178話 第三節 第二十八話 イリュージョン
ショウがカウンターに置かれたレッドベアーのカクテルを手に取る。すると氷がカラリと崩れた。そんな時だった。ショウの背でまばゆい光が放たれた。ショウが光に反応し後ろを振り返った。まさに、そこにはログインエフェクトが発生していた。光の中のシルエットは間違いないミサキの物だ。
「ショウ君。お待たせ」
ミサキがログインを告げる。暗がりの酒場でのログインエフェクト、酒場にいる客の注目を集めない訳がない。
「あの女。ワープでもしてきたのか……」
「急に現れたよな」
酒場が急にざわめき出す。この世界の住人はNPCであり、ログインやログアウトと言う概念がない。ワープなどゲート以外にあり得ないのだから不思議に思われても仕方がなかった。そもそも、こうなることを予想してミサキ自身、ログインとログアウトの場所を決めていた。ミサキはうっかり忘れていたようだ。
「おい、ミサキ。不味いんじゃないのか? こう言う事態を防ぐために宿屋でのログインってルールだっただろ」
「そうだったね。ショウ君がすぐに会いたそうだったからついね」
ついうっかりだとミサキが言い訳をする。それではこの場を解決できない。
「うっかりでも不味いものは不味いだろう」
「そうね。どうしようね。この場の全員の記憶でも消してみようかな?」
ミサキが不敵に広角をあげる。悪いことを考えるいつもの表情だ。
「記憶を消すのは無理じゃなかったのか? できるならトウカも苦労しなかったぞ。例の新聞記事の件」
ショウはトウカが飛ばし記事を書かれた時のことを思い出した。
「トウカちゃんの件は多くの人が知ってたから全員分の記憶を消すのは無理だったって話よ。殺人犯だって目撃者が多いと口封じはできないでしょ?」
「また物騒なこと言いやがって。で、どうするんだよ。回りの客の目が点になってるぞ」
ミサキの突然の出現に驚きを隠せない酒場の客達。マスターだって例外ではない。
「そうだね」
そうミサキが告げると、酒場の客へと向きを変える。
「驚かせましたが、余興のイリュージョンでございます」
ミサキがイリュージョンが成功しましたと言わんばかりに、パフォーマーのようなお辞儀をする。ミサキだって十分美人の部類に入る容姿。観客が喜ばないはずがない。
「ショウ君、早く拍手」
お辞儀で下を向くミサキが小声でショウに注文を出した。
「お、おう」
ミサキの注文にショウは答えパチパチと拍手を始めた。それに釣られるように酒場の客達も拍手を始める。そして、口笛まで鳴る始末。所詮は酔っぱらい相手。誤魔化しなどどうとでもなると言うことのようだ。
「これで一件落着」
そういうとミサキがショウの横に腰かける。そして、ミサキがお神酒であるレッドベアに手を伸ばし、臭いを嗅いだ。
「ショウ君? お酒を飲もうなんて100年早いわよ」
「は? 生まれて間もない子ですら、20年だろ?」
ショウの言うことが正論だ。上手い切り返しだ。
「ところで、お客様。本当にイリュージョンだったんですか?」
酒場のマスターが質問する。これだけ客に受ける余興だ。もしかしたら、またやれとでもいい始めそうだ。
「そうなのよ。仕込みが大変だからすぐにはできないけど」
ミサキがすぐにはできないと布石を打つ。
「今日は不思議なことが起こってばかりなので……」
不思議と聞いた瞬間にミサキの瞳孔が開く。
「どんな不思議なことがあったのか教えて?」
ミサキが猫なで声で酒場のマスターにおねだりする。面白そうなことがあるのを嗅ぎ付けたようだ。
「今日、昼間。城のメイドが買い物に来たんです」
「メイドの子が買い物に? 確かに酒場になんて珍しいわね」
「いえ、それもそうですが。買われて行かれたものが……。水でして……」
「酒場でお水を買ってったメイドがいるってこと?」
「ええ。しかも買い物リストも持ってまして、そこには酒の銘柄まで載っていたのにも関わらず。水だけほしいと」
城のメイドと聞いてショウがハッとなる。
「もしかして、そのメイドって。赤い髪でツインテールの子じゃないか?」
ショウがトウカの容姿を伝える。
「それってトウカちゃんだってこと?」
「まさかと思ってな」
いくらトウカがおっちょこちょいでもそんな間違いをするはずがない。間違いだと言う確証が欲しくショウが質問した。
「違いますよ」
ショウは予想通りの答えに安堵し、喉を潤すチェイサーを口に含んだ。
「黒い髪の女の子でした」
『ヴェっ……』
ショウが水を吐き出した。汚い。ショウが安堵したのも束の間。別の不安に襲われていた。
「もう、ショウ君ったら汚い」
「すまんすまん。ユウのような気がしてな」
「ユウちゃんが?」
ショウがマスターへ顔を向け質問した。
