92話 第五章 第二節 執事の訓練
ロッカールームを後にしたトウカとツバサ。歳増メイドを先頭に行進する。まるで冒険をするパーティーの様相だ。すると、先頭を行く歳増メイドが足を止めた。
「まず、メイドのお嬢さんはこちらです」
歳増メイドに案内されたのは、炊事室のようだ。出来上がった料理が鼻腔をくすぐる。
「中で、指示を貰ってください」
「はい」
トウカは歳増メイドに言われるがままに炊事室に押し込まれた。
「では、執事のお兄さんはこちらです」
年増メイドに声を掛けられたツバサ。慣れない呼ばれ方に反応ができない。
「こちらですよ。急いでください」
「わ、私ですか」
ツバサは自分を指差し間抜け面をする。現在、男装姿をしているツバサは端から見ればお兄さん。ツバサ自身、意識しなければ忘れてしまうのだろう。
「そうですよ。あなた以外に誰がいますか?」
「は、はい」
ツバサは言われるがままに、歳増メイドについて行く。そして、ツバサは執務室に案内された。
「では、中に執事長が見えます。執事の礼儀を習ってください」
「は、はい」
返事をすると、ツバサは執務室に入っていた。
「君が新人の執事君だね。私が執事長です。どうぞ、よろしく」
笑顔が似合うおじさまだ。年の頃は先程の歳増しメイドとあまり変わらないくらいだろう。
「はい。ツバサです。お願いします」
ツバサがちょこんと頭を下げた。いつもならトレードマークのポニーテールがフワつくところだが、今日はない。ミサキにセットされた男装ようの髪型だからだ。
「早速ですが、まずはテーブルマナーからです。」
「えっ、いきなりですか」
「急ぎましょう」
執事長が、不思議と急かす。そんな姿にツバサが戸惑いを隠せない。
執事長が椅子に腰掛けるとすぐに指導が行われた。執事としての立ち位置や、料理を並べるタイミングなどアドバイスを始める。
ツバサのテーブルマナーなど、素人そのもの。今まで、ショウ達の料理を取り分ける程度のことはしていたが、そんなことはママゴト程度でしかない。
「えーと、あの……」
ツバサが戸惑っていると、執事長がアドバイスをする。
「左から料理置いてください」
「は、はい」
初めてのテーブルマナーは、ツバサにとって何がなんだか分からない。そんな時だ。執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」
執事長が返事をすると、ドアが開かれた。そこには先ほどの歳増メイドの姿があった。
「メイド長。もうですか?」
先ほどから歳増、歳増と連呼してきたが、どうやらメイド長のようだ。今更ながら、メイドの長を務めだけの貫禄を感じるに値する。
そして執事長の言った”もうですか”の一言。何か良からぬ事が起こる前触れのようだ。
「お嬢様が、新人の執事にお会いしたいそうです」
執事長が自分の顔を押さえる。しまった、と言わんばかりに。
「えっ……、あのー。私、まだ何も分かりませんよ……」
当然の事だ。城に入って初日。そして執事訓練を始めて数分。そんなツバサに何ができると言うのであろう。ツバサは銀色の丸いお盆を抱え困り果てる。
「お嬢様が会いたいとのことです」
「また、執事テストをするってことですか」
執事長からは"また"という単語が出た。おおよそ恒例のことなのだろう。
「そのようですね。いつものお遊びをされるのでしょう」
メイド長ははっきりとお遊びだと言った。どんな性格のお嬢様なのだろうか。その言葉だけで、おおよそ察しが付く。新人執事を遊びのおもちゃと勘違いしているようだ。
「えっ!?」
ツバサの顔が引きつった。テストと言うものは練習の成果を表すもの。勉強だって同じだろう。日ごろの勉強の結果を表すのがテストだ。ぶっつけ本番などありえない。そのお嬢様とやらは、何も出来ない新人執事をいびるのを楽しみにしているようなのだ。
「では、新人執事さん。お嬢様のお部屋にお願いします」
メイド長がツバサに移動を促す。
「そ、そんなぁ……」
ツバサには拒否権などない。メイド長に言われるがままに執務室を後にした。お嬢様の部屋へ向かうために。