次に敵となるのは。
ターイズ城にある一室、そこは中央に設置されている巨大なテーブルを騎士団長や官職の者達が囲み、国の行く末を討論する際に使用されている部屋だ。
現在この場にいるのは複数の国の者達。
今日はユグラ教の代表を交え、『無色の魔王』との接触を行う日である。
まずはターイズよりマリト、ラグドー卿。
メジスから以前からターイズに残っていたエウパロ法王、ヨクスの他に三名の大司教が姿を見せている。
一人はターイズ支部の責任者であるマーヤさん。
残る二名はメジスに在籍している大司教の二名だ。
一人は良く知るウッカ大司教、ラクラの師匠でありラーハイトとの一件で知り合った人物だ。
そしてもう一人、非常に気難しそうな表情をしている初老の男性。
セラエス大司教、ユグラ教の大司教の中でも最も発言力の大きいとされている人物だ。
マーヤさんは現地担当だからということだがウッカ大司教とセラエス大司教はエウパロ法王が選んだ者達である。
この両者の立ち位置はほぼ対極だ。
ウッカ大司教は穏健派、具体的に言うとこちらの在り方をある程度黙認してくれている。
それに対し、セラエス大司教は声を大にしてこちらの在り方を否定しているとのこと。
ヨクス以上に頭が固い人物と聞いているのでなかなかに怖い。
「……」
うん、さっきからこっちをガン見している、なかなかどころじゃないな。
ちなみにこちらを睨んでいる理由はこの地球人のせいだけではありませんとも。
こちらの背後には三人の人物が控えている。
護衛のエクドイク、そして金の魔王、紫の魔王である。
両魔王とも無色の魔王との接触が今まで無かったとのことで是非とも顔を見たいとのこと。
ユグラ教発祥の地であるメジスの大地に深い傷痕を残した紫の魔王がいるともなれば信仰の強いセラエス大司教の気が立っているのも仕方のないことかと思います。
ちなみにエクドイクと金の魔王に関してはいつも通りだが紫の魔王にだけは特別な処置をされている。
それが彼女の口元を覆っているマスクだ。
このマスクはユグラ教の用意した物で、装着中は一切の発言を行えない。
用途としては紫の魔王の持つ『籠絡』の力を封じるための物である。
名前を呼ぶだけで他者を自由に支配できる力故に、こういった場に参加する為には仕方のないことではあるが……なお紫の魔王はそう、とだけ言って装着した。
一応事前にマリトが調査を行い、危険性が無いことは証明されているし、紫の魔王の影にはデュヴレオリも潜ませている。
「さて、それではそろそろ始めるとしようか。挨拶――は不要か」
マリトが立ち上がり、こちらに歩み寄る。
今回の司会進行役はマリトが引き受けてくれている。
セラエス大司教に睨まれながらの進行役は流石に勘弁して欲しいので助かる。
「用意は良いか?」
「ああ、それじゃあ呼び出すぞ」
無色の魔王から渡されたクイズ番組に使われそうなスイッチを取り出しテーブルの上に置く。
視線が向けられているのがなかなかに緊張する。
これで押して来なかったらどうしてくれよう。
セラエス大司教がいなければ地球のクイズ番組のノリでボタンを押したかったのだが、そんなことをこの場でやれば視線で殺されかねない。
等と思いつつボタンを押す。
さて反応は……。
「お、良い茶菓子あんじゃん! これ食っていいん?」
用意されていた場所に最初からいたかのようにその男が現れた。
足をテーブルの上に投げかけ、アウトロー感を全開にしている男が現れた。
黒い髪に黒い瞳、こちらとの明確な違いは地黒な肌だろうか。
