まず懐かしい技。
※
読者様の意見により発覚したことですが、87話にて主人公が『暴露する脳髄』という二つ名の名前を知っていたとのことでしたが実際には『迷う腹』フェイビュスハスのことでした。
主人公の捕獲手段を考えていた所、脳髄から腹に部位を変更した際に修正を入れるのを忘れたまま使用していたことをここに謝罪させていただきます。
該当部分は修正させていただきました。
エクドイクがものっすごい顔をしている、放っておこう。
動きの大半が目で追えなかったのだが、どうやら驚くべき展開が発生したようだ。
両者が見合ってから数秒としないうちにデュヴレオリの片腕と両足が切断された。
ラクラの仕業なのだろうが、その過程にデュヴレオリは動揺し、続くイリアスから直撃を受けた。
何かしらの物体が遥か先へ吹き飛ばされるのを確認したがどうやらデュヴレオリのようだ。
イリアスは追撃を行わない、よく見れば影に切断された右腕がバラバラになって突き刺さっている。
直撃を受けつつも切断された右腕を使用して影と地面を繋いだのだろう。
「おい、同胞」
しかしまあデュヴレオリの基本スペックの高さもさることながらその状態で全ての大悪魔の特異性を身に着けているとは恐れ入った。
いくつかの能力はイリアスやラクラ相手にまともに機能しないとはいえラミュグレスカの鼻のような対人技能に特化した能力の上乗せは脅威でしかない。
「おいって」
だがそれ以上に驚くべきはイリアスの進歩だろう、ラグドー卿にも負けず劣らずのデュヴレオリ相手に一歩も引かない攻防を繰り広げている。
ラグドー卿から一本を取ったという話、そして溢れる自信の理由にも納得というものだ。
だがこれ以上のゴリラ化は正直喜んで良いものか悩ましいところではある。
などと考察をしていたら首を鎖で絞められる、苦しい。
「ワザと無視するんじゃあない!」
「ワザとじゃないって、超人眼鏡を着けていると感覚が鋭すぎてまともに喋れねぇんだよ!」
眼鏡を外しつつエクドイクの方を向く、あのエクドイクがここまで狼狽しているのは珍しい。
気持ちも分からないわけではない。
デュヴレオリの叫びは聞こえていた、ラクラが使用したのは『盲ふ眼』、エクドイクの育ての父である大悪魔ベグラギュドに与えられた大悪魔の特異性である。
しかもラミュグレスカの鼻を持っていたデュヴレオリにも察知できないレベルともなれば先ほどエクドイクが初めて披露した真なる『盲ふ眼』の方だ。
満を持して使用した秘奥義を一時間もしないうちに使用されてはたまったものではないだろう。
「同胞、お前はこのことを知っていたのか!?」
「いや、流石に知らんて」
「お前からはさほど大きな動揺が見られなかった、その理由を説明しろ!」
うーむ、目ざとい。
確かにラクラがその力を使った時に『俺』はあまり動じなかった。
その様子を見て流石のエクドイクも察した模様。
「お前とラミュグレスカとの戦いの際に例の技で出した鎖な、ラクラだけは目線で鎖を追っていたんだ」
「なんだと……」
そう、あの時ラミュグレスカの反応が不思議に思ったついで視界を仲間の方へ逸らした。
イリアス達はそれぞれがエクドイク、ラミュグレスカへと視線が向けられていたのに対し、ラクラだけが鎖の張り巡らされた中央を見つめていたのだ。
「何らかの方法で見えていたのだろうか、その程度の感想ではあったんだがラクラ自身があの眼を使ったことでわりとしっくりきていたわけだ」
「何故ラクラ=サルフは我が父より与えられた『盲ふ眼』を使えるのだ!?」
「それに関してはいくつかの可能性が挙げられる、だが確証はない。後で本人に尋ねるしかないな」
例の一つを挙げるとするならばラクラがベグラギュドを倒した際、エクドイクと同じくベグラギュドから眼の力を与えられていたという可能性だ。
ただこの仮説はベグラギュドの存在を覚えてすらいないラクラの現状を考えるに難しい。
もう一つ飛躍した案もあるが……これはしっくりくるが不確定要素が多すぎる。
「眼への負担もほとんど無いように見られるな……あの技は何でも投影できるというわけではないのに」
「エクドイクにとって最も馴染みの深いのが鎖、対するラクラは結界魔法が主力だろ? 実体の無い物ならば負担が少ないんじゃないか」
眼の血管が破裂したエクドイクに比べ、ラクラの使い方の方が実用性は高い。
とは言えエクドイクの鎖の方が強度は高いだろうし汎用性も高い。
一長一短ではある。
