98話 第五章 第八節 帰還
ショウが宿屋の部屋で寛いでいた。ユウもミサキもトモもいない。久しぶりに一人の時間を満喫していた。まさか、ツバサがあんな目に合っているなど知る由もない。
「ふぁーあ」
ショウが大きなあくびを開け腕を伸ばす。そんな時だ、部屋の扉が開いた。そこにはメイド姿のトウカと執事姿のツバサがいた。城からそのままの姿で戻ってきたようだ。
「おう、お帰り」
ショウはそっけない態度でトウカとツバサにあいさつをした。ショウには二人の苦労など分からない。
「おう、じゃないわよっ! もうっ!」
怒りをあらわにするのはトウカだ。
「ショウ先輩……。散々でした……」
元気がないのはツバサだ。
「どうした? お前達」
「どうした、じゃないわよ。ミサキさんに文句がいいたいわっ!」
「トウカさん、それなら私が先です」
どうやらツバサの方が言いたいことが多そうだ。城での出来事を知っていれば納得する。しかし、そんなこと知らないショウには何がなんだか分からない。
「二人とも、城に行ってお姫様気分にでもなれたか?」
「なれる訳ないじゃないっ!」
「ショウ先輩っ! 私なんて王子様ですっ!」
トウカはメイドとして派遣されたのだ。お姫様ではない。それに不満を漏らしたようだ。しかし、ツバサの不満の矛先はなんだか違う気がする。
「そうか? ツバサは王子様か? 楽しそうだな」
「楽しくありませんっ!」
ショウからすれば、王子様は褒め言葉。決して悪意があって言った訳ではない。ツバサは王子様ではなく。執事様なのだ。
「どうしたんだ、ツバサ? 執事が大変だったのか?」
「どうもこうもありません。いきなりお嬢様の部屋でテーブルマナーですよ。そんなの知らないのに……」
「お前、結構気が利くじゃないか? それでもダメなのか?」
ショウの言う”気が利く”程度では執事など務まるはずがない。本職の執事に失礼だ。
「お皿を出す方向とか、下げる方向とか、そんなの知りませんっ!」
「そ、そうなのか?」
「そうですっ!」
ツバサは、お嬢様の部屋での出来事を思い出したかのように不満をぶつける。
「そうよ。あんた。ツバサさんなんて、いきなりお嬢様の部屋でテストされたんだからね」
トウカがツバサの援護をする。
「でも、始めからお嬢様の部屋に行けるんだったら、見込みがあったんだろ?」
「あんた、違うわよ。そのお嬢様、性格が腐ってるのよ。ツバサさんで憂さ晴らししたいだけだってメイド仲間が言ってたわ。ストレス解消のおもちゃだって」
「トウカさん……。そんなこと言われてたんですか……」
トウカの言葉を聞いたツバサの元気がなくなった。
「あんたっ! あたし達、また明日も城に行かないといけないの?」
「あぁ、そのことなんだけどな。明日には城がターゲットにされているかの判断が出来るみたいなんだ。城が狙われてなければ任務は終わりだ」
任務が終わりだとショウが言うととトウカとツバサの顔色が明るくなった。それほどまでにいやなことなのであろう。
「だけどな、城が狙われていると分かったら、任務続行だ」
任務続行とショウが言うと、トウカとツバサの顔色が曇った。
「で、どっちなのよ?」
トウカが恐い顔をしてショウに詰め寄る。白でもなければ黒でもない。このどっちつかずな状況に苛立ちを募らせる。
「結局のところ、まだ分からん。明日分かるそうだ」
「まぁ、分かったわ。出来ればもう終わりにしたいんだけどね」
「あぁ、ミサキには伝えとくから」
「お願いするわ。あたし、もう落ちることにするからちゃんと伝えておいてよねっ!」
「私も、そろそろログアウトします……」
トウカとツバサはログアウトすると言う。もう、夜も遅い。二人とも明日の予定があるのだろう。
「あぁ、そうだな。トウカは早く寝ろよ。昨日遅かったんだから」
「分かったわよっ!」
「ショウ先輩? 私には何もないんですか?」
トウカだけに労いの言葉を掛けたのを不満に思うのはツバサだ。
「ツバサも今日は大変だったな。早く寝ろよ」
「はい、分かりました」
ツバサがニコりと笑みを浮かべ、嬉しそうに答えた。
「あんたは、まだログアウトしないの?」
「ん? オレか? そうだな。もう少しいる予定だ」
ショウはログアウト出来ない。しかし、そんな要らぬ心配をトウカやツバサにさせたくない。そう思うとショウは、嘘を並べ誤魔化し、やり過ごすしかない。
「そう? 分かったわ。あんたも早く寝なさいよね」
「あぁ、そうだな」
「そうですよ、ショウ先輩。早く寝ないと毒ですよ」
「じゃあな、二人ともまたな」
ショウが別れの言葉を繰り出す。
「あんた、また明日くるからね。じゃあね」
「ショウ先輩。バイバイです」
トウカとツバサが別れを言うと二人ともログアウトのエフェクト共に消えていく。
「さてと、何しような?」
一人になると急に寂しくなるものなのだろう。ログアウトできないショウのすべては、この世界にある。