周囲の景色に溶け込もうとするステルス機能付きのフードを半裸の体にまとった男、無色の魔王である。
「ああ、構わないとも。状況の説明は必要か?」
「いらね、ユグラ教の大司教や法王を集めりゃ嫌でも分かるさ」
無色の魔王を見たそれぞれの反応はやはり警戒心を表に出す事だった。
この中の誰もがこの男が現れるであろう地点に意識を向けていた。
だが結局この男は最初からそこにいたかのような錯覚を与えるだけで当然の様にその兆候を見せなかったのだ。
「私の事を知っているのならば話は早い。まずは事実確認を済ませたい」
「同じ事を言うのはストレスなんだがな。俺が勇者兼白の魔王ユグラに魔族にしてもらって、無色の魔王として『地球』の言語や知識の普及を妨害しているって話なら事実だぞ。嘘を吐いているかどうかくらいはユグラが残した手法を学んでるお前等なら見分け付くだろ」
「……そうか」
ユグラ教にとって最も信用したくない箇所をざっくりと証明しやがったなコイツ。
ユグラ教の聖職者が嘘を見抜ける技法を持っているのは周知の事だが、湯倉成也の与えた知識だったのか。
大司教側の反応は……ウッカ大司教が頭を抑えている以外特になし。
エウパロ法王やマーヤさんに関しては最初からこちらに嘘がないと信じているのだから当然として、セラエス大司教の無反応さはちょっと怖い。
「おっ、そこにいんのは金娘に紫姫じゃん。こうして顔を合わせるのは初めてだよな?」
「そうじゃな、定例会で気配だけ出して一言も喋っておらんかったくせに舌の回る奴じゃの」
「魔王の定例会だからなー、名前だけ魔王の俺としちゃー口を出すのは気が引けるって言うかなー」
「妾からも少し尋ねさせてもらおうかの? 妾達の定例会はユグラが妾達を魔王にし、それぞれ自由に動けと解き放つ前に『黒』に用意させたものじゃ」
「うんそだねー。……黒の魔王が作ったねー」
「しかしユグラが自らを魔王と化したのはその後メジスで暴れておった『紫』を倒す直前。その時からユグラと『黒』は敵対したのじゃから、その後に何かしらの手を加えたとも思わん。そうなると『色無し』、お前さんが無色の魔王となってからではあの場に現れるには遅すぎる。そもそもユグラは定例会の場所を設けた時から既に『色無し』が存在しているとも言っておった。そう考えるとお前さんの立ち位置が些か不鮮明なのじゃ」
「ふーん良かったね」
無色の魔王は興味なしとでも言いたげにお茶を啜る。
このお茶美味いよなー、今度どこで仕入れているのかマリトに聞こうっと。
しかし今の会話、ちょっと違和感があったな。
「……真面目に答える気はないと言うことかの?」
「ちょっと考えれば誰でも思いつくような疑問を賢そうに質問されても鼻で笑うしかできねぇよ。それくらい自分で考察しろよ。おら、『地球人』、お前がスパッと答えてやれよ」
まさかのキラーパス、お茶を噴き出しかけた。
「なんでこっちに振るんだよ」
「この程度の疑問を投げかける程度の連中なんかとダラダラ喋りたくねぇんだよ。お前の頭の回転の良さ見せろよ。外すようならこの場もこれで打ち切りな?」
いきなり酷い無茶振りを投げられた。
元々無色の魔王は湯倉成也と知り合いだった。
湯倉成也が蘇生魔法の研究を行い、黒の魔王を生み出す前から知り合いだと言うのならば定例会に見学席のような立場でこの無色の魔王の分の席も用意していても不思議はない。
魔王でなくても定例会には顔を出せる可能性だってあるのだから。
ただ頭の回転の良さを見せろと言われてもな……ふむ。
