51話 第一章 第二節 宿屋での罠
闇夜の町は静けさそのものだった。まだ日が上るには早すぎる時間。町は静まりかえっている。そんな中、ショウとミサキは路地を歩き宿屋に戻った。
宿屋の扉は24時間開いている。セキュリティーも何も存在しない。さすがにフロントにはいつもの男性スタッフの存在はなかった。ランプの光が暗闇に揺れているだけだ。
ショウとミサキはランプに照らされた薄暗い階段を軋ませながら部屋へと向かう。もうすでにユウは部屋にいないであろう。ミサキが運営の力を駆使して消されているはずだからだ。ユウが居ないのであればと、ショウは安心してドアノブに手を掛けた。
ショウが部屋の扉を開けて中を伺った。その瞬間、ショウは驚きと焦りの表情に顔を歪ませた。
「ショウ様? どこにいってらっしゃったんですか?」
そこにはベットの上に女の子座りをしている黒い下着姿のユウいた。黒髪のユウは闇に溶けるかのように不気味だ。
「はっ!?」
ショウは驚きの声を上げた。そして、ショウは後ろを振り返りミサキを睨む。そんなミサキはニヤ付いている。
「ショウ様? 後ろに誰かお見えですの?」
ショウが咄嗟にミサキを睨んだことで、ユウにミサキの存在に気づかれた。
「ショウ様?」
「いや、別に……」
部屋の入り口で両手を広げ仁王立ちする姿は滑稽だ。後ろに誰かが居ることを語っているに等しい。賢いユウを騙し通せるはずがない。
「では、早くこちらにお出でくださいませ。それとも誰か見えますの?」
「そ、それはだな……」
ショウは、動くことが出来ない。
「ショウ様?」
首を傾げるユウは愛らしい。ただ、ショウの後ろにいるミサキの存在に気が付かせる訳にはいかなかった。しかし、そう上手く行くものではない。入り口で仁王立ちするショウの脇からミサキが顔を出してしまった。
「ユウちゃん、こんばんは」
挨拶するミサキの顔がほんのり赤い。お酒のせいであろう。
「なぜそなたがショウ様と一緒に?」
「さっき、ショウ君と酒場でご馳走になったのよ」
酔っぱらった振りをするミサキがショウにもたれ掛かる。
「そなたも、いい度胸ですわね。魔法で吹き飛ばしますわよ!」
昨日、ユウはツバサを魔法で吹き飛ばしている。今日はミサキが吹き飛ばされる番のようだ。すかさずミサキがショウの後ろに隠れる。ショウを盾にしようという魂胆のようだ。
「ショウ先輩、どうしたんですか?」
今度はショウの後ろから声が聞こえた。それはツバサのものだ。ツバサは目を擦りながら部屋に入ってきた。トレードマークの青髪のポニーテールは寝ているときもそのままのようだ。格好は寝巻きにマント。端から見ると何とも変わった格好をしている。マントを外すなと言うショウの言い付けをしっかり守っているところが偉い。寝ぼけ顔で現れたのは騒ぎを聞き付け起きてきたからだろう。
「ミサキさんがなんでここにいるんですか? その花束は何ですか?」
ミサキは花束を手にしている。それは先ほどの酒場でマスターがサービスしてくれたものだ。
「この花束は、ショウ君に貰ったのよ」
「私だって、貰ったこと無いのに……」
ツバサはガシガシと地団太を踏む。老朽化した宿屋には少々荷が重い。クリティカルヒットで大穴が開きそうだ。
「ショウ先輩? こんな時間にどこに行ってたんですか!」
「え、えっと、だな……」
ここで、ミサキと二人で酒場にいたなど言えようが無かった。ショウには理由はわからないが、ツバサはショウの女性関係にうるさい。正直に話せば、バカ呼ばわりか不潔呼ばわりされるに決まっている。下手をすれば首が落とされる恐れすらある。
「ショウ君と、二人きりで酒場に行ってたのよ」
ミサキはほろ酔いをアピールするかのように、またしてもショウにもたれ掛かった。
「ショウ先輩! 不潔です!」
やっぱりだ。ショウの予想通り、不潔呼ばわりをされるのだった。最悪の事態、首はねの刑が免れたことが唯一の救いだ。
「ミサキさん、酔っぱらってるなら布団で休んでください!」
そういうとツバサはミサキの腕を取りショウから引き離しに掛かった。ミサキはニヤ付いている。わざとやっていることは明白だ。
「ショウ様、どういうことですの? わたくしをこれだけ待たせて、他の女だなんて……」
「いや、だからだな……」
もう、ショウに言い訳のしようが無い。酒場で何かあったわけではない。今後の話しをしていただけなのに、なぜこんなことになるのかショウには皆目見当もつかなかった。
「ショウ先輩! そうですよ。ミサキさんとデートなんて。しかもこんな遅い時間に!」
「ツバサ、違うぞ。何も無いぞ」
「ショウ先輩は早く寝てください」
「分かった。もう寝る」
ショウはこの騒動から逃げるように黙って寝ることを選択した。寝てしまえば何も答える必要がない。
「ユウさんも、ショウ先輩は寝ますので、寝るまで静かにしてあげてください。何か行動を起こすなら、ショウ先輩が寝た後にしてください」
ショウが眉をひそめ疑問そうに唸った。
「おい、ツバサ? おかしいんじゃないか? 寝てからこそ何されるか分からないんだぞ」
