プロローグ
誰も居ない夕暮れの教室。
窓から校庭を眺めていた少女はいつものように教室を出ようとした。
ドンッ。
突然、丸太のような二の腕が目の前を通り過ぎて壁に当たった。
「え?」
少女は何が起こったのかもわからずに、歩みを止めた。
その腕はすぐさま起動を変え、少女の頬目掛けて振り抜かれた。
平手打ちを食らい、体勢を崩した少女はその場に跪いた。
「あんたさ、最近ちょっと調子乗ってない?」
複数の同級生が少女を囲む。
その中で一際幅を利かせている小柄な女が言う。
「言ってる意味わかる?」
「……わかんないよ……暴力はやめて、話し合いで解決しよ?」
「あんたのそういう態度が気に入らないっつってんだよ」
小柄な女は少女の顔面を蹴り飛ばした。
「今日はあんたと遊ぶために、わざわざ待ってたんだよ」
小柄な女は丈夫な荒縄を振り回し、不適な笑みを浮かべている。
少女は危険を感じて立ち上がろうとするが、ガタイの良い同級生に押さえつけられて身動きを取ることができなかった。
「オラッ!」
小柄な女は荒縄にあらかじめ作っておいたもやい結びの輪を少女の首目掛けて投げつけた。
「うぅ……」
見事に首を捕らえた縄を持ったまま、小柄な女は少女の背中に飛び乗った。
「ははーっ! お前はこれからずっと、ウチの馬になるんだよ!」
「や、やめて……ッ!」
「苦しいか? はん、だらしないね。なら良いことを教えといてやるよ」
小柄な女は少女の背中から降りてガタイの良い女に縄を手渡した。
「ネットで調べたんだけどね、何度も深呼吸すると二酸化炭素の血中濃度が下がって、長時間息を止めてても苦しくないんだってさ。ハイパーベンチプレーションっていうんだよ。あんたもやってみなさいよ」
拒否権はない。
少女は仕方なく深い呼吸を何回も繰り返した。
小柄な女が合図すると、ガタイの良い女は荒縄を天井にぶら下がっている蛍光灯に引っ掛けた。
「――――ッ!」
縄の端を引っ張ると少女の足は宙に浮いた。
「あんたが憧れてる”あの人”の真似事をいくらしても、結局何も変わらないってこと、教えてやってんだよ」
指に挟んだ白い棒状の物を咥えると、小柄な女は大きく息を吸い込んだ。
もがく少女は自力で縄から首を外して、なんとか地面に飛び降りた。
「けほっけほっ……」
その様子を見て、物足りなさを感じた取り巻きが囃し立てる。
「は? ナメてんじゃねーよ、はよ死ねや」
「誰がやめて良いって言ったよ」
「い、いや……!」
少女は這いつくばって逃げ出そうとした。
「逃げてんじゃねーぞ」
「どこ行こうとしてんだよ、おい」
肩に誰かの手が置かれたと思った次の瞬間、少女はとんでもない力で投げ飛ばされた。
「ギャラリーはまだ満足してねぇんだよ」
小柄な女が白い息を吐き出しながら言う。
「もう一回だよ」
少女は恐怖に打ち震えながらも、固定された縄に自ら首をかけた。
今度は暴れず、なるべく無駄な動きをしないまま命令に従った。それが一番楽だということがわかっていたからだ。
「おい、こいつ動かないぜ?」
「バカ、慌てんな。死んだ振りだよ、騙されんな」
しかし三十分経っても少女が動くことはなかった。
誰もそれを指摘しない。
プライドがそれを許さなかった。
「リーダー……これは……」
ガタイの良い女が痺れを切らして口を開いた。
「…………いいか、このことは誰にも言うな、言ったらどうなるか……わかってるな?」