「推測ありきな問題だろこれ、完全に正解しないとダメか?」
「俺は採点甘い男で有名だったからな、努力が見られりゃ温情くらいはやるぜ? 解答権は三回で良いか?」
「それなら割と切り込んだ答えでも良いか……それはお前が黒の魔王の弟だからだ」
「――」
あ、あいつ口からお茶溢してやがる、汚ねぇな。
周囲の連中もなかなかに驚いた顔だ。
「待て待て、いきなりその答えに飛躍した経緯を言えよ」
「やっぱあってたか」
「いやいや、あってるけどな? 流石にそこまで切り込める程ヒントを出した記憶はねーぞ?」
「人には考えろとか言うくせに質問するんだな」
「うるせぇ、お前の分の茶菓子奪うぞ」
「それは困る、ウルフェのお土産にするつもりだからな。……元々無色の魔王は湯倉成也がこの世界にやって来た時からの知り合いだった。一緒に魔法の研究を行うような関係だったとしても不思議じゃない。無色の魔王は完全な裏方として他の魔王達とは接触せずに行動していたが魔王達を観察するために定例会の場所には席を用意されていた。湯倉成也は最初からそういった形で無色の魔王を組み込むことを前提で計画していたんだろう。席だけ先に用意して、後から事実を作ったわけだ。実際には魔王じゃなく魔族だったわけだが」
「おう、それが金娘の質問への最適解だな。そこから先を聞かせてくれよ」
ここから先は完全に推測だらけではあるが、しっくりと来たので言ってみた感じだ。
お茶を一口飲みつつ、流れを説明する。
「金の魔王や紫の魔王は裏方に徹していた無色の魔王を知らず、会ったことも無かった。だが黒の魔王は定例会の席を設けている立場上、無色の魔王を知っている可能性は高い。湯倉成也が一番最初に誕生させた黒の魔王に与えたのは『全能』の力、自らの叡智の大半だ。そこまでを視野に入れれば湯倉成也、無色の魔王、黒の魔王は割と早い段階から顔見知りだったと推測できた。そして黒の魔王と無色の魔王は魔王であること以外にも関係があり、友人、協力者、恋人、家族と言った関係のいずれかに該当する」
「そうだな、そこまでの推測には納得できるな。だがその先を絞り込めた理由がわかんねぇ」
「それは今さっきお前が口にしたろ。金の魔王を金娘、紫の魔王を紫姫ってな」
金の魔王は元々亜人の村に住む娘、紫の魔王は人間のお姫様だった。
金娘や紫姫と言う呼称は相手の素性に関するあだ名というわけだ。
「その中で黒の魔王だけは黒の魔王と呼んでいた。友人関係や協力者関係ならば隠す必要はなく、同様にあだ名で呼べば良いのにそうしなかった。これは普段の呼び方をすれば関係が明るみになるからと意図的に関係を隠した様に感じられた。それにお前は黒の魔王の名前を言った時に僅かながらに抵抗感を示していた。このことから親しい関係、ついでに言うなら対等というより、多少ながら下にいる者であると推測。ならば恋人ではなく家族側、親子か姉弟の関係だ。親子はなんだか違う気がしたから弟だと答えた」
「……なるほどな、俺が黒姉の言い方を自重した発言から推測を進めやがったのか……名前の呼び方から相手との関係を察するとか、普通できるもんか?」
「魔法を覚えるよりかはずっと楽だぞ」
「それはねぇよ……まあ約束は約束だ、もうちょっとこの場にいてやるよ」
どうやら合格らしい、ほっとした。
一度に喋ると喉が渇く、お茶を再度啜りながら他の者達の様子を見守っていると金の魔王がひそひそと話しかけてきた。
「のう御主、ひょっとして例のをアレに使っておるのか?」