「いいんです。ショウ先輩が寝た後なら大丈夫です!」
「ツバサ? 何が大丈夫なんだ?」
「何でもです!」
ツバサはショウを早く寝かせようとショウの背中を押してベットに連れて行った。
「おい! ミサキ! 全然消えてないじゃないか?」
ショウは首を回しミサキへと向けて言うが返事が無い。ミサキはお腹を抱えて笑って、それどころではないようだ。
「おい、みんなちょっと待て、トモのいる部屋に行くぞ」
「ショウ先輩は、トモさんの方がいいんですか?」
「ショウ様は、わたくしの方が良いに決まってますわ」
「そういう訳じゃない。とりあえずこの部屋から出よう」
ショウが提案すると、納得のいかない顔をするツバサとユウではあったが、しぶしぶショウに連れられ廊下に出た。廊下に出た瞬間にユウが石化した。石造となった。
「ユウさん、どうしたんですか?」
「ツバサ。ユウは今、魔法に掛かった」
ショウは説明のしようが無いこの状況、とんでも劇の全てを魔法と言う言葉で片付けようとした。
「ツバサ? マントを取ってくれ」
「えっ? でもこのマント、ショウ先輩が絶対に外すなって言いましたよね?」
「もう、大丈夫だ? 外してくれないか?」
ショウは手を合わせ懇願した。
「そこまで言うのなら、分かりました!」
ショウが手を合わせてお願いすれば、ツバサは大概受け入れてくれる。なぜだかは分からないショウではあるがよく使う手段だ。
ツバサがマントに手を掛け外すと、たちまちツバサの姿は石となった。ツバサの足元にバサリとマントが落ちた。
「おい、ミサキ。全然消えてないじゃないか!」
「本当ね、ミスしちゃったのかな?」
ミサキはとぼけた。間違えなくミスではない。わざとだ。
「おい、ミサキ? わざとやっただろう?」
「そんな怖い顔しないで。それにしても、ショウ君はなかなか機転が利くみたいね。ツバサちゃんもユウちゃんも石にして、やり過ごそうとするんだもの」
「褒めてもらってもうれしくないぞ。頼むから、この二人を消しておいてくれ」
「分かったよ。楽しましてもらったから、お礼をしないといけないしね。そろそろ始発の時間だし」
ミサキは始発までの時間潰しのために、この行事を行ったようだ。とんでもない女だ。
「早くしてくれ」
「はいはい」
そうミサキが言うと手元にキーボードを呼び出した。またしてもキーをカタカタ叩き始めた。すると、ミサキの合図より先に石化したツバサと石化したユウの姿が光と共に消えていった。トモも同じく消えたのであろう。
「これでOKよ」
「見れば分かる」
「そんな怖い顔しないで」
「ちなみに、トモも消えたんだよな?」
「ええ、もちろんよ」
「その、自信満々のもちろんが信用ならないんだけどな」
「じゃあ、トモの部屋に行って確かめてきたら?」
「よし、そうする」
ショウはトモのいる部屋のドアノブに手をかけた。
「ショウ君ったら、トモに夜這いを掛けるなんて……」
「そんなんじゃないぞ」
ミサキの言葉を無視して、部屋のドアを開いた。そこは誰いない部屋となっていた。
「今度は間違いないみたいだな」
「そうね」
「じゃあ、さっき酒場で触ってたキーボードは何だったんだ?」
「えーと、それわね。ログインポイントをショウ君の部屋にしたってことよ」
「どういうことだ?」
「ログインの場所がショウ君の部屋ってことよ。NPCはログインと言う言葉が理解できていなかったでしょ?」
「確かにそうだったな」
「たぶん、キャラがいきなり転送されて来たりするとまた混乱を与えかねないから、ショウ君の部屋でログインできるようにしたってことよ」
「よし、分かった。そこだけは納得しよう」
「じゃあ、私はログアウトするよ。もう、始発も動き始めそうだし。夕方には様子を見に来るよ。じゃあねー」
そういうとミサキがログアウトエフェクトの光に包まれて消えて行った。
「よし、これで寝れるな」
ショウが呟くと床に入ることにした。自分の部屋へと戻ると先ほどまでの賑やかな部屋が嘘みたいに静まりかえっていた。
「ふー」
誰もいなくなるのは寂しいものだ。そんな哀愁漂う部屋に、ショウのため息だけが響いた。
ようやく床に付くことの出来るショウが選んだベットは窓際の方だ。ユウが腰かけていなかったベット。昨日、武器や防具を広げていた方だ。
ショウは窓際のベットに潜り込んだ。布団からは甘い香りが広がり、鼻腔をくすぐった。
「ユウのヤツ、こっちのベットを使ってやがったのか?」
ショウがそう告げると、もう一つのベットに移ることにした。このままでは、寝られない。甘い香りにドキドキしてしまいそうだ。
「げっ、こっちもかよ」
ショウは、もう一つの入り口側のベットに移動したのだが、こちらも同様、ユウの香りがしていた。ユウはどっちのベットを使われてもいいようにマーキングを施していたようだ。まるで犬だ。
「まぁ、しょうがないか……」
ショウは香りから逃げるのを諦め床に就くことにした。布団に入ると昨晩の疲れが雪崩のようにやってきた。ショウは死体のように眠った。