87話 第四章 第十六節 婚儀の儀、葬儀の儀
ポタリ、ポタリと蛇口から水が滴る音が聞こえる。そんな浴室から、ショウが話す。浴室で話す声は反響した。
「もう、いいのか?」
返事が無いところを見ると、ユウはまだ着替えの最中のようだ。
「ショウ先輩、もういいですよ」
ツバサの声が扉越しに聞こえた。どうやらユウの着替えは終わったようだ。しかしショウはドアノブを掴むことができないでいた。万が一にユウの着替えが終わってなかったとしたら。そんな状態でショウに過失が無く、過って扉を開けたとしても命が危うい。レベルMAXのショウだとは言え、所詮は後衛職。体力的には期待できない。
「ショウ先輩、聞こえてますか?」
ツバサが話すと共に、浴室の扉が開いた。反応の無いショウに変わって扉を開いた。これならショウが悪者になる心配がない。
ドアノブを掴むツバサの後方には、白い魔道服を纏う少女の姿が。
「ショウ様? どうですか?」
首を傾けながら問うユウの姿は実に愛らしい。
「あぁ、似合ってるぞ」
「嬉しいですわ」
ユウが笑顔満点で喜びを表した。
「では、この服で式場に」
「ユウさん、葬式場ですか? 火葬場ですか?」
ツバサがすかさず突っ込む。死装束だと言いたいようだ。
「賛美歌を歌って」
「お経を唱えて!」
「キャンドルサービスに」
「灯篭流しで!」
「ブーケトスに」
「供花で!」
「ウエディングケーキを用意して」
「葬式饅頭!」
「バージンロードを」
「三途の川を!」
何かにつけて、死装束に結びつけようとするツバサ。
「そんなことばかり言いますと、二次会に呼びませんわよ」
ユウが澄ました顔でツバサの言葉を躱して見せる。余裕たっぷりな様子だ。
「披露宴も、二次会も呼ばれるつもりはありませんから」
そんなユウに応戦するツバサ。二人の目付きが鋭くなる。一触即発の活火山と化した。
「はい、二人ともおしまいよ」
ミサキがツバサとユウの間に手を叩いて割り込んだ。
「ミサキさんっ! 止めないでくださいっ」
「ミサキよ、この雑魚がいけないのですわ」
ツバサもユウの不満のようだ。
「そろそろ、作戦に移らないといけないのよ トウカちゃんはメイド服で。ツバサちゃんは早く執事服に着替えて、ユウちゃんもメイド服よ」
「わたくしは着替えなどしませんわ? いやですわっ!」
「ユウちゃん? 作戦に協力してよ」
「いやですわ。ショウ様に買って頂いたんですから」
ショウが買った魔道服が大層お気に入りのようだ。これでは、しばらくユウの服を変えることはできないだろう。ユウにメイド服を着させるのが必須だとすれば、ミサキの作戦は暗礁に乗りあげた。
「ミサキさん。私はやっぱり執事服なんですか?」
「ええ、そうよ。早く着替えて」
これから、城の警護に当たる。そのことをすでに聞かされているツバサは乗る気ではなさそうではあるが、クローゼットから執事服を取り出した。そして、浴室に向かった。
「トウカちゃんも早く、メイド服に着替えて」
「やっぱり、メイド服着るの?」
トウカも乗る気では無さそうだ。先程来て見せたからと言って慣れる訳ではない。一度脱いだら、再度着てみようとは思わないのだろう。そんなトウカにミサキが耳打ちする。
「ショウ君が喜ぶよ」
ショウには聞こえない小さな声だった。
「あいつは、関係ないけど……。お手伝いしないといけないのなら……」
トウカも一応納得した様子だ。そして、クローゼットからメイド服を取り出すと、浴室の方へと向かう。ツバサが使用中なので順番待ちだ。
しばらくすると、ツバサが着替えを済まし、ショウ達の前に姿を現した。入れ替わりでトウカが浴室に入った。
「ツバサちゃん? マントは仕込んだのかな?」
「はい。マントは大丈夫です」
ツバサは自分のお腹をパンパンと叩きながら言う。仕草がまるでおっさんだ。
「じゃあ、髪型をセットしないとね。このままじゃ、女の子のだもん。そこに座って」
ミサキが椅子を指差すと、ツバサが椅子に座った。そして、ミサキがツバサの後ろからポニーテールを解き始めた。
「あっ、ショウ君? こっちの作戦は任せて頂戴。ユウちゃんとデートでも行っておいでよ」
ミサキがニヤリとしながらショウに言った。これは間違いなく悪いことを考えている顔だ。
「ミサキさんっ! 何言ってるんですかっ!」
「ちょっと、ツバサちゃん動かないでよ。セットが出来ないよ」
ツバサの頭はミサキにホールドされる。
「ミサキ? デートとか訳わからない、変な言い方するなよ」
「あら、ショウ君? 嬉しいくせに」
「ショウ様? 嬉しいのですね」
「全然だ。何で外出しなけりゃいけないんだ」
「まぁ、デートは冗談よ。外でトモが待ってるからね。トモと打ち合わせを頼むよ」
「一応、意味があるんだな」
「えぇ、もちろんよ。私が無駄なことするはずないじゃない?」
今まで、どれだけ無駄なことをしてきたのだとショウは思った。ツッコミどころ満載だ。しかし、言わなかった。言えば、また反撃されるに決まっている。
「あぁ、分かった。じゃあ、ユウ。行くぞ」
「はい、ショウ様」
ショウとユウが部屋を後にした。ツバサの視線が怖かったのは言うまでも無い。