「理解行動か? イリアスとの約束があるから使ってねぇよ」
もちろん相手を理解し、その思考を読む理解行動を使えばその信憑性はぐんと向上する。
だが別に使わなくても違和感等の情報は自然と感じ取れるものだ。
それらを普通に読み解いて推測を立てるだけならば負担もないし、それなりには使える。
命が掛かっている時とかには推測だらけでの行動なんてごめんなんだけどな。
「うむむ……やりおるの」
「マリトにだってできる範囲だと思うぞ、頑張れよガーネ国王」
「ぬぅ、今の話あの愚王に言うでないぞ?」
その後に関しては以前マリトと一緒に聞いた話の再確認である。
湯倉成也がこの世界にやって来てから魔法を取得、無色の魔王と協力し様々な技術を確立した事。
湯倉成也が禁忌と定めた蘇生魔法、次元魔法、時空魔法の研究を行っておりその過程でこの世界の創造主に目を付けられ一回休み状態である事。
無色の魔王は面倒くさそうに律儀に答えていく。
「結局同じ事の繰り返しかよ。お役所仕事って感じがするねーやだやだ」
「では私が」
そういって挙手したのはセラエス大司教、ここに来て初めてその声を聞いた。
「おう、なんだ?」
「魔王を完全に滅ぼす手段は存在するのか?」
その言葉に背後の両名が僅かに反応する。
そりゃ目の前で自分を滅ぼす手段を確認されたら思うところもあるだろうよ。
デュヴレオリが飛び出してくるかと思ったが、抑えてくれているようだ。
「へぇ、魔王を前にして良い質問だな。俺は不死じゃねぇから一回でも殺せればそれで終いだが他の連中は蘇生魔法の影響を受けているからな」
「それで、あるのか?」
「理論的に言えばある。だがお前等じゃ無理だな」
「それはどういう事だ?」
「簡単な話だ、蘇生魔法の効果を受けているからこそ魔王達は不死なんだ。なら蘇生魔法の効果を打ち消せばいい。蘇生魔法は魂に掛ける魔法、打ち消すには支払った対価を取り戻せば良い。ユグラを除く魔王達が支払った対価はこの世界における名前だ。だがこの世界に存在する魔王達の名前は完全に消滅している」
「それでは理論的に不可能ではないかね?」
「例外があるのさ、なぁ『地球人』?」
「……どういう事かね?」
うわぁ、滅茶苦茶セラエス大司教の視線が痛い。
魔王の滅ぼし方、また聞きたくないことを聞かされてしまったものだ。
そして察した、というより思い出してしまったのだ。
そう、以前騒動の中心となり、読まなきゃ良かったという感想しか湧かなかった本の内容を。
とぼけたいところだが、エウパロ法王やマーヤさんは事情を知っている。
心証を悪くするだけの行為は避けねばならない。
「……メジスに保管してあった蒼の魔王に関する書物、あれには蒼の魔王の名前が記されていた……地球の言葉なら残せるということか」
「そういうことだ。ユグラは保険として魔王達の名前を『地球』の言語で一部の書物等に記してある。それを解読できるのは『地球人』だけってことだ。残念だったな過激派、そこの男は現段階じゃ魔王の味方だからなぁ?」
コイツ、煽ってやがる。
不老不死、永劫に生き続ける魔王達。
しかしその呪縛を解く手段は存在していた。
蘇生魔法の使用と同時にこの世界から消滅した魔王達の名前、それを再び与えることができれば蘇生魔法は無効化できる。
そしてその名前の発音をユグラが事前に地球の言語で補完していた。
少なくとも今の『俺』には蒼の魔王を滅ぼす手段が手に入っているということになる。
……いやいや、そんなリスク背負いたくないんですがね!?
