177話 第三章 第二十七節 お神酒
町はとっくに闇に包まれる時間。ショウが疲れはてた顔をし一軒の店の前へと到着した。ウエスタンドアからは光が漏れる。中の様子は伺い知れないが陽気な声が聞こえてくる。そんな酒場の扉をショウが押し入る。
「はい、いらっしゃい」
声をかけるは酒場のマスターだ。グラスを布巾でキュッキュッと音をならしながら拭いている。
「ムネさん。栄養ドリンク的なやつを頼む」
顔に出るほど疲れはてたショウ。ユウと別れた後、牢に捉えられた女の子の存在を探していた。今、この世界は過去に戻っている。事件を起こす前なら助けられる。そう思っての行動だ。しかし、当てなどどこにもない。がむしゃらに足を働かせるしかない。刑事ドラマそっくりではあるが手がかりがない以上、仕方がない行動だった。
「お疲れですか? レッドベアなんてどうです? 赤ですし」
ムネが選んだ飲み物はレッドベアと言う耳慣れない飲み物だった。
「エナジー系のドリンクなのか?」
「えぇ、ガラナやアルギニン入りのリキュールです」
「いや、酒はダメだ」
ショウの脳裏にミサキの存在が浮かぶ。酒など頼めばブーブー言うに決まっている。未成年は飲酒は禁止だと。しかし、今、本当に頼りにしたいのは運営であるミサキの存在だ。彼女が入れば、これから牢に入れられる運命にある少女の救出を手助けをしてくれるはずだ。
「でしたら、酒のない方のブルにします」
「いや、待て。酒の方をもらおう」
未成年であるショウが酒を注文する。ゲームの規約に抵触する行為だ。しかし、僅かな望みにショウがかけた。あのタイミングの悪い女は必ず姿を表す。
「はい、お待ちを」
ムネが店の壁に並ぶ無数の酒瓶の中から黒いボトルに手を掛けた。黒いボトルには赤くRED BEARの文字。ENERGYの文字は金色だ。
「飲み方はトニックウォーターでいいですか?」
「任せる」
ショウ自身、飲む気など更々ない。あくまでミサキを呼び出すお神酒に過ぎない。あれだけ自分のことを神だ、神だと言ったミサキだ。お神酒におびき寄せられてもおかしくない。
「では」
ムネがトニックウォーターを用意する。そして、レッドベアとトニックウォーターでカクテルを作る。赤い色がグラスの中でタンブルする。出来上がってカクテルがショウの元に置かれた瞬間だ。ショウのフレンドリーコールが鳴った。
「おい、ミサキか?」
『ショウ君、今どこよ?』
「今、いつもの酒場だが」
『お酒飲んでる場合じゃないよ。大変なことが起きてるんだから』
「ロールバックのことだろ?」
『RBの名前まで知ってるなんて、ユウちゃんが教えてくれたのかな?』
「RB?」
ショウは耳慣れない言葉に疑問符を浮かべた。
『ロールバックの略よ。社内用語だから、社外の人は知らないはずよ』
「何だって、そんな回りくどい言い方するんだ?」
『ゲームの巻き戻しって、いろいろと揉めるのよ。プレイヤーだけじゃなく、スポンサーや株主とか面倒な人たちとね。ロールバックの噂が立っただけでよ。だから、RBって用語で隠すの』
大人の事情を聞いたショウが感心する。社会とは生きにくい場所のようだ。
『それで、RBについてはユウちゃんに聞いたのよね?』
「まぁ、そんなところだ」
『それなら話が早いわ。明日城がもう一度攻められるよ』
「あぁ、それも聞いた」
『その割りに、緊張感がないわね。酒場だなんて』
「そう言うな。お前だって、今日一日顔を出さなかったじゃないか?」
ミサキの苦言にショウが反撃する。ささやかな攻撃だ。
『私だってね、大変だったんだからね』
「何が大変だったんだよ」
『RBの犯人扱いで、一日会議室で取り調べよ』
「疑いが晴れたってことか?」
『まだよ。作戦部のお偉いさんが、二、三日は私のアクセスを禁止した方がいいって言ってくるのよ』
「二、三日?」
『えぇ、要するに城が落とされるまでは大人しくしてないさいって意味なんだと思うの』
ショウが眉を寄せ困った表情を浮かべる。このままでは女の子を助けられない。
「じゃあ、どうするんだよ」
『トモの回線を借りることにしたから』
「で、もうログインしてるんだよな?」
『してないよ。とりあえず音声だけ繋いでるだけだから』
ショウががっかりする。いつもは会いたくない相手であるが、今は話が違う。運営のチート能力が必要だった。
「こっちにはこれないのか?」
『あら、ショウ君が積極的に私を呼ぶなんてめずらしいね』
「こっちにも事情ってものがあってな」
『そう? どうしてもログインして欲しかったら”何で言うこと聞きます、神様、ミサキ様”って言ってみて』
ミサキが調子に乗り始めた。これは悪い兆候だ。
「……自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
『ふーん。そういうこと言うんだぁ。閻魔さまの罰を受けたいのかなぁ?』
「わかった、わかった。何でもいうこと聞きますからログインしてください……」
ショウがそこまで言うと、一度止まる。その先を口にするべきか悩む。
『神様、ミサキ様は?』
ミサキが足りない言葉を催促した。
「……、神様、ミサキ様……」
ショウが恥ずかしそうに顔を赤らめ言う。屈辱だ。
『ショウ君、変な物でも食べたの? まさか酔っぱらってるの?』
「何言ってるんだ? 悪いものも食べてないし、酔っぱらってもない」
『案外、ショウ君が素直だったから驚いたのよ。よほど深刻なことがあるってことね』
「まぁな」
『すぐ行くから待ってて』
そうミサキが告げるとフレンドリーコールの回線を切断した。