「……俺はどうすれば良いのだろうな」
「慰めになるかは知らんが、お前とラクラ、雇うなら断然お前だぞ」
「そうか……今はもうそれでも良い……」
ラクラは無理なことは無理だとハッキリ言うタイプの人種だ。
それこそ自分の命が掛かっている以上、一度強さを見たデュヴレオリ相手ともなれば尚更である。
そのラクラが静かに勝負に挑んでいる、それは勝機を見出しているのだと理解できる。
その内容がエクドイクにも精神的ダメージまで与えてしまったが、そこは後でこちらがケアするから頑張れラクラ。
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追撃はない。
イリアス=ラッツェルの剣戟を左手で受ける際に同時に切断された右腕を奴の影に放った。
後続にいるラクラ=サルフもそのことを察してか単独での前進はしてこない。
加えて攻撃を受けた衝撃でこちらは距離を稼ぐことができた。
まずは体勢を立て直す、ひしゃげた左腕も含め五体満足になるまで急速再生を行う。
四肢を失った負担は大きい。
痛覚による疲弊は大した問題ではないが肉体の数割を再生するともなれば失われる内在魔力も馬鹿にはならない。
無傷の状態にまで回復するも、その疲弊は隠し切れない。
ラクラ=サルフが『盲ふ眼』を使ったことは紛れもない事実だ。
だが今はその理由を問いただす時ではない。
今は主様の為に勝たねばならぬ時、余計な私情は混ぜるべきではない。
再生と同時にイリアス=ラッツェルを拘束していた右腕の残骸が破壊される。
「驚いたなラクラ、今のはエクドイクが使っていた技ではないのか」
「ええまあ、やってみたらできました」
耳に入る情報を分析するに、問いただしたところで会話になるかも怪しいところだ。
体術がほぼ互角のイリアス=ラッツェルに初動がまともに感知できぬラクラ=サルフ、状況はやや劣勢と言ったところか。
「悠長なことだ、もう勝ったつもりか?」
「そんなつもりはない、負けるつもりは最初からないがな」
「そうか、ならば続けるぞ!」
左脚に力を込めて駆ける、現時点で行うべきなのは待つという選択肢を捨てることだ。
いつどこに結界が張られるか分からなくなった以上、結界が現れた瞬間にその場にいれば再び切断されることになる。
確かに真なる『盲ふ眼』の力は驚異的だ。
目に見えず、鼻に匂わず、耳に聞こえぬ。
触覚で感じることはできるにしてもその時には手遅れとなっている。
だが完全無欠の力というわけではない、ラミュグレスカが既にその攻略の兆しを見せていた。
鼻が危険を嗅ぎ分ける、通常の結界が張られているのが分かる。
警戒すべきではあるがそれ以上に警戒すべきはここではない、
「――そこだっ!」
本能が反応した瞬間、尻尾を地面に叩きつけ突進の軌道を変える。
そう、先の攻撃でも既に真なる『盲ふ眼』の対抗策は練れていたのだ。
死を忌避する本能の訴え、それに身を委ね反射で行動する。
感覚すらも超える危険察知の力により回避さえすれば後はどうとでもなる。
尻尾が切断される感触、間一髪のところで危険域を脱したらしい。
このまま一気に距離を詰め、攻撃を与える。
「させるかっ!」
イリアス=ラッツェルもこちらの動きを目視で追いかけ、進路の妨害に出る。
右腕を前に差し出し、そして魔力を瞬時に圧縮、そして爆ぜさせた。
砕けた骨子が飛び散り、イリアス=ラッツェルへと命中する。
決定打にはならないが目くらましと怯ませるには十分な効果だ。
間髪入れず角から雷撃魔法を放ちさらに視界を奪う。
再び本能が危険を訴える、この一瞬で周囲に結界を張ったか。
だが視界を奪っている瞬間に攻撃用の結界を生み出すことは不可能、強引に発動しようものなら今私とぶつかり合おうとしていたイリアス=ラッツェルもその射程に含まれる。
再び尻尾を再生、二尾に分裂させ片方を地面に軸として固定、位置を微調整。
これでイリアス=ラッツェルは私とラクラ=サルフの正面にいることになる。
渾身の力を込め、両者を一度に穿つ。
「これで――」
しかし感触がない。
そんな筈はない、雷撃魔法の光から戻ってきた視界には確かに両者が貫かれて、いやこれは違う、これは――
「従来の『盲ふ眼』か!?」
「そうですよ」
左腕が宙に舞う。
突如視界に浮かび上がったイリアス=ラッツェルの一閃が私の左腕を切断したのだ。
元来の幻術を見せる力の方も使えるとは、いや使えるものだと何故考慮できなかった!
