4話 第一章 第一節 運命の日
ショウが闘技場を後にした。外へ出ると辺りは暗い。ここ対象レベル80以上の第三サーバー。火の国と呼ばれる地帯だ。町の外れにある火山は絶えず噴火をしており、噴煙を上げていた。おかげで太陽の光など入らない。明かりといえば、火山の溶岩の明かりと、町のかがり火だ。
「また負けちまったな」
ショウがぼやきながら闘技場を振り替える。哀愁の眼差しを向けながら。
煤で汚れた建物の外壁が暗さを際立って、悲壮感を漂わる。負けることが悔しいのではない。命が掛けられないことに心が痛んだ。
「ショウ先輩、こんにちは! 残念でしたね」
そこには、斧を背負う上級職の女騎士。濃い青色の髪に大きなリボンが目立つポニーテールの少女だ。騎士と言っても重装鎧ではない。布をベースとした軽装鎧。騎士らしくない騎士職だった。
「あれ、ツバサか。何だってここにいるんだよ? もしかしてレベル80を超えたのか?」
第三サーバー、ここはレベル80以上から解放されるエリア。このエリアにツバサが来てると言うことは解放条件を満たしたと言うことで間違いない。
「はい、最近越えたんですよー。すごいでしょっ!」
ツバサは無い胸に手を当て、えっへんと言わんばかりに自慢する。
「それにしても準々決勝まで行ったのに残念でしたね」
「まぁ、相性が悪かったんだよな」
ショウが自分の持つ炎の杖に視線を落とした。レベル40解放の初心者用の武器に。
「負けても、その杖を使ってくださいね」
「負けたくはないがな」
「負けていいです」
ツバサが負けてもいいからその杖を使えと言う。不思議な話だ。
「そういえば、お前もこのサーバーまで来れたようになったなら、上級エリアの討伐を手伝ってもらえるってことだよな」
ショウが頼める仲間はそれほど多くはない。先程の試合での反応をみれば一目瞭然だろう。そんな言葉にツバサが嬉しそうに目が見開きうなずいた。
「7人、1チーム集めるのって結構大変なんだぞ」
このゲームの中の戦闘ではパーティーを編成し攻略することが一般的なことであった。1チーム7人編成だ。1人で倒そうが、チームで倒そうが、1人辺りの貰える経験値が同じであることから、チームで倒したほうが断然メリットがある。サバイバリティーの向上のためにも有効だ。さらにサバイバリティーを上げるために、場合によっては2チーム編成14人の時もある。しかし、この場合は敵に止めを刺したチームのみに経験値が付与されるので、あまり行われない戦術ではあった。
「二人きりがいいです……はうっ……」
ツバサが俯きながら小声で言った。
「ん? 何か言ったか?」
「もうっ! なんでもないですっ!」
ツバサは顔を横にフンっと向けて、拗ねている様子だ。ツバサにとって不満なことがあったのだろう。そんなツバサに気にもせず、ショウは質問を続けた。
「で、今レベルいくつになったんだ?」
レベル80以上のエリアにいるツバサは、レベルが80を超えているのは間違いなかった。しかしショウは正確な数値が知りたく、ツバサに質問することにした。
「内緒ですよ。驚かせたいので」
ツバサが内緒だと言う。内緒にされると気になるのが、性さがと言うものだ。どうせ聞いてもはぐらかされるだけだ。ショウは魔法を使い情報を得ようとした。
第一クラス探知魔法――ステータスサーチ――
ショウが『ステータスサーチ』を唱えツバサのステータスを覗き見ようとすると。
第三クラス補助魔法――マジックプロテクト――
ツバサがすかさず『マジックプロテクト』にて応戦する。魔法から自身を守るために。
「ひどいじゃないですかっ! 勝手にステータス見ようとするなんてっ! ステータスには身体のサイズまで出ちゃうんですからっ!」
ツバサが自分の身体を覆い隠すように胸元を手でクロスする。顔が赤く見えるのは、溶岩の赤い光のせいだろうか。
「いやぁ、別にお前のレベル以外、興味ないし……」
そうショウがレベルしか見ないことを遠回しに告げた。そんなショウの回答にツバサが目を細め、眉間にシワを寄せた。
「もう、どこ見てるんですか!?」
ツバサがショウに背を向け身体を隠す。ツバサの胸元に一瞬ショウの視線があったからだ。
「胸が無いって言いたいんですかっ!」
「そんなこと、言ってないぞ」
「私のこと興味無いって言いましたよね?」
ツバサは、ショウに言われた興味がないと言われたことに腹を立ている様子だ。そんなツバサにショウが悪いと伝える。
「すまんな」
「ショウ先輩のバカーっ!」
「……まぁ、悪かったよ。それでレベルはいくつなんだ?」
そこまでツバサを怒らしておいて続きを聞くのは無礼極まりないことではあったが、ツバサの性格をよく知るショウはそのまま質問を続けた。
「今レベル81ですっ!」
ツバサがぶっきら棒に答えた。言わなければまた魔法を使われかねないと思ったであろうツバサが必要なデータを開示した。ショウと言う男は無礼極まりない。
「それにしても、やけにレベル上げが捗ってるみたいだけど、どうした?」
ショウは、ツバサの急な成長振りに驚き質問をした。
「だって、早くレベル90からの斧が装備したいので……」