セラエス大司教はこちらを静かに見つめ、もう用は済んだと言わんばかりに着席した。
質疑などはひと段落したのか新たに質問をする者はいない。
ならばこちらからも質問を投げるとしよう、個人として聞きたいポイントはやはりあそこだろう。
「あー、別の質問だが良いか?」
「お、良いぜ『地球人』。気の利いた質問くれや」
「『俺』は何で地球からこっちに飛ばされたんだ?」
「おい、以前と同じ質問じゃねーか」
「じゃあ同じ答えを返せよ、今度は嘘を見破れる連中がいるぞ」
無色の魔王はふと不真面目な表情を止める。
そして少しばかり沈黙し、息を吐く。
「まいったまいった、よくもまあ嘘を見破れたもんだな」
「お前が黒の魔王との関係性を隠していた事が新たに判明したからな。『俺』がこの世界に来た場所は『黒魔王殺しの山』、お前の姉の死んだ場所だ。色々知っているくせに碌な考察もなしに知らないと言い切ったのが白を切った様にしか思えなくてな」
「あーそうだな。やっぱ嘘は吐くもんじゃねぇな、色々とボロがこぼれやがる。次からは黙秘だな、やっぱ」
「黙秘するならするで別に良いんだけどな、知っていると言う前提で推測するだけだ」
「ほんっと、『地球人』はどいつもこいつも面倒な奴だな!」
魔王を生み出して世界を救ったマッチポンプ野郎と一緒にされるのは非常に不本意である。
「全部が嘘ってわけじゃねぇ。この世界で次元魔法を使える可能性があったのはユグラと黒姉、後は俺だけだ。ユグラが復活待ちで俺に身に覚えが無きゃお前をこの世界に呼び出した奴は一人だけだろう?」
「――黒の魔王が『俺』を呼んだって事か」
「そうだ」
最初に耳にした魔王、黒の魔王が『俺』を異世界転移させた。
それが判明したことは大きな情報ではあるのだが、いまいちピンと来ない。
何せスライムにやられた魔王としか認識していなかったからな。
「その表情は何で俺がって顔だな?」
「そりゃあな、呼ばれる理由に心当たりなんてない」
「別にお前個人を特定して召喚したわけじゃねぇと思うぜ? 黒姉と一緒に生きてきたがお前さんを知る機会なんて微塵も無かったと断言できるからな」
そりゃ異世界から無難に生きている地球人を知る機会なんてないでしょうよ、あったとしても膨大な情報量の中の一つ、砂漠の砂粒だ。
「これは俺の推測だが間違いはねぇだろうよ。蘇生魔法を受けたものは不老不死だが蘇る場所は死んだ場所だ。そしてあの場所にはヤベェのがいる」
「スライムか」
「『魔喰』、アレはどうしようもない存在だ。魔力を持つ者全てを喰らう存在だ、さらには保有する魔力が多い相手程その食欲を増すからな。正直俺でも近寄れねぇ」
現時点で世界最強クラスの無色の魔王でさえこの言い様だ。
襲われた身としては本当に奇跡だったんだなと思う。
同時にスライムさんがこの世界における食物連鎖のトップであることも判明した。
「他の連中だって数十年前から復活してんだ。黒姉だって復活していても不思議じゃねぇ。だが復活した瞬間に『魔喰』の巣の中じゃ逃げることなんざできねぇ、復活した瞬間に食われてお終いだろうよ」
一昔前にあったFPSゲームで萎える要素、リスポーン地点で復活した瞬間にキルを行うという行為、通称リスキル、それに近い状況だろうな。
魔王程の魔力にもなれば多少離れた位置だろうがあのスライムさんは嗅ぎ付けて襲い掛かるのだろう。
復活を意識した瞬間にスライムに捕食されていたのでは堪ったものではないな。
「黒姉の目的はお前等人間が良く知る通り人間共の駆逐だ。だが魔喰の巣で死に続けるしかなく己が野望を果たせないと悟った黒姉は他の者に願いを託そうとした。そして異世界から初期状態では魔力を持たずに『魔喰』から逃げられる可能性のある存在……『地球人』、お前を呼びだしたってわけだ」
「……尚更呼ばれた理由が分からなくなったな」
