93話 第五章 第三節 お嬢様
長い廊下を無言でメイド長とツバサが進む。するとメイド長が足を止めた。どうやらここが、お嬢様の部屋のようだ。メイド長が部屋の扉をノックする。
「お嬢様、お連れいたしました」
「どうぞ、お入りになって」
部屋の中から、女の声がする。声音から察するに、声の主は幼いように感じた。しかし、会うまではわからない。そんな空気にツバサが唾を飲み込んだ。
そして、メイド長が扉を開けた。
「お待ちしてましたわ」
部屋の中には、オレンジ色の髪を縦ロールに結った少女が椅子に腰掛けていた。ドレスを纏姿はお姫様そのもの。手にする本をパタりと畳むと、振り返った。
「あら? その方かしら? 新人の執事さんとは」
「そうでございます。お嬢様」
メイド長は一歩横に動き、ツバサのお披露目をするかのように言う。
「えっと、あの……」
ツバサは緊張のあまり挨拶もままならない様子だ。
「名乗らなく結構よ。執事なんていちいち覚えないから」
「は、はい……」
お嬢様にとってコロコロと変わる執事など、日々変わる天気ほども関心がないことなのだろう。むしろ、名前を聞くことすら煩い事だと考えているのかもしれない。
そんな、お嬢様が椅子から立ち上がる。するとツバサの方へ歩みを進め向き合った。お嬢様が手に持つ本をツバサの顔元へとゆっくりと延ばし、本でツバサの顔を撫で始めた。
「なかなか、いい顔立ちですわね。気に入りましたわ。ただ作法の方はいかがなものですかね」
お嬢様は気に入ったと言い終わると、本で軽くツバサの頬をコツいた。まるで試合の始まりを告げるゴングの様相だ。
「はい。頑張ります」
ツバサがお嬢様の期待に答えようと奮起した。しかし。
「頑張らなくて結構よ。正しく行っていただければ満足ですから」
お嬢様からすれば、頑張りなどと言う曖昧な表現など無意味のようだ。結果がすべてと言わんばかりに。
「では、食事の準備をなさって」
お嬢様がメイド長に伝える。すると、メイド長は一礼をし、部屋の扉へと足を進めた。そして、扉を開けると、そこには配膳カートを押すメイド服の姿。よくよく確認してみるとトウカの姿であった。
「お、お嬢様、失礼します」
ぎこちなくではあるがトウカが挨拶をする。トウカなりに一生懸命に業務を行っているようだ。そして、料理の載ったカートが部屋へとやってくる。それを見るツバサの額からは薄らと汗が浮かぶ。
「では、下がりなさい」
お嬢様の一言で、トウカは一礼をし部屋を後にした。
「では、新人さん、食事にいたしますわ」
不敵な笑みを零すお嬢様。地獄の執事テストが今、開始された。