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稲敷は今を時めく若者の街だ。多くの高級ブランド店が立ち並ぶショッピングモールがある。その一角に小さく構える店『ホビーショップカズヤ』そこが俺の働く店だ。
ガシャーンッ、ガシャーンッ、ガシャーンッ。
この店の店長は一風変わった老人だ。以前は一流企業で商品開発に携わっていたが、十年以上前に独立したらしい。その凶暴なまでに狂った容姿と発想力から、クレイジーカズヤの異名を持っているのだ。
ガシャーンッ、ガシャーンッ、ガシャーンッ。
「おーい、来てたのかー」
現れたのは、全身機械仕掛けのパワードスーツに身を包んだ男。
「店長ー、もういい歳なんだから、無理して疲労骨折起しても知りませんよ」
ガシャンガシャンと激しい音を立てながら、ゆっくりと近づいてくる。
やがて俺の目の前で動きを止めると、機械仕掛けのヘルメットがパカっと開閉されて、見知った顔の老人が現れた。
店長のカズヤだ。
「これ、新商品の強化バトルスーツ」
誰と戦うんだよ。
「また怪しげな物作りましたね……」
独立してから個人で開発、販売をしているが、本人曰く、天才的な発明のお陰で結構儲かっているらしい。実際バイトの身である俺の給料は良いので、あまり言及せず、適当に聞き流してる。
「これがあれば日々の生活が飛躍的に変わるぞ。女子供でもらくらくの重労働、不慮の事故に遭遇しても完全防備、スタイリッシュな若者の必須アイテムになるぞ」
原理はわからないが、若者に入手できるものではなさそうだけれど。
「忌憚のない意見を聞きたい。お前も着てみろ、楽しいぞー」
少年のような店長を尻目に、パワードスーツを装着してみると、なんだか体がふわふわする感じがする。めっちゃ動き憎い。
「なんていうか、歩き憎いですね。操作性が悪いというか……それに、日々の生活に利用するには、デザインが奇抜すぎるというか」
そこまで言うと店長が割り込んできた。
「これはまだ開発段階なのだよ。やはりデザインから見直す必要がありそうだな。こう、もっと攻撃力をイメージして……」
店長はぼやきながら店の奥へ消えていった。俺はこの店で商品の管理と店番を任されている。商品は通信販売客が主力で、わざわざ店に来る客はほとんど居ないのだが……。
俺がいつものように検品と品物の整理していると。奥からオモチャを持って出てくる店長がいた。
「おい、これやろうぜぇ」
それを取りに行ってたのか……。
なんかこう、コマを交互に落として、自分のコマを四つ並べたら勝ちという古典的なやつ。俺はこのゲームで負けたことがない。だというのに、なぜか店長はよくこのゲームで勝負を挑んでくる。
「またこれですか。よく飽きませんね」
勝てないのに。
「いやいや、この前ウサギを仕入れたから、勝てる気がする」
「ウサギが何か関係してるんすか?」
レジカウンターをテーブル代わりにして向き合う。
こうして雑談をしながら遊ぶのが許されるのも、この店の経営自体が店長にとっては年寄りの道楽なのだからだろう。
「知らんのか? これだから若者は。ウサギの足ってのは幸運のお守りなんだぞ」
この人ならウサギを解体してお守りにすることくらいならやりかねない。
「それは知ってるけど……っていうかウサギって、今度は何を始めるつもりなんですか」
「いいか、ウサギってのは年中発情して、いつでも子供を作れる」
「一年中発情してるわけじゃないと思いますけど」
俺の指摘を無視して店長は話を続ける。
「妊娠期間は一ヶ月で、出産してもその日のうちに妊娠できる。一回の出産で十匹産むこともあるそうだ。一匹のウサギが一ヶ月で十匹産めば、一年で百二十匹のウサギが生まれ、その百二十匹がまた産み……ネズミ算式に増えていくわけだ」
「虫みたいで気持ち悪いですね」
後で調べてみたら、ウサギが一回の出産で十匹も産むことは稀で、せいぜい五匹くらいが平均だとか。
「しかもウサギはうんこを食べる、自給自足で飯いらず」
そんなわけねーだろ。
「ウサギの体は新しいオモチャの素材となる。耳や足はアクセサリーになるし、瞳はビーダマみたいに綺麗だ。骨は柔らかく、万が一子供が口にしても害がない。それに、肉も美味いしな、こんな良い商売あるか」
一介のオモチャ屋でウサギの養殖でもするつもりなのだろうか。この人の考えは相変わらずぶっ飛び過ぎていてわからない。
「それで、そのウサギは何処に?」
適当にあたりを見回してみるが、それらしき物は見当たらない。
「見たいか?」
「いえ、別に」
「丁度食事を与えようと思っていたところだ。だがウサギは繊細な生き物だからな、扱いには十分に気をつけなければならん」
そう言って店長は再び店の奥に消えていった。その間に俺は、珍しく劣勢になっていたゲームの盤面に破壊工作を謀った。ほどなくして、店長が一匹のウサギを抱えて戻ってくる。
「こいつが、今日から作る新しい王国のアダムとなるキッドくんだぁ」
ウサギをカウンターに置き、どこからか取り出したニンジンをちらつかせている。
「ほうら、怖くないぞー。んー美味しい美味しい」
ニンジンを自ら食べて警戒を解こうとしてるらしい。
「結局餌与えてるじゃん」
「これが最初の一個なんだよ」
ウサギは差し出されたニンジンに鼻を近づけたものの、すぐに興味をなくし、ニンジンを前足ではたき飛ばした。
ぺちんっ、ヒュン、パリーンッ!
あらぬ方向へ飛んでいったニンジンが、店のショーウィンドウを突き破ったのだ。
「うわああああああああ!」
店長が叫ぶとウサギは驚き、割れた窓から一目散に逃げ出していった。
俺が追って外の様子を確認しに行ったものの、既にその姿は夜の闇に消えていた。
「逃げられましたけど?」
「まずいぞ。オスはキッドくんだけなんだ」
「ってことは、ウサギの養殖計画は早くも頓挫ですね」
「ううむ…………」
その後、レジカウンターで向かい合いにゲームを再開しながら、現代のラビットフットは作り物で、本物のウサギの後足を使ってる物はほとんどない、みだりに殺生してはいけない、などと説明すると店長はすっかり落ちこんでしまった。
「ふうむ、残りのウサギをどうするか」
「何羽いるんですか?」
「一ダース」
「うーん、どこかに引き取って貰うしか」
「ふむ……よーし、そうするとしようか」
何を思いついたのか、突然立ち上がり再びダッシュで店の奥へ向かう店長。すぐにガシャガシャとうるさい足音が戻ってくる。パワードスーツに身を包んだ店長はウサギの入ったケージを店の隅まで運び終えると、息を切らせたような素振りを見せつつ、カウンター前に座る。
「はははっ、早速そのスーツ役に立ちましたね」
「なにしてる、お前も手伝え」
「はいはい」
店に並んだウサギが入った小さな檻。
それに乱雑に書き殴られた張り紙をつける。『うさぎ、無料!』
「ペットショップかよ……」
さすがに突っ込むしかない状況だった。
そうしてしばらく、引き取り手が現れるまで、業務内容に”ウサギの世話”が追加された。幸いこの店にはウサギが遊ぶ道具も豊富だったので、時間を決めてケージから出し、遊ばせてやることには困らなかった。