【気質】
―――ソーヤ・カエルム。
彼の靴が鳴らす足音が、銀色の回廊に響き渡る。
改めて背中を見ると、身長が高く体格はスラッとしていて、姿勢も良い。
昔からこんな性格で育ってきたんだとしたら、人は見かけじゃ全く判断できないことがわかる。
小中高を通してずっと猫背気味で過ごしてきた自分と比較してみると、違いは一瞬で見切ることができた。
その背には、生活ぶりが顕著に表れているということか。
「ここが私の部屋だ」
彼は、004と印字されたとても小さい鉄板を扉の中央にかざすと、扉が薄く緑色に光った。
光はすぐに消え、男が手をかざすと自動的に扉がスライドし、とても広い玄関が現れた。
「どうぞ、少しゴチャゴチャしているが気にしないでくれ」
「ああ、はい」
玄関に踏み入れると、6畳半ほどの狭さの研究室のような部屋が眼前に広がった。
部屋中に電源コードがびっしりと張り巡らされており、黒い蛇が壁や天井を走っているようだった。
古びた出窓に飾られたフラスコやビーカー、黒く変色した木棚に並べられた大量の本が部屋の大半を埋めていた。
「さて、早速クラスの確認としたいところだが」
彼は本が大量に積まれた木机に腰をかけ、机にあった小さな砂時計のようなものを手に取った。
「それは…」
「これか? 『塵計』ってやつだ。ゴアが近いと、青いグラスの中にある粉が赤いグラスへ流れ出す。手を出してくれ」
いわゆる危険を知らせてくるソナーみたいなものだろうか。
粉の色は純白で、砂の黄色がかった色とはかなり異なるものだった。
「近ければ近いほど赤いほうに粉が多くなっていくんだ…が……!?」
彼が私の手のひらに塵計をぽんっと渡した瞬間、中の粉が急激なスピードで赤いグラスへ吸い込まれていった。
―――あっという間に青いグラスの中身は空になってしまった。
「…なるほど。これは驚いた」
彼は入口で発したときよりも低い、冷徹な声で呟いた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…ゴアってまず何ですか!」
「君がさっき出会った黒いヤツのことだよ。塵災の感染者の8割は、抗体を壊され1日持たず死んだ。1割は、抗体が耐えて塵を無効化できるようにまで進化した生物、アレルガー。もう1割は…」
「『抗体そのもの』が塵になった生物、ゴア。 血管や内臓まで一体化するから見た目は影のようになる」
私は状況が掴めず、手のひらの塵計をただ唖然として見つめることしかできなかった。
塵災とは何か、抗体とは何か、何もかも頭に入ってこなかった。
しかし、説明とは矛盾している今の体に疑問が浮かんだ。
「でも、私の体はあんなドス黒くないですし、手も変形しないし」
確かに指を曲げてみたり腕を振ってみても、何の変哲も無いままだった。
「だから驚いたんだ。仮にゴアだとしても、あまりに原型を留めすぎで…いや、原型そのものだな。しかも、こうして私と話が出来ている。恐らく君自身も自覚は無いんだろう。変形しない理由など私には分からん」
彼はキッパリお手上げの様子だった。
数秒沈黙が続いたが、徐々に急かされた足音がカツカツと近付いてきた。
間も無くノックが響き、彼は渋々と解錠した…
と、同時に、女性と思わしき人影が彼に飛びかかっていった。
「緊急だ、グレイ市にまたゴアが出たぞ!」
ハスキーな女声が部屋と廊下に響く。
「まだ残っていたのか? …シーナ、直ちに殲滅は願えるか」
「はぁ? こちとらゴアの性質検査でクッタクタなんですけどぉ…! …ああはいはい分かった分かったから! これ終わったらしばらく検査アンタに頼むから」
「助かる。検査も引き受けよう」
僅かな会話を通して、シーナさんはマントと仮面を纏ったまま部屋を走り去ってしまった。
「さて、君に仕事を授ける」
「え?」
彼は嬉々とした表情でそう語った。
簡単だから、とか大丈夫、とかぶつぶつ呟きながら、ボロボロの本棚をあさり始めた。