49話 プロローグ 第二節 スパイの陰謀
『ピピー、ピピー……』
電話の鳴る音が部屋に響いた。真夜中のタワーマンションの一室。月明かりがカーテンの隙間から入り込む。ここはゲームの世界ではない。現実世界。床には一人の中年男性が眠りに就いていたものの、電話の着信音で目を覚ますことになる。
「こんな時間になんだ?」
中年男性は目を擦りながら電話に出た。時計の針は午前3時を示している。夜明けには程遠く、漆黒の空に包まれている時間だ。
『こんな時間に仕事の話しで、すみません。重要なことがあり電話しました。システム部の連中が戻ってきたそうです』
声は若そうだ。どうやら、この男性の部下のようだ。
「何? システム部の連中が戻って来ただと?」
声を荒げるところを見ると眠気など、ふっ飛んだようだ。
『はい、先ほどまで報告書の作成で定かではなかったのですが、どうやらウイルスが討伐されたそうです……』
若い男の声からは焦りの色が伺えた。
「何てことだ! システム部だけで討伐したということか? 作戦部のキャラも装備も削除したはずだ。なのにどういうことなんだ!」
『まだ、報告書を読んでおりませんので、何ともいえません。明日には報告書が上がって来るかと思います。そこで確認いたします』
若い男にも詳細は掴めてないようだ。システム部が戻って来たと言う事実以外にはこれと言って収穫はない。
『ファイアーウォールの破壊については、後日相談させていただきたいと思います』
「いや、ちょっと様子を見ることにしよう」
『と、言われますと?』
「今、動くのはよろしくない。システム部が帰ってきたということは、作戦部が消されたことに気が付いているはずだ。あまり動くと足が付く可能性がある」
『しかし、早くファイアーウォールを破壊しませんと……』
「いや、方法が無いわけではない。昨日のサービス停止時に、キャラのNPC化の実装を行った。NPC化したキャラはプレイヤーの思考と同じように動く。私のキャラもゲーム内にいるのだ。私の分身が突破口を開く可能性がある」
『そうでしたか? 安心しました。では、まず明日の報告書を見て今後の策を練りたいと思います』
「では。そうしてくれ、私はもう一眠りさせてもらう」
『はい、では、失礼致します』
中年の男が電話を耳元から外し通話を終えた。
「面倒なことになったな」
そう呟くと、再度、床に着くのであった。