心しな、これは俺の立場からの義務って奴だ」
「義務だと……?」
「そう、俺はユグラの意志を引き継いでいるんでな。人間と魔王は公平であるべきだ。人間達が有益な情報を得たならお前等にも同様の朗報を与えてやれってのがユグラの伝言だ」
「我々を尽く滅ぼしておいて、良くもその様な言い草ができるものだな」
「ありゃー黒姉が悪い、ついでに紫姫や蒼鬼も。人間達が魔王を迎え打つ用意を整える前に襲い掛かってワンサイドゲームに持ち込もうとしたじゃねーか。そりゃユグラだって人間の味方に付くさ、公平なんだからな? つってもユグラもまさか三つ巴になるとは予想できなかっただろうがな、はっはっはっ!」
カラカラと空間内に無色の魔王の笑い声が響く。
彼は心の底から愉快そうに、魔王達を煽っている。
「下らんな、それで終わりか付属品」
「碧王にとっちゃ大して欲しい知識でもねーか? アンタ好みの情報はーまあまだ開示できねーな、人間がもうちょっと有能なら公平に配ってやるんだがな」
「そうか、ならばその耳障りな笑い声を発する喉でも潰しておけ」
「ひっでぇ。まあそのうち『落とし子』の情報もくれてやるからよ? カリカリしなさんなって」
「『落とし子』? それは一体――」
「口を挟むな『金』、これは貴様等には関係のないことだ」
「むぅ、つれないの。まあ良い、藪をつつく真似はせんに限る。今月はこんな所で良いじゃろ」
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「なるほど、あの無色そう動いたか」
魔王達による定例会の後にデュヴレオリが顔を見せるようにとやってきたので紫の魔王の別荘にやってきた。
そして定例会の内容を聞かされる。
最近影の薄いラーハイトの脅威を払拭できたと思った矢先にこの展開か。
どうもあの無色は掻きまわすのがお好きなようで。
「貴方は『色無し』の目的は分かっているのかしら?」
「凡そは、お前等も薄々感じている奴であっていると思うぞ」
「そうか……ちなみになんじゃ?」
「こいつ……。無色の魔王は緋の魔王を煽ったんだ、『動くなら早いうちが良いぞ』ってな」
「私達の復活を人間が知り対策を練ろうとしている、一番の脅威となりうるユグラはいない……私や『金』が人間側についたとしても今が最も良い機会となるわね?」
「ユグラの意志を継いでいると言いながら今度は魔王の味方をするとはの」
「湯倉成也の意志か……」
湯倉成也は中立的存在だ。
魔王を生み出し、人間の為に勇者として魔王を滅ぼした。
これだけならばただのマッチポンプ野郎なのだが所々の情報を整理すれば見えてくることもある。
恐らくは魔王と人間達を争わせることも目的の一つなのだろう。
ただし争わせることに意味があるわけで、一方的な虐殺で終わらせようとはしていない。
時代背景やらを考えればその行動理念は比較的透けて見える。
巻き込まれる方としては良い迷惑だ。
「金の魔王や紫の魔王が人間の味方になったと判断し頃合いだと焚きつけたってところだが……そうなると緋の魔王は別の魔王と結託している可能性があるな。一番妥当なのは蒼の魔王か」
無色の魔王が取っているのは要するにバランス調整だ。
金の魔王と紫の魔王が人間側についたことで人間界に攻め入ろうとしている緋の魔王の抱えるリスクは増えた。
この先、下手をすれば他の魔王もこちらが取り込む可能性を危惧した。
緋の魔王にとって今が攻め時だなんて伝えると言うことは人間側と魔王側でパワーバランスが取れていると言うことになる。
少なくとももう一人、魔王が緋の魔王と共に人間達への侵攻を行おうとしていると見てよい。
今までの会話の情報、性格の傾向から碧の魔王は我関せず、いや別のことに執着しているのだろうか。
『落とし子』、できればもう少し詳細な情報を聞き出してほしい欲求はあったが今はスルーする方向で。