「浅いかっ!」
「この、舐めるなぁッ!」
残った右脚をイリアス=ラッツェルへと叩きつけようとした瞬間、尻尾が切断される。
今度は真なる方か、交互に使われては最早何を警戒すれば良いのか。
「これで……どうだっ!」
イリアス=ラッツェルの剣が深々と首筋から腹部まで届くほどに体を切り裂いた。
膨大な魔力が奔流しこちらの内部に深いダメージを与えていく。
私の意識はそこで――
これは何だ、いつの記憶だ。
ああ、覚えている、覚えているとも。
主様がユグラに倒される少し前、私が大悪魔になる前、他者と違いのない悪魔の姿をしていた時の記憶だ。
主様の姿は今も昔も変わりない。
自我の芽生えた我々に指示をだし、圧倒的な支配を成し遂げた魔王。
その最前列に加わることはできずとも、その偉大さは常に感じていた。
私は悪魔の中でも特に不出来な存在だった。
成長速度が他の悪魔よりも著しく劣っていた。
だからこそか、私はより劣っているという実感を持ち、その分だけ僅かに賢かった。
ああ、いつの日か我々を生み出したこの創造主の為に戦いたい。
言葉にすることすらできずとも、本能が、魂がそう感じていた。
しかし主様はユグラによって打倒された。
残った悪魔達は散り散りに逃げ去っていった。
私も同様だ、死の恐怖からユグラから逃げた。
主様を置いて、保身に走ってしまったのだ。
自分の力のなさを恥じた、だがそれ故にこうして生きているのだと安堵してしまっていた。
生きることの執着、惨めな自分への怒り、それらが私に生きる意味を見出した。
あのお方は必ず我々の前に現れる、その時こそあのお方に相応しい手駒になって見せようと。
あのお方を守れる存在になる、それこそが悪魔である私の生まれた理由なのだと。
あの方の傍に、あの方と近しい自分であれと自分の力を蓄え続けた。
その思いだけで数百年を生き続け、気づけば大悪魔の一柱になっていた。
だからこそ主様の要請があったとき、私の心は奮え、感嘆の声が漏れた。
ついにこの時が来たのだ、私が主様の傍に仕え、お守りすることができる日が来たのだと。
「――それがこのザマか」
一瞬飛びかけた意識を過去の記憶が繋ぎ止めた。
私は今何をやっている、何の無様を晒している。
あのお方は自らを賭けていると言うのに、私は自分の命を無駄に浪費しただけだと言うのか。
残った魔力を注ぎ込み、傷を再生。
剣はいまだ腹部周辺に留まっている。
なればこそそのまま再生し、体で剣を取り押さえる。
「――ッ」
「私は、我が名は『頤使す舌』デュヴレオリ! 我が主紫の魔王の側近として死ぬことは許されん!」
剣を掴んだ右腕の骨子を最大限に増設、および地面へと突き刺し繋ぐ。
剣は完全に封じた、後は至近距離で回避などできない左腕を穿てば――
「その意気や良し、ターイズ騎士団、ラグドー隊が一人イリアス=ラッツェル! その高尚なる覚悟、意地、全て正面から打ち砕く!」
イリアス=ラッツェルはさらに一歩前に歩みでる。
剣は既に封じている、簡単には抜かせない。
いや待て、何故だ、何故剣を手放している。
イリアス=ラッツェルは両手に握りしめていたはずの剣を手放し腰に手を回している。
視界に現れた両腕には、奴の鞘が握られていた。
そしてそのまま鋼鉄の鞘は私の頭を高く跳ね上げた。