言うまでもなく『俺』に人類根絶を行う実力やその気はない。
そりゃあ朝から箪笥の角に小指をぶつければ『世界なんて滅びろ』とか思ったりもするかもしれないが。
そんなことが原因で異世界転移とか悲しすぎる。
「次元魔法、この場合は召喚魔法と呼ぶべきか。召喚魔法には触媒が必要だ。異なる世界から別の存在を呼び出す為にはその存在に関連する因果を備えている必要がある。お前が呼ばれた理由はその触媒が原因だろうよ」
「触媒って……『俺』と結び付けられるような因果なんてあるのか? いやそもそも復活直後にスライムに襲われていたならそんな物を用意できるわけがないだろう」
「あるんだよ、一つだけな。自分自身さ」
「自分自身って……黒の魔王そのものということか?」
「そうだ、自分の野望を託すなら自分と近しい存在を呼べばその可能性も上がるだろう? だから黒姉は自分を触媒に召喚魔法を使い自分に近しい因果を引き寄せた。その結果がお前だ」
なるほど分からん。
黒の魔王の目的、召喚魔法を使った理由、触媒に自分自身を使った迄は筋が通っているがそこで何故『俺』なんだ。
「似てるのか、『俺』と黒の魔王は」
「黒い髪、黒い目、外見で似ているのはそれだけだな。顔形、性別も才能も完全に別物だ」
「髪と目だけの一致条件で呼び出されたとなると天文学的確率過ぎるな」
「それだけじゃねぇさ、むしろ一番似通ってんのはここだ」
そういって無色の魔王は自分の胸を叩く。
「貧乳だったのか」
「ざけんな、バインバインだ。――違う、心の在り方だ。黒姉はこの世界に絶望し全てを恨んでいたが……それでも世界を愛していた。世界に向かって慟哭し、その怒りを訴えた。普段は物静かな黒姉だったが、一度熱を持つとすげぇ行動力を発揮していたからな。その辺は確かにお前と黒姉は似ていると思うぜ?」
火が付いたら止められないタイプと言うことか。
その辺は自覚症状もあるから理解できなくはないが……何ともはや。
「そんなわけだから俺はお前に興味を持った」
「男色の気はないんだがな」
「俺だってバインバインの女が好きだ。俺が興味を持っているのはお前の今後だ。今のお前は魔力を一切持たない、この世界を受け入れきっちゃいない。だがそれを受け入れた時、ユグラと同等の知恵を得た時、黒姉と同じ思想に染まった時、どんな未来を見せてくれるのか非常に楽しみだ」
「……そんなことを言われてもな、『俺』は無難に生きたいだけだ」
「そうかいそうかい。まあそんなわけで俺は当面お前の敵になるつもりはない。この世界の連中が禁忌に手を出さないように秩序の番人を続けさせてもらうぜ?」
こうして無色の魔王との対談は終了した。
『俺』が召喚された理由、蘇生魔法を打ち消す方法、様々に重要な情報が手に入った。
……無色の魔王にしてやられた気分だ。
アイツ、ワザと重要な情報を公開してきやがった。
情報を公開するだけならば以前の時にすれば良かったのだ。
だがあえて一度はぐらかし、再度対話の場を設けさせた。
そうすることでユグラ教の人達をおびき出し、その前で『俺』の重要度を上げてきたのだ。
これでユグラ教は『俺』を魔王を仲間に引き入れたユグラの星の民だけでなく、魔王を滅ぼす手段の一つ、さらには黒の魔王が用意した手駒であるとの印象を植え付けられた。
もちろんエウパロ法王やマーヤさんならばそれでも理解を示してくれる可能性の方が高い。
だがセラエス大司教のあの目……あれは不味い。
嫌悪や否定の意志を向けていた目の中に獲物を捉えた狩人の様なねっとりとした感覚が混じっていた。
ユグラ教も一枚岩ではない、油断しないようにしなければ。
いや、ユグラ教だけではない。
金の魔王や紫の魔王からしても『俺』の脅威が上がった結果となる。
仲間内に不和の種を植え付けやがって、ロクなことしないなあの無色。