「もしかして、これぐらいの髪の長さの」
ショウが腰の辺りに手をやり、髪の長さを伝える。
「そうです。それくらいでした」
まず間違いない。そいつはユウだ。ショウが確信する。
「おい、ミサキ。そのメイドってやつはユウで間違いない。ユウが買い物にしくじったみたいだ」
「ところで、どうしてユウちゃんが城にいるのよ?」
ミサキが不思議そうに質問した。
「あいつ、城の防衛だとか言って城に行ったんだ」
「ユウちゃんだけ?」
「いや、トウカもツバサも一緒のはずだ」
「でも、許可書がないでしょ? 城にはいる許可書」
前回はミサキの偽造許可書により城に侵入できた。しかし、今回はミサキのチート能力はない。ユウの話術だけで侵入したなど思いもしないだろう。
「ユウのことだからな。奥の手でもあったのかもな」
「まぁ、ユウちゃんだからね。上手いことやったのかもね」
実際はユウのハッタリと恫喝でクリアしたのだが二人は知らない。
「それより、あいつ買い物に失敗してるみたいだ。何とかしてやれないか」
「あら、ユウちゃんにも優しくするんだね。誰かに絞った方がいいよ」
ミサキがニタニタ笑みを浮かべながらショウを突っつく。
「は? 何言ってるんだ? ユウが困るといけないだろ?」
「じゃあ、それがトウカちゃんでも、ツバサちゃんでも助けてあげたの?」
「そりゃ、そうだろ。さっきから何言ってるんだ?」
ミサキがため息をついた。やれやれと言うポーズと共に。
「何が言いたいんだよ」
ショウがミサキのやれやれポーズが気になり質問するもミサキからの返事はない。
「まぁ、いいよ。多分だけど、ユウちゃんなりに考えがあるのよ。見守った方がいいと思うよ」
言われてみればそうだ。ユウがそんなミスをすると思えない。
「じゃあ、ユウは何を考えてるんだ?」
「知らないよ。ユウちゃんに聞いてみれば」
「あぁ、そうだな」
ショウが渋々納得する。
「それで、ショウ君はどうして私に会いたかったのよ?」
本題はそれだ。お神酒まで用意し、ミサキを呼び出す呪文神様ミサキ様とまで恥を忍んで祈ったのだ。
「そのことだが……」
ミサキがショウの言葉など無視しレッドベアを口へと運ぶ。
「おい。ミサキ? 聞いてるのか?」
ショウは呆れるばかりだ。ミサキは猫のように自由気まま。怒る気にすらならない。
「聞いてるよ。せっかくショウ君が用意してくれたお酒だもん。せっかくなら頂こうと思って」
ショウが用意しようが、しまいが、ミサキにすればお酒があればそれでいいのだろう。
「甘くて美味しい。マスター、このカクテルなんて言うの?」
「レッドベアのトニック割りです。マカやアルギニン入りの薬用酒。いえ、精力酒ですよ」
ミサキがマスターに効能まで説明されると、ニヤリと不適な笑みを浮かべショウへと迫る。そしてミサキがショウの耳元でささやく。
「マカとか、アレでしょ。もう、ショウ君のエッチ」
ショウがブルルと身震いをする。
「キモち悪いことするなよな」
「もう、ショウ君はデリカシーってものがないんだから。まぁ、そうでもなきゃ、あの三人を囲うことなんかできないか」
あの三人とはトウカ、ツバサ、ユウの三人のことだろう。
「何のこと言ってるのか、よくわからんが。とりあえず聞いてくれ」
「まぁ、ショウ君がそこまでいうのなら」
「牢屋にいた女の子の事を覚えてるか?」
「牢屋って、RBの前のこと?」
「あぁ、ロールバックする前に牢屋に行っただろ?」
「ええ、行ったね」
ミサキが相づちを打つ。
「あの女の子なんだが、まだこの世界では犯罪を犯してないだろ?」
「もしかして、あの女の子を救うってこと?」
「あぁ、そうだ。それで、今日一日探し回ったんだが、見つからなかったんだ。ミサキ、手伝ってくれないか?」
ミサキが腕を組み何かを考え始めた。おおよそ、少女の救出方法ではなく、別の何かに悩んでいるようだ。
「じゃあ、お助けカード10枚で協力するよ」
ミサキの考えていたのはこれだった。見返りをどれくらい求めるか。
「また、何だって10枚なんだよ? 1枚じゃないのか?」
「10倍コキ使えるでしょ」
ミサキの言うことは正しい。1枚と10枚、それなら10枚の方がコキ使える回数は多いはずだ。
「で、手伝ってくれるんだな」
「あら、ショウ君にしては物分かりがいいわね」
「まぁな。手伝ってもらえるなら。頼む」
ショウとミサキの間で取引が成立した。
「それなら、まずは宿屋に戻りましょ。明日の作戦を立てないとね」
「今から探しに行くんじゃないのか?」
「こんな遅くに動いたら怪しいよ。それに策も何も無いんだから。準備が8割ってものよ」
「分かった、宿屋に戻ろう。ムネさん、会計を」
ショウとミサキは酒場を後にした。明日に備えるため宿屋に向かうのだった。