ツバサが腰にあるアイテムボックスを摩さすりながらソワソワしながら言った。
「レベル90に、そんなに良い斧があったか?」
「ショウ先輩、覚えて無いんですか? ゴールデンアックスのこと」
「ん、何のことだ?」
ツバサの腰にあるアイテムボックスには『ゴールデンアックス』が常に入っていた。『ゴールデンアックス』は斧士、騎士共に、レベルが90からの装備であった。アイテムボックスは重量制なので、使うことの出来ない斧が入っていては他のアイテムが入れられない。しかし、何故かツバサのアイテムボックスには常に使い道のない『ゴールデンアックス』がお守りのように入っていた。
「覚えて無いなら、もういいですっ!」
ショウは、急に不機嫌になったツバサを見て、首を傾げた。まったく覚えが無かったのだ。そして、ショウはツバサの機嫌が戻ることを期待して言った。
「それにしても、上級職でそのレベルは大したもんだな」
ツバサの職業は上級職の騎士であった。騎士になるためには剣士、斧士、槍士、弓士のどれかの基本職業を極めなければならなかった。ツバサはその内の剣士からの昇格だ。しかしなぜか剣騎士として強いはずのツバサは現在は斧へと転向した斧騎士なのだ。
騎士になるメリットも多い。基本的に全ての前衛スキルを学べ使えるので、戦闘において、武器を変えることでさまざまな戦闘を行えることにある。しかし、得意、不得意は出てくるため、結果得意な武器を常に使っている騎士も少なくない。また騎士は下級の魔法も使用できるのもメリット1つ。ショウの『ステータスサーチ』を魔法によって防ぐことが出来たのも騎士であったがためだった。
「はい、頑張りましたっ!」
褒められたことを嬉しそうにするツバサをショウが見ていた。そしてショウの視線はツバサの背負う武器へと移った。その斧は多くの戦闘で傷が付き刃こぼれをも起こしている物だ。未だに古い斧をツバサは使っていた。
「そうかそうか、とりあえずおめでとうな。レベルが上がって新しい斧が装備できるようになっただろ? 見繕ってやるよ。昇進祝いのプレゼントだ」
プレゼントと聞くと、何を貰えるのかと期待を膨らませるようにツバサの顔がぱぁっと明るくなった。一刻でも早くプレゼントが貰いたいツバサが行動に出る。
「じゃあ、早くショッピング行きましょっ!」
ツバサがショウに近寄りショウの腕に絡み付こうとしていたが、ショウは絡み付いてくるツバサの腕を振り払った。
「プレゼントと言っただろ? 一緒に買いになんて行かないぞ。それより最近の話題は無いのか?」
腕を振り払われたことを不服に思ったのか、頬をフグのように膨らます。不満そうではあるが会話を続けた。
「えっとゲームのことですか? そうですね。第五サーバーの話題で持ちきりですね」
最近開設されたばかりの第五サーバーが話題になっているようだ。
「オレも聞いたことがあるけど、よく知らないんだよな。何か情報はあるか?」
「うーんと、私の聞いた話しですとレベル40以下限定のエリアみたいで、私達のレベルだと行けないし、分からないことだらけですよ」
ショウは腕を前で組み考え始めた。
「今更、低レベル用にサーバーを用意する必要はあるのか?」
「何でも、低レベルいじめのPK対策みたいですよ。最近、新規ユーザーが少ないそうでユーザー確保の意味があるみたいです」
――PK――それはプレイヤーを倒すと言うゲームの中で使う用語の1つ。はっきり言えばゲームの中での殺人のことを差す。特に初心者のステータスが低く弱いプレイヤーが狙われることが多いと言う。――参考文献『初めてのファイアーウォール中辞典』より――
「ある程度成長するまで保護しようってことか」
初心者プレイヤーを保護し、強くなればPKのリスクは減少すると言うのがゲーム開発者の見解なのだろう。PKを楽しむ愉快犯でも返り討ちにされては元も子もない。それにしても、どんな世界にも弱い者いじめをする人がいるとは言うが、この『ファイアーウォール』のゲームの中も例外では無いようだ。
「どんなエリアなのかは知ってるか?」
「私が聞いた話しでは、草原のエリアみたいですよ。運営も背景とかのグラフィックをサボったんじゃないかって、みんなが言ってました」
「まあ、どうせ行けないエリアだし、グラフィックサボろうが関係ないか」
そうショウが納得した。その時であった。ショウの耳に獣けものの吠える声が聞こえてきた。そして地響き。ここは火の国の町の中である。モンスターなど発生しない所だ。しかし、またしても咆哮が聞こえる。
「おい、ツバサ? モンスターの鳴き声が聞こえなかったか?」
「はい、聞こえました」
ツバサの耳にも聞こえたようだ。というよりも今でもモンスターのうなり声が聞こえるのだ。
「ちょっと、様子を見に行こう。付き合ってくれるか?」
「はい、喜んでっ!」
ショウが『付き合ってくれるか』と言った途端、ツバサは目をパチクリさせていたのであったがショウは気が付いていない。ショウはツバサに背を向けて、すでに走り出していた。
「ショウ先輩っ! 置いていかないでくださいっ!」
走り出すショウを見てツバサが地団太を踏むのだった。