とはいえ碧の魔王も実は人間達への侵攻に加わっていましたという可能性がないと断言できるわけでもない、刺激しない程度に警戒を行っておく必要はあるだろう。
「何はともあれ情報ありがとうな二人とも。無色の奴に色々吹き込まれて思うところもあるだろうに」
「貴方が私達の名前を知れば私達を蘇生魔法から解放できる事かしら? 別にその程度構わないわよ? 人間に戻ったところで貴方と一緒にいることくらいできるのだからね?」
「デュヴレオリが悲しむぞ」
「デュヴレオリの忠誠心が私の種族に関わる程度ならそこまで、きっと大丈夫でしょうけどね?」
デュヴレオリのことだから紫の魔王が人間に戻っても忠誠は尽くしそうである。
「そうだとしても、対価として支払っていた名前を取り戻して蘇生魔法を解呪したとして無事に人間に戻れる保証なんてない。むしろ今まで蘇生魔法の恩恵で得られていた長寿、死後の復活やら全部返却させられるかもしれないからな」
竜宮城で長い時間を過ごした浦島太郎が玉手箱を開けて今までの時間を取り戻し一気に老け込んだように蘇生魔法を解呪することで今までの影響を一気に受ける可能性がある。
少なくとも数百年の年月が降り注げば一気に白骨化くらいはするだろうよ、ホラー過ぎる。
「それは嫌ね? でも貴方と同じ時間を過ごせないというのはどうにか解消したい課題なのよね? 貴方が私の魔族になってくれれば手っ取り早いのだけれど?」
「それは妾が口を挟むぞ? 魔族にしてやろうという発言は妾が先に言ったのじゃからな」
「あら、順番なんて些細なことじゃない? 順番よりも大事なのは想いの強さじゃないかしら?」
「その辺は言い争ったところで優劣がつくわけでもないからの。むしろ対等を望むのなら御主、魔王にならんか」
「一回死ねってか。言っとくが人間を止める気はないぞ」
魔王になったら元の世界に帰れる気がしない。
仮に帰れたとしても地球でまともな生活ができるとは思えない。
いずれ不老不死が判明され、人間達に捕獲され実験生物扱いになるか永遠に逃げ隠れする日々だ。
八十歳程度まで生きられれば十分、欲をいえばボケが進行し自分が分からなくなる前にはポックリ逝きたいところである。
「魔王も悪くないのだがのぅ、元の体より魔力が数段増えて魔力の質が変わるくらいでそーんなに変わらん」
「そうだろうな」
金の魔王は金狐族と呼ばれる亜人、人間とは異なる姿ではあるが黒狼族のウルフェを知っている身としては亜人としての種族の違い程度しか感じない。
紫の魔王は元人間だが血色の悪さを感じる白い肌を除けば紛うことなく人間の外見である。
……綺麗さとかそういうのは抜きにして。
「偏見を持たぬという割には頑なじゃな、実際は持っておるのではないかえ?」
「魔王化に偏見が無いのは事実だ。あるのはこの世界への順応の方だ」
無色の魔王曰く、『俺』がファンタジー世界で過ごしてなお子供未満の魔力しか持たない理由はこの世界を精神が受け入れていないからだ。
心のどこかには常に地球に帰る方法を模索してしまっている自覚はあるが、その辺の未練を捨てるのは容易ではない。
「御主の過去話は聞いたが、そこ迄未練を持っているようには思えんのじゃが」
「こればっかりは生まれ持った性分だからな、この世界で生きていくと決断したところで解決するかどうか……」
実際の所この世界は居心地が良い。
他者との関係も一部命を狙われる等と物騒ではあるがそれ以上に頼もしい味方もいる。
地球に戻った所でそこまで深い交友関係にある相手がいるわけでもない。
ああ、でもご近所さんのあの男はよく飲みに行った時に面白い話をしてくれていたな。
「ま、その辺については後数年この世界で生きてからの様子見ってとこだな。この世界じゃ若く見られがちだ。不老不死になるとしてももうちょっと老けたい」
「そういえば御主の実年齢を聞いたときは驚いたの」
「そうよね? 髭くらい伸ばして貰っても悪い気はしないわ?」
「その辺まで生きられるように助けてくれると助かるがな。ところで魔族の話で思い出したが、魔族はどれくらいの数が生み出されているんだ?」
魔族、この世界では割と有名な存在である。
魔王に付き従う人型の存在で黒い髪、黒い目を持つとされている。
その情報があるからこそ最初はイリアス達に怪しまれ捕まったり質問攻めにあったりしたのだ。
だというのに魔王二人に出会ってなお魔族との接触があの無色の魔王一人である。
「魔族を生み出している魔王が少ないのよね? 私は『籠絡』の力があって人手には困らなかったし……『蒼』はそもそも人との接触を持たなかったわ?」
「妾も村が焼き払われて同族は綺麗さっぱり死に絶えておったからの、わざわざ魔族にする相手もおらんかったからの」
魔王になった者達の経緯、知っている範囲では本人にとって望まぬ死を迎えている際に湯倉成也との交渉によって成り立っている。
そんな者達が長い年月を付き添って欲しいと願う交友関係を持っている可能性は稀有だ。
それだけの関係を事前に持っていたのであればそもそも湯倉成也の目に留まらなかっただろう。
「『緋』も魔族は生み出していない筈ね、基本従順な魔物の戦士を集めているわね?」
「となると魔族を生み出しているのは碧の魔王と黒の魔王ってことか」
「ええ、と言っても世間一般的に目撃、伝承に伝えられている魔族は全て『黒』の配下ね、数は……数十人だったかしら?」
「多いな、おい」
魔王の側近なイメージとして認識していたからてっきり一人二人かと思っていたら、小規模なチームレベルとは。
「その魔族達ってまだ生きているのか?」
「どうかしら、『黒』が創っていた魔界にまだいる可能性はあるのだけれど……ただユグラと『黒』との戦いの際に大多数がユグラに殺されたとは聞いたわ?」
綺麗に全滅したというわけでもあるまい、未だ見ぬ魔界のどこかに黒の魔王の復活を夢見てその牙を研いでいる可能性もあるのだろう。
……まあその辺は今の問題ではないよな。
「ま、あまり気にしてもしょうがないよな」
「んむ、それなりに腕は立つであろうが魔王程ではない。脅威としての程度は低いと見て良いな」
「魔王にとっての魔族はそれなりに重要な立場だろうけどな」
「それは無論じゃ、ユグラも『命を預けられる相手だけ魔族にしておくように』と言っておったからの」
「……その魔族に誘われていることに関しては素直に喜んでおくとしよう」
「んっふっふっ。そうじゃぞ、とても光栄な事じゃ」
随分と気に入られたものだ。
これではどうあがいても見捨てられる筈もない。
「あー、そういえばお前等って略して名前呼び合っているよな?」
「『紫』と言う呼び方かの?」
「ああ、金の魔王って呼び方はマリトに対してターイズ国王って言っているようなものだしな。『俺』も真似て良いか?」
毎度毎度『の魔王』と言うのも何と言うか他人行儀感が残る。
そもそもこの両名、普通にターイズ国内に顔を出してくるのだ、街中で魔王と言う単語を使うのは避けるべきだろう。
せっかく距離を縮めてくれているのだから、ある程度ならこちらから歩み寄っても平気だろう。
両魔王は顔を見合わせる。
「それもそうじゃな。一応魔王としての存在を誇示させるためにそう呼ばせておったが、対等ならばその必要もないじゃろうし」
「じゃあそういうことで、良いな『金』」
「……おお、むず痒いのう」
「貴方、私も呼んでもらえるかしら?」
「ああ、これからもよろしくな『紫』」
「……確かにむず痒いわね。でも良いわ。今後もそう呼んで良いわ?」
「へいへい」
なおこの光景をデュヴレオリとエクドイクが真顔で見ているのが一番むず痒かった。
この度、この異世界でも無難に生きたい症候群が第六回小説大賞にて期間中受賞し、一二三書房様より書籍化することとなりました。
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この場を借りてお礼申し上げます。