6話 第一章 第三節 呪いの指輪
ショウとツバサは戦闘後の反省会だ。反省するのはツバサの方であろう。一方的なツバサの暴走でチームワークなどまるでない。ショウと二人でタッグを組むと毎回この様になる。大規模パーティーの時は大人しいのだが、タッグを組むと途端にこうだ。良いとこを見せようと張り切ってるようにも見える。
反省会をしているとショウが急に背筋をゾワりとさせた。ショウが振り返ると杖を携えた艶つやのある黒髪ロングの少女が近づいて来ている。とにかく美人だ。そんな少女が手まで振っている。間違いなくショウに向けてだ。
「ショウ様、ご機嫌よう」
その声にツバサは、ハッと驚き声の方へと向き直す。
「朝からショウ様に会えるなんて、幸福の杖のおかげですわ。良いことが起こりましたわ」
少女は自分の装備である『幸福の杖』を頬ずりしている。少女の持つ『幸福の杖』は所々炭化している年季の入ったものだ。大切にしてそうな割に焼け焦げている幸福の杖。何とも奇妙だ。
「ユウさん、今、私がショウ先輩と話をしてるんですよっ! 邪魔しないでください!」
「挨拶もしないなんて、そなたも失礼ですな」
ツバサとユウが睨み合い、互いの目と目の間にはスパークが発生しているかのようだ。
「幸福の杖は関係ないだろう。さっき闘技場に来てただろ?」
ショウが指摘した。闘技場での黄色い声。あの呼び方をするのはユウ以外あり得ない。
「あら、テレパシーが通じるのですね」
ユウが電波な事を良い始めた。こうなるとろくなことにならない。
「そんなことより、そなたが何故、第三サーバーにいるのですの? もっと雑魚だったでしょうに」
ユウに雑魚呼ばわりされたツバサは頭の上から湯気を出して怒りながら言う。
「雑魚って何ですかっ! 私だってレベル81になったんですよ!」
「やはり雑魚に変わりはないようですわね」
ユウのレベルは90を余裕で超える上級職の魔女である。そんな人から見れば雑魚は雑魚なのかもしれない。しかし、口が悪いにもほどがあるとショウは溜息を付いた。
「また、いつもの口喧嘩か? もう少し仲良くしてくれよ……」
そうショウが告げると、ユウは手をポンと叩き、思い出したかのようにショウに話しかけた。
「ショウ様、左手を見せて貰えます? お願いですわ」
ユウは真剣な眼差しをショウに送り懇願する。
「ん? なんだ?」
ショウは何やら理解出来ていなかったが左手をユウに差し出した。するとユウはアイテムボックスから指輪を出し、ショウの左手薬指に指輪をスルリとはめた。
「おいっ! ユウ? これはなんだ!?」
「指輪ですわ」
「いや、それは分かってるんだが……」
ユウがショウに指輪を着けた時から固まっていたツバサが口を開いた。
「あう、あう……」
ツバサは口を開いたり閉じたり、まるで酸欠の金魚のようだ。
「いや、だから指輪は分かったけど、いきなりなんなんだ?」
「ショウ先輩! 不潔ですっ!」
ようやく事態が飲み込めたツバサはショウの左手を掴み、指輪を外そうと引っ張った。
「痛てて……」
いくら引っ張ってもショウの指から指輪が外れない。
「おい、この指輪、呪いを掛けただろ?」
このゲーム内には呪いと言われる類のアイテムが存在する。装備をすると一定期間外せないのが典型的な物だ。
「呪いだなんて失礼しちゃいますわ。偏が違いますわよ?」
「どういうことだ?」
「『呪い』の偏のことですわ。口じゃなくて示、示偏で『祝い』ですわよ」
そんなショウとユウのやり取りの中、未だに諦めていないツバサが指輪を外そうと引っ張っている。
ショウは祝いと言い張るユウにカマを掛けるように言う。
「で、この祝いの指輪とやらの呪いはいつ解けるんだ?」
「呪いの期間は秘密ですわ」
今、自分の口から呪いって言ったよなぁ、と思いながらショウは、ため息を付く。一方ツバサはというと、未だにショウの指輪を外すのに必死になっていた。
「ツバサ? 何とかなるか?」
するとツバサは外せないと諦め、ショウの手を離した。そしてアイテムボックスを漁り始め、短刀を取り出した。
「指輪を切りまーすっ!」
ショウは青ざめる。指輪が簡単に切れるとは思わないし、指のほうが危ないからだ。
「おい、ツバサ。指輪なんてそうも簡単に切れないと思うぞ」
ショウは思った。自分の指が大切だ。諦めてくれと。
「じゃあ、指を切りまーすっ!」
「いや待て、指が無くなったら他の指輪が嵌められなくなる。困るじゃないかっ!」
装備の枠が減るのは戦力的ダウンだ。最近は指輪をしていないショウであっても、ここぞという時は指輪を付ける。ここは何としても諦めてもらわねばならない。ショウは良い言い訳を考えていると、急にツバサがモジモジし始めた。
「あっ、そうですよね。指が無くなったら私からの指輪が……はう……」
最後の方が声が小さくなってショウは聞き取れていなかったのだが、指が守られたという事実に違いは無い。助かったことに、ほっとしていた。その横ではショウに指輪を渡す様子を想像しているのか、ツバサがクネクネと身体を動かしていた。両手を頬に当て、顔を赤らめている姿は奇態だ。ショウはツバサの異様な行動など気にしていない。気にしているのは指に付けられた指輪だ。
「で、呪いの期間は、まぁ我慢するとして、この指輪の効果は何なんだ?」
ショウはこの指輪の効果が分からなかった。指輪を作った人にしか分からないということは特殊な効果なのは間違いない。通常の魔力アップや攻撃力アップなどの簡素な能力ならステータスで表示されるからだ。
「効果も、秘密ですわ」
ユウははっきり述べた。秘密だと。ショウは知っている。ユウは一度答えなかったことはいくら聞いても駄目なことを。もう一つ知っていることがショウにはあった。それはユウが信頼に値する少女であること。差し詰め困ったことにならないであろうということだ。
「まぁ、おまえの作ってくれた指輪だ。悪い効果はないだろう。とりあえず着けておく。ただし呪いが解けるまでだぞ。それまでは着けておくが、そのあとは外すからな」
「あぁ、着けておくだなんて、一生大切にしてくださいね。嬉しいですわっ!」
ユウは始めの自分に都合のよい部分しか聞いてないようだ。ユウの思考はショウの指に自分の作った指輪がずっと嵌っている姿。最後に外すと言っているのにまったく聞いていない様子だ。
「それで、なんでユウさんはいきなり指輪をショウ先輩に着けたんですかっ! 左の薬指じゃなくて、他の指でもよかったじゃないですかっ!」
ツバサはプンスカ怒りながらユウに質問した。
「他の指がたまたま空いてなくて、仕方なくですわよ」
「いきなり『左手を出して』と言っておいて、よく言いますね!」
二人共、知っているのだ。ショウの左手薬指がここ最近フリーになっていたことを。
「もういいですっ! 私も作りますっ!」
ツバサも指輪を作ることにしたらしい。呪いが解けてユウの呪いの指輪が外れたとしても、次のピンチが訪れそうだ。
「ショウ先輩、ユウさん、私は行きますので失礼しますっ!」
口を尖らせ少し怒った口調で挨拶をするツバサ。
「で、ツバサはどこに行くんだ?」
「第一サーバーですっ! そこに有名な指輪職人がいます。とっておきの呪いを掛けてきますっ!」
怒ったツバサは怖いと、ショウは思った。ここで否定したら、火に油だ。
「まぁ、ほどほどに頼むよ……」
「じゃあ、出来たら受け取ってくださいね。ではまた」
ツバサの表情は少し晴れやかになったのだが、逆に怖いと思ったショウであった。一人トラブルメーカーが消え残りは一人、ユウが残っている。
「お前は、どこか行くところはないのか?」
ショウがユウがどこかに行かないか探りを入れた。
「はい、ショウ様。わたくしは、これからミスコンに出場しますわ」
そんな企画あったかなと、ショウは考えてみたが覚えが無かった。入賞で良い商品がもらえるようなら調べているかもしれない。いや、そもそも性別が男で有る以上、調べるまで至らなかったであろう。
それにしても他の参加者が可哀想である。ユウは兎に角美人だ。ショウの美的センスがどれだけ狂っていたとして美しいと思うような容姿だ。たぶん圧勝なんだろうなと心には思ったが口にはしなかった。口にするとまた面倒なことになるのは分かり切ったことだったからだ。
「まぁ、頑張れよ。ところでなんでいきなりミスコンなんだ?」
ショウは不思議そうに尋ねた。今まではまったくミスコンになどに興味は無さそうだったのだ。ユウが以前、ベストカップルコンテストに出場したことは知っていた。それも報酬目当てだったので、今回もその類であるとは薄々は感じてはいた。
「優勝して、『神の称号』を貰うためですわ」
『神の称号』とは第四サーバー、天空界に行くための資格である。第四サーバーはレベル規制はない、ただし『神の称号』が必要になる。ショウ自身はすでに『神の称号』があるのだ。それはモンスター討伐での活躍によっての取得であった。他にも極めることにより『神の称号』が取得できるという話しは聞いたことがある。今回のミスコンは『美の神の称号』ということのようだ。
「今まで無関心だったユウがどうしたんだよ」
ショウが聞くと、ユウは真剣な眼差しとなった。
「あの子のレベル上がって、ショウ様との二人きりになれる場所が脅かされそうになってきましたのよ。いいえ、本日もう脅かされてしまいましたわ。今度は天空界でお会いしようと思いまして」
ユウはニコニコしながらショウと二人きりの天空界への思いを募らしているようだ。
「あの子って、ツバサのことか?」
ショウが質問をするとユウが可愛く首を傾げながら答えた。
「それ以外に誰がいると言いますの?」
ショウは誰のことか聞かなくても分かっていたが、念のため聞くことにしたのだ。案の定の答えであった。ユウはツバサを意識しているようだ。
「で、受付時間とかは大丈夫なのか?」
「あっ、そろそろ時間ですわ。お気遣い感謝いたしますわ。ではこの辺りで、ご機嫌よう」
ユウは受付場所であろう方向に歩き始めた。時折振り向いて手を振る姿は確かに愛らしい。しかし限度を考えてほしい。数十歩歩いただけですでに五回はこっちを向いて手を振っている。ショウはユウが見えなくなるまで、見送った。いや、見えなくなるまで目が離せなかった。目を離すと後が怖い。